明日への息吹

「簡易診断とアイスクリームのカクテル」で

−競争力ある酪農経営基盤の構築を目指して−

荻 原  保



 1.はじめに

 千葉県における平成8年の農業粗生産額は、4,834億円(うち畜産部門の粗生産額は1,003億円)であり、平成6、7年に続き全国第2位の位置を占めています。
 なお、平成9年2月1日現在における家畜飼養頭羽数の全国順位は、酪農(3位)、採卵鶏(4位)、養豚(6位)、肉用牛(18位)の順となっており、首都圏畜産としての環境を背景に着実に進展しています。
 このたびご紹介する事例が存する旭市(4万0,650人)は、水産業で有名な銚子市に近接する東総地域に位置し、太平洋の九十九里浜に面する温暖な気候に恵まれ、東京等、首都圏を控えた地理的条件を生かした都市近郊型農業が盛んな地域です。
 このような立地環境の中で、創意と情熱を発揮し、本県畜産のチャンピオン畜種である、酪農経営に堅実に取リ組んでいる「ホーム オブ マザース」と宇畑牧場の代表、宇畑耕作さん(43歳)の経営をご紹介します。


 2.酪農経営の歩み

 宇畑さんは、昭和47年に県立の旭農業高校を卒業後、父の酪農経営(当時、経産牛18頭)を継いでから25年になります。現在、千葉県東部酪農農業協同組合の中堅組合員として、経産牛45頭、育成牛37頭を飼養しています。加えて平成9年3月11日付けで、農業経営改善計画の認証を受け、認定農業者となっています。
 宇畑さんの生産技術成績の一端にふれますと、牛群検定を昭和55年から実施しており、平成7年より「
TMR給与による1万kg牛群」の生産技術水準に到達しており、地域の先進的酪農経営者として活躍しています。
 それでは、次に宇畑さんが父親から酪農経営を継いで以降、アイスクリームに到達するまでの経緯について、出来るだけ時間をおってご紹介します(写真−1)。

写真-1 牛舎の中 宇畑さんと母親


 3.酪農経営の将来展望は

 宇畑さんにこれまでの酪農経営プロセスにおける時点での将来展望を伺いました。
 昭和47年に父親から経営を受け継いで以降、
UR合意後の我が国の酪農経営は、著しい国際化の進展と激化する産地間競争の挟撃の中で、極めて厳しく不透明な環境となっています。
 このように、中・長期的に展望を見い出せない情勢のもとで、いつも宇畑さんの頭の中にあるものは、「現状の経営形態」と飼養規模の構造による経営展開を平凡に踏襲していたのでは、どう考えても明るい展望のシナリオは描けないとの閉塞感に陥ち入り、何とか脱却しなければならないという思いでした。しかし、その具体的手法はどうしたらよいかと模索する日々が続いたようです(写真−2)。

写真-2 牛舎の遠景


 4.現状における経営の課題

 宇畑さんが、前記の低迷展望の前提となった「現状の経営形態」の欠陥要因については、次のような切り口の鋭い答えを指摘しています。
@ 現状の飼養規模(経産牛45頭)では中途半端で、家計維持に必要な所得の長期的安定確保は見込めないものと推測。しかしながら現状の狭隘な経営立地(30
a)のもとでは、経営計画構想飼養規模(経産牛100頭)への拡大は物理的に不可能。

A 現在、自らの酪農経営水準(生産技術成績、財務内容成績等)が激化する産地間競争の中で、競合する他産地(県内・外)との相対的比較が的確に把握出来ない現状のもとでは、経営飼養規模の拡大に伴う新規投資等に迷いが生じ勇断をくだせない。


 5.高度な経営管理能力強化への取り組み

    −情報・経営レーダーの性能アップ−

 宇畑さんの経営管理は、複式簿記と共にパソコンを活用し、それなりに地域・県域の範囲での経営分析を実施していましたが、全国ネットでの全経営をカバーする「ソフト」を持たない、いわゆる自己流というか、何となく満足していなかったとのことです。満足できなかった理由は、目指す「経営戦略」の実現と「現状の経営管理能力」とのギャップが大きいためだということに気がつきました。たまたまそのころ、旭市農協の畜産係長高木正勝さんの紹介で、畜産会の簡易診断事業にめぐりあい、直ちに畜産会の指導説明を受け、生産技術成績から財務内容までの経営全般にわたり精密な経営分析が把握出来ると共に、競合する他産地間との客観的な比較検討がこれまでの地域・県域のネットから全国ネットで可能な手法が得られることを知り、強力な援軍を得られたような心境になったということです。よって、平成7年に簡易診断の酪農部門(ステップ・)に加入しました。


 6.目指す経営戦略と実現の+手法・手順

 その後、簡易診断による年間出力表の分析数値及び関連での(社)中央畜産会の全国先進経営体の優良経営事例データ等を把握し分析検討していくうちに、自らの経営の長・短所がそれなりに客観的に判明し、その短所の改善に取り組む緩急軽重の度合いに応じた優先順位や、競合する他産地(県内・外)との相対的比較をする中で、徐々にではあるが新たな経営展開ビジョン構築への視界が開けてきました。
 以上のような経営分析のプロセスをふまえた上での宇畑さんの経営戦略と課題を要約すると、
@現状の経営構造の固守延長下のもとでは、中・長期的においてかけがえのない家族を守り、その家計を維持することは出来ないだろう。
 では、どう対応すればよいのだろうか。これまでの経営体験をふまえた「新経営構想」の実現が必要であるということです。その骨子は次のとおりです。
 ○新たな移転立地(約90
a)の買収確保により、経産牛100頭規模、フリーストール、ミルキングパーラーシステムによる経営態勢の確立。
 ○法人化による企業的経営体とする。

