生産技術セミナー

フリーストール酪農の現場から(5)

原 田 英 雄



 長野県伊那谷に、一人の酪農家が住んでいます。乳牛はたったの3頭。これで、家族3人(ついこの間までは嫁ぐ前の娘さんがもう一人いました)が生活しています。一時は、8頭まで乳牛を飼育し、8,000kg水準まで搾乳していたと言います。しかし、牛を増やしていくことが、果たして幸せにつながるのか、彼は疑問を感じました。機械・施設を増やさなければならない、資本がかかる、飼料作も増やさなければならない、山間部の傾斜地では平坦部とは違い作業が困難です。 そこで、始めたのがチーズづくり。9年前のことです。チーズづくりを学ぶために、本場スイスまで出かけました。その結果、これなら牛3頭で十分やっていけると確信をもったということです。それからニュースステーションの久米宏さんが「日本一のチーズ」だと賞賛するまでになりました。米と野菜は自家産、春、夏、秋にはキノコや山野菜、そして山羊の乳と7羽の鶏、これで食べ物を自給しています。
 南アルプスの赤石岳を前にして、移りゆく自然をながめ、心地好い風を身体一杯に浴び、清流のせせらぎを耳にした時に、人は生きていることに最も幸福を感じるのかもしれません。その人は小林俊夫さん。元朝日新聞記者、本多勝一さんが「そして我が祖国、日本」(朝日文庫)で紹介している人です。諏訪市の会社を退職して、自由な人生を生きようと、大鹿村で酪農を志しました。それは23年前のことです。山を開墾し、親から譲り受けた3頭の乳牛。牛舎もランプつきの住居も全て手造り。自由と自然がなによりも人間には大切だと彼は言い切っています。そんな中で、彼を最も怒らせたのが「南アルプススーパー林道」の建設。この自然破壊計画に猛然と反対運動を起こしました。しかし、村人は彼の行動に対しては冷淡であったと言います。「資本の飴」を欲しがる村人が多いのは、古今東西民衆の共通点です。
 小林さんは「アルプ・カーゼ」(由来は後掲)を作りながら、終戦直後に築かれた木造の中学校校舎を宿泊と学習の場に再利用する取り組みをしています。その名は「延齢草」。南アルプスの山あいに咲く美しい百合の仲間の一種から名付けたものです。地元在住の翻訳家、イギリス人サイモン・ピゴット氏は、現在建築されつつある2つの学校(小学校と「延齢草」)について次のように評しています。一つは村を知らない都会の建築家が、村の外の建築材料を使い、村人以外によって建てられた3階建てのバルコニー付のリゾートホテルと、他は外観は単純で人目を見張るものではなく50年前の古い校舎であるが、戦後の民主主義教育と地域内自給自足を理想に掲げ、村人自らが金、労力、そして材料を提供してできた木造の学校。まぎれもなく、後者が「延齢草」です。
 100頭規模のフリーリーストール酪農をこの大鹿村で行ったら、どういうことが起きるか、想像がつきます。酪農は生活の手段ですから。地域にあったやり方というものがあります。小林さんの試みはその一つです。「地方分権」と言う言葉がもてはやされています。「地方主権」という表現をしなければなりません。地方においては人々が主人公であり、人々が自らの権利を行使することです。中央から権利を分け与えられるものではありません。


