平成18年度畜産大賞
審査講評

麻布大学 名誉教授 栗原幸一

 


中央全体審査委員会と各部門の中央審査委員会を代表して、審査の結果と「畜産大賞」選考の経緯について報告申し上げます。

今年度審査の対象となった出品事例は、経営部門10事例、地域畜産振興部門23事例、研究開発部門10事例であり、それらを合わせると「畜産大賞」の選考対象は43事例になります。

審査の結果は、別掲の通り、畜産大賞は地域畜産振興部門で最優秀賞を受賞した山口県の山口型放牧研究会で、「山口発『放牧維新』―放牧で創る新しい地域農業―」 であります。

最優秀賞は経営部門が秋田県の柴田輝男さん・柴田誠子さん夫妻による「地域社会と調和しながら確立した草地型酪農」、研究開発部門は生物系特定産業技術研究支援センター・細断型ロールベーラ研究開発グループによる「細断型ロールベーラの開発と高品質コーンサイレージの調製技術」であります。

これらの受賞事例の具体的な内容については、この後行われる業績発表において受賞された方々から詳細が報告されることになっていますので、私からはそれぞれの事例の概要と評価の根拠となった特徴点を中心に紹介をしたいと思います。


まず、畜産大賞を受賞した山口型放牧研究会の活動についてであります。

山口型放牧研究会は、平成15年に設立された研究会であり、荒廃農地や転作田を活用した肉用牛放牧についての技術研修、経験交流、情報交換を目的とした組織であります。

会員は肉用牛飼育農家、放牧地を提供する耕種農家、農協その他の関係団体の職員、市町村・県の行政担当・試験研究担当職員等であり、会員数は現在約250名。いわゆる山口型放牧に関心を持つ人であれば誰でも入れる個人参加型の任意組織であります。

山口県では平成元年に県の単独事業として、国の補助事業の採択要件に満たない1ha未満の水田を対象に、牧草導入等の基盤整備、簡易牛舎等の利用施設などを整備するための補助事業を起こし、その後おおむね3年ごとに事業内容を変えて耕作放棄水田や棚田などの利用度の低い水田を活用した肉用牛放牧を推進してきました。

その結果、県下全域に肉用牛放牧が広まり、平成15年には放牧利用面積が100haを上回るまでになりました。それを契機に、それまで地域ごとにそれぞれの考え方で進められてきた放牧経験を集約し、問題を整理して改善方策を検討し、さらに肉用牛放牧を広めることを目的として、官民一体型のこの研究会が設立されました。

研究会設立後3年間に放牧利用面積はほぼ倍増し、平成18年には200haを上回るに至っております。

この研究会の活動に集約されている山口県における肉用牛放牧普及推進活動の優れている点は、まず中山間地域の劣悪な圃場条件に配慮した小規模補助事業による肉用牛放牧導入への行政の弾力的な対応であります。耕作放棄され荒廃化が進行する山沿いの面積零細な棚田や谷地田でも導入可能なように、縛(しば)りのゆるい事業を仕組むことによって農家の取り組みを容易にしていることであります。

優れている点の2つ目は、放牧実施農家、放牧農地提供農家、関係団体、行政機関、試験研究機関等の相互の連携・交流を密接なものにし、問題の把握・調査研究の実施・調査研究結果の迅速なフィードバックを可能にする推進体制を確立していることであります。その要になっているのが、関係者を網羅したこの研究会であります。

優れている点の3つ目は、これまでの活動を通じて築き上げられた「いつでも、どこでも、だれでも、簡単にできる」放牧システムであります。同一圃場での「固定放牧」と簡易電牧利用による「移動放牧」の組み合わせ、集落営農組織への肉用牛放牧導入の仕組み、「放牧牛バンク」による放牧牛の貸し出し制度や脱柵した牛が引き起こすかもしれない損害賠償のための保険制度の構築など、地域の状況や放牧希望農家の状況に対応した弾力的な導入が可能なシステムをつくり上げていることであります。

今回、この事例が「畜産大賞」に値するとして評価されたのは、近年、急増している耕作放棄地、荒廃農地の活用手段として肉用牛放牧に着目し、全国に先駆けて水田利用による肉用牛の放牧方式を確立したこと、最近いわれるところの「日本型放牧」の原型をつくり出したことにあります。

ご承知のように、耕作放棄地、転作田等の水田を利用した放牧は、山口県を発信地としていま全国に広まってきております。農地の保全、農地の有効利用といった農業生産領域にとどまらず、地域の景観維持や環境保全といったことからもきわめて有効な手段として注目されてきております。耕作放棄地、荒廃農地の増大は、いうまでもなく日本農業の衰退につながるものであり、それを防止し、活用する方策を確立することは、現在もっとも重要な課題といっても言い過ぎではありません。

この事例の長年にわたる経験を通じて築き上げられた放牧システムや普及推進の手法・体制は、その課題に対して有効な指針を提示するものといえます。まさに時代の要求に応える畜産による地域振興の活動事例として「大賞」に値するものと評価しました。


