経営技術セミナー

岡山県内の放し飼い方式による

酪農経営の現状と課題

本松 秀敏



 岡山県内で経産牛を放し飼いにして、ミルキングパーラーで搾乳する酪農経営がはじめて導入されたのは昭和49年で、その内容は、無畜舎・周年放牧、3頭×2列のタンデムパーラーでの搾乳というものでした。その後、平成元年になってフリーストール牛舎と3頭×2列のヘリンボーンパーラーでの搾乳という、いわゆるフリーストール・ミルキングパーラーシステムが導入され、それ以降、図−1のように徐々に件数も増え、平成8年末で、岡山県では24戸の放し飼い方式による酪農経営が行われています。
 これらの酪農経営は、放し飼いスタイルも経営内容も様々ですが、その現状と内包している課題について、経営診断結果や調査データをもとに整理してみたいと思います。

-1 年次別放し飼い方式の導入戸数

(注)岡山県畜産会調べ、平成8年12月。                


1.放し飼い方式にした理由

 岡山県に徐々にではありますが、放し飼い方式の導入が進んだ背景は、岡山県畜産会が本方式導入農家22戸に対して行った調査結果(図−2 放し飼い方式の導入理由)に端的に現れています。調査結果を見ると、省力化を図りたい(45% 回答数÷22戸 以下同じ)、規模を拡大したい(41%)、所得を増やしたい(23%)、乳牛のストレスを抑えたい(9%)、低コスト化を図りたい、労働の質を軽減したい(5%)となっています。すなわち、限られた労働力の範囲で労働の質を軽減しながら省力化につとめ、可能な限り飼養頭数を増頭し、最終的には所得を拡大したいという理由によるものです。このように重い労働から開放され、所得の拡大を目指すということは、経営の持続性を求めているということに他なりません。

-2 放し飼い方式導入の理由

(注)岡山県畜産会調べ、平成8年3月。

                  


 このことは、それだけ酪農経営を持続させることが困難になってきたということでもあります。すなわち、
@収益性の低下、A得られる報酬に比べて重い労働、Bとりにくい休日、C後継者の不在、などがその理由です。
 例えば、岡山県の酪農経営の収益性の動向を畜産会の経営診断結果からみると図−3のとおりです。経産牛1頭当たりの所得は、平成元年には25万円ありましたが、平成4年以降は15万円前後に下がり、平成8年には12万2000円まで下がっています。その結果、多くの酪農経営で、従来の経営システムの継続では経営の持続が困難になり、システムを見直して目標所得の獲得を目指すことになります。
 このように平成5年以降に放し飼い方式が増加したことは、図−3でみた酪農経営の収益性の悪化に対し経営者が対応した結果であるといえるでしょう。

-3 経産牛1頭当たり所得額の推移

(注)岡山県畜産会経営診断成績より。

                  


2.放し飼い方式にすると、いろいろ良いことがありました

 それでは、放し飼い方式の導入はどのような効果をもたらしたのかを調査結果(図−4)からみてみましょう。

-4 放し飼い方式導入の効果

(注)岡山県畜産会調べ、平成8年3月。

                    

 導入効果で最も高く評価されたのが、省力化ができた(27%)で、次いで、労働の質が軽くなった、乳牛のストレスが減った(18%)で、以降、規模拡大ができた(14%)、繁殖成績が向上した、乳量が向上した(9%)、作業がマニュアル化できた、衛生面が改善された(5%)という順になっています。
 このように放し飼い方式導入の効果は、
1)経営面からみた効果と、2)労務面から見た効果、3)産業全体から見た効果に大きく分けることができます。

 @の経営面の効果としては、省力化により1労働力当たりの管理頭数が増えることで、同じ労働力でも従来のシステムに比べて多頭化が可能となり、また、乳牛が自由に行動できるため乳牛のストレスが軽減され、繁殖成績が向上し、産乳量も増え、所得の維持・向上が可能となることです。

 Aの労務面から見た効果は、ミルキングパーラーでの作業が安全でしかも作業姿勢に無理がなく、労働の質の軽減につながると同時に、作業がマニュアル化でき、このことは、雇用導入のし易さを意味しています。

 Bの産業全体から見た効果については、搾乳環境が衛生的で、生乳の品質の向上とともに、消費者に対するイメージアップにつながります。また、乳牛が自由に行動しており、動物愛護的な視点で見ても、消費者に好印象を与えることになります。


3.その一方で、放し飼い方式には、結構、問題もあります

 放し飼い方式の導入は、酪農家にメリットばかりでなくデメリットももたらしました。
 放し飼い方式導入に伴う問題点を調査したものが図−5です。

-5 放し飼い方式導入に伴う問題点

(注)岡山県畜産会調べ、平成8年3月。

                   

