競争力ある養豚経営の確立を目指して

─安全第一の豚肉加工品販売への挑戦─

萩 原  保


1. めざせ元気あるちば県畜産
 国際化の著しい進展により、畜産経営の少数大型化の傾向はさらに続くものと推察されます。このような情勢下において、畜産経営は厳しい多くの経営環境のなかで、安価な輸入畜産物による国際競争と、国内の激化する産地間競争に耐えうるような畜産経営の体質強化が緊急の課題となっています。 

 今回ご紹介する堀江光洋さん(57歳)の養豚経営は、自ら養豚経営者としてポリシーを堅持し、厳しい国際競争時代の潮流に対して、元気いっぱい前向きにチャレンジしている先進的養豚経営者です。そして、地元富里町農業協同組合(代表理事組合長・細野三千雄氏)の積極的な営農指導と支援もあり、堀江さんは地域農業生産者との密接な共生を図っており、平成8年度より、自らが生産した自信のある、安全で新鮮な豚肉を素材にした加工品の販売に勇気を持って挑戦している地域の中核的経営者です。そして、元気ある未来のちば県畜産を支えていく一員でもあると思います。 

先進的養豚経営に取組む堀江さんご夫妻


2. ちば県畜産の概要
 堀江さんが活躍中の舞台となっている、ちば県の畜産は今どうなっているのでしょうか。表−1のとおり、全国有数の畜産物生産県としての地位を保持しております。加えて、首都圏に位置する本県は、現在(11年5月1日)590万人の大消費人口を有しており、畜産経営を巡る生産・販売にわたる分野においては、首都圏から遠隔地にある畜産生産地に比べ、相対的には恵まれた立地環境に置かれているものと思います。 

表−1 千葉県畜産の概要(平成10年2月1日現在、単位:戸・頭・1,000羽)


 
畜種 飼養戸数 飼養頭羽数
戸数 全国順位 頭羽数 全国順位
乳用牛 1,790 3位 62,900 3位 
肉用牛 1,620 30位 45,100 18位
1,670 6位 508,900 6位
採卵鶏 1,270 3位 0,895 2位


3. 地域の概況
 堀江さんの住む富里町(町長・相川義雄氏)は、ちば県北部の北総台地に位置しています。総面積は53.9km2で東京都心から50〜60km、新東京国際空港から4kmにある西隣りの町です。 

 新東京国際空港の開港に伴い、空港や関連企業で働く人が多く住み、人口が急増して、昭和60年には富里村から、町に町制施行しています。また、富里町を象徴する代表的な農産物としてのスイカの生産は、全国屈指の実績を誇り、富里町の特産品として「富里スイカ」の名声はゆるぎない地位を占めています。

写真−2 富里町役場庁舎(スイカのモニュメント)


4. 養豚経営の概要
 堀江さんのこれまでの養豚経営のあゆみは表−2のとおりです。近年、県域における最大の行事である「千葉県肉豚共進会」に出展し、連続して首位(名誉賞3回、優等賞10回受賞)の座を確保する実績は半端ではありません。この実績は、市場性のある高品質の豚肉を長期間にわたり、安定的に生産・供給していることを間接的に証明していると思います。 

表−2 堀江ファームの経営の推移


 
年 次 経営および活動の推移
昭和30年 堀江さんの父が農家養豚開始する
〃 33年 堀江さんは、後継者として養豚に取組み開始する
〃 40年 (社)日本種豚登録協会の指定種豚場認定を受ける
〃 42年 JA千葉経済連のLW生産農場の認定を受ける
〃 57年 千葉県系統豚・増殖農場の認定を受ける
平成7年 豚肉の加工品販売への取組みを開始する
〃 8年 JA富里産直センター(旬菜館)オープン、同所において豚肉加工品の販売を本格的に開始する
〃 9年 千葉県農業賞を受賞する
昭和61年
〜平成9年 
この期間「千葉県肉豚共進会」において出展し、名誉賞3回および優等賞10年にわたり連続受賞する
平成10年 富里町農協養豚部・部長および社団法人千葉県養豚協会・副会長に就任する
養豚部門の年間販売実績は、種豚・繁殖豚250頭、肉豚1,240頭
多古町有機米部会直売所(旬菜館)において、豚肉加工品の販売を開始する
平成11年 常時飼養頭数()、ボウソウL原種豚15頭、ボウソウL種豚40頭、LW種10頭、D種8頭、W種4頭、肉豚500頭


