畜産農家を核として農業者と消費者との連携による地域農業の振興



最優秀賞   福岡県 有限会社 一 番 田 舎

1. 地域振興活動の内容


 有限会社 一番田舎は平成6年に肉牛農家長浦牧場が中心となって地域農業者達が建設した農村と都市を結ぶ交流施設である。
「一番田舎」は、今日の農業情勢が大きく変化する中で、農畜産物の価格低迷や多様化する消費者ニーズへの対応、また、農業・農村の果たす役割等の理解啓発を図るため、農業体験や土や自然に親しんでもらう「ふれあいファーム」と、自ら生産した牛肉や地域のこだわり農産物、特産物を直売する「糸島農畜産物即売所」から構成されており、新たな農業・農村の活性化に貢献している。

1) 「一番田舎」の概要
  表−1 「一番田舎」の概要
名称 有限会社「一番田舎」
区分 ふれあいファーム 糸島農畜産物即売所
設置主体 前原ふれあいファーム実行組合
(組合長 鈴木宗雄)
長浦牧場
(代表 鈴木宗雄)
キャッチフレーズ ふれあいファームで元気再発見 糸島農畜産物をあなたの食卓に
施設整備内容 市民農園・体験農園・交流研修
室ふれあい広場・フラワー園・
ハーブ園・利便施設
直売所・食材加工室・管理室
   「一番田舎」はこれらの施設の他、駐車場等を含めて総面積は約9100uであり、舎長のほか社員10名とパート5名で運営されている。

2) 「一番田舎」の基本方針
 
(1)  糸島牛をはじめ、糸島の特産品、正しい土づくりによる野菜・農畜産加工品等の地域特産品、こだわり農産物の即売所、糸島畜産物試食コーナー及び都市と農村の交流室、ふれあい広場、体験農園、ハーブ農園、レクリエーション農園など農村ならではの魅力を十分に活用し、ふれあい農業の展開を図っていく。
(2)  「一番田舎」は農業や農産物を一方的に売ったり見せつけるのではなく、都市住民(消費者)と農村(生産者)がいろいろな情報を交換し、コミュニケーションを図ることによって、安全で質の高い農産物の生産に反映させる役割を図っていく。
(3)  「一番田舎」は豊かな情報の交換や、市民のよりどころとして人が集まることにより、生産者や消費者の意識に刺激をもたらし、農業・農村の活性化と新たな食文化形成のシンボル施設とする。
3) 「一番田舎」の現状
   100万都市の福岡市に隣接する人口6万人の前原市は、JRと地下鉄の相互乗り入れなどで都心まで30分と交通の便も良く、また、九州大学の移転計画もあることから急速に人口が増加している。このような地の利を生かし、都市と農村の交流を通じて問題山積みの農業を再生しようという構想で出発した「一番田舎」は、市民農園・体験農園として、都市生活者が安全で栄養豊かな野菜を生産・収穫する喜びを味わい、自然とのふれあいや健康保持、生き甲斐、コミュニケーションの場として評価が上がっている。
 糸島農畜産物即売所では良質、安全、新鮮、なおかつ安いということが多くの「一番田舎」ファンをつくり、入場者数は平成6年の開場当初15万人であったものが平成10年には25万人となり、また、農畜産物出荷者も50人から420人となり、販売額は3億円から現在は4億円を超えている。貸し農園の利用者も36名から区画いっぱいの80名となっているが、それでも希望者が多く順番待ちの状況である。
 「一番田舎」の入場者、農畜産物出荷者、売上高、貸し農園利用者の推移は以下のとおりである。

