「頼めることは頼んで」
肉用牛繁殖100頭経営を実現

−宮崎県都城市・前田美雪さんの肉用牛経営−


 肉用牛飼養農家は、高齢化や後継者不足から年々減少傾向にある。しかしながら、規模拡大を進める経営も各地にみられ、両極分化にいっそう拍車がかかっている。こんななかで、いわば勝ち組み、若干26歳の女性で、飼養管理や飼料生産等の省力・効率化を図り、繁殖牛100頭規模を実現し、高い収益性をあげているのが、宮崎県都城市の前田美雪さんだ。

 畜産県、特に肉用牛生産が盛んな宮崎県は、肉用牛粗生産額が465億円(平成10年)で、鹿児島県、北海道に次ぐ第3位、全国肉用牛粗生産額のおよそ1割を占めている。そして、宮崎市からJR日豊本線でおよそ1時間の都城市は、県西南部に位置し、鹿児島県に隣接した霧島盆地で県内有数の畜産地帯、和子牛の市場は、わが国トップの出場・取引頭数を誇る家畜市場だ。

 さて、そんな立地条件にある前田美雪さんの肉用牛繁殖経営、平成3年に高校を卒業後、父から38頭の繁殖雌牛の管理を任されたことからはじまる。「情報処理科を卒業しましたから、そんな道への就職を考えていました。しかし、父から繁殖部門を手伝ってみないか、車も買ってやる」と言われ、あくせく働くOLよりも、なにより両親の楽しく働く姿に1つ返事で就農を決めたそうだ。ちなみに、買ってもらった車は軽トラックだったという。

 就農当時は、父義男さん(53歳)が、F1肥育100頭、繁殖雌牛38頭、肉豚預託400頭を飼養し、母がブロイラー預託4万羽を飼養していた。その後、繁殖部門を手伝う美雪さんは、畜産のノウハウが理解できた時、F1肥育は相場の影響が大きいことから、価格保証制度が整備されている繁殖部門の拡大を父に提案し、肉用牛部門は繁殖専門に切換えた。

 そして平成6年、美雪さんが21歳の時、父親の入院を機に60頭の繁殖経営を完全に任されることとなった。美雪さんは当時、県民運動で発足した優秀な中堅経営者を育成する「農業繁栄のための学習」SAP(Study for Agricultural Prosperity)活動(会員600名)に参加していたが、自己啓発セミナーや各種交流会等の活動を通じ経営主としての自覚を学んだという。そして「毎年、繁殖雌牛10頭の増頭を図り、100頭を目標に経営を進める」こととした。そして平成10年、25歳の美雪さんは、この目標を達成する。

 もちろん、この目標の達成は、両親をはじめ多くの関係者の支援に支えられたわけだが、経営主美雪さんも、省力化・効率化のため、いろいろな工夫を凝らしている。@4つの牛舎の1つは畜舎わきの段差5mをいかし、たい肥舎を設置し落し込み方式とした、A自給飼料生産をJA都城機械銀行に委託(増頭に伴う飼料生産は2.85haの借地と労働力の軽減のためコントラクターを利用)、B地元稲作農家との交流に努め、毎年約8ha分32tの稲ワラを確保、C稲ワラ、トウモロコシ、ソルゴーの無カット給与、D発情の発見を容易にするため、その時期の母牛群と子牛群をそれぞれ同じスペースに集め、牛舎ローテーションを実施、E1日1回17時の飼料給与による昼間分娩の実践、など飼養管理に費やす労働力を第1に考え、その他の労働の省力化に努めた。

 特に昼間分娩の実践は、鹿児島県での研修に参加し、技術を身に付けたことから、9割以上が昼間分娩でき、事故率の低減にもつながっている。
 「頼めることは、専門家に頼む」これが、美雪さんのモットー。おかげで短期間の間に繁殖雌牛100頭規模まで拡大できたといえよう。そして、経営の成果。平成11年の実績によると、成雌牛1頭当たりの労働時間は27.7時間と肥育経営並みの時間であり、成雌牛1頭当たりの所得は13万1000円、労働力1人当たりの所得は928万7000円、所得率42.1%と非常に高い収益をあげている。

 ちなみに、子牛の販売価格を市場平均と比較すると、雌で110%、去勢で112%と極めて好成績を実現している。

 前田美雪さんは、本会が主催した、平成11年度全国優良畜産経営管理技術発表会において農林水産大臣賞、また、平成12年度畜産大賞において経営部門の優秀賞を受賞された。

 美雪さんは、「100頭規模の経営が達成できたのは、両親の肉豚とブロイラーの預託料で生活をし、牛の収益はそのまま牛に投資することができたことです」と常に意識している。平成11年には悟さん(30歳)と結婚をして、昨年12月には奈々満ちゃんが誕生した。

 美雪お母さんの今後の目標は、肉用牛の一貫経営による更なる規模拡大と法人化だという。肉用牛への夢はますます膨らむ。



本記事は、畜産コンサルタント2001年4月号にも掲載されています。
※情報は掲載当時のものです。