生産技術セミナー

牛群の効率的改良のために

〜牛受精卵の雌雄産み分け技術〜

中 原  仁

 はじめに

 最近の酪農を巡る情勢は、輸入乳製品の関税率引き下げに伴って乳価が引き下げられ、また、世界的な穀物価格の高騰から飼料価格が上昇するなど経営を圧迫する厳しい状況にあります。
 このような状況を乗り切っていくためには、生産者として、個々の酪農家のみなさんが生産コストを抑えながら生産性を向上させていくことが最重点と考えます。また、一方では国や県が主体となって牛群の改良を効率的に進め、高泌乳牛群を早急に造成することも経営安定を図っていくうえで重要となってきています。
 このため近年、県などの各自治体がアメリカ、カナダから高泌乳牛の導入を行い、受精卵を供給する事業が積極的に進められています。このことは、高泌乳牛群の造成を早めるために大変意味のあることだと考えられます。しかし、牛群をさらに効率的に改良するため今一番望まれている技術は、希望する性の産子(特に酪農家においては雌子牛のみを生産させる技術)、すなわち雌雄産み分け技術です。この技術は、酪農家において高泌乳群の短期造成に欠かすことのできない技術として、強い要望があります。
 このような酪農家の期待を受けて岡山県では全国に先駆けて平成8年度から高泌乳牛の雌雄判別卵譲渡事業に取り組み、成果をあげています。そこで、この事業の概要と牛受精卵の雌雄産み分け技術の現状について紹介します。


 1.雌雄産み分け技術ってな〜に?

 雌雄産み分け技術とは、人工授精あるいは受精卵移植を行う以前に産まれてくる子牛の性判別する技術のことを言います。しかし、ひとくちに雌雄産み分け技術と言っても様々な種類があり、その方法は大きく2つに分けることができます。
 その一つは、精液の段階で行う方法です。これは、精子をY精子(雄精子)、X精子(雌精子)に分離し、雄がほしいときには雄精子を、雌がほしいときには雌精子を利用する方法です。この方法は、最も理想的ですが、現段階ではY精子、X精子に確実に分離する技術が確立されておらず、人工授精の段階(精液段階)での雌雄産み分けはできないのが現状です。
 もう一つには、受精卵の段階で雌雄を判定する方法があります。受精後に雌雄を判定するために受精卵移植技術と組み合わせて利用する必要があります。受精卵の段階で行うには、いくつかの方法があり、最も判定確率が高いと言われているのがPCR(ポリメラーゼ・チェーン・リアクション)法です。これは最近開発されたDNAを用いて判定するもので、全国的に広く利用されており、岡山県でもこれを利用した雌雄産み分け技術に取り組んでいます。


 2.雌雄産み分けの方法とは?

 現在、最も広く利用されているPCR法による雌雄産み分け方法について紹介します。
 雌雄の判別は、過剰排卵処理により採取される受精卵で行います。まず、採取した受精卵を顕微鏡下で2つに分割し、一方を雌雄を判定するための材料として利用します。残りは、雌雄の判定までの数時間、炭酸ガス培養器で培養しておきます(図−1)。


 性の判定は、遺伝子の雄特異的配列を用いたPCR(遺伝子増幅)法を利用して行います。すなわち、分割して採取した細胞の中から遺伝子を取り出し、雄に特異的な遺伝子を電気泳動で識別します。この方法は、最近マスコミでよく報道されている犯罪捜査や親子鑑定などのDNA判定に利用されているものと同様の手法です。写真に示すように雄特異的なバンドと牛に共通なバンドの両方が検出されたものを雄、牛共通なバンドのみが検出されたものを雌と判定します(写真−1)。


 このようにして雌雄判定ができれば、分割したもう一方の受精卵は、雌雄判別卵として従来の受精卵移植と同様に利用します。


 3.雌雄産み分け技術のメリットと課題

 雌雄産み分け技術は新しい技術であり、まだ解決しなければならない点を多く含んでいます。現状では利点と欠点として次のような項目が考えられます。

〈利  点〉

1)計画生産が可能。
 優秀な雌牛の後継牛を確保するために、今まではいつ産まれるかわからない雌子牛を待っていたのが、この技術の利用により雌子牛の生産を確実にすることができます。また、肉用牛では市場性を加味しながら需要に応じた性の子牛生産が可能になり、収益性を高められます。