図−1 入場者数の推移


図−2 出荷者の推移


図−3 売上高の推移


図−4 貸し農園の利用者数

2. 地域の概況


 前原市は福岡県の西端、糸島地方の東南部に位置し、東は福岡市に接し、山間地から平坦地までの地形を有し、東西12.5q、南北13.6q、面積は104.5km2である。地質は花崗岩質である。気候は対馬暖流の影響を受け温暖で、年間平均気温15.8℃、年間降雨量は1,600oとなっている。
 耕地面積は2203haで、圃場整備率は87%と高く、水田面積率は89%である。総農家数は1,543戸であり、そのうち専業農家306戸、認定農業者169名で、農業は米、畜産、野菜、花も大型産地を形成しており、平成9年の農業粗生産額は91億1千万円で、作目別に見ると、米19億円、野菜21億1千万円、花き19億3千万円、乳用牛11億5千万円、養豚9億円、養鶏5億1千万円、肉用牛2億8千万円となっており、畜産部門の粗生産額は28億5千万円で県内順位1位となっている。

 表−2 畜産の生産概要
乳用牛
  搾 乳 牛
成 牛 育成牛
飼養頭数 1,432 885 2,317
飼養戸数 31 31 -
肉用牛(繁殖)
  黒毛和牛
成 牛 育成牛
飼養頭数 115   115
飼養戸数 9   -
肉用牛(肥育)
  和 牛 乳用牛 交雑種
飼養頭数 675 2 927 1,604
飼養戸数 7 2 2 -
養豚
  繁殖用
成 豚
肥 育 豚
肥育豚 子 豚
飼養頭数 1,499 6,490 6,630 14,619
飼養戸数 15 15 15 -
採卵鶏
  採卵鶏
成 鶏 育成鶏
飼養頭数 159,500 12,500 172,000
飼養戸数 7 7 -
ブロイラー
  飼養羽数 年間出荷羽数
飼養頭数 115,400 438,000
飼養戸数 5 5

3. 地域振興活動の内容


1) 活動のはじまり
   有限会社「一番田舎」代表の鈴木宗雄氏は、自己の肉牛経営(長浦牧場)において黒毛和種の大規模一貫経営を実施している。長浦牧場は当初、乳用雄子牛の肥育経営を行っていたが、輸入畜産物が年々増加していく中で、量から質への経営転換を図るため、黒毛和種の繁殖・肥育の一貫経営に切り替えるとともに、優良種雄牛「豊喜号」を導入するなど、常に将来を見越した計画的な経営を実施してきた。
  表−3 長浦牧場の概要
   また、鈴木宗雄氏はJA糸島の肥育牛部会長として「糸島牛」を銘柄牛化するなど地域リーダーとしても大きく貢献してきた。
 しかしながら、農畜産物の自由化に続く米の部分開放が決まり、農業の先行きに厳しさが増す中で、農業後継者が農業をやって行ける環境づくりをしようと、変化の波を真っ正面から受けながらも攻めの姿勢で取り組み、長浦牧場が推進母体となって地域農業者と提携した「一番田舎」構想が出された。
 この構想は、今まで農家は生産のことのみ考えてきたが、これからは生産から販売まで農家側でやっていくことを理念としている。
 この構想に前原市も連携し、ソフト部分で全面的に支援していくこととなった。
2) 活動の位置づけ
   有限会社「一番田舎」が所在する前原市は、都市近郊農業地域として発展してきたが、平成4年の市制施行とともに急速に都市化が進んでいる。
 このような状況の中で、前原市では農業振興の目標を、[1]都市近郊の有利性を生かし、大きな変革と特色ある農業の展開により、食と農の共生関係を築く。[2]都市と農村が、また、消費者・都市生活者と農業者が相互に信頼、協調、補完しあう共生関係を築くとしており、この目標にいち早く取り組む体制を整えたのが「一番田舎」である。
 「一番田舎」の取り組む姿勢として、「私たち農業・農村大好き人間は、緑豊かな自然環境を生かし、あなたの健康の真ん中に心身のリフレッシュの場、そして糸島農畜産物を自信を持ってお届けするために、輝く汗を出しながら、都市と農村(消費者と生産者)の交流を図っていく。」としている。このことが「一番田舎」の中で形として現れており、それが都市生活者の評価を受け、ファンが増えている。
 こうした「一番田舎」の取り組みが地域農家への刺激となり、前原市の農業、農村において、これまでの生産者から農業経営者への意識改革や、流通販売の改善、ふれあい農業の展開、農産物のブランド化など、あらゆる面で新たな農業の展開が行われるようになった。
3) 活動の実施体制
   有限会社「一番田舎」は、長浦牧場代表の鈴木宗雄氏とその共同経営者で水稲も作る宮本剛氏及び野菜を栽培する藤野宗氏の3名で作る「前原ふれあいファーム実行組合」と長浦牧場の2組織から構成され、それぞれが機能を分担し、代表は鈴木宗雄氏である。
 「一番田舎」はこのように農業者のみで組織され、運営されているものであるが、前原市の支援組織「前原市農力開発推進機構」や関連組織「いとのくに田んぼの夢倶楽部」や「前原市ふれあい農業ネットワーク会議」の支援・協力の力も大きいものがある。支援組織、連携組織の役割は次のとおりである。
 
