超早期離乳による分娩間隔短縮への挑戦

── 佐賀県白石町・木室保さんの肉用牛繁殖経営 ──

 

辻  秀 史

はじめに

 今回、紹介する木室保さんは、県内でも大規模な肉用牛繁殖経営を営んでいます。肥育経営に喜んでもらえる優良な子牛を生産するとともに、積極的な新技術への取り組みと徹底した飼養管理を実践しています。なかでも、分娩間隔短縮による母牛の負担軽減、子牛の哺乳の省力化、事故率の軽減により大きな成果をあげている経営です。

 木室夫妻

地域の概況

 木室さんの住む白石町は、佐賀県のほぼ中央部に位置し、有明海に臨んだ温暖な地域。白石町を含むJA白石地区(白石町、福富町、有明町)は、水稲、タマネギ、レンコンの生産が盛んな地域です。畜産においても、県内でも主要な地域であり、酪農、和牛繁殖経営、交雑種肥育経営が数多く、和牛繁殖経営については銘柄牛「佐賀牛」のモト牛供給に重要な役割を果たしています。

経営の概況

 当経営は、肉用牛繁殖(繁殖雌牛61.4頭)を主体とした水稲(3.5ha)との複合経営を行っています。家族は、夫婦と母、息子2人、娘1人の6人で、長女と長男は県外に在住しており、現在、労働力は夫婦2人ですが、後継者(長男)のために環境づくりを進めています。

 牛舎全景

 繁殖部門では所得向上のために分娩間隔の短縮を目指し、超早期離乳技術(人工代用乳による哺育育成)に取り組んでいます。また、自給粗飼料の作付け(延べ6.1ha)やたい肥交換などによるイナワラの確保(23.5ha)を行い、地域資源を活用した低コスト生産を目指しています。

経営の推移

 就農した当時は、水稲・麦・タマネギ・乳雄肥育の複合経営を行っていましたが、昭和55年に繁殖経営(成雌牛2頭)を開始、徐々に増頭、平成4年には肥育を完全に中止し、繁殖主体(成雌牛15頭)とし、自給粗飼料の作付けも開始しました。

 市況も安定し比較的利益が良かった肥育と比較して、牛の管理が難しく手間のかかる繁殖経営を選択した理由は、「子牛の販売頭数を確保できれば、確実に収益につながる」と考えたからです。平成10年には、超早期離乳技術、改良カウハッチの導入、受精卵移殖技術に取り組んだ結果、子牛の事故が減少し、分娩間隔の短縮や育成成績などが向上しました。この結果、子牛の販売頭数が増加し、販売価格も高くなりました。平成13年には、規模拡大と労力軽減のため、子牛育成舎を建設し、哺乳ロボットを導入しています。また、試験的ですが、飼料用イネの作付け(1.3ha)も実施するなど、さまざまな技術に取り組み、生産技術を向上させ、経営の安定を図るという魅力ある繁殖経営を行っています。

 新技術の導入のきっかけは関係機関からの情報や新聞記事によるもので、「とりあえずやってみよう」と何にでも果敢に取り組み、試行錯誤しながらも次第に軌道に乗せ、経営成績にも反映してきました。

年次 作目構成 頭数 経営及び活動の推移
昭和
47

水稲・麦
タマネギ
肉用牛

(7)

乳雄の肥育
55  
2(15)
和牛繁殖・乳雄肥育
(畜舎建設)
58

61
  10(15) 繁殖牛の増頭
(畜舎建設)
家畜人工授精師資格の取得
平成
3
   
連動スタンチョンの設置
(畜舎建設)
4 水稲
肉用牛
15(0) 繁殖部門を主体とし、肥育部門の中止
自給飼料の作付開始。
7     (畜舎建設)
8   35(0) 受精卵移植免許の取得
9     (たい肥舎の建設)
10   50(0) 超早期離乳技術の実施
カウハッチの設置
受精卵移植技術の実施
ロールベール・ラップサイレージへの取り組み
11     監視カメラの設置
13   61(0) 哺乳ロボット(リース)の導入
飼料用イネの作付開始
(子牛育成舎の建設)
現在に至る
※頭数は成雌牛、( )内は肥育牛。