5. 養豚経営の特色
 堀江さんの養豚経営の形態は、県内養豚農家の多数を占める肉豚生産の一貫経営(繁殖豚・肉豚の飼養形態)に比べ、著しく異なっています。 

 堀江さんの飼養形態は、豚の産肉能力および繁殖能力などの資質の改良に資する、(1)原種豚、(2)種豚を飼養し、併せてその系統である(3)繁殖豚、(4)肉豚を飼養しています。このように豚の改良分野(ブリーダー)から、肉豚の生産分野(一貫経営)までのプロセスを、高度に融合させながら効率的な生産体系に基づく、優良な種豚(純粋種)、繁殖豚(LW種雌)、肉豚などのそれぞれの生産と販売を展開しています。

 加えて、平成7年度から養豚経営の多角化を視野にした観点から、自ら生産した健康で自信のある豚肉による加工品販売への新たな取組みを開始し、養豚経営体質の基盤強化に日夜努めている先進的な経営者です。 


6. 経営多角化・豚肉加工品販売への進出

(1)富里町と三菱財閥の末広農場

 古い話になりますが、明治20年、当時の三菱財閥は明治政府から富里町管内の広大な土地の払下げを受けました(千葉県文化財保護協会資料)。この地で三菱は、大正元年11月1日養鶏と養豚の事業を、末広牧場と命名して開始しました。

 三菱合資会社社長として三菱財閥が隆盛を築いた岩崎久弥氏(三菱三代目社長)が大正4年から経営にあたることになりました。

 岩崎久弥氏は末広農場長の橘常喜氏に対し、「採算を度外視して、わが国畜産界の進歩・発展のためになるような、模範的な実験農場を作るように」と指示し、その結果、末広農場は岩手県の小岩井農場と並び日本の模範農場として斯界に認められ、わが国牧畜農業の研究に多くの実績を残したのです。

町立富里中学校の校舎(旧末広農場の跡地)

 旧末広農場の所在地は、千葉県印旛郡富里町七栄で、343町歩余という広大な面積でありました。この土地は旧幕府時代は、総の十三牧と称する幕府の馬の直轄放牧地で、地名の「富里」は十三牧にちなみ、十三の里と名が付けられたそうです。この地は成田より東南8km、東方4kmを隔てて、宮内省の下総御料牧場がありました。

(2)末広農場と豚肉加工品

 その末広農場で養豚は年間1000頭を生産し、豚肉はハム、ソーセージ、ベーコンなどの自家製造を行っていました。敗戦後は、財閥解体と農地改革により、末広農場は閉鎖するのやむなきに至りました。

 すなわち、120町歩は富里村(現在町役場と町立富里中学校が建っている場所)に譲渡し、さらに養鶏と養豚の施設のあった40町歩は千葉県に譲渡し、千葉県畜産試験場として発足しました。残りの200町歩は末広農場従業員の帰農者のために払下げられたとのことです。

(3)心に残る幼少期の思い出

 堀江さんの父(長一郎氏83歳)は、昭和8年から23年まで末広農場に勤務(途中兵役で2度満州に応召)していました。当時、末広農場では従業員に対して、豚肉加工品の限定配給を行っておりました。このため、当時幼少であった堀江さんも末広農場の豚肉加工品を食味する機会に恵まれ、その時の食味は今でも忘れられないとのことです。

 堀江さんにとって、その幼少期における豚肉加工品の食味のほのかな思いが、やがて時代の流れに乗って、厳しい国際競争時代における養豚経営者としての試練のなか、ロマンとなって、その実現に向かって幾多の模索を繰返しながら、大きく展開していくことになるのです。

(4)豚肉加工品製造販売の動機

 堀江さんは、昭和33年養豚経営に着手して以来、養豚の生産管理部門に係わる中・長期における経営計画の遂行は一応クリアしたのですが、幼少期(末広農場)からの豚肉加工品へのこだわりはなかなか捨て切れず、しかも具体的な打開策((1)豚肉加工品の商品開発、(2)製造手段、(3)販売方法、(4)所要資金の調達、(5)営業収支成績等)も見出さないまま、もんもんとした日を過ごしていました。

 平成7年に入ってある日、堀江さんは奥さんから、どうしてもやってみたいのであれば、近所の人や親戚の人々を対象に、お中元やお歳暮の贈答用などとして試験的に一度やってみたらどうですか。とのアドバイスをもらったときは、ああこれでやっと念願の突破口が開けた心境になりうれしくなりました。早速、取組みを開始したところ思いのほか好評であり、これなら今後は試験段階をこえて何とかやっていけるのではないか、と心ひそかに期する心境になり、感無量の思いになりました。

(5)豚肉加工品販売取組みのポリシー

 平成8年になってから本格的な取組みを開始しました。豚肉加工品・販売取組みスタート時における堀江さんの基本ポリシーは、「食は命なり」といわれているように、まず何よりも安全性を最優先とし、そのためには、合成保存料を排除した、独自いろをもった豚肉加工品の開発を目指し展開していこうと考えました。

