酪農家が牛乳工場を建設
地域消費者への直売で将来を見通す
―長野県高森町・(農)信州市田酪農―


 酪農を存続するための条件が悪化している中、これからのわが国の酪農の方向性を示すひとつのモデルケースになりそうなのが農事組合法人・信州市田酪農(長野県下伊那郡高森町)だ。

 平成7年、地域の酪農家が一致団結、農事組合法人を設立して牛乳工場を建設したもの。同工場で製造される「牛乳本来の味と栄養・新鮮さ」を“売り”とする低温殺菌牛乳と飲むヨーグルトは、地元・高森町内の3分の1以上の家庭で定期購入するほどの高い支持を得ており、業績は順調に推移。この取組みが酪農家自身に活性化をもたらすとともに、地域の他の農家や県内外の酪農家にも良い刺激を与え、地域振興の“起爆剤”ともなっているという。

 平成12年3月からは給与飼料をすべてNON‐GMO(非遺伝子組換え)のものに切替え、その旨を明記したシールを牛乳容器に添付するなど新たな試みも始めており、今後の事業展開が注目されるところだ。

 高森町は長野県南部の伊那谷(伊那盆地)のほぼ中央、中央アルプスの麓に位置する。気候は比較的穏やかで、降水量も比較的多いことから水稲、果樹、野菜などの農作物の生産に適した土地柄だ。畜産は果樹に次ぐ基幹作目で、酪農を中心に肉用牛、養豚、養鶏が営まれている。

 酪農の生産者団体として市田酪農組合が組織されているが、かつて300戸以上あった酪農家は1980年代後半には果樹や野菜に転換して50戸を下回る状況になった。さらに混住化や開発の進行、加えて農畜産物の輸入自由化により老廃牛、スモール価格の低迷を招き、乳価も押し下げることとなるなど、酪農を続けにくい環境になっていることは長野県でも例外ではない。

 こうした困難を打開するために出された結論が「直接、地域の消費者に牛乳を届けることで酪農の見通しをつけていこう」という中塚組合長の決断だった。その実現のために、当時の全組合員34戸の出資により設立されたのが農信州市田酪農というわけだ。

 同組合の目標は、地域ぐるみで食と酪農を守る取組みを牛乳工場を核として行うこと。その考えは設立宣言の中に「生産者の思いと消費者の思いは共通のものであると確信し、共同することによって見通しをつけたいと願う」とうたわれている。

 さて、約2億円の事業費で建設された牛乳工場の能力は、牛乳製造日産600L、飲むヨーグルト同1000L、小規模なプラントながら、乳脂肪を均質化させるホモゲナイザー、殺菌・冷却用のバスサージタンク、ヨーグルト培養タンク、ビン用のセミオート充填打栓機、ヨーグルト用充填シール機など最新鋭機器が導入されている。

 牛乳の特徴は、朝搾った原乳をその日のうちにビン詰めにし翌日届けるという新鮮さと、低温殺菌(65℃30分間)とソフトなホモゲナイズで牛乳本来の味と栄養が生かされていること、ビン詰めで風味が損なわれていないことなど。ヨーグルトは新鮮な牛乳を100%使用し、添加物をいっさい使わず、1mL中の乳酸菌が5〜8億個と通常品の数10倍含まれていることが2つの商品のセールスポイントだ。

 販売はJAみなみ信州が行っているが、スタート当初、組合員の酪農家自らが町内の親戚・知人を訪問し、高森町3300戸のうち約900戸の定期購入をとりつけた。これに加えて町の予算でケースワーカーによる独居老人宅へ配達が措置されたこともあって現在の定期購入は1200戸に及ぶ。

 「酪農家の努力と地域住民、町役場、農協の協力により、販売実績は予想をはるかに越える好調ぶりです」とはJAみなみ信州・高森地区事業本部の富永生産部長。平成8年度9734万円、9年度1億2710万円、11年度1億3075万円と販売を伸ばしている。「販売先は宅配、農協などの店舗、宅配便による通信販売がそれぞれ3分の1ずつで、原則として量販店への販売はしません」と地域住民への供給を理事会で決定したそうだ。

 牛乳工場を建設・運営することのメリットとして中塚組合長は、女性を中心として組合員に元気が出てきたことを第一にあげる。「もともと市田酪農組合の婦人部は独自の人参ジュースづくりを始めるなど活発でしたが、一段と活気がでました」「工場勤めを辞め、父親の後を継ぎ酪農を志す青年も現れましたし、来年には2人の後継者が就農予定です」と顔がほころぶ。

ところで、この取組みが地域の農家、他地区の酪農家へも少なからず影響を与えている。牛乳工場付近の果樹、野菜農家が農信州高森産直組合を設立し、昨年4月には産直センター「旬彩館」をオープンしている。また、県内の酪農家も刺激を受け、数ヵ所で同様の牛乳工場が建設されたそうだ。

 なお、こうした活動と功績が評価されて、平成11年度畜産大賞の地域振興部門優秀賞を受賞している。

 農信州市田酪農の今年度の販売目標は前年度比8.4%増の1億4178万円。強気の見通しだが、これは給与飼料のNON‐GMOへの切替えによる需要の拡大に期待するところが大きいようだ。消費者への不安、疑問に即応していく姿勢によるものだが、こうした対応は組合員の団結の強さと自分たちの牛乳工場をもっているからこそできることといえる。もっか次の五ヵ年計画を策定中とのことで、基本スタンスは設立当初と変わらないが、いくつかの課題が検討されている。まず、牛乳工場に仕向ける乳量割合を高めていくこと。現在、31戸の組合員で1日当り8tの牛乳が生産されるが、このうち牛乳工場での使用量は1t。残り7tは農協を通じ県経済連へ販売されている。「付加価値を付けられる牛乳工場への仕向けウエイトを高めていきたいです」と坂牧副組合長。そのためにもHACCP対応の工場としてラインの組替えや検査体制の整備等の検討がなされている。

 もう一つ大きな課題が地元小・中学校の給食への供給。「ヨーグルトは月1回のペースで利用してもらっていますが、地元のおいしい牛乳も飲んでもらいたい。赤字覚悟で何とか実現させたいですね」と話される。

 農信州市田酪農の取組みは、回り道のようだが、生産者による牛乳工場を核として消費者と結びつくことが酪農の見通しをつける最も近道のようだ。



本記事は、畜産コンサルタント2000年7月号にも掲載されています。
※情報は掲載当時のものです。