●平成11年度畜産大賞業績発表・表彰式●

審査を振返って

中央全体審査委員会委員長 荏開津 典生


 ご紹介いただきました荏開津でございます。畜産大賞を決定いたします中央全体審査委員会におきまして委員長を務めさせていただいております。本年度の畜産大賞決定にいたる選考の経過についてご説明いたします。

 この畜産大賞は、昨年発足いたしまして今年が2年目です。この賞は、やや特殊な性格を持っております。実際に畜産各分野の経営にあたっておられる経営部門をはじめ、指導支援部門、地域振興部門、さらには学問的・技術的な研究開発部門の4部門から構成されております。

 各部門とも全国の優秀事例のなかから最優秀賞を決定し、最優秀賞のなかから1点畜産大賞を選ぶというシステムになっております。


審査講評をされる荏開津審査委員長

 本年度の各部門の最優秀賞は、経営部門が北海道の池田邦雄さん、指導支援部門が沖繩県の八重山家畜保健衛生所、地域振興部門が福岡県の有限会社一番田舎、研究開発部門が家畜ゲノム研究プログラムチーム・遺伝子利用技術開発グループです。 

 各部門の性格は異っており、それを比較し、そのなかから大賞1点を選ぶというのはなかなか難しい問題です。私ども中央全体審査委員会といたしましては、この難しい問題をできるだけ広い視野に立ち、畜産の振興という観点から大賞にふさわしい事例を1つ選ばせていただいております。


畜産関係者多数の参加のもとに畜産大賞業績発表・表彰式が開催された


 昨年もそうでしたが、いずれも甲乙つけがたい優れた事例であり、そのなかから1点だけを大賞に選ばせていただいたわけです。

 そういう事情ですので、この4部門の最優秀賞それぞれが、各部門の本年度のトップということであり、優劣をつけるというものでは必ずしもありません。ただ大所高所からと申しますか、そういう観点から審査いたしました結果、沖繩県の八重山家畜保健衛生所のこれまでの長い間にわたるご苦労、ご活動に対して大賞を差し上げたいと決定した次第です。
 
 

◎畜産大賞

 沖繩県:八重山家畜保健衛生所
 所長 那根 元 

〈指導支援部門〉

 八重山家畜保健衛生所が、大賞を受賞された理由と申しますと、オウシマダニの撲滅とそれに伴う牧養力の向上がポイントになりました。

 八重山諸島は、石垣島を中心に11の島に牛が飼われています。本所は、全国の他の家畜保健衛生所とはやや組織を異にしておられ、家畜防疫衛生関係の指導支援のほか、畜産振興の面から指導支援にあたる振興課を併設しています。八重山家畜保健衛生所は、地域の家畜・畜産部門の振興のために総合的な活動をとおして非常に大きな貢献をしておられます。


業績発表される八重山家家畜保健衛生所の那根所長さん


 貢献の第1にあげられるのはもちろん、オウシマダニの撲滅に成功されたことです。肉用牛の飼育については、低コスト生産あるいは国内資源の利用、環境保全という観点から牧野の利用、放牧の活用が、極めて重要となっております。しかし、この牧野利用、放牧には、牧野のダニの問題があります。全世界的に見ても、ダニの問題が非常に大きな障害であることは申し上げるまでもありません。本所の管内では、長年の努力により、このオウシマダニの完全な撲滅に成功されました。この撲滅によってこの地域の肉用牛飼養が、非常に発展したことは間違いありません。

 この活動は昭和46年、本格的にダニの撲滅に取組もうということでスタートし、それから長い年月をかけ牛1頭残らず、すべての牛を対象に徹底的にダニ撲滅が行われたのです。

 プアオン法により、まず平成2年に最初の重点地域であった黒島においてダニの撲滅が確認されました。その後も他の島々において努力が営々と続けられ、平成8年には八重山全域のオウシマダニ撲滅が確認されております。

 このようなダニ撲滅という非常に困難な仕事に取組まれ、かつそれを完全に成し遂げられたということだけでも、非常に大きな畜産振興に対する貢献であります。加えて、本所は振興部門における指導支援活動を併せ行い、草地の造成・改良、あるいは良質牧草の導入指導、優良種雄牛の普及や人工授精の普及も行っておられます。

 こうした指導を通じて肉用牛の家畜改良に取組んでおられるほか、畜産会その他の団体とタイアップし、地域協議会を組織して畜産経営の経営診断や経営指導にもあたるという非常に広く総合的な見地から活動を続けておられます。八重山家畜保健衛生所の活動は、単なる保健衛生にとどまらないということが、大きな特色です。

 その総合的な指導支援の成果は、実に目覚ましいものがあります。まず、肉用牛の頭数ですが、昭和47年には7600頭余りであったものが、平成10年には3万6000頭という著しい増加をみせています。これは近年のわが国畜産の現状を鑑みますと、誠に大きな成果であったと評価できると思います。

 さらに、サトウキビやパイナップルなど、この地域の農業が非常に苦しい状況に直面しておりますなか、若い後継者を何人か島に呼び戻し、畜産業に呼び戻した点でも目覚ましい成果を挙げられたと評価しております。

