多頭飼養は「人と牛の管理が基本」
―群馬県新田町・和洋牧場―


 牛肉の輸入自由化を皮切りに乳用雄肥育から黒毛和種との交雑種、いわゆるF1肥育にウエイトを移した経営はかなり多いようだ。

 枝肉価格の推移をみても、黒毛はわずかな低下にとどまっているにもかかわらず、乳雄は大幅な低下がみられる。そして、搾乳牛への黒毛和種の種付け頭数は近年大幅に増加し、全国ではなんと37%に達している。また、出荷頭数においてもすでに黒毛和種との交雑種が乳用種を上回るそうだ。

 そこで、全国的にもF1生産が盛んな県の一つである群馬県で、F1肥育を大規模に行う和洋牧場を紹介する。

 群馬県の南東に位置し、「太平記の里」として知られる新田郡新田町。この町の市野倉地区にある和洋牧場を訪れ、早速、島崎和洋社長(53歳)にお話をうかがった。「牧場名は私の名前そのものです」「父が東京都の東久留米市で養豚をやっていましたから、私も高校で豚と酪農を学びました」といわれるように子供のころから自然と畜産に興味を持たれたそうだ。

 そして高校を卒業後、昭和39年に埼玉県の所沢に土地を求め、肥育豚300頭からの独立した畜産経営を開始した。ピーク時には800頭まで増頭したそうだが、並行して昭和41年から乳用種の肥育牛も少しずつ導入し、肉用牛の肥育へと切替えがなされ、昭和47年に現在の第一牧場である新田町で乳用種の肥育を主体とした肉用牛経営が開始された。

 現在の経営の概要は、牧場数が5ヵ所で、第一牧場が1.3haで1000頭、第二牧場が1.5haで1500頭、第三牧場が2.0haで1500頭、第四牧場が6.0haで1500頭、第五牧場が1.0haで500頭の合計6000頭を肥育している。なお肥育牛の内訳けは、黒毛和種とのF1が85%で残りの15%は黒毛和種とのこと。「平成元年までは乳用種が8割でしたが、牛肉輸入自由化を目の前にして翌年にはF1主体に切替えたわけです」と当時を語られる。とくに、切替え時の資金繰りには苦労されたそうだ。

 そしてこの6000頭の飼養管理には息子さん2人を含め、21人の従業員と3人のパートさんがあたっている。従業員の平均年齢はおよそ30歳、独身も多く第一牧場には立派な独身寮が建っている。勤務時間は朝7時30分から昼2時間の休憩をはさみ、夕方5時30分までで、月6日間の休暇が与えられる。「居心地がいいのか従業員の定着率はとてもいいですよ。お陰で人件費がかさむ一方です」と顔をほころばせる和洋社長。現在一人当り300頭を管理するわけだが、各牧場ごとのチーム制をとり、チームリーダーの下に作業が進められる。「牧場が離れていますが、第一牧場に全員が集まり毎朝朝礼をやっています」というように職員の管理と和をたいせつにし、一日のスケジュールが従業員に徹底される。

 さてF1肥育の状況。まずモト牛の導入は、群馬県や埼玉県の契約酪農家40戸から月間80頭、育成契約農家3戸からは月間210頭、そして市場からの導入が月間60頭で、月平均およそ350頭のモト牛が導入される。契約酪農家からの導入は種雄牛を指定し、その子牛を引き取るそうだが、育成契約農家については種や骨格の導入ポイントは元より獣医師の肺の検査を経てから引き取っている。もしも肺に欠陥がある場合は農家に返却される。

 7〜8ヵ月齢で導入されたモト牛は、18〜19ヵ月間肥育され、およそ26ヵ月齢で出荷される。この肥育にも牧場独自の低コスト化が施されている。

 新田町には、古くからビール工場があったことから、このビール粕の飼料利用には早くから取組んだそうで、ビール粕に合わせた飼料の配合設計を行っている。

 そして、さすがに6000頭も飼養すると一番困るのがふん尿処理。発酵処理を施した堆肥は40Lの袋に詰め販売しているそうだが、なにぶん量が多いことから、一部は戻し堆肥として敷料にリサイクルされている。「オガクズの不足そして高騰、これはこたえました。ですから4年前から取組んでいます」と常に先手を打つ。「環境問題は三法の制定もあり、今後ますます厳しくなります。しかしこれは当然の責任ですから、頭数を少し減らし管理の徹底をはかり、肉質の改善をさらに進め、その土地に処理施設を建設し、堆肥を販売するのではなくむしろ自家消費を進める方向で考えています」と和洋社長。

 大規模経営を維持するうえで、とても黒毛和種だけでは頭数が集まらず、その点F1ならば自分の望むものが、しかも安く大量に導入できる。そして肉質も飼養管理の徹底でかなりの成績があげられる。こんなところに大規模肉用牛生産のポイントがあるようだ。



本記事は、畜産コンサルタント1999年8月号にも掲載されています。
※情報は掲載当時のものです。