2)牛群改良のスピード化
 高泌乳牛群を造成する場合、雌子牛のみ生産させることができることから改良に無駄がなくなり、改良をスピードアップさせることができます。

3)フリーマーチンの防止
 2卵移植を利用した双子生産では、フリーマーチンの防止が行え、経済的な収益の増加につながります。

〈欠  点〉

1)利用するのに制限がある
 前述したように人工授精による雌雄の産み分けができないために、現段階では受精卵移植でしか利用できません。また、受精卵に細かい作業を加えるための機械や技術者が必要となります。

2)受胎率に影響がある
 雌雄判別卵は、分割によるダメージを受けていること、さらに細胞の一部を取り出しているため細胞数が少なくなっていることから受胎率の低下が考えられます。特に凍結卵においては、凍結によるダメージも加わることから受胎率への影響は考慮しなければなりません。現に移植試験を行った結果では、通常の受精卵移植に比べ受胎率の低下が認められています。
 しかし、今後、雌雄産み分け技術を実用化していくためには、判別された受精卵の凍結保存技術の確立が必要なことは明らかです。このため、現在は受胎性を加味した判別卵の凍結保存技術を研究しているところです。近い将来、凍結保存技術が確立され、雌雄判別された凍結受精卵の流通が主流になると思われます。3)雌雄判別にかかる経費が必要
 現在行われている雌雄判別技術は、受精卵の段階で行うために、受精卵採取経費に加えて雌雄判別経費がかかることになります。また、PCR法による雌雄判別には、いろいろな特許が取得されていることから使用する薬品などは高価なものとなっています。このため、現在では受精卵1卵を判別する薬品代だけで約5000円から1万円程度かかる計算となり、これに受精卵採取経費を加えると雌雄判別卵はかなり高額なものとなってしまいます。
 しかし、1年間で確実に後継牛の取得ができることを考えれば、結果的には安いものとなるのではないでしょうか。


 4.総合畜産センターの取り組みと課題

 岡山県総合畜産センターでは、平成6年度から外国導入牛の受精卵を供給する事業を開始しましたが、平成8年度からはこれに加えて雌雄判別した雌卵を供給する事業を開始しました。1年間経過し反省点や今後の課題を含めてその概要を紹介します。

1)事業の概要
  供 卵 牛:34頭
  (導入牛16頭、後継牛18頭)
  受精卵価格:3、4、5万円
  (導入価格により差を付けているが、後継牛はすべて3万円)
  雌雄判別代:1雌卵につき1万8000円
        (雄卵の時には0円)
  供給方法 :雌卵を新鮮でのみ供給

2)雌雄産み分けの現状
 この事業で昨年度までに雌雄の判別を108卵の受精卵で行い、104卵で雌雄の判定に成功、その内訳は雄と判定したもの55.8%、雌と判定したもの44.2%の成績です(表−1)。

一般的には雄と雌の割合は五分五分の筈ですが、今までのところ雄がやや多い結果となっています。
 また、昨年度までの移植成績を比べてみると、新鮮卵移植で53.8%、凍結卵移植で41.4%、雌雄判別新鮮雌卵移植で42.1%の受胎率が得られており(表−2)、雌雄判別卵は分割によるダメージを受けているために、新鮮卵移植よりは10%程度低い値となりましたが、凍結卵移植とはほぼ同じ受胎率でした。今後は分割および培養方法を改良して受胎率を向上させていきたいと考えています。
 この事業で今までに雌雄判別卵移植により9頭が分娩し、当然のことながらすべてが雌子牛であったのに対し、判別卵以外の移植では42頭が分娩し、半分弱の19頭の雌子牛しか産まれていません(表−3)。経費や価格のことがありますが、1年待って産まれてくる子牛が雄であるよりは、酪農家のみなさんの反応として雌が産まれるとわかって1年待つ方が酪農家の期待も大きく楽しいように思われます。

表−1 高泌乳牛受精卵の雌雄判別成績

表−2 高泌乳牛受精卵の移植成績

表−3 高泌乳牛受精卵移植の分娩状況

3)推進上の課題
 雌雄判別卵は、凍結保存することが難しく、現状では新鮮卵での供給を行っています。このため、採卵日以外には雌雄判別卵は供給できないことになっています。また、採卵日に受卵牛を準備できたとしても、受精卵が取れなかったり、雌雄判別の結果、雌卵がなかったりして移植できないことがしばしばあります。
 今後は、このような問題を解決できるような供給システムの改良と、雌雄判別卵の凍結保存技術の改良を考える必要があります。


 おわりに

 現在、雌雄産み分け技術は着実に研究が進められ、みなさんの身近な存在となりつつあります。近い将来、必ずこの技術は、効率的でスピーディーな牛群の改良技術として酪農家のみなさんの高い評価を受けるものと考えています。

(筆者:岡山県総合畜産センター 経営開発部 技師)


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