 21.牛の採食行動の基本

 飼槽の形態説明にはいる前に、牛の採食行動の基本について述べたいと思います。
 自然の放牧状態では、牛は地面に生えた牧草を食べます。この高さが牛には最も適しています。このような牛の姿勢は、牛の背中や脇側へ飼料を散らす飼料のほうり投げ
(tossing)行為が少なく、飼料の無駄が少ないことをパージュ大学のオーブライト博士(乳牛の行動学で有名、最近、同大学を退職し、近著「TheBehaviour of Catte」を出版)は指摘しています。従って、飼槽を造る場合には、その高さを床の位置に最も近い所におかなければなりません。飼槽を膝の位置など比較的高いところに持ち上げた場合には、飼料をよりわけたり、かき回したりして、5%前後の飼料を無駄にするといっています。
 牛は採食しながら唾液を分泌します。飼料を床の位置で摂取した場合と飼料を水平の位置で摂取した場合では唾液の分泌量が異なります。前者の方が後者に比べて17%多いという実験結果があります。唾液分泌量を高めることによってルーメン機能を高めることにもなります。また、実験的にも飼槽が高いものと低いものを比較した場合に、牛が後者を選ぶことが確かめられています。よく肉牛飼育では比較的床から高い位置に飼槽を置きますが、これは作業上便利かもしれませんが、牛の生理から見た場合、決して合理的とは言えません。写真−5には飼槽が高く、ネックレールで牛にストレスを与えた給餌場面が示してあります。

写真-5 フイードバンクによる飼料給与。飼槽が胸の位置まで持ちあげられ、
     ネックレールが低く、牛にストレスを与えている。飼料の飛散を防止
     するための工夫がしてあるが、牛にはマイナスである。人間の都合を
 考えたものである。                            


 フリーストール牛舎の場合、飼料給与は一般的にはフェンス・ライン・フィーディング(写真−6のようにフェンスの下に牛を並べて給飼する方法)あるいは連動スタンチョン(写真−7)の形態で給飼します。この両者における利点の一つは、牛が互いに競り合って飼料を食べるので、タイストールのように個別に飼料を与えた場合に比べて、採食量が多いということです。また、空腹でない牛が仮にいたとしても他の牛が飼料を摂取しているのを見て、その刺激を受け、集団的に採食行動を引き起こします。そのために、飼料摂取量が増加します。

写真-6 フェンス・ライン・フィーディングによる給与。
     乳牛は
1列に並び、適度なスペースをもち、
全ての牛が飼料摂取できる。   


写真-7 連動スタンチョンによる飼料給与。スタンチョンは牛から前方へ
傾斜をもって取り付けられ、飼料が遠方まで届く。    


 タイストール式牛舎からフリーストール式牛舎に切り換えた場合に、よく乳量が増加すると言われます。しかし、施設を変えただけでは乳量が増加することはありません。必ず採食量が伴わなければなりません。タイストール式牛舎からフリーストール式牛舎に切り換える場合に、多くの場合は飼料給与を分離給与から
TMR給与とします。それだけでも摂取量は増加しますが、さらに牛が競い合うことによっても摂取量が増加します。これは、 人間の場合でも同じで、大勢の人と食事をともにした方が食餌量は増えます。筆者の調査によると、タイストール式牛舎からフリーストール式牛舎に切り換えた酪農家では、38戸のうち20戸の農家において乳量が増加したとしています。その増加の範囲は約10〜20%となっています。また、減少したという酪農家は1戸もありませんでした。
 ここに一つの興味深い乳牛の行動の例を示します。1泌乳期2万5,248
kgの乳量を生産したビーチャー・アーリンダ・エレンは世界最高の記録を持った乳牛です。乾物摂取量は体重当たり4.4〜6.7%だったと言われています。その牛の1日の行動を調査した記録がありますので、それを表−13に紹介します。表にみられるように採食時間が6時間を超え、休息時間は14時間近くとなっています。反芻時間は7時間30分となっています。一般的には採食時間は約5.5時間、休息時間は10〜12時間、反芻時間は約8.5時間ですから、採食時間はやや長く、反芻時間はやや短く、特に休息時間が長いことが注目されます。エレンが乾草を摂取する場合には、飼料は床の位置にあったとされています。また、エレンは非常におとなしい、人なつっこい牛であることが知られています。このような例をみると、ストレスがなく、ゆったりと採食できる飼料給与、快適な休息時間を与えることが高泌乳を得るコツであることが分かります。
 なお、最近ではウインスコンシン州に1日2回搾乳、365日間記録で2万8,804
kgの乳量をもつ新しい世界最高記録の乳牛が出現したことをカール・カポック博士は報告しています。

