生産技術セミナー

「個」から「群」へ、「群」から「個」へ(1)

原田 英雄

 

1.牛飼いの出発は観察だ

 若い酪農後継者の勉強会で筆者は次の二つの質問をしました。
 一つは、「皆さんの飼っている乾乳牛では、痩せた牛と太った牛を比較すると、どちらが分娩後にたくさんの飼料を摂取しますか」というものでした。少し首を傾げて、太った牛と答える人がいました。しばらくして、痩せた牛と答える人が出てきました。手を挙げてもらうとほぼ半々でした。
 答えは痩せた牛です。これは日々、個体をよく観察していれば、わかることです。参加していた酪農家はすべてタイストールで、50頭以上飼育している農家が大半でした。フリーストールに比べれば、個体観察は容易のはずです。しかし、牛をよく観察しているようには思われませんでした。
 もう一つの質問は、「皆さんの牛の床には敷料の厚さがどのくらいありますか」というものでした。20cm以上と尋ねたら答えはありません。10cm以上と尋ねても答えはありませんでした。5cm以上と尋ねたらそんなもんだなという反応が返ってきました。
 そこで、「それでは皆さんの牛は1日1頭当たり1〜2kgの乳量を失っていますよ」と話したら、けげんな顔をしていました。敷料は、牛にクッションを与えるものであることを忘れているからです。「牛の汚れを防ぐためだけのものではないですよ、コンクリートの上に座布団なしで何時間も座ったら、人間だって大変なことです。その10倍以上の体重のある牛だったらその苦痛はどんなものか想像できませんか」と言ったらようやく納得してくれました。
 以上のことは、若い後継者たちが日常作業を惰性のまま行い、一つ一つの牛の出来事、人間の作業に対して何ら意味を問うことをせずに、ただ漠然と仕事をしているからだと思います。父親のやってきたことをそのまま真似しているのか、言われたままにやっているのだと思います。また、頭数がふえたため、1頭1頭をよく観察していないものだと思われます。
 したがって、経営内容としては乳量が伸びなかったり、繁殖成績が悪かったり、あるいは事故疾病が多いといったことになります。新しい技術情報には関心があるが、自分の経営とはかけ離して見ている、聞いている、そんな気がしてなりません。
 フリーストールと言うと群管理に中心がおかれ、ややもすると個体管理が軽視されがちです。しかし、「群」は「個体」あっての「群」です。「群」の中の「個」をどのように観察するか、極めて重要なことです。
 一般的に言えば、清潔な管理をされている牛群はフリーストールであろうとタイストールであろうとも、乳量も多く、種付けも良い傾向にあります。逆に、牛が汚いところでは経営成績が良くない傾向があります。これは、経営者の観察力と比例していると言っても良いと思います。
 種付けがよくないのは、明らかに「個」の観察が足りないからです。牛が汚いのはきめ細かく除ふんしないからです。
 筆者の知っている酪農家の中に、パールバックの「大地」を愛するNさんという人がいます。彼は、40頭前後の乳牛を飼育していますが、「1頭1頭は私の従業員なんですよ」と言っています。1頭1頭を大切にしなければ、彼の経営が潰れてしまうと言い、経営の柱を牛群検定成績に置いています。もちろん、牛は清潔で、乳量水準も1万kg近くあります。

 

2.現在の牛は1万垂フ能力がある

 現在、多くの酪農家が飼育している牛には、潜在的に1万kgの泌乳能力があると言っても過言ではないと思います。ただ、多くの酪農家はその能力を十分に発揮していないのが実状です。それが実現できないのには二つの理由があります。一つはそのための飼料給与技術がないこと、二つ目には高泌乳牛のための適切な飼育環境がないことです。もっとも3回搾乳とか成長ホルモン投与による方法があるかもしれませんが、この場合、それを除くとします。
 愛知県では、米国から乳量が約1万5000kgの牛を毎年導入しています。その娘牛たちの平均泌乳能力は成牛換算で約8500kgです。本来なら、1万kgを超えてもよいはずです。しかし、実際にはそれをかなり下回っています。
 一方、牛群検定を行っておらず、後継牛は全て北海道、飼養形態はフリーストール・ミルキングパーラー方式、規模は150頭という農家でも1万kgの乳量水準を達成している酪農家が2戸あります。つまり、育種改良に熱心でなくても、やり方によれば、1万kgの乳量水準が達成できるということです。
 愛知県の乳量水準は、県畜産課調べで約7400kg(1997年)です。仮にこれが乳牛の遺伝的な泌乳能力であるとしても、検定済みの種雄牛のうちトップ・テン(上位ランクの10頭)の牛を絶えず交配に用いておれば、5〜6年のうちに確実に1万kg以上の泌乳能力をもつ牛になります。先ほどのNさんはブリーダーではないのですが、牛群検定と種雄牛の選択によって乳量水準が約7000kg台から1万kg近くに大きく伸びた人です。

 

