経営自慢

脱サラをして新規に肉用牛肥育経営に取り組む

 

清 水   誠

 

 1.地 域 の 概 況

 山口県防府市は平成9年にNHK大河ドラマ「毛利元就」ブームの恩恵を受け、市内にある毛利博物館は例年以上の観光客が押し寄せ、少なからず知名度を上げた地方の小都市です。
 この市は、山口県中央部で瀬戸内側に位置し、人口は11万9,000千人です。交通網はその海岸線に沿って国道2号線、北に向けては国道262号線が県庁のある山口市に走り、さらに市内を山陽本線が通り、山陽新幹線の停車駅(小郡駅)が近くにある交通の要衝です。
 気候は温暖で、年間降水量は1,764mm程度と生活環境は比較的恵まれています。 一方、農業は水稲、野菜、畜産(酪農、鶏、肉用牛)が盛んで、年間の粗生産額は(平成8年度)46億円で、そのうち、畜産は7.3億円です。


 2.新規就農者の心構え

 今回紹介する熊野純三さん(39歳)と美人の奥さんは、防府市街の北側にそびえる大平山(631m)の頂上で100頭規模の肉用牛肥育経営に取り組んでいます。
 熊野さんは学校卒業後すぐJRの職員として車両整備や営業を行っていました。しかし、父親の経営していた肉用牛肥育経営にはずっと魅力を感じており、その夢を捨てることはできず脱サラを決意し、奥さんを説得しました。一人がやるのではなく、あくまで夫婦2人でやることが基本との考えからでした。奥さんも薄々感じていたことでしたが、合意を得てからの決断は早く、平成5年には脱サラを決行しました。
 普通であれば父親の後継者として経営を引き継ぐはずですが、熊野さんの父親はそんな考えを一刀両断にし、あくまで新規就農を薦めました。その理由は、父親も45歳までサラリーマンでしたが、健康上の理由で退職、イチゴとメロンの栽培に取り組み、有機質肥料の重要性から牛も数頭飼養しました。その後、牛を飼う方が作業も楽であるし所得も安定すると判断し、近所の野菜農家4戸が集まって国庫補助事業により信和園団地を造り、肉用牛経営を本格的に開始しました。信和園はアパート方式なので、経営はそれぞれ独立しています。当初は預託牛方式でしたが、徐々に自己所有牛に切り替え、現在は無借金で経営は安定しています。
 つまり、素人から苦労して築いてきた技術なり、理念を安易に教わっていたのでは自分のものにはならないし、親からでも盗み取るぐらいの気合いがないと、絶対に一人前の経営者になれないとの父親の信念があったからです。 
「太平山の位置」の図 (24553 バイト)
太平山の位置


写真−1 配合機から飼料を取り出す熊野さん (32663 バイト)


写真−1 配合機から飼料を取り出す熊野さん


写真−2 ボブキャットでサイレージを運ぶ奥さん (35202 バイト)


写真−2 ボブキャットでサイレージを運ぶ奥さん


写真−3 牛舎全景 (28249 バイト)


写真−3 牛舎全景


写真−4 牛舎内部 (33029 バイト)


写真−4 牛舎内部


 3.新規就農スタートと指導機関の協力

 熊野さんが先ず行ったのは牛舎を造る場所探しからです。最初に相談をした防府市の畜産担当と一緒にあちこち探し歩き、さらに防府市が中心となり農協、普及センター、家畜保健衛生所などの関係機関と協議を重ねました。結局、かつて牛の放牧が盛んであった大平山の遊休地に農協が牛舎を建て、それをリースするというかなり有利な条件での目途がたち、土地と牛舎等の最も大きな設備投資は借りる必要がなくなりました。次は必要な機械と、素畜費、飼料代などの運転資金です。新規就農センターに相談後、関係機関の関係者が集まり、営農計画を作ることになりました。畜産会もその頃(平成6年秋)から参画し、小生も初めて新規就農のお手伝いをすることとなったのでした。
 借りることができる資金を検討した結果、農業改良資金の経営開始資金と新規就農資金の2本で対応することとなりました。しかし、山口県ではまだ前例がないケースだけに、県の資金担当者とは何度も激論を交わし、計画書を書き直し、必要なデータを揃え、結局、平成7年6月に資金を借りることができました。


 4.新規就農者の努力

 小生がこれまで携わってきた畜特資金借入の場合では、指導機関だけが奔走することがほとんどでしたが、熊野さんは導入出荷計画から経費の算出まですべての数値検討に参画し、自分の考えをはっきり示してくれました。何回となく検討がされ、その都度、その数値を小生がパソコンで集計すると、熊野さんはこのデータを十分理解した上で資金借入の申請様式に自分で記入していきました。
 指導機関の職員は熊野さんのこのような人柄に共感し、積極的に動いてくれました。当たり前と言われればそれまでですが、脱サラをしてまでやってみたい畜産という自分の城を、自らの足で場所を探し、計画、実行していこうという姿勢は基本であるし、一番重要なことであります。これらを無視して事業優先で大規模畜産団地等に取り組み、結局、失敗した例は数多くあるのではないでしょうか。


 5.畜産会の役割

 小生は熊野さんが経営を開始してからも経営診断を中心におつきあいをし、もう2年半になります。指導と言えるほどではありませんが、記録記帳の方法について、本人が一番記帳し易い様式を話し合ったり、肥育牛が出荷されはじめたときは1頭1日当たりの増価額という概念を示したりと、時期にあった内容の話しをしています。
 また、枝肉出荷成績の参考となるような全国数値などの必要なデータや中央畜産会の『経営情報』誌は随時提供しています。


 6.肉用牛肥育経営の現状

 熊野さんの大平山の牛舎には予定通り100頭の牛が入り、平成9年にはやっと肥育牛を1年を通じて出荷できました。導入当初はヌレ子の事故が続いたり、飼料の配合で悩んだり、仕上げ時期の見極めがつかなかったりと技術的な問題が多く出てきましたが、一つ一つ問題に対応していきました。出荷牛の実績を見るとその技術は着実に向上してきています。
 また、激論を交わした県の担当者は資金借入後、初めてこの牧場を訪れ、「あの人なら大丈夫」とすっかり熊野さんに惚れ込んで太鼓判をおしてくれました。それ以外としては、日本農業新聞や農業共済新聞などから取材が殺到し、変に時間を取られることが多く困った時もあったそうです。


 7.お わ り に

 現在の社会情勢は畜産だけでなく日本経済そのものが不安定な時代です。経営者に求められる能力や度量はかなり高いものが要求されます。下手すると生活そのものが一転する時代です。そんな戦国時代を、元就の3本の矢の教えとまではいかないまでも大平山の城で妻と共に、父親の教えを如何に実戦していくのか、これからが正念場であると思います。


(報告者:山口県畜産会畜産コンサルタント)

 

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