平成22年度畜産大賞
審査講評

中央全体審査委員会委員長 宮崎 昭

 


 中央全体審査委員会と各部門の中央審査委員会を代表して、審査の結果と「畜産大賞」選考の経緯について報告します。

 今年度審査の対象となった出品事例は、経営部門10事例、地域畜産振興部門17事例、研究開発部門16事例で、合わせますと「畜産大賞」の選考対象は43事例になります。

 審査の結果はお手元にあります式典資料の通り、「畜産大賞」は地域畜産振興部門で最優秀賞を受賞しました、有限会社別海町(べつかいちょう)酪農研修牧場であり、出品タイトルは『「家族と大草原で牛飼いをしませんか 〜深刻化する担い手不足対策のための新規就農者支援システム〜」』であります。

 最優秀賞は、経営部門が岡山県岡山市東区松新町(おかやまけん おかやまし ひがしく まつしんちょう)の松崎隆(まつざき たかし)、松崎まり子氏による資源循環型酪農経営であり、出品タイトルは『「今の私たち、酪農家冥利に尽きます!〜市街化が進む中、土地循環型酪農を目指した地域のオアシス〜」』、研究開発部門は北海道札幌市の泌乳曲線改良(ひにゅうきょくせんかいりょう)グループであり、出品タイトルは『「乳牛の平準化した泌乳曲線への改良とその実用性」』であります。

 これらの受賞事例の具体的な内容につきましては、この後、行われます業績発表において受賞された方々から詳細報告されることになっておりますので、私からはそれぞれの受賞事例の概要と評価の根拠となった特徴点を中心に紹介したいと思います。

 まず、「畜産大賞」を受賞しました有限会社別海町(べつかいちょう)酪農研修牧場についてであります。
この研修牧場は、別海町(べつかいちょう)と農協によって設立され、町の基幹産業である酪農を維持・発展させるために地域外から新規就農希望者を募って育成するシステムで、新規就農者の支援体制を一貫化し、平成9年以降、47組の新規就農者を別海町(べつかいちょう)を中心にしてその周辺に定着させています。

 研修生の受入れに当たっては経験不問で、やる気があれば夫婦とも臨時職員として給与と住居を与え、研修に専念できるよう配慮しています。研修には牧場長と指導員3名があたり、タイストールとフリーストールの2つの牛舎をローテーションさせながら、実践研修として乳牛管理、繁殖管理、夜間確認から草地管理および牧草収穫作業、機械保守などの基本技術を学習、経験できる体系的な研修プログラムを提供しております。

 それによって1人立ちできる経営者を育てるのみならず、広範な講師陣による技術・経営両面の座学講義、生活面での指導を行っています。研修中はつねに就農後に経験する可能性のあるあらゆる体験をさせる意味合いから、指導員があえて手を貸さない愛のむちをふるう勇気をもって教育しております。また座学は就農後、支援を受け易い人脈づくりになっているなど、つねに研修生の将来を見据えて親身な教育を行ってきた点が高く評価されました。

 研修生は指導員とともに乳牛の動態表、搾乳牛の状況、バルク温度、バルク乳結果報告を毎日研修業務日誌に記載することが義務づけられており、さらに牛群のモニタリングをした確認報告書の記帳、提出を行っています。それらは指導員が原則当日に、また牧場長が翌日にスピード決裁します。

 別海町(べつかいちょう)の基本計画では放牧・草地酪農等の環境循環型農業の推進、生乳加工等の高付加価値型地場産業の育成等の酪農を主体とした戦略が今後の振興方向と見据えています。その一環としての新規就農者育成には多額の費用がかかっていますが、それによって酪農を中心とした地域づくりが将来可能になると確信しています。

 研修終了後は、公社営農場リース事業によって施設、牛、機械を借り入れて就農し、5年後に買い取り独立することになっており、町は就農時に300万円の助成金を交付します。その後は農協が中心となって、研修生指導協議会、普及センター、農業共済組合、酪農ヘルパー組合などが強力な支援体制を組み、5年程度は経営指導担当者を張りつけ、能力、労働力、資本装備に合わせた営農形態になるよう支援を続けます。研修修了生による同窓会もあり、新規就農者の連携体制が強化されていることもあって、平成9年以降15年近くの間に夫婦60組、独身者3名を受入れ、そのうち夫婦47組と独身者1名を就農させました。特に16年以降は研修中断者を1人も出さないまでになっています。

 研修生は、研修牧場自体がISO9001を取得していることから環境、衛生面に配慮した基本的な飼養管理技術、草地管理技術を学ぶので極めて乳質の高い生乳生産を実践しております。平成19年度には就農5年目のOBが北海道乳質改善大賞を受賞しましたが、別のOBも牧場長宛の年賀状に「乳質は日本一になれたと思う」と書くなど自信をもって酪農に励んでいます。研修生たちは地域酪農の底上げに役立つばかりか、既存の酪農家に対しても良い刺激を与えつつあります。

 研修牧場の生乳は(株)べつかい乳業興社に出荷されており、そこで乳製品加工の体験もでき、町民や地域外消費者との交流もできます。牛乳が学校給食や病院、飲食店など地元はもとより、全国にも販売され、研修生のはげみにもなっております。今では牧場と興社が地元の牛乳・乳製品の中心地と認識されるようになりました。