 また、島の高齢者の方々も草地がよくなり、ダニがいなくなり、牛の頭数が増えたことで、改めて農業に意欲を持って取組むようになりました。

 また、牧野の造成改良の面でもリーダーシップを発揮され、133戸の参加のもとに1300haを上回る牧野を新たに造成されております。同時に、良質牧草の導入、その他さまざまな指導支援により牧養力が高められ、旧来はおよそ1ha当り1頭程度の粗放な放牧であったものが、1ha当り3頭ぐらいの牧養力を持つようになったということです。

 この地域の農業生産額は、昭和47年には20億円くらいでしたが、平成3年には115億円に、平成9年には122億円に高まり、そのなかで、肉用牛部門が45%近くを占めるという大変大きな実績を残されております。

 以上を総合的に評価いたしますと、まず第1に牧野ダニの撲滅という世界的にも極めて困難な課題を完全に達成されたことが最大のポイントです。

 さらには、いわば条件不利地域において肉用牛の頭数を飛躍的に増頭することに成功され、かつそれに伴い若い人たちを農業、農村に呼び戻し、農業所得を高めるという総合的な指導支援の成果には目覚ましいものがあると思います。

 その長年のご努力に対し、心から敬意を表したいと思います。
 
 

◎最優秀賞

 北海道:池田邦雄(酪農経営)

〈経営部門〉

 経営部門の最優秀賞を受賞されましたのは、北海道枝幸郡浜頓別の池田邦雄さんです。


業績発表される池田さん


 池田さんの酪農経営は60頭規模で、現在、必ずしも最大級の規模というわけではありませんが、非常に健全な経営を行っておられます。それも経営的に見て健全というだけではなく、放牧を主体とし省力化によるコストダウンを図かると同時に、飼料の自給にも取組んでおられるのです。飼料の自給というのは、わが国の酪農における非常に大きな目的の1つであります。池田さんはこれを極めて高い水準で実行されており、日本型の草地型酪農のモデルというべき極めて優秀な経営であるといえます。

 また、最近では非常に重要な課題となっております環境の面にも深く配慮されており、リサイクル、循環型の農法を徹底して実行しています。経営部門の最優秀賞に誠にふさわしい立派な経営であるといえるでしょう。
 
 

◎最優秀賞

 福岡県:有限会社 一番田舎
 代表 鈴木 宗雄

〈地域振興部門〉

 次に、地域振興部門の最優秀賞ですが、これは福岡県の有限会社一番田舎に決定しました。代表の鈴木宗雄さんは、畜産物、特に牛肉の直売所を中心に消費者と生産者の交流、あるいは都市と農村の交流の場をつくることに長い間努力を重ねられております。

 この都市と農村の交流ということも、現在の日本の農業あるいは都市の消費者にとって非常に大切な政策課題の1つです。


業績発表される一番田舎代表の鈴木さん


 田舎と書いて「デンシャ」と読むという洒落たネーミングの会社では、消費者の方々と肉用牛の飼養を中心とする畜産農家、また他の農水産物の生産者との間にいろいろなかたちの交流事業を行っておられます。そういう意味でも極めてすばらしい成果をあげておられる事例です。
 
 

◎最優秀賞

 家畜ゲノム研究プログラムチーム・遺伝子利用技術開発グループ

〈研究開発部門〉

 最後になりましたが、研究開発部門です。本年度は、農林水産省の畜産試験場と(社)農林水産先端技術産業振興センターという2つの研究所の協力による家畜ゲノム研究プログラムチームの遺伝子利用技術開発グループによる研究成果に対して最優秀賞が決定しました。


遺伝子利用技術開発グループを代表して発表される三橋さん


 この研究は、豚の毛色に関する遺伝子のDNA解析により、豚肉の品種を簡単に特定化することができるという技術開発です。

 現在、食品に関する情報は、消費者にとって非常に重要な問題になっております。食料生産の技術が進歩するに伴い、消費者の側から食品の内容や安全性がわからない、情報が不足しているという声が聞かれます。食品の内容や安全性の情報が、消費者にとって大変重要な問題となっていることは、みなさん方も先刻ご承知のことかと思います。

 したがって、流通している食品を消費者の方々が、心配なく買って食べられるようにするには、その内容を知ることができる技術、内容をできるだけ簡単に確定することができる技術の開発というものが、極めて重要になってきます。


畜産大賞をはじめ各賞を受賞されたみなさん


 ゲノムの解析という科学的手法により、品種を完全に特定できるという技術は、時に偽物が出回っているという噂も流れている豚肉の流通に関して、画期的な技術であるということで最優秀賞に決定した次第です。

 それぞれ受賞されました方々に深い敬意を表しますとともに、今後の日本畜産の発展に貢献するよう祈念いたしまして、審査委員会の報告にかえさせていただきます。

(千葉経済大学・教授)

〈本稿は式典の審査講評の要旨を編集部がまとめたものである〉