図−5 「一番田舎」の組織
 
(1) 前原市農力開発推進機構
   前原市が行う産・官・学による前原市の農力の開発と、新しい農業の展開を実践指導する推進機構であり、「一番田舎」はこの支援を受け運営企画を行っている。
(2) いとのくに田んぼの夢倶楽部
   都市住民を会員(現在870名)として、前原の農業・農村情報を提供しており、これを通じ「一番田舎」の情報も送られている。
(3) 前原市ふれあい農業ネットワーク会議
   農産物直売所、市民農園や観光農業などを行うグループが手をつなぐネットワークであり、「一番田舎」もこの会員で都市生活者の受け入れ体制づくりのための相互研修を行っている。
(4) 運営企画会議
   「一番田舎」のスタッフと前原市農政課で定例会議を行い、農畜産物販売参加農家の研修も行う。
  表−4 補助事業等の活用状況
名称 有限会社「一番田舎」
区分 ふれあいファーム 糸島農畜産物即売所
事業主体 前原ふれあいファーム実行組合 長浦牧場
事業名等 福岡県ふれあいファームづくり事業 農林漁業金融公庫資金事業
事業費 総事業費   42,028,809円
県補助金   20,719,000円
融資金    16,590,000円
自己資金    4,719,809円
総事業費 約70,000,000円
融資金   55,000,000円
自己資金  15,000,000円
   
4) 具体的な活動の内容と成果
 
(1)  有限会社「一番田舎」の推進母体である長浦牧場は黒毛和種の大規模一貫経営の実現はできたものの、「一番田舎」に相当の投資を行うことに多少の不安はあった。特に販売の核となる自らが生産した牛肉を売ることは、安い輸入牛肉が出回る中で、消費者に受け入れてもらえるかどうか、また、地域農家にとっても自分達の農畜産物が本当に売れるのかどうかの疑問を持ちながらの出発であった。
(2)  しかしながら、牛肉については、長浦牧場が出荷した牛肉を食肉センターからブロックで引き取り、1年間研修を受けたスタッフが製品加工を行い、一度食べると「究極の肉を追求し、きめ細かく柔らかく、ほど良い脂肪がのっている糸島牛」として、口コミで消費者が増え、リピーターとなる客がたくさん出てきた。
(3)  野菜、花、加工品等を出荷する耕種農家も、長浦牧場の「万能堆肥」を利用した有機農産物として販売が好調に続く中で、出荷品に自分の名前と自分が付けた価格を表示することにより良質、安全、新鮮、なおかつ安くという理念のもとに、生産・販売に力を入れるようになった。
(4)  このことは、「一番田舎」代表鈴木宗雄氏が連日連夜の農畜産物出荷者との対話、ほ場巡回等を行い、消費者のニーズを伝えながら、より良いものを作って行こう、と激励しながら一体となった取り組みによるものと思われる。
 こうしたことが消費者のニーズにマッチし、生産者と消費者の信頼関係が出来上がったと言える。
(5)  出荷者も努力したものは販売額となってあらわれ、多品目、生産増に力を入れ多い人は月に50〜60万円の売り上げになり、「一番田舎」登録農家も当初の約10倍の420名となり、畜産のみならず地域農業活性化の拠点となっている。
(6)  貸し農園も地元前原市はもとより福岡市等近隣市町からの利用者も多く、専門家による栽培指導や「万能堆肥」の無料提供もあり、利用者は持続的に利用するので空きが少なく順番待ちの状況である。
(7)  「一番田舎」が都市と農村の交流の拠点となった成果は、「一番田舎」が「このまま農業・農村を衰退させないぞ」という、強い意気込みで企画運営されている結果と思われる。
(8)  また、大規模な都市と農村の交流施設は、一般的には行政やJAが設置主体となって行われる場合が多いが、このように地元農家だけで組織・運営されている「一番田舎」は、関係者の並々ならぬ努力に負うところが大きく、功績として評価できる。
5) 地域振興の活動の年次別推移
 