 ○簡易診断等の活用による高度な経営管理能力による多面的情報の把握・分析。
 ○月給制、休日制、社会保険の導入による優れた人材雇用の確保。

 ○生乳の徹底した低コスト生産と多角的経営により、産地間競争と国際競争に伍する経営基盤の構築。

A前記の「新経営構想」実現の内容を分析すると、生産部門については一定の限度はあるが、自らの努力裁量の範囲で生産性の向上が可能としても、生産資材(主として飼料等)の部門や生乳等の販売部門は、それなりに関係者は一生懸命に合理化への努力がなされてはいるが、殆んど市場経済原理に基づく、いわゆる外的要因によって決められるということに集約されました。


 7.新たな販売方法へのチャレンジ 

     −孤独の決断−

 前述のように厳しい経済構造の中で、「新経営構想」を実現する打開策として、平成4年頃より現状の生乳販売のプラスアルファとして、アイスクリームの自家生産・販売への発想がひそかに生じてきました。
 さて、現実に取リ組んでみると、@営業用の店舗と用地の確保及びこれに要する多額な資金の調達、Aアイスクリームの製造技術、営業販売技術の習得及びマーケッティングの調査等の課題が山積し、現実の厳しさを改めて感じさせられました。
 しかしながら、この発想は一時的な思いつきやドンブリ勘定的な動機でなく、これまでの関係指導機関及び酪農経営の同志の支援に加えて簡易診断等全国ネットでの客観的で精密な経営分析等の裏付けのもとに決意したことであり、決して投機やばくちではないと考えました。
 宇畑さんは、自らの体力、気力を勘案し、いわゆる護送船団方式からサヨナラし、行動開始だと最終的に決断したのは、平成8年5月のことでした。
 なお、前述の諸課題の取り組みに当たっては、県海匝農業改良普及センター、旭市役所、旭市農業協同組合等多くの関係者の多大なご支援に宇畑さんは心から感謝しています。


 8.アイスクリーム店のオープン

 平成9年9月14日、念願のオープンがされました。ペンション風のしょうしゃな店舗は、宇畑さんの農場から100m離れた場所で、268uの用地に65uの店舗となっており、総投資金額は農業近代化資金を含め2,300万円を要しました。
 なお、商品取扱いの方法は下記のとおりです(写真一3、4)。

 

写真-3 アイスクリーム店オープン時          写真-4 オープン時の素敵な店舗     
の宇畑さんご夫妻                                 


○商品のご紹介

 120mlカップ      230円
 コーン2フレイバー     260円
 テイクアウト500ml   980円
○業務用卸、カップ卸、宅急便発送も取り扱っています。
○営業時間 AM10:00〜PM6:30
○定休日 月曜日、ただし月曜日が祝日、振り替え休日の場合は火曜日

○千葉県旭市井戸野3420−3
TELFAX 0479−62−5521
○ホーム オブ マザース 宇畑牧場
  代表 宇畑耕作


 9.アイスクリーム生産・販売のポリシー

     −地域特産品との共生へのこだわリ−

 当然のことながら、自分の牧場で搾った牛乳を使った新鮮な素材で、しかも作り立てを食べてみると、従来からの市販のアイスクリームに比べて何とも言えない、これが本当のアイスクリームの美味しさかと感激しました。
 そして、この美味しさを多くの人に味わってもらいたい。

 自分の牧場で搾った牛乳で作るアイスクリームを美味しいといって食べていただく、そんな消費者とのコミュニケーションがたまらなく心地良くて、このお店をオープンして本当に良かったと宇畑さんは思われたそうです。
 お店の名前は
HOME OF MOTHERS「母親達の家」。牛乳を生産してくれる牛達は全て母牛です。牛舎そのものが「母親達の家」、そんな意味を込めて名前を付けたそうです。
 当店のアイスクリームは、フレッシュな味わいが命、しかも地域の下記特産品とマッチさせたらこれがとても好評のようです。しかも宇畑さんのアイスクリームヘの頑固とも言えるこだわりは、これら地域特産品の調達についても優れた農産物生産の取り組みに確信の持てる特定農家に限定しているということです。
 例えば、栗源町のサツマイモ、旭市のイチジク、トマト、イチゴ、銚子市のメロン、多古町の米(コシヒカリ)といった具合です。現在、37種類のフレイバーが可能てあり、将来は60種類以上のフレイバーを考えているそうです。おかげさまで開店後、着実にお客さんも地域での口こみで増加し、今のところ順調な販売成績で推移しています(写真−5、6)。



写真
-5 HOME OF MOTHERS のスタッフ




写真
-6 店舗の中


 10.今後の経営展開の方向

 経営戦略シナリオの第一段階である販売戦術は何とか実行されましたが、その成否についてはオープン当初でもあり、まだまだ予断は許されません。しかし、熟慮のうえ決断したことですから全力を傾注し、著しい国際化競争時代の潮流に呑みこまれまいとして、ひたむきに汗をながしている宇畑さんの酪農経営者としての姿勢とその心意気に対して、筆者は心から敬意を表しますと共に、今後の雄飛を願わずにはおられません。
 最後に改めて今後の方向はとの問に「経営戦略の基本フレームは、新たな経営構想の構築であり、アイスクリームの経営展開は、あくまでそのステップの第一歩であり、経営戦略シナリオの一環に過ぎません」と物静かに話していたことが強く印象に残リました。

(報告者:千葉県畜産会総括畜産コンサルタント)


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