活動・取り組み内容の調査報告書

 

機械化利用組合を核とした飼料イネ栽培の取り組み
群馬県・旧群馬県中部農業総合事務所経営普及部

                  
岐阜大学地域科学部 教授 小栗克之

 

本事例は、旧群馬県中部農業総合事務所経営普及部(以下、「中部農業改良普及センター」という。)が取り組んだ飼料イネの普及・定着のための活動であり、平成13年度畜産大賞指導支援部門に出品された事例である。

なお、中部農業改良普及センターは、平成17年度に行われた組織改正により、農政総務部と経営普及部が統合されて群馬県中部県民局農業部中部農業事務所農業振興課(以下、「中部農業事務所農業振興課」という。)となっている。現在、当課には7つのグループがあり、その中で畜産経営や飼料作物栽培指導は、地域生産グループが行っている。当グループの担当者に最近の取り組み概況を伺った。
 

1.取り組みの概要(平成13年度当時)  
平成13年当時の取り組みの概要をまとめると、以下のようである。

(1)機械化利用組合を核とした飼料イネ栽培の普及・定着の取り組み
・中部農業改良普及センターでは、平成9年から転作作物としての飼料イネに注目し、併せて県単補助事業「飼料用稲作付拡大・流通対策事業」が制定されたことなどもあり、積極的に普及・指導に着手することになった。

・飼料イネ栽培の取り組みを推進するにあたって、当時、転作圃場の管理を請け負っていた旧宮城村(平成16年12月に前橋市に合併)の鼻毛石機械利用組合にて実証することとした。なお、当組合が本格的に飼料イネ栽培を開始したのは、平成11年度からである。

・鼻毛石機械利用組合は、中部農業改良普及センターの指導の下、平成11年に8.1ha(乾田直播2.1ha、湛水直播6.0ha)、12年に6.6ha(乾田直播5.4ha、湛水直播1.2ha)の飼料用イネを転作水田に作付けした。

・中部農業普及センターは、飼料用イネの家畜への給与試験(栽培に取り組んだ鼻毛石機械利用組合の大家畜飼養農家に対する給与試験)、組合外の大家畜飼養農家に対する飼料イネ利用に関するアンケート調査を行い、普及拡大にあたっての支援を行った。

(2)鼻毛石機械利用組合について
鼻毛石機械利用組合は、平成3年に農業後継者等を中心に7名(畜産農家4名、耕種農家3名)で結成された組織である。結成当時の構成員の平均年齢は約31歳と若く、地域の中心的な農業者の集団であり、村内を中心に、大型農業機械を利用した水稲の受託作業を実施していた。平成10年度には、構成員数10名(畜産農家8名、耕種農家2名)となり、地域で米麦収穫作業を受託する有数の組織となっている。

飼料イネ栽培の取り組みを開始した当時の構成員の内訳は下表のとおりである。構成員は畜産農家8戸と耕種2戸(野菜、果樹栽培)であるが、ほとんどは水田と畑地を有しており、稲作との複合経営である(平成11年当時の構成員10名の耕地面積14.3ha、うち水田4.7ha)。なお、平成18年3月現在においても、当組合の構成員は10名で、構成メンバーは変わっていない。

表1 鼻毛石機械利用組合の構成員の内訳(平成11年)
 構成員(10戸)   畜産農家(8戸)  酪農(5戸)
150頭
肉用牛  繁殖(1戸) 
20頭
 肥育(2戸) 
400頭
 耕種農家(2戸)  野菜(1戸)   
果樹(1戸)   


飼料イネの作付けについては、自分たちの転作田と構成員以外の地域の転作田を利用して行い、収穫した飼料イネは構成員の畜産農家において全量を給与する仕組みである。

栽培面積については、平成16年度及び17年度で7.3haであり、11〜12年当時の面積とあまり変化していない。なお、栽培方法については、17年度に直播から移植に切り替えている。
  

 


2.最近の取り組み(活動の変化の内容とその背景)
最近の中部農業事務所農業振興課による飼料イネ栽培の普及拡大に対する取り組みは、かつてほど積極的ではない。

その要因の一つとして、組織再編による担当者数の減少があげられる。また、農家においても転作に対する政府の支援体制の変化から、取り組み姿勢がやや後退している感がある。このため、中部農業事務所農業振興課の担当者は飼料イネ栽培・利用への取り組みを農家側に働きかけていくというかつての姿勢から、現在では関係農家から何か相談があれば応ずるという受け身の体制になってきている。