 問題点として第1にあがったのが、ふん尿処理がうまくいかない(36%)で、次いで、施設の計画ミス(27%)、蹄病の発生(23%)、労力不足(9%)、群分けができない、繁殖管理がうまくいかない、過剰投資(5%)となっています。
 そこで、最大の問題点であるふん尿処理の問題と、調査時点では放し飼い方式に取り組んだばかりで、まだ、本格的な借入金の償還が始まっていなかったため、問題点としてあげている酪農家は少なかったのですが、将来大きな課題となるであろう投資の問題について、現状をふまえて、課題を整理してみたいと思います。

1)環境面からみると

 岡山県内の放し飼い方式による酪農経営の概要を表−1にまとめました。
 このなかで、ふん尿が、経営内もしくは地域内で循環できている経営(表−1のNo2、16、17、18)と、ほ場廃棄等、循環できていない経営(表−1のNo3、9、13、14、15)を比較してみました。
 まず、これらの経営に共通していえることは、ふん尿が循環できているかどうかに関わらず、No17を除いてどの経営も飼養頭数の増加に伴う土地の取得は行っていないということです。ちなみに放し飼い方式導入後、飼料作付けを全くしていない経営が、問題の少ない経営ではNo2、多い経営ではNo3、9、13、14となっています。
 したがって、循環できている経営でも自己完結しているケースはNo17だけで、他は地域にふん尿処理施設があり土地の不足を補っている(No16)か、地域の耕種農家への販売やイナワラ交換といったシステムができている場合(No2、18)に限られています。ただし、循環できている経営の堆肥は、切り返しが十分に行われ、製品は良質(No2、16、18)です。
 一方、循環できていない経営は、ストール数に比べて飼養頭数が多く(問題の少ない経営98%、問題の多い経営125%)、飼料は生産しておらず(No3、9、13、14)、地域にふん尿処理施設もなく(全経営)、製品も悪く、生に近いものが多いようです。
 要するに放し飼い方式導入の段階で、@自己有地の面積、A当該地域における畑地利用の可能性、B共同のふん尿処理施設の有無等を総合して飼養頭数規模を決定したかどうかということになります。共同のふん尿処理施設が地域内にあり、自家で水分調整したふん尿を全量受け入れてもらえるような恵まれた条件が存在するか、もしくは地域の耕種農家に、自家で発生させたふん尿を何らかの形態で引き取ってもらえるような条件が存在する以外、自家で発生したふん尿は、自家の土地に還元することになります。したがって、後者の場合には、自家の土地に還元できるふん尿量に見合った乳牛の頭数規模しか飼養することはできないわけです。



2)投資面からみると

 放し飼い方式の導入は、従来の繋ぎ飼い方式のソフト面もハード面も変更する、根本的なシステムの入れ替えですから、システム変更時の初期投資額が相当高額になります。
 そこで、放し飼い方式の導入方式で、投資額がどの程度違ってくるのか、表−1をもとに整理してみました。建物・施設に対する投資額(補助金を含む総事業費、土地造成費は含まず)を導入方法別に分類したものが表−2です。まず、補助事業の利用の有無で分類すると、補助事業を利用している経営が9件、利用していない経営が13件で、これらの投資額は、補助事業利用者が平均1億200万7000円、非利用者は平均2575万5000円となっており、経産牛1頭当たりでは補助事業利用者が92万8000円、非利用者は平均37万3000円でした。

-2 取得方法別畜舎建設費の比較
                  (単位:千円)

(注)建設費は搾乳棟も含む金額。

          

 補助事業非利用者の内訳をみると、旧牛舎を活用している経営が5件あり、これらの投資額は平均2893万5000円で、経産牛1頭当たりでは平均29万8000円でした。また、道路の付け替えやダム建設などで移転せざるを得なくなり、その際、放し飼い方式を導入した経営が3件あり、これらの投資額は平均4203万3000円で経産牛1頭当たりでは平均56万円でした。補助事業を利用せず、移転等も無関係に、しかも旧牛舎の利用もしていない残りの5件のうち3件は古電柱を利用した畜舎であり、1件は無畜舎でした。これらの投資額は平均1549万6000円で経産牛1頭当たりでは平均32万6000円でした。
 以上、経産牛1頭当たり投資額を比較すると、旧牛舎を活用したケースが最も施設に対する投資額は低く、次いで補助事業を利用せずに放し飼い方式導入をしたケースが、古電柱を活用するなどして投資額を抑えています。しかし、補助事業を利用しない場合でも移転等の保証が出ているケースは、旧牛舎利用者の2倍の投資額になっています。また、補助事業利用者は、旧牛舎利用者の約3.1倍の投資額になっています。 これらの取得に当たっては借り入れに依存する場合がほとんどで、この取得価額の差が経営に及ぼす影響は少なくありません。