続いて、その他の部門の最優秀賞受賞事例についてであります。経営部門の柴田輝男さん・柴田誠子さん夫妻の酪農経営は、
秋田県の西南部、山形県との境にそびえる鳥海山麓の北側に位置する地域にあり、草地を主とする40haの農地を基盤に経産牛平均60頭を飼養する経営であります。

経営の詳細については本人からの報告に譲るとしまして、この経営の優れている点を申し上げますと、まず、自給飼料生産基盤を拡充し、さらに地域内の稲作、果樹、野菜農家と連携して資源循環型の酪農を築き上げていることであります。

経産牛1頭当たり65aを上回る草地と飼料畑を持ち、たい肥の40%を経営内で利用し、残りの60%は敷材料用のモミガラとの交換、果樹・野菜農家への販売に仕向け、地域内で循環利用する仕組みを確立しております。

優れている点の2つ目は、早くから牛群検定事業に取り組み経済能力の高い長命連産性の牛群を作り出していることであります。

現在飼養している経産牛の平均産次は4.3産、平均分娩間隔12.9ヵ月であり、これまで7回続けて全日本ホルスタイン共進会に出品する成績を上げております。

優れている点の3つ目は、施設・機械投資を抑制し、自己資本比率の高い安定した経営を築き上げていることであります。

畜舎・施設の大半は、古材、間伐材を利用して自家労力で建設しており、機械なども保守管理を徹底し、長期供用することによって投資を低く抑えております。借入金は飼料等の買掛金がほとんどであり、固定負債は乳牛導入資金の249万円にとどまっております。

優れている点の4つ目は、以上の総合された結果として低コストで安定的な高収益経営を実現していることであります。

乳脂率を3.5%に換算した牛乳1kg当たりの生産コストは50円40銭で、経産牛1頭当たりの年間経常所得は33万円を上回っております。

都府県の草地を基盤とした酪農としては、群を抜いた成績であるといえます。


次に、研究開発部門で最優秀賞を受賞した細断型ロールベーラ研究開発グループの研究開発についてであります。

この研究開発グループは企画・開発・統括チーム、実用化推進チーム、実証試験チームの3つのチームによって構成されており、独立行政法人、道県の試験研究機関、酪農業協同組合、民間農機メーカー等の多くのメンバーが加わっております。

ご承知のように、牧草を対象にしたロールベーラ・ベールラッパが開発されて以来、それまで増加していた飼料用トウモロコシの作付けが減少し、現在では牧草主体のラップサイレージ体系が大家畜畜産の標準的かつ一般的な技術として普及しております。従来の固定サイロによる飼料用トウモロコシのサイレージ体系では、収穫調製作業に少なくとも4〜5人の組作業を必要とし多くの労力が必要であったのに比べ、牧草主体のラップサイレージ体系の場合は作業要員が少なくて済み、その上作業が省力的であるからであります。

栄養価に富んでいる飼料用トウモロコシの利用は、飼料自給率を高めるためにも必須の課題であり、これまで畜産農家からも飼料用トウモロコシの省力的な収穫調製機械の開発が強く望まれてきておりました。

この研究グループが開発した細断型ロールベーラとべールラッパは、牧草を利用する場合と同じように飼料用トウモロコシを省力的にラップサイレージに調製することを可能にするものであります。

飼料用トウモロコシに限らず牧草への適用も既に実証されており、トウモロコシ、牧草に加えて、さらに軟弱圃場での機動性を高めることによって、飼料イネなどの収穫調製作業への利用が可能な汎用型機械への発展が期待されるものです。

わが国の食料自給率を高めるために、畜産における国内生産飼料への依存度を高めることが最大の課題になっております。このグループの研究開発はその課題に大きく寄与する画期的な研究開発として評価されます。

以上、大賞と2つの部門の最優秀賞の受賞事例について、その概要と評価の根拠を説明させて頂きました。いずれの事例もそれぞれの部門において素晴らしい業績を上げ、大きな意義を持つ事例ばかりであります。

毎年度申し上げることですが、「畜産大賞」はまったく異質な部門の最優秀賞の中から選ぶことになります。そこに審査に当たっての大きな難しさがあるわけですけれども、日本畜産のおかれている現状と将来方向にてらして、大局的な観点から総合的な判断に基づいて、今表彰することの意味合いを考えて選ばせて頂きました。

時間の関係で省略せざるを得ませんが、最優秀賞に至らなかった各部門の優秀賞および特別賞受賞事例、残念ながら選外となりました事例につきましても、それぞれの部門において優れた実績を持つ事例ばかりであります。

それらの事例を含めまして、その内容が日本全国に広まることによって、いささかでもこの表彰事業が日本畜産の前進に寄与することができればと願っております。

最後になりましたが、受賞された皆様方に心からお祝いを申し上げますとともに、今後一層のご活躍をご期待申し上げまして、審査報告を終わらせて頂きます。

 


 

 

(本稿は業績発表・表彰式の審査講評の要旨を畜産コンサルタント編集部がまとめ、同誌に掲載したものです)