活動・取り組み内容の調査報告書

 

千葉県・川名正幸経営(酪農)

                  
学校法人福原学園 常務理事 堀尾房造


1.取り組みの概要  川名氏は、「循環型酪農をめざして −自給飼料生産基盤拡大、環境保全、計数管理のトータルマネージメント−」をテーマに業績発表を行い、平成13年度畜産大賞 経営部門優秀賞、平成12年度全国畜産経営管理技術発表会 最優秀賞を受賞した事例である。

当時の業績発表で高く評価されたのは次の諸点である。

第1は、自給飼料生産基盤確保の確保である。千葉県房総地方の水田地帯で飼料生産基盤に決して恵まれていないにもかかわらず、昭和49年の経営移譲後、購入と借地によって自給飼料生産基盤の拡大に力を入れてきた。この結果、平成11年の飼料作付延べ面積が25.4haに達し、夏作コーン、冬作イタリアンの年2作の作付体系で飼料生産を行ってきた。

第2は、牛群検定事業の成績を活かした牛群改良である。平成4年に搾乳牛1頭当たり乳量を1万kgに高め、以降毎年1.1〜1.2万kgの高乳量を安定的に確保している。平成7年には搾乳牛1頭当たり1.2万kg(県平均牛群検定乳量8,719kg)、とくに自家産牛2頭は1.7万kgを搾り、都府県乳量生産量の新記録を樹立するなど飛躍的に牛群改良を進めてきた。

第3は、高泌乳牛の飼養管理方法である。自給飼料を基礎飼料として、通年サイレージ給与をTMR給与方式で実施するとともに、個体乳量に応じたきめ細かい給与量を設定してきた。

第4は、土づくりである。平成4年に自ら組合長となり3戸でふん尿処理施設を設置し、自給飼料畑への還元や地域の花卉等の耕種農家に供給してきた。

第5は、科学的経営管理を行っていたことである。昭和49年の結婚以来、夫人が簿記記帳を担当し、収支分析と資産・負債状況の把握を行い、その結果を経営改善計画作成等に活かしてきた。

第6は、地域の中核的畜産農家としての活動である。県や市の各種委員会の委員として積極的に活動するとともに、県内外の酪農後継者を研修生として受け入れ、技術、経営指導を行ってきた。

以上のように「土−草−牛」を重視した経営に取り組み、平成11年当時、飼料畑10ha強、家族労働力2.5人、パート1名で経産牛82頭、初妊育成牛61頭を飼養し、総所得1,210万円、所得率23.1%、乳飼比38.2%の高成績をあげていた。

 


2.受賞後の活動・取り組みの変化 表彰の対象となった当時(平成11〜12年)と比較して変化のあった取り組みの概要については、以下のとおりである。
 [1] 法人化して有限会社となる(平成16年7月15日)
 [2] フリーストール牛舎を新築(平成15年7月、150頭収容能力)
 [3] 飼養頭数の増加(経産牛82→127頭、初妊育成牛61→65頭)
 [4] 飼料畑の拡大(10→14ha)
 [5] 大型バンカーサイロの建設(平成15年自給飼料増産対策事業で168m3を6基)
 [6] 共同ふん尿処理施設の増設(平成15年:15×75m、平成18年予定:15×75m)
 [7] 中国人の長期研修生の受け入れ
 [8] 長男の就農(平成18年3月)

受賞当時の川名さんは、その時すでに長男が酪農学園大学に進学し、将来の就農が予定されていたことから、そのことを前提にした畜舎の増改築を伴う規模拡大構想を持っていた。この5年間で当時の規模拡大構想を長男の意向を盛り込みながら着実に実行に移し、経営移譲に当たっての基盤づくりをほぼ終了させている。具体的には、飼料生産基盤の拡大と集団化、省力化のためのフリーストール牛舎の新築、ふん尿処理施設の拡充と併行しながら、高能力牛の自家育成による増頭を行ってきた。従来のスタンチョン牛舎からフリーストール牛舎に変更したにもかかわらず、経産牛1頭当たり乳量1万kg以上を着実に確保している。