 加えて、一歩上をめざすため、千葉県肉豚共進会で実績の認められている、優良な加工豚肉用の専用飼料(麦配合)を開発・給与し、肉質を飛躍的に向上させることにした。これで高品質の加工素材(豚肉)の供給体制が整いました。ここまでは何とかクリアしたのですが、豚肉の加工品分野における専門知識や経験はほとんどなく、いわゆるズブの素人が加工品の商品開発に当り苦労していたとき、娘(長女・昌代さん)の斬新なアイディアに大いに助けられ壁を乗り越えられたことと彼女の助言が非常にうれしかったのです。

(6)豚肉加工品の製造手法

 堀江さんは、重要な課題である加工品の製造手段について検討した際、地元富里町農協の農畜産課長・相川廣美氏などから、スタートの当初から、新規に豚肉加工品の製造施設一式を、自ら取得し設置運営することは、過剰投資に陥る懸念があるので慎重に検討するようにとの助言がありました。加えて、選択肢の一つとして、信頼と実績のある優良な豚肉加工品の製造業者を厳選し、外部委託製造方式もよいのではないか、とのアドバイスをいただいた経緯などもあり、有限会社・サンライズ(千葉県香取郡山田町高野677)に委託製造をすることにしました。

富里町農協会館(組合員の営農とくらしを守る)

(7)豚肉加工品の販売方法

 JA富里産直センター(愛称・旬菜館)は、富里町農業協同組合などの要請により、平成8年3月に国および富里町の補助事業で総額5150万円を投じて建設されました。

 当JA富里産直センターのオープンに併せて、堀江さんの豚肉加工品の販売取扱いを本格的に開始しています。平成10年2月には千葉県香取郡多古町有機米部会直売所においても豚肉加工品の販売を行っています。

JA富里産直センター(元気いっぱいの旬菜館)

    〔お問い合わせは〕
     〒283-0221 千葉県印旛郡富里町七栄652-225
     TEL.、FAX.0476-91-0521

(8)販売展開上の課題、喜び発見

 堀江さんに最近の販売状況を聞きましたところ、贈答用品はハム、通常期はウインナーなどに販売品が集中する傾向があり、売れる品物は四季おりおりで片寄ることが分かりました。また、地域の皆さんと顔の見える関係で心の触れ合う旬菜館などで、おいしいと言われた時は最高の幸せを感じました。

多古町有機米部会直売所(元気いっぱいの旬彩館)

 消費者は安全と本物の味を志向する傾向が年々高まりつつあるように感じており、特に、お中元やお歳暮の時季には、郵便局のふるさとゆうパックなどを利用して、心のこもった贈答用品として需要は、口コミにより着実に増加する傾向となっています。また、県外からの注文もぼつぼつ入ってきており、地域の農業者はもとより、混住化が進展する地域の消費者にも喜ばれています。なお今後は、新たな商品開発の取組みに併せて、都市部への販路拡大を視野に、豚肉加工品販売部門の安定的な拡充をめざしたいと思っています。 


7. 今後の経営課題と展開方向
(1)養豚経営の法人化

 今後の養豚経営の方針と抱負について、堀江さんは次のように話しています。

 かねてから念願でありました豚肉加工品の販売への進出により、養豚経営の多角化を実現したところですが、厳しい国際化の進展と激化する国内の産地間競争などの内外情勢を勘案すると、これからは従来の素朴な生産者という立場から、自立経営者への脱皮が重要であるとの観点にたち、近く経営を法人化したいと考えています。

(2)経営管理の高度化

 養豚経営の法人化に併せて、今後は富里町農協、富里町役場および県関係指導機関のご指導をいただくことにより、高度な経営管理能力をできるだけ速く身につけて、精密な経営分析を行うことにより、更なる生産性の向上と財務体質の健全化を促進し、競争力あるゆるぎない養豚経営基盤の確立をめざしたいと言うことです。 


おわりに
 ひたひたと音もなく近ずく21世紀を視野にして、厳しい国際競争時代の潮流に、手をこまねいていてなすすべもなくのみ込まれてはならないと思い、キラリと光る創意と情熱をもって、前向きな姿勢でいい汗を流している堀江さんの養豚経営の展望を見聞しておりますと、筆者は深い感銘を受けました。それとともに、未来への新たな畜産の道筋と、近年全国第2位の農業粗生産額の地位にあって、無限の可能性を秘めた、活力あるちば県農業の息吹が感じられます。

 どうか今後とも、地域における農畜産業経営の中核リーダーとしてご活躍されるとともに、ますますの雄飛を心から期待しています。 

(筆者:千葉県畜産会総括畜産コンサルタント)