HOME畜産大賞の概要平成12年度選賞事例一覧

研究開発部門・畜産大賞


  黒毛和種牛遺伝性疾患研究グループ(代表 小川 博之)
 東京大学大学院農学生命科学研究科(小川博之ほか) 
 岐阜大学農学部(北川 均ほか) 岡山大学農学部(国枝 哲夫)
 日本獣医畜産大学(鈴木 勝士) NOSAI山形(伴  顕ほか)
 社団法人家畜改良事業団家畜改良技術研究所(印牧美佐生)
 村山共同家畜診療所(佐藤  彪)
黒毛和種の抗病性育種研究チーム(代表 杉本 喜憲)
 岐阜県畜産研究所(小林 直彦ほか)
 鹿児島県肉用牛改良研究所(山口  浩ほか)
 大分県畜産試験場(藤田 達男ほか) 
 社団法人畜産技術協会附属動物遺伝研究所(杉本 喜憲ほか)
黒毛和種牛における遺伝性疾患の病態解析および遺伝子診断法の確立による発病抑制技術の開発

 肉用牛黒毛和種(和牛)は国内の消費者に好まれる肉質に優れている我が国独特の肉用牛品種であり、耕種農業との結びつきも強く、特に中山間地農業の活性化に重要な役割を果たしている。
 近年、肉質の高品質化を目指した産地間競争の激化に伴い、供用される種雄牛が特定の系統に偏る傾向が見られる。その結果として近親交配が行われる頻度が高まり、遺伝性疾患が顕在化しやすい状況にある。遺伝性疾患の発生は生産者に多大な経済的損失をもたらすことから、生産現場からはこの発生を抑制する技術の開発が強く求められていた。
 牛で見られる遺伝性疾患のほとんどは劣性遺伝であるため、疾患原因因子をホモに持った牛のみが発症し、ヘテロに持つ牛(保因牛、キャリア)は正常牛と何ら変わるところはない。そのため従来は、血統情報から不良因子のキャリアの疑いのある個体は遺伝的能力が高い場合であっても不良因子の拡散を防ぐために淘汰したり、種雄牛としての選抜対象としなかった経緯がある。このことは黒毛和種集団から優良な遺伝子を失わせることになり、将来の育種改良のための遺伝的ポテンシャルを低下させる恐れがあった。
不良因子のキャリアの正確な診断が可能になれば、遺伝的疾患の発症を抑制する交配が可能となり、また、遺伝的疾患を発症した家系からも正常な種畜を選抜することが可能となる。このため、不良因子のキャリアを診断する手法の開発は我が国肉牛産業にとってきわめて重要な課題であった。
 2つのグループは、生産現場で問題になっていたいくつかの疾患について、疾患病態の詳細な解析と家系調査によって遺伝性疾患として捉えた上で、その原因となる因子(遺伝子異常)を明らかにするという手順で研究を進め、遺伝子異常を明らかにした後に、この情報に基づいて簡便、正確、安価な診断法(遺伝子診断法)を開発した。これらの2グループはこれまでに黒毛和種で認められた5つの遺伝性疾患について、病態解析、原因となる遺伝子異常の解明、遺伝子診断法の開発を成し遂げ、それぞれ特許取得・出願し、国際的な学術雑誌に掲載して高い評価をうけている。
 また、技術開発の産業への貢献として、遺伝性疾患の発生の抑制および黒毛和種集団における不良因子の頻度の低下を挙げることができる。社団法人家畜改良事業団では開発された診断技術を用いて、いくつかの遺伝性疾患について遺伝子診断を行っている。この検査は疾患の発生を抑制するための交配指針のための情報として、あるいはキャリアでない正常な種雄牛を選抜するための情報として用いられている。
 この2つのグループは、黒毛和種における不良因子問題の持つ重要性を認識し、関係者の理解を得ながら研究を進めてきた。一方でウシゲノム解析のためのツールの開発など基礎的・基盤的な貢献をすると同時に、もう一方で地道なサンプル収集や疾病の遺伝学的な解析をしてきた。この両輪が、ウシゲノム解析研究の飛躍的な発展と相俟って、黒毛和種の遺伝性疾病の遺伝子診断法を確立して、不良因子をコントロールしつつ改良を進めることを可能にし、遺伝的多様性を維持することにも寄与した。

 
ウシ・モリブデン補酵素硫化酵素遺伝子MCSUが位置する染色体を調べた顕微鏡写真。蛍光色素で標識されたMCSUのDNA断片がウシ染色体24番に接着した(矢印)。DNAマーカーを使った連鎖解析でもモリブデン補酵素欠損症原因遺伝子は染色体24番中央に位置することがわかっていたので、MCSUが疾病原因遺伝子である可能性が考えられた。   クローディン-16欠損症を発症している黒毛和種牛、約6ヵ月齢。背湾姿勢をとり、蹄が長く伸びているのがわかる。
     
 
クローディン-16欠損症を発症しているウシの腎臓写真(右)。皮質部分(病変部分、右写真左部)の繊維化した領域が青く染まっている。一方、正常な腎臓の皮質部分(左写真左部)と比べて著しい違いがわかる。   遺伝病原因遺伝子を同定するために駆使したDNA塩基配列のデータ。画面上で塩基配列は、緑(アデニン:A)、黒(グアニン:G)、赤(チミン:T)、青(シトシン:C)、の4色で表される。