体細胞クローン豚の作出技術の開発

大西彰

◎最優秀賞

 最優秀賞:研究開発部門
旧農林水産省畜産試験場体細胞クローン豚作出グループ

業績発表する代表の大西彰さん

1.技術開発の背景

 1997年、羊において世界で初めての体細胞クローン動物の作出に成功して以来、マウス、牛、および山羊で体細胞クローンの成功例が相次いで報告されている。
 体細胞クローン技術は、遺伝的に高い能力をもつ家畜の増産を可能とする画期的な技術である。また、体細胞の凍結保存は極めて容易なことから、受精卵の凍結技術が確立していない豚においては、育種改良された系統豚の維持や稀少品種の保存など、遺伝資源の保存技術としても体細胞クローン技術は大いに期待されている。
 特に雄の場合、精子での保存が一般的だが、精子だけでは遺伝的に同一な個体の再生は不可能であり、体細胞クローン技術は、それを可能にするものである。
 また、豚の場合、体細胞クローン技術は、畜産分野以外にも広く応用できる。特に、医学分野においては、豚の臓器の大きさおよび生理的特徴が人と類似していることから、慢性的に不足している移植用臓器の代替として豚の臓器の利用が考えられている。
 この場合、免疫的な拒絶反応を抑制する必要があり、遺伝子導入により拒絶反応を抑制した体細胞を用いたクローン豚の開発が不可欠である。更に有用物質の生産、いわゆる動物製薬工場としての活用も考えられている。

 このような背景のもと、世界各国で体細胞クローン豚の開発に向けた研究が激化していた。
 しかし、豚の場合、多くの試みにもかかわらず、体細胞クローンの成功例はなく、新たな技術開発が重要な課題であった。

2.技術開発の概要

 牛や羊の体細胞クローンの作出には、体細胞と除核した未受精卵子を電気的に融合する方法が広く用いられてきた。しかし、豚では、この手法を直接利用した場合の成功例がなかったことから、われわれは、マウスで開発された体細胞核を未受精卵子の細胞質内に注入する顕微注入法を豚に応用した。
 その概略は別図に示した。
(別図) 体細胞クローン豚の作出


 まず、ホルモン投与により発情を誘起した欧米種(白色のランドレース種およびその雑種)より未受精卵子を採取し、除核した。次に、中国種(黒色の梅山豚)の雌胎児由来の線維芽細胞核を、除核卵子の細胞質内に注入した。胎児由来の線維芽細胞は、飽和状態に増殖後、培養液を交換せずに1週間以上放置し、予め休眠状態にしてから注入に用いた。
 また、除核および核の注入の際、ピエゾ式マイクロマニピュレーターを用いることにより、作業の効率化を図った(写真1)。

 核を注入した卵子は、数時間の培養後、電気パルスを付加することにより活性化処理をした。約2日間培養後、2〜4細胞期に発生した胚を仮親の卵管に移植した(写真2)。110個の胚を4頭の仮親に移植した結果、1頭が妊娠し、正常な黒色の雌個体が1頭誕生した。毛色、性および20種類のマイクロサテライトDNAマーカーによるDNA鑑定の結果、この子豚はクローンであることが証明された。

 誕生したクローン豚(写真3)は順調に発育し、14頭の正常な産子を分娩した。われわれは、その後、梅山豚の体細胞を用いた複数頭のクローン豚を得ている。

(写真1) 豚の体細胞核をピエゾ式マイクロマニピュレーターを用いて、除核した卵子に注入する。
(写真2) 培養後、2〜4細胞期に発育したクローン胚。これらの胚を仮親に移植する。
(写真3) 作出に成功した豚体細胞クローン(Xena)


3.技術開発の学術的評価

 本研究成果は、国際的な学術雑誌であるScience に世界で最初の論文として掲載された。今後の畜産業の発展に大きく貢献するとともに、研究面でも発生工学分野の新たな展開を可能とするものとして高く評価されている。