新技術への取り組みと飼養管理の徹底

 肉用牛繁殖経営において最も重要なことは、肥育農家に好まれる優良子牛を1頭でも多く販売することですが、当経営では次のように新技術への取り組みと飼養管理の徹底を実践しています。特に、分娩間隔短縮による母牛の負担軽減、子牛哺乳の省力化、事故率の軽減という3つの課題を解決したことが、繁殖経営の確立に大きな役割を果たしています。

(1)超早期離乳技術とカウハッチの導入

 当経営の転換期となったのは、母牛の繁殖成績と子牛の育成成績の向上のため、超早期離乳技術(人工代用乳の哺乳)と独自に改良したカウハッチを導入したことです。この取り組みにより、12ヵ月台の分娩間隔を維持しています〔平成12年7月〜13年6月実績、分娩間隔12.7ヵ月(供卵牛を含む)〕。

 肉用牛においては一般的に3〜4ヵ月齢で子牛を離乳するため、母牛の発情回帰が遅くなるとともに、なかには乳量が不足するため、子牛の発育が悪いことがあります。また、子牛が飼料を食べるという行為に積極的でないため、飼料摂取時期が遅くなり、摂取量も少ないので、飼料に対する胃の順応性が遅く、胃の発達が遅いことが知られています。そのため関係機関や生産者の間では、子牛の離乳時期を早くすることで、母牛の分娩間隔を短くし、生産性が上がるようにする試みが行われています。

 当経営では、子牛の超早期離乳技術にいち早く取り組み、試行錯誤の結果、子牛を母牛につけておく期間は3日間とし、以降は独自に改良したカウハッチで2カ月間、個体ごとに人工代用乳により哺乳を行うとともに、良質な粗飼料の摂取を促進し、子牛の個体管理と発育を促しています。以後は子牛の月齢をそろえて群飼を行い、肥育開始時のストレスを軽減できるように努めています。

独自に改良したカウハッチ

 また、入念な観察とアイデアから、カウハッチには独自の改良を施しています。例えば、活発に動く子牛は金属がむき出しのままではケガをするため、内側にベニヤ板を設置しました。これによって、大幅に事故を減らすことができました。また、カウハッチを利用し、子牛の個体管理と衛生管理を徹底することで、下痢などの事故防止にも効果があり、分娩時以外の事故はほとんど発生しない状況です。

(2)受精卵移植技術の利用

 当経営は、事故率・更新率ともに割合が低いため、繁殖雌牛の平均産次は5.5産と比較的高く、人気のある血統の子牛を生産するための母牛の切り替えが進まないという問題がありましたが、自ら家畜人工授精師免許を取得して受精卵移植技術を導入し、優良な血統を利用した、肥育農家に喜ばれる子牛づくりと母牛の有効活用を図っています。

(3)子牛育成舎の建設と哺乳ロボットの導入

 当経営は、肉用牛繁殖と水稲との複合経営ですが、超早期離乳技術を導入することで繁殖成績面で大きな成果が上がりましたが、その一方で子牛の哺乳のため労働過多となり、日常管理に追われてしまいました(分娩頭数や子牛の頭数が多いことも1つの要因)。そこで、労働の軽減と肉用牛繁殖部門の規模拡大を目指し、平成13年に子牛育成舎の建設と哺乳ロボットの導入に踏み切りました。

 人工哺乳は子牛が飲み方に慣れるまで10日間とし、以降は月齢をそろえて群飼を行い、哺乳ロボットによる哺乳を行うことで、子牛の発育が均一になるよう促しています。哺乳ロボットの導入と子牛育成舎の建設により、子牛の飼養管理がさらに充実したため、子牛の発育が良くなり、増体のバラツキもなくなり、安定した生産環境を確立することができました。また、子牛をすべて育成舎で管理するようになったため、空き牛舎を利用して規模拡大を図っていますが、生産性・収益性があるため規模拡大のスケールメリットが十分に発揮できる状況にあります。


子牛育成舎に設置した哺乳ロボット

(4)自給粗飼料の確保

 当地域は平坦部が多く立地条件に恵まれているため、エンバク(0.7ha)、イタリアンライグラス(3.0ha)、スーダングラス(1.1ha)、飼料用イネ(1.3ha)などの自給粗飼料を作付けし、土地利用を図っています。収穫は、天候に影響を受けにくい、ロールベーラー・ラッピングマシンの導入により省力化を図ることで、通年サイレージ給与体系を確立しています。さらに、減反田を利用して作付面積の拡大を図っています。