-13 世界記録を持つ乳牛ビーチャー・アーリンダ・エレンの24時間行動

(注)
飼料給与:乾草
13回、穀類12回、藁2回、飲水7回、ミネラル塩5回。    
休息時間のうち
30分間眼を閉じる(5から10分に1回眼を開くがこれが4回)。
反芻が7時間
30分(左側5時間5分、右側が1時間50分)。         
14時間の横臥のうち8時間が右側で、6時間が左側。            
 佇立中の反芻時間
30分。排糞12回、排尿7回、ミルキングパーラーでの搾乳2回。


 22.連動スタンチョンは必要か、否か

 今年の3月、愛知県内でのフリーストール研究会(愛知県では1990年以来、年1から2回フリーストール研究会を開催している)の席上、次のような質問を投げかけてみました。あのガチャガチャといううるさい連動スタンチョンが果たして必要かどうかと。確実に1日1頭当たり1〜2kgの乳量を減らしているのではないかと。その時、ある酪農家が強く筆者の意見に抵抗しました。種付けには必ず必要だし、特に結核・ブルセラの予防検査には必要だと。なければ家畜保健衛生所の職員が困ると言います。結核検査には何時間もかかるし、牛の削蹄にも時間がかかる。毎日の種付けにも時間がかかると言うものです。最近、ホーズ・デーリマン(日本語版、1996年第93号)の記事にヘッドロックの投資に効果があるのかどうかとういうものがありました。インターネット上の情報交換ですが、酪農家と栄養コンサルタントは要らないと言い、獣医師は必ず必要だと言っています。
 実際、最近のフリーストール式牛舎では連動スタンチョンを設置している酪農家が圧倒的に多いのが実態です。38戸のうち34戸が設置しています。その利用のしかたは各戸それぞれ違いますが、主に種付け、妊娠鑑定、治療、削蹄、結核検査などのためです。その他に、飼料給与の時、スタンチョンをロックして、確実に乳牛に飼料を採食せしめる方法です。また、一部の農家では乳牛の顔を見ながら、1頭ごとに乳量に応じ濃厚飼料の増飼を行っています。搾乳牛と乾乳牛が混在している牛舎では、乾草や藁のみを最初に給与し、その後にスタンチョンをロックし、搾乳牛へ濃厚飼料を給与するというやり方もあります。
 連動スタンチョンのロックが乳牛へどのような影響をあたえるか、実験結果がありますのでそれを紹介します。ユタ大学で春と夏の2回にわたって、4時間乳牛をスタンチョンにロックした実験では、ロックした乳牛の血液中のコルチゾール濃度は春は14.7
ng/m1、夏は22.9ng/m1であったのに対して、それがロックしてない牛ではそれぞれ9.4ng/m1と13.8ng/m1でした。すなわち、4時間という長時間ではあったけれども、ロックすると血液中のコルチゾールが高まることから、乳牛にストレスを与えていることを示しています。特に夏季にはそれが顕著になります。また、コルチゾールの上昇と乳量の低下とはおおいに関係し、4時間のロックでは乳量が8.5%低下したとしています。このことからスタンチョンはロックしたら必要のないときは早くはずさなければなりません。搾乳後、牛は一斉に採食しますが、採食は約30分で終わります。ロックはこのときに外さなければなりません。牛の行動を観察すると、長時間ロックはその後、横臥回数を増加させ、グルーミング(舐める行動)も増します。また、ロック後の攻撃行為は増加し、反芻が減る結果となります。したがって、乳牛の生理には牛には決して良いものではなく、ただ人間の都合に良くできているものです。
 フェンス・ライン・フィーディンはスタンチョンがいらないために、安価にできる点で有利です。しかし、牛群が過密になると強い牛が飼料摂取領域を広く占拠し、弱い牛の飼料摂取が抑制されるという欠点があります。最低、1頭当たり70
cmの幅が必要です。
 飲水については、別の項で述べたいと思いますが、タイストールの場合には、ウォーターカップは大抵の農家は2頭に1個つけている場合が多いようです。この場合、強い牛の隣に弱い牛(弱い牛というのは大抵の場合、