4.今後の展望

 われわれが成功する数ヵ月前、英国のPPL社が、体細胞クローン豚の作出に成功したことを報道発表していたが、詳細については明らかではなかった。われわれの発表直後にその内容が公開されたが、従来の電気融合法を基に、2段階の核移植を行う非常に煩雑な手法であった。
 その後、欧米の複数の研究機関で体細胞クローン豚の成功例が報告されたが、それぞれが異なった手法を用いている。そのような中、われわれの開発した顕微注入法は、操作が比較的容易であることから、今後、作出効率の向上が最も期待できる技術である。
 体細胞クローン豚の技術は、優良種畜の増産や保存などの畜産利用に加え、医学などの分野への応用も考えられている。
 特に、遺伝子導入技術と合わせることにより、新たなトランスジェニック豚の作出が可能になる。従来の受精卵子に遺伝子を直接に導入する方法では、目的とするトランスジェニック豚を得ることは非常に困難であった。しかし、体細胞の場合、予め遺伝子の導入が確認された細胞を選択し、クローンに用いることができるため、トランスジェニック豚が効率的に得られるようになる。
 実際、人の代替臓器を供給することを目的として、欧米を中心に体細胞クローン技術を利用したトランスジェニック豚の研究が進められている。
 今回開発した顕微注入法による体細胞クローン豚の作出技術は、これらの新たな分野への応用を可能にするものと期待されている。

5.技術開発に関する発表論文

(1) A.Onishi, M.Iwamoto, T.Akita, S.Mikawa, K.Takeda, T.Awata, H.Hanada, AC.Perry: Pig cloning microinjection of fetal fibroblast nuclei. Science. 289:1188-1190.2000.

(2) 倉持 浩、岩元正樹、三角浩司、武田久美子、花田博文、百目鬼郁男、大西彰: 電気刺激による活性化処理および培養条件の違いがブタ体内成熟卵子胚盤胞への発育に及ぼす影響、第97回日本畜産学会大会、p104.2000.

(3) 三角浩司、倉持 浩、岩元正樹、武田久美子、花田博文、小島敏之、大西 彰:活性化方法の違いが豚体内成熟卵子の発生に及ぼす影響、第97回日本畜産学会大会、p104.2000.

(4) 岩元正樹、秋田富士、美川 智、武田久美子、粟田 崇、花田博文、大西 彰:顕微注入法による体細胞クローンブタの作出とその後の発育、第98回日本畜産学会大会、p108.2001.

(5) 岩元正樹、菊地和弘、田上貴寛、武田久美子、花田博文、大西 彰:酸素濃度および培養時間がブタ体外成熟卵子の単為発生能に及ぼす影響、第99回日本畜産学会大会、2001.

6.特許出願


(1) クローン豚の作出方法、平成12年8月3日、特願2000-236147

(2) クローン非ヒト動物の作出方法、平成12年10月25日、特願2000-325718

(3) 多重包埋処理胚、平成12年10月25日、特願2000-325845

<その他の参考事例>
(1) 国内初のクローン豚、世界2例目:朝日新聞、平成12年8月17日

(2) 体細胞クローン豚、国内で初めて出産、優良種保存を期待:日本農業新聞、平成12年8月17日

(3) クローンブタ国内初の誕生、移植用臓器への可能性:毎日新聞、平成12年8月17日

(4) 臓器不足を補う「異種移植」:毎日新聞、平成13年1月12日

(5) 日本初の体細胞クロ−ン豚が誕生:農林水産省技術会議事務局2000年10大研究成果、平成12年12月18日

(6) 胎児線維芽細胞の顕微注入によるクローン豚の作出:21世紀グリーンフロンティア研究公開シンポジウム、平成12年12月26日

(7) 体細胞クローン豚の作出:ブレインテクノニュース(生物系特定産業技術 研究推進機構)、平成13年1月15日

(8) 幹細胞クローン研究プロトコール:実験医学(羊土社)、平成13年10月

 

発表会資料はこちらでご覧いただけます→