4.放し飼い方式と繋ぎ飼い方式を経営診断成績で比べてみました

 畜産会が行う経営診断の対象にも、放し飼い方式の酪農経営が最近増えてきました。そこで、経営診断成績から見た放し飼い方式の課題を整理したいと思います。
 平成8年1〜12月を対象期間とした岡山県内の酪農経営23事例のデータを、放し飼い方式(5事例)と繋ぎ飼い方式(18事例)に分けて集計したものが表−3です。

-3 飼養方式別比較

 労働力員数は両方式間でほとんど変わりませんが、経産牛飼養頭数規模では放し飼い方式が78.1頭に対し、繋ぎ飼いが34.2頭で、放し飼いが倍以上の飼養頭数となっています。また、放し飼い方式の経営は、経産牛1頭当たり産乳量も平均8,776kgと繋ぎ飼いの8,391kgを上回り、繁殖成績を見ても平均分娩間隔が放し飼いで13.4カ月となっており、繋ぎ飼いの13.9カ月を上回り、技術レベルの高い農家が放し飼い方式に取り組んでいることが理解できます。
 また、放し飼い方式の導入により、省力化が進み、経産牛1頭当たり飼養管理労働時間は放し飼いが75.9時間であるのに対し、繋ぎ飼いは151.2時間となっており、大幅に改善されています。また、労働力1人当たり経産牛飼養頭数は、放し飼い方式が31頭に対し繋ぎ飼いが13.6頭となっており、放し飼い方式の労働効率の良さが現れています。さらに、多頭数飼養のスケールメリットにより、購入飼料TDN単価も低くなっています。
 しかし、マイナスの側面もあります。この方式は、施設や機械、乳牛導入に要する投資額が大きく、減価償却費が増加しました。また、多くの経営で、自己資金の準備が少なく、借入金に依存しているため、支払い利息が大きくなっています。
 また、労働力不足による後継牛の自家育成率の減少、自給飼料生産の外部化、外部雇用の導入などによる費用の増加が現れています。
 このように、高乳量による売上高の高さを費用の増加が凌駕し、繋ぎ飼いと比較して経産牛1頭当たりの収益性が著しく低下してしまい、多頭使用が可能になったにもかかわらず、所得総額では繋ぎ飼いの方が高くなり、スケールメリットが活かせていないのが現状です。


5.放し飼い方式を導入する前に、条件が整っているかよく検討しましょう

 これまで見てきたように、せっかく所得拡大を目指して取り入れてきた放し飼い方式も、計画どおり所得拡大につながっているところが少ないのが現状のようです。また、それに加えて副次的な問題、すなわち、多頭化に伴うふん尿処理の問題も生じています。これらの原因は、放し飼い方式の導入に当たり、導入条件の検討が不十分であったためだと思われます。
 放し飼い方式の導入に当たっては、目標所得で飼養頭数規模や施設の規模が決定されるわけですが、あくまで、経営内部条件の、@土地、A労働力、B資本、C技術レベル、D経営管理能力と、それらを緩和させうる経営外部条件の、E外部労働力、F地域環境の制約の範囲のなかで決定することになります。したがって、目標所得を獲得するため、これらを無視して規模の設定をすると、短期的には経営を維持できても、長期的に経営を継続させることは困難になります。
 しかし、現実には、岡山県下で展開されている放し飼い方式による酪農経営は、表−1でも明らかなように、経営内部の制約条件を無視して飼養頭数規模の拡大に走ったため、土地不足、資金不足、労働力不足に陥っているようです。また、計画立案時に、現在のような収益性の低下を読み込んでいなかったために、当初計画では妥当であったはずの借入金が重くのしかかってきています。その結果、借入金償還のため、より一層の増頭を行い、そのことが労働力不足やふん尿処理問題を一層深刻にしているケースが見られます。
 したがって、これから放し飼い方式を導入しようとする酪農家は、計画立案時にシビアな前提条件のもとで、実現の可能性の検討を十分に行うことをおすすめします。


おわりに

 放し飼い方式の所得方法のところでも触れたように、旧牛舎を活用して、放し飼い方式を導入している事例も5件ありました。これらは投資も少額になっています。新しい方式に移行する際は、このように中間的な対応が可能であるならば、段階を踏んでの移行も検討してみてはどうでしょう。最初から性急に完成型を求めると、さきほど述べた前提条件が整っていないと厳しい結果になります。その見極めこそ、経営主の経営管理能力ということになるでしょう。

(筆者:岡山県畜産会総括畜産コンサルタント)


経営技術セミナー【総目次】に戻る