3.まず乳量水準をおさえよう

 牛群検定をやっている人は、毎月の牛群検定成績をみることによって、自らの乳量水準を知ることができます。しかし、やっていない人にはそれはわかりません。そこで、毎日の乳量から乳量水準を推定できる推定式を求めてみました。図−1を見ていただきます。これは毎日の搾乳牛1頭当たりの生産乳量と乳量水準(305日間乳量)の相関関係を示したものです。横軸が1日1頭当たりの生産乳量、縦軸が乳量水準です。305日間乳量を求める推定式は下記の通りです。

y=279x+1,049

 
 
図─1 日乳量からの305日間乳量の推定
 

 すなわち1日1頭当たりの生産乳量(x)に279を掛け合わせ、1049kgを足せば、各酪農家におけるおおよその乳量水準が簡易に求められます。データは1996年における県内の牛群検定農家42戸の牛群検定成績から得たもので、式はこれから作成したものです。この式あるいは図−1から、1日1頭当たりの乳量が20kgならば乳量水準は約6600kg、25kgならば約8000kg、30kgならば約9400kgとなります。1万kgを超そうと思えば1日1頭当たり約32kg以上生産しなければなりません。ただし、1日1頭当たりの生産乳量はなるべく年間の平均値に近いものほど、正確に推定できます。
 筆者は、当面、酪農家が目指す乳量水準は1万kgだと考えています。1日1頭当たりの生産乳量がいつも32kg以上とするにはどうしたらよいのか、基礎にもどって考えてみたいと思います。

 

4.乳を出す牛、肉となる牛

乳牛には、よく乳の出る牛と乳が出なくて太ってしまう牛がいます。これは経験上、誰もが知っていることです。また、同じ牛においても1泌乳期に、与えた飼料がよく乳に変換される時期(泌乳初期)と与えた飼料が肉になりやすい時期(泌乳後期)があります。
 摂取した飼料がなぜ牛乳になったり、肉になったりするのか、これは筆者が酪農の仕事に係わるようになって以来の大きな疑問でした。すなわち「エネルギーの分配」とは飼料が乳になるのか、肉になるのか、その配分を言います。そして、このことについてはこの20年近くの間に、多くのことが解明されてきました。もちろん、まだ解明されないことも多く残っていますが。
 その中の一つを図−2と表−1を用いて説明したいと思います。図−2はHArtら(1975)が行った実験です。肉牛(ヘレフォード種)と初産乳牛(フリージアン種)の週別の体重と週当たりの乳量の推移を示したものです。この実験では、両群ともに同一の飼料で、乾草0.55kgと濃厚飼料4.95kgを1日2回与えています。この給与量は乳牛には量的にも少なく、栄養バランスも良くないのですが、実験ですから、仕方ありません。
 その結果、分娩後に肉牛は体重が堅実に増加しましたが、乳牛では若干の減少を示しました。一方、乳量は肉牛ではあまり増加しませんでしたが、乳牛では顕著に増加しました。したがって、ここから肉牛と乳牛では生体内において何か大きな違いがあることが推察されます。
図─2 肉牛と乳牛の分娩15週間の体重変化と
乳量の推移    (Hartら、1975)
 

表−1をみるとその違いが何であるか、わかります。ホルモンについて言えば、肉牛に比較してプロラクチンが低く、成長ホルモンが高く、インシュリンが低いことです。代謝成分については乳牛の方が遊離脂肪酸とβハイドロキシ酪酸が高いことです。成長ホルモンは組織脂肪に働き、遊離脂肪酸とβハイドロキシ酪酸を増加させる働きがあります。そして、最も大きな働きは乳量を増加させることです。逆に、インシュリンは遊離脂肪酸を体脂肪に転換させる働きがあり、肉牛では重要になってきます。このように肉牛と乳牛との間で、成長ホルモンやインシュリンレベルが大きく異なることは、品種による違いであり、遺伝的な違いを示唆するものです。また、1泌乳期の中でも、成長ホルモンやインシュリンがよく働く時期とそうでない時期もあるからです。
 現在、成長ホルモンについては乳量を15〜40%程度増加させることが明らかになっています。このために、アメリカでは遺伝子工学的に成長ホルモンを合成し、酪農現場で実際に応用されています。日本においてもやがては利用される日が来るかもしれません。
 このような乳牛の生理的メカニズムを知っておくことは、乳牛を管理する上で極めて重要です。与えた飼料がなるべく無駄なく、1滴でも多くの牛乳に変換させるという考えの上で。もちろん、同じ飼料を与えているのに乳が出ないといったことがあり、それはなぜなのかといった疑問にぶちあたることもあります。
 しかし、全体としては乳牛に少しでも多くの飼料を摂取させて、それを効率よく牛乳に変換させることが大切です。そのことで、当初の目的は達成されます。筆者が見る限りにおいて、一般的には牛をあまり太らせずに、なるべく多くの飼料を牛に摂取させること、これが高泌乳の成功につながるものだと思います。1万kgを達成している農家では決して太り気味の牛はいません。すなわち、ボディコンデションが牛乳生産にとって重要になってきます。
 乳牛を観察する場合の基本は次の3点にあります。1つ目は「飼料摂取量」、2つ目は「乳量」、3つ目は「ボディコンデション(体重よりも肉、脂肪の付き具合)」です。
 フリーストールでは個体の飼料摂取量は把握できません。タイストールでも頭数が多くなるとその把握は困難になります。本当は重要なんだけれども困難なために、他の方法を考えなければなりません。そこで、ボディコンデションと個体乳量を把握することによって、牛を知ることになります。