組織体制の変化の一方、現場(鼻毛石機械利用組合による飼料イネの栽培方法)でも大きな変化がみられる。かつては直播であったが、平成17年度から移植に転換している(表2参照)。

表2 飼料イネの栽培方法の変化
                   単位:ha

年度
 栽培面積 
(合計)
直播
 移植 
 乾田 
 湛水 
 平成11 
  12 
8.1
6.6
2.1
5.4
6.0
1.2
0
0
16 
  17 
7.3
7.3
0
0
7.3
0
0
7.3

 
このように変化した背景には、直播した場合、省力的で作業が楽であるものの、トータルでみると移植よりもコスト(労働費を除いた物財費)がかかるとの判断からである。コスト高の要因としては、種子代および除草費が、移植に比べて直播の方がかかる。種子代についていえば、出芽苗立てを良くするため種モミにカルパー(過酸化カルシウム)を粉衣するが、そのカルパー代が高いことによる。

また、発芽率が移植よりも低いため、移植と同じ収量を上げるためには単位面積当たりの播種量を増やす必要があり、また播種後の鳥害もあることから、種子代を多く要する。除草剤についても、移植に比べて直播の方が雑草が繁茂することから多量に必要になる。労働費は直播の方が移植よりも少ないが、当組合に雇用はなく、自家労働の持ち寄りのため、労働時間が多くかかっても、作業は大変であるもののコストとして必ずしも認識されない(農業所得を追求する段階では…)。

したがって、当初は直播による省力化と低コスト生産を目指したが、結果的には種子代と除草剤によるコスト高(労働費を除いた物財費)となり、移植の方を選択することとなったのである。

現在、群馬県内の飼料イネの栽培は、同様の理由からほとんど移植栽培になっているという。

 
表3 栽培方法(直播と移植)の比較

直播
     
移植
労働力
発芽率
播種量(単位面積当たり)
除草剤の使用量
種モミへのカルパーの使用
コスト(労働費を除いた物財費)

表4に、鼻毛石機械利用組合の飼料イネ栽培コストを示した。平成12年当時は直播(乾田および湛水)であったため、10a当たりの労働時間はわずか2.35時間にすぎず、移植の約15分の1であった。したがって、労働費を含めた10a当たりの費用は36,882円であり、TDN1kg当たりの費用は68.6円と試算される。輸入乾草TDN1kg当たりの購入価格は、当時、全国平均が約75円であり、それよりも安い。しかし、直播の場合、前述のようにカルパー代や除草剤費がかかること等から、近年では移植に切り替えている。

移植にした場合の現在のコストは調査されていないが、聞き取りと群馬県農林水産統計の水稲生産費(平成16年度)から、表4のように推定値を示した。

それによると、TDN1kg当たりの飼料イネの費用は約170円と試算され、輸入乾草の約80円(平成16年度の全国平均)の約2倍であり、畜産農家にとって一般的には採算の合うものではない。このように高くなるのは、移植による労働時間が直播に比べて著しく高い(当事例の場合、約15倍)ことによる。労働費を除いた経営費でみると、10a当たりの経営費は27,624円と試算され、直播の場合の29,851円に比べても安い。したがって、TDN1kg当たり経営費は63.1円であり、輸入乾草の約80円よりも安い。

遊休労働を活用するならば、輸入乾草の購入よりも飼料イネの栽培が有利となる。当地域のように、畜産の規模がそれほど大きくはなく、耕種との複合経営である場合には労働の機会費用は低く、機会費用価法による自給飼料の費用価は低くなり、購入飼料に比べての自給飼料の有利性は高くなる。

畜産専業農家の場合には、労働の機会費用は高く、上記のような状況のもとでは、輸入乾草の利用が飼料イネの利用よりもはるかに有利となる。酪農専業の場合には、そのようにいえる。ただし、当地域のように耕種と畜産(酪農や肉用繁殖牛)の複合経営の場合には、必ずしもそのようにいえないのである。

表4 飼料イネのコスト(10a当たり)
                     単位:円
費目
直播
 (平成12年) 
移植
 (平成16年) 
 費 
 経 