 酪農王国北海道でもっとも酪農に特化した別海町(べつかいちょう)の研修牧場は地元 中・高生、生協組合員、姉妹都市消費者、大学生などの牧場体験研修の受け入れにも熱心で、21年には557名がここを利用し、22年からは役場の新任研修の場として人材教育に役立っています。さらに近年、作付面積が拡大した単収の多いとうもろこしについて、研修牧場は信頼できる実験展示圃場となって、ますます地元の期待に応えようとしています。

 続いて、その他の最優秀賞受賞事例についてであります。
経営部門の松崎隆(まつざき たかし)氏は昭和46年に後継者として就農し、翌年結婚し、松崎まり子氏と2人で経産牛20頭から、現在の57頭まで飼養規模を拡大されました。増頭に合わせて稲ワラ収集と自給飼料生産に力を入れて、土地循環型酪農経営を確立されました。この間の平成6年、長男が就農されたことを機に施設や機械を整備してさらに増頭しました。現在、混住化が進む地域において、3人で借地による飼料基盤の拡大を図りながら、経産牛57頭規模の酪農を経営し、所得1,600万円、所得率約30%を確保しています。地域柄、堆肥処理や悪臭防止に努めていますが、それ以上に近隣の人々に酪農を理解し応援してもらえる活動に力を入れ、「牧場ファンクラブ」による酪農体験活動や自家育成の健康な牛から搾った高品質な牛乳を原料にジェラート(イタリア風のアイスクリーム・シャーベット)の製造販売などを行っています。また、家族経営協定を締結し、作業分担の明確化を図るとともに、長期負債なしの堅実経営を実践し、高い収益性を実現させています。

 市街地化が進むこの地域において農地の集積を積極的に行い、自給飼料に基づいた資源循環型酪農経営を確立・展開している点は、模範とされる経営と高く評価されました。なお、加工販売への取り組みは、まだ緒に着いたばかりですが、今後の展開に期待ができると思われます。

 つぎに研究開発部門の泌乳曲線改良(ひにゅうきょくせんかいりょう)グループについてであります。高泌乳牛は分娩直後に急激に乳生産を増加させ、泌乳ピークまでの分娩後約2ヵ月間は乳生産量が採食量を大きく上回り、エネルギーバランスが極端なマイナスとなります。その結果、免疫機能の低下や乳房炎、繁殖障害などの疾病の多発と受胎率低下による空胎日数の増加が起きがちです。

 これらの問題を解決するため、総乳量を改良させながらも、その改良量を泌乳前期から中後期に移す低ピーク・持続型の高泌乳牛の作出の有効性を検討しました。その結果、まず平準化した泌乳曲線を持つ高泌乳牛は分娩後の負のエネルギーバランスを軽減するため、疾病の発生や受胎率の改善が認められ、さらに全泌乳期間の濃厚飼料給与量が105kg削減され、逆に粗飼料を122kg多く利用でき、自給粗飼料利用拡大につながるなど、経営面での改善が認められました。これによって泌乳曲線を平準化する遺伝的改良手法が実践的に有効な乳用牛改良手法であることを明らかにしました。

 本研究は育種、繁殖、疾病、栄養、生理、経営の研究分野と改良の普及現場に関わる総勢21名による研究の基礎から酪農現場までを網羅した包括的・実用的な研究成果で、「平準化した泌乳曲線を持つ乳牛への改良」は酪農関係者による国の多くの会議で議論され、家畜改良増殖目標(平成22年7月)や酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針(平成22年7月)で、わが国の酪農業の発展に必須な技術として位置づけられ、諸外国からも注目されており、わが国から発信された乳牛改良技術が世界の目指すべき酪農の方向性を先導する可能性があるものと期待されています。

 以上、「大賞」と2つの部門の最優秀賞の受賞事例につきまして、その概要と評価の根拠を説明させて頂きました。いずれの事例もそれぞれの部門におきまして素晴らしい業績をあげ、大きな意義を持つ事例であります。「大賞」は異質な部門の最優秀賞の中から選ぶことになっております。そこに審査の難しさがあるわけでありますが、日本畜産の置かれている現状と将来方向に照らして、総合的な判断に基づいて、今、表彰する意味合いを考えて選ばせて頂きました。

 時間の関係で講評を割愛せざるを得ませんが、最優秀賞に至らなかった各部門の優秀賞および特別賞受賞事例、残念ながら選外となりました事例につきましても、それぞれの部門におきまして、優れた実績を持つ事例ばかりでありました。それらの事例をも含めまして、その内容が日本全国に広まることによって、この表彰事業が日本畜産の前進にいささかなりとも寄与することができればと願っております。

 最後になりましたが、受賞されました皆様方に心からお祝いを申し上げますとともに、今後の一層のご活躍を期待して、審査講評を終わらせていただきます。ありがとうございました。


 

(本稿は業績発表・表彰式の審査講評の要旨を畜産コンサルタント編集部がまとめ、同誌に掲載したものです)