 

表─1 乳牛及び肉牛各3頭の血漿中のホルモンと代謝成分の24時間の平均値 (Hartら、1975)
項    目
乳  牛
肉  牛
有 意 差
プロラクチン     (ng/ml)
8.3
15.4
p<0.025
成長ホルモン     (ng/ml)
4.2
1.5
p<0.005
インシュリン    (μU/ml)
9.5
28.8
p<0.001
血糖         (mg/ml)
0.654
0.705
p<0.025
遊離脂肪酸     (μEq/l)
311
181
p<0.001
βハイドロキシ酪酸  (mg/ml)
0.17
0.093
p<0.005
L型−乳酸      (mg/ml)
0.097
0.117
p<0.05
 

5.泌乳サイクル、体重変化、飼料摂取量の推移

図−3をみていただきたいと思います。これはNRC(1989年)に図式化されている平均的な乳量推移(泌乳曲線)、平均的な乾物摂取量の推移、平均的な体重の推移、平均的なエネルギーバランス(飼料として摂取したエネルギーと牛乳として排出されたエネルギーとの差)の推移を示したものです。乳量は分娩後、急激に増加し4〜5週にかけてピークに達します。乾物摂取量については、それよりも4週ほど遅れてピークに達します。
 一方、体重は分娩後、漸次低下し、8週目頃に最低となり、その後、増加傾向をたどります。この結果、分娩後は摂取したエネルギー(乾物摂取量)よりも、排出されるエネルギー(乳量)の方が多く、図にも示されているように約8週目まではエネルギーバランスは負の状態となります。このために、体重は減少します。高泌乳への挑戦、すなわち1万kg達成は、この負のエネルギーバランスを克服する闘いでもあるわけです。
 以上のことは、平均的な乳牛の場合にあてはまるものであって、全ての乳牛に当てはまるものではありません。例えば、初産牛では異なります。図−3を見ていただきたいと思います。これは、筆者が16年前に行った試験ですが、泌乳初期のエネルギー水準の違いと乳量の推移との関係をみたものです。ここでは、半姉妹の初産牛12頭を用い、これをA群、B群に各6頭ずつ2群に分けて試験したものです。A群は分娩後1〜12週目まで給与飼料の多い高エネルギー水準(飼養標準に対して115%)として飼料を与えました。その後13週目から24週目までは低エネルギー水準(飼養標準に対して85%)として飼料給与量を少なくしました。一方、B群は始めの12週間は飼料給与量を抑えた低エネルギー水準とし、後半の12週間には飼料の多い高エネルギー水準としました。

 

図─3 泌乳期における乳量、乾物摂取量、体重及び 

    エネルギーバランスの推移  (NRC 1989)

 
 
図─4 泌乳初期におけるエネルギー水準と乳量の関係
図─5 泌乳初期におけるエネルギー水準と体量の関係
 

 その結果、泌乳のピークについてはA群では8週目と遅いのに対して、B群ではそれよりも早く4週目にピークがやってきました。もちろん、最高日乳量も飼料摂取量の多いA群の方が、少ないB群よりも多いことがわかります。また、後半にB群のように飼料を増加させても乳量はもとへもどることはありません。すなわち、ここでわかることは、乳牛の泌乳初期というのは牛乳生産にとって極めて重要な時期で、とくに十分な飼料を与えないと乳量は増加しないということです。最高日乳量が1kg増加すると1泌乳期では乳量が200kg増加すると言われています。最高日乳量はちょうどボール投げのボールを投げるようなもので、遠くへ投げようと思ったら(乳量を多く出すこと)、なるべくボールを高く遠くに投げることです(最高日乳量を1kgでも多く、その到達日を遅くにもっていくこと)。
 それでは、体重の推移はどうなるかということですが、図−5にこの試験における体重の推移を示しました。図−3に見られるような体重の減少はありません。初産牛では、飼料給与量を多少変化させても、分娩後に体重の変化は少なく、体重は堅実に増加していきます。まだ、成長過程だからです。初産牛では、飼料摂取量が少ない場合には、牛乳に飼料のエネルギーが回されるよりも、成長に優先的に利用されます。したがって、体重の減少はなく、成長を続けていきます。飼料摂取の少ないことの影響は体重ではなくて、直接乳量の減少に反映されます。
 フリーストールなどの群管理では、初産牛の体重が減少していくようであれば、まずもって飼料内容、飼育密度、ベッドや牛舎の施設構造を根本的に考えなおす必要があります。初産牛の体重が減少していくのは、特別の場合に限られます。それは、病気の牛か、双子を産んだような牛です。また、最高日乳量でも30kgを下回ることがあるようであれば、同様のことを同時に問いたださなければなりません。


 次回は、ボディコンデションからみた「群管理」について述べたいと思います。

 

(筆者:愛知県立農業大学校畜産科長)

 

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