一方、規模拡大に伴うふん尿処理量の増加に対しては施設の拡充で対応し、生産堆肥の20%をフリーストール牛舎のベッドに戻している。

また、規模拡大と飼料作面積の拡大に伴う労働面の課題についてはパート労働1名と(社)千葉県農業協会の仲介により中国人長期研修生を1名を受け入れることによって、労働過重を回避している。なお、平成18年3月中旬からは長男の就農によって、よりゆとりある経営が可能となっている。

ETについては、牛群改良のためのホルスタインの受精卵と黒毛和牛の受精卵の移植を種付け牛の7〜8%に実施している。平成17年実績でホルスタイン6頭、黒毛和牛6頭が分娩している。

育成牛については、岩手県葛巻町畜産公社と北海道への預託育成により強腱なモト牛づくりを行っている。(葛巻町の預託料は1頭1日当たり500円、北海道は売り渡し、優先買取りが原則。)

 

 


3.活動の成果及び評価 川名牧場は房総半島の首都圏観光地にあり、自給飼料生産基盤に決して恵まれていない地域の中で土地の購入と借地で自給飼料生産に力を入れ、これを基幹飼料に通年サイレージ給与をTMR方式で調製し、高能力牛に給与することで、経産牛1頭当たり平均年間産乳量1万kg以上を達成している。「土−草−牛」の結びつきを重視した循環型酪農の典型的な経営であり、この方針を一貫して実践しているところに特徴があり、受賞当時と変わらず、「土−草−牛」の結びつきを重視した経営理念のもとに高能率、高収益な経営を今日まで変更・後退することなく続けている点が高く評価される。

近年実施した規模拡大にあたっては無駄な投資を避け、効率性と経済性を記録によって検討して行っている。その一例として、平成15年完成のフリーストール牛舎完成時に採用した搾乳方式があげられる。受賞当時描いていたミルキングパーラー方式の採用は見送り、旧スタンチョン牛舎を流用した簡易アブレスト方式で10台のミルカーを利用し搾乳している。

また、フリーストール牛舎完成時の増頭に備えて自家産の高能力牛を系統育成するために預託頭数を増やすことにより、初妊牛の外部導入による経済負担を回避している。

 

 


4.川名牧場の先進性・模範性〜活動内容に学ぶ他の経営への普及の可能性〜   上述したように、川名氏は酪農経営の基本理念を「土−草−牛」の結び付きに置き、記録に基づく検討、飼料生産基盤の拡大に裏づけられた頭数規模の拡大を着実に行い、安定した産乳量を確保するとともに適正なふん尿処理を実行している。こうした経営手法は府県酪農家の模範となる。

実際に川名さんのところには、県内外から多くの研修生が勉強に訪れ、その指導に当たっている。また、川名氏は先進的酪農家として県の畜産振興基本方針策定、農業等基本問題調査会、千葉県長期ビジョン策定県民会議のメンバーとして施策立案に参加するとともに地元館山市畜産奨励委員会の委員長を務めており、畜産・農業の振興に寄与している。

 


5.今後の課題 平成12年頃は、顔の見える牛乳を消費者に届けることをねらいとして、夫婦の顔写真を印刷したオリジナル牛乳パック「館山牛乳」を地元スーパーで販売しており、さらにアイスクリーム等の乳製品の製造・販売に取り組む構想もあった。しかし、顔写真入りのパック牛乳については製造元(組合)の収益性の点から販売を中止し、乳製品の製造・販売についても労力と販路確保の点で問題があるとの判断から実現しておらず、当分は、良質乳の生産のみに力を注いでいくとのことであった。この背景として全国的な生乳の過剰生産に伴う高品質乳生産の必要性があるものと考えられる。

 

 

6.写真等


平成15年に新築したフリーストール牛舎
 

平成15年に新築した大型バンカーサイロ
 

川名正幸氏(右)とご長男
 

平成15年に増設したふん尿共同処理施設