種苗費
薬剤費
動力光熱費
資材費
機械・償却費
3,635
3,837
593
6,893
14,888
2,524
( 3,000)
( 600)
( 5,500)
(16,000)
小計
29,851
(27,624)
  
労働費
7,031
47,144
合計
36,882
74,768
10a当たり
収量
労働時間
2,278kg
2.35時間
3,200kg
33.9時間
TDN1kg当たり
経営費
費用
輸入乾草
55.5
68.6
約75円
63.1
170.7
約80円

注1:直播(12年)の費用は、平成13年度出品時に記載された鼻毛石機械利用組合の栽培実績に基づいた。なお、TDN1kg当たりの経営費や費用は、ホールクロップサイレージのTDN含量23.6%という分析値(同資料)に基づき算出した。
注2:移植(16年)の費用のうち、( )内の数値は聞き取り調査からの推定値である。( )以外の費用細目および労働時間の数値は、群馬県農林水産統計の水稲生産費(16年)による。なお、TDN1kg当たりの経費については、生草のTDN1kg含量を13.7%と仮定して算出した。

 なお、品種については、本事業を開始した平成11年度は飼料専用種である極晩生の「瑞豊」であり、平成12年度は同じく専用種である極晩生の「はまさり」を作付けした。現在は「ほしあおば」等の品種が中心である。

 

 

 
3.本事例の取り組みの意義〜活動内容に学ぶ他の地域への波及の可能性〜   平成9年から転作作物としての飼料イネに注目し、併せて県単補助事業が制定されたことも相成って、積極的に推進してきた結果、県内の飼料イネの栽培面積も表3のように急速に拡大、普及していった。このように普及の背景には普及センター、役場、農協等の技術的・政策的支援が果たした役割が大きい。

表5 群馬県における飼料イネ栽培面積の推移

年度
 平成7年 
 12年 
 17年 
 栽培面積(ha) 
5.0
35.0
168.4
注:17年度は、群馬県農業局畜産課編「耕畜連携のすすめ!vol.6」による

しかし、[1]転作に対する行政の支援体制の変化から、飼料イネの栽培・利用に対する取り組み姿勢が作付現場でやや後退させている感があること、[2]当地の県単補助事業も平成18年度をもって終了する、といった事情もあり、今後の展開には厳しいものが予測される。

当地に限らず、今後の飼料イネの栽培・利用は、これまで普及センターや役場、農協、政府等の公的機関からの技術的・政策的支援を受けて育った助走期間を終え、農家側の自立的発展が求められる段階に入りつつある。自立的発展という観点から、今後を展望するとき、飼料イネのコスト問題が大きく横たわっている。畜産農家は輸入粗飼料の購入価格との対比(有利性比較)で飼料イネの利用の有無を考える。したがって、飼料イネのコストは輸入粗飼料の購入価格を下回り、飼料イネの栽培・利用が有利になることが必要である。

表4でみたように、移植栽培へ移行した現在、労働費を除外した経営費でみると、輸入乾草の購入価格よりも飼料イネの方が安い。したがって、耕種部門と複合経営の畜産農家が遊休労働を活用して飼料イネを作る場合には、飼料イネが有利である。しかし、労働の機会費用が高い畜産専業農家の場合には、労働費を含む飼料イネの費用が輸入乾草の購入価格よりもはるかに高い現状にあることから、輸入乾草の購入が有利である。輸入乾草を購入することによって不必要になった飼料生産労働を家畜の飼養労働に振り向けた方(飼養頭数の増加)が有利になる。畜産専業農家が飼料イネを生産する場合には、労働費を大幅に軽減させ、労働費を含む費用の低コスト化を図る直播栽培が、再度見直される時期がくると推察される。

ただし、耕種部門と複合経営にある畜産農家にとっては、移植の方が労働費を除いた経営費が軽減し有利となる。当地域は、まさしく現在その段階にあるといえよう。当初、直播による労働費を含めた低コスト生産を当地ではめざしたが、当地の畜産経営の発展段階から見るとき、それは時期尚早であり、その反省の上に立っての、軌道修正(直播→移植)とも見なしうる。

いずれにしても、今後、飼料イネのコスト低下が、自立的発展の最大の課題であり、そのためには、土地の集積により大型機械を効率的に使うことができる体制を地域で創り上げていく不断の努力が必要であろう。