繁殖は、先人の努力と技術を

未来に繋ぐ大事な仕事

日々農場へ足を運ぶなかで、

農家や牛の個性が見えてくる

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獣医師

川手かわて 龍太朗りゅうたろうさん 株式会社 大橋獣医科医院

診療主任 獣医師

農家からの要請に応じて
牧場を訪問

 埼玉県上里町にある大橋獣医科医院に勤務する川手龍太朗さん。家畜専門の獣医師として、深谷市を中心に県北部の5市町はじめ群馬県や栃木県などに点在するおよそ30カ所の農場を、院長の大橋邦啓獣医師と後輩の森本雅彬獣医師の3人で分担しながら訪問しています。
「今日は2カ所の農場をまわる予定。でも仕事中や移動中に、ほかの農場から『うちの牛を診てくれ』って電話がかかってくることもよくあります」。
そう話す川手さん。大橋獣医科医院が主に診ている和牛は、肉用牛のなかでもひときわストレスに弱いとされ、繊細な飼養管理が求められます。「輸送に加え、環境や餌が変わるだけでもストレスで風邪をひいたりします。それに農場の規模が大きくなればなるほど感染症などのリスクは高くなる。だからこそ予防が大事になってくるんです」と、川手さんの言葉にも力がこもります。

家畜の付加価値を
高めていく前向きな仕事

 実家で犬を飼っていたこともあって、昔から動物が好きだったという川手さん。獣医師を目指して神奈川県の獣医学科のある大学へ進学しました。大学では乳牛の乳房炎について研究しましたが、先輩から大橋獣医師を紹介され、畜産に興味を持ちました。進路選択の決め手は、大橋獣医師が話してくれた畜産経営や日本経済についての話。全く違う視点とスケールで獣医師の使命や役割を考えていることに、畜産の可能性を感じたと振り返ります。
 そんな川手さんが今、興味があるのが繁殖分野。「病気や怪我の治療と違って、繁殖は家畜の肉や乳などの付加価値を高めていくこと。それでいい肉が出来て売値も上がってと、とても前向きな仕事だと思います」。
 繁殖という仕事はまた「血統」という、畜産の先人たちの積み重ねてきた努力や技術を未来につないでいくことでもあり、獣医師としてのやりがいはとても大きいと川手さんは感じています。

現場での体験を重ねながら
スキルアップ

 この日の業務は仔牛の治療と繁殖牛の妊娠鑑定。季節の変わり目は仔牛が体調を崩しやすく、農場では一頭一頭目視で確認し、様子がおかしければ点滴などの処置を行います。妊娠鑑定は超音波エコーを持った手を牛の肛門に差し入れ、直腸越しに妊娠の有無を判定。1ヶ月程度の胎児はエコーで確認するよりほかありませんが、2ヶ月を過ぎると触診でわかるようになると言います。
 そんな仕事の最中に、農場の人工授精師からほかの牛に発情が見られるという報告が。さっそく川手さんは人工授精(種付け)の準備に取り掛かりました。まずは超音波エコーで授精が可能かどうかをチェック、液体窒素ボンベに保管されていた凍結精液を融解、注入器に装填して牛の子宮に差し込んでしゅっと注入しました。獣医師となって4年、病気や怪我を治療する一般診療を手はじめにワクチン接種、繁殖検診、繁殖治療と、大橋獣医師から任される仕事が増えていった川手さん、種付けの次には「採卵」という、もっとも繊細で高度な業務への挑戦が待っています。

畜産の世界は日進月歩
日々刺激を受けて

 和牛の世界では、より付加価値の高い肉質をつくるという目的のもと、さまざまな改良が進められています。その進歩は獣医療の分野でも目覚ましく、獣医師には最新の知識を農場へ伝えるという役割も求められます。
 また、かつては兼業が多かった畜産農家も専業化・大規模化が進み、それにともなって若い後継者が続々と誕生しており、川手さんも「後継者世代はとてもやる気があるし勉強熱心だから、しっかりコミュニケーションを取るのが大事」と、日々刺激を受けながら仕事に取り組んでいます。
 そんな川手さんを指導してきた大橋獣医師は「獣医師も農家と一緒になってどっぷりと牛の世界に浸ることで成長できる」と話します。
「家畜専門の獣医師は、日々農場へ足を運び、何頭もの牛を診ながら覚えていく仕事。農家から電話をもらって状況を聞いただけで、その農場の情景が思い浮かぶようになっていくんです。現場での経験を重ね、自然と体が動くようになっていけば、あとは個人の力で伸びていけます」。
 川手さんが目指すのは「どんなことがあっても一人で対応できる獣医師」。その目標に向かって一歩一歩、今日も農場に向かいます。

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