4. 地域振興活動の波及効果の可能性


 近年、都市近郊では農畜産物直売所が随所に見られるようになり、その売上高も大幅増となっているが、都市部に住む消費者には自然が豊かな農山村への期待やあこがれ、また、新鮮・良質・安価な農畜産物の供給が直売所の人気に結びついている。
 前原市における直売所等のふれあい農業による販売額は6億6千万円で、前原市の農業粗生産額91億1千万円の7.3%を占めるようになっている。今までサブ的な流通だった直売所が、正規の流通にも影響を及ぼし始めており、「一番田舎」がその牽引役を果たしているとも言える。
 市場性を持たず、共販にも参加できなかった自給農業が、新鮮な農畜産物の提供をはじめ消費者との交流を通して、ゼロから億単位の新たな市場を生み、社会性を獲得し始めたとも考えられる。
 地場での生産と消費を高めることは、やがては地域の自給度を高めていく。「一番田舎」はこのように隣り合う農家と消費者が支え合う農業が、地域を再生する鍵となることを実証した事例である。


 「一番田舎」の成功は関係者のたゆまぬ努力は勿論であるが、
1) 畜産農家と耕種農家が畜産堆肥を介して生産から流通まで緊密な連携が取れたこと。
2) 消費者が集まりやすいように貸し農園などふれあい施設が併設されていること。
3) JAや行政との連携が緊密に保たれていること。
などが成功の要因として考えられる。

 「一番田舎」の推進母体である長浦牧場は、(社)中央畜産会の平成8年度ゆたかな畜産の里推進事業に参加して畜産局長賞を受賞した農事組合法人「前原市畜産経営環境保全組合」の組合員でもあるので、その事業の中で「一番田舎」のことが紹介されている。また、「一番田舎」は(社)中央畜産会の平成7年度特色ある地域畜産の創造・体験交流促進事業の中でも先進事例として紹介された。
 このようなことから「一番田舎」には九州各県はもとより西日本地域の農業関係者等の見学も多く、また、「一番田舎」代表の鈴木氏も方々から講演に招かれることが多い。
 その様なとき、鈴木氏はいつも「守りではなく、攻めの農業を」、「若者が進んで取り組める農業を構築しよう。」と説いている。

 このように「一番田舎」関係者の農業に対する限りない愛情と熱意ある行動が今日の成功を導いたものとも思われる。


5. 今後の活動の方向・課題等


 「一番田舎」が今後も地域農業振興の拠点となっていくためには、関係者全員が消費者ニーズを的確にとらえた生産体制の維持、及びサービスの提供に応えるための人材育成が重要な課題である。  前原市では市の農業振興の柱として、次の3点を重点施策としている。
1) 人材育成対策
   今日の農業をめぐる情勢は、市場原理を取り入れたものになっており、農業経営者としての意識改革と勉強により、経営感覚に優れた人材育成を支援する。
2) 生産と流通販売対策
   これからの農業は、生産のことだけ考えるのではなく、農家側で生産から流通販売までを行う取り組みが必要でこれを推進する。
3) 都市と農村の共生対策
   食料生産と環境保全を農業・農村が果たしている役割など、都市生活者に理解をしてもらいながら食と農、都市と農村の共存・共生を推進する。
 こうした前原市の農業振興施策と「一番田舎」は一致した活動を展開しており、今後の地域農政推進のうえからも大きな期待が寄せられている。