飼料用イネの栽培風景

 また、「七夕コシヒカリ」をはじめとした水稲が盛んな地域なので、より安価で安全なイナワラの確保(たい肥交換など)(23.5ha)を心掛けています。

(5)母牛管理の徹底

 超早期離乳技術の導入による母牛の負担軽減が課題ですが、当経営ではフリーバーン牛舎と運動場を活用することにより、母牛の適度な運動による健康維持とストレスの軽減を図っています。また、連動スタンチョンを設置することで個体の飼料摂取量のバラツキを抑え、牛本来の能力を発揮できる環境をつくっています。

(6)分娩室に監視カメラを設置

 分娩室には牛の状態が把握できるように2台の監視カメラを設置し、自宅と牛舎の管理室のモニターで、容易に分娩室の様子が観察できます。監視カメラの取り付け前は、夜間に何度も分娩間近の牛を見回りに行っていましたが、現在では自宅に居ながら監視でき、分娩時の事故防止に効果を上げています。


管理室の監視モニター

(7)資源循環型畜産への取り組み

 当経営では、たい肥の販売は行っていませんが、立地条件に恵まれていることもあり、たい肥舎で比較的簡易な処理を行い、自給粗飼料と水稲への自家利用に50%、イナワラとの交換に50%を利用し、環境保全面での取り組みも確実に実践しています。

  規模が大きくなるにつれて、ふん尿処理対策が重要になりますが、耕種農家との連携による資源循環型の畜産経営の確立と肉用牛繁殖経営という本業の充実を目指しています。

経営の成果

 
項    目 H9.1〜H9.12 H11.1〜H11.12 H12.7〜H13.6



 成雌牛頭数 45.7 55.1 61.4
 育成牛頭数 0.7 3.4 2.2
 平均産次 5.8 6.1 5.5
 分娩間隔 13.0 12.9 12.7
 子牛販売頭数 37 40 54
 子牛販売率 81.0 72.6 87.9




1







出荷日齢 296 295 295
出荷体重 kg 253 256 259
販売価格 334,193 344,400 378,900
日齢体重 kg/日 0.85 0.87 0.88
生体単価 円/kg 1,321 1,345 1,461



出荷日齢 281 293 287
出荷体重 kg 280 279 288
販売価格 415,969 440,093 465,150
日齢体重 kg/日 1.00 0.95 0.99
生体単価 円/kg 1,488 1,577 1,644

(1)分娩間隔の短縮

 分娩間隔は、平成9年に13.0ヵ月あったものが、超早期離乳技術等を駆使することで、受精卵移植に利用する採卵のために間隔が長い供卵牛を含めても12.7ヵ月と、確実に短縮しました。

 また、それに伴って、子牛の生産率や販売率も向上し、生産性や収益性の向上に効果を上げています。

(2)子牛育成成績の向上

 人工代用乳による哺乳や独自のカウハッチによる子牛の個体管理や衛生管理の結果、子牛の発育が順調となったため、育成成績が向上したことにより、受精卵移植による人気のある血統の子牛生産等の効果と合わせて、販売価格も向上し、安定した繁殖経営を確立しました。

(3)効果的な規模拡大

 当経営は熱心な飼養管理とさまざまな技術導入により、分娩間隔が短縮し、子牛の育成成績が向上したため、生産性が大幅に向上し、成績が安定しました。これにより、子牛売上高の増加と販売子牛1頭当たりの生産コストの低減ができ、収益性の高い肉用牛繁殖経営を確立しました。

 ロール運搬用リフトとたい肥舎

 平成13年に子牛育成舎と哺乳ロボットを導入し、労力の低減を図るなど、スケールメリットが発揮でき生産性・収益性の向上をともなった規模拡大を行っています。

今後への期待

 当経営は、すでに県内でも大規模な繁殖経営であり、技術的にも経営的にもトップレベルに位置しているにもかかわらず、次々と新しい技術に挑戦しています。銘柄牛「佐賀牛」のモト牛供給という本県の繁殖基盤の強化とともに、地域を引っ張るリーダーとして今後の発展がますます期待されています。

(筆者:(社)佐賀県畜産協会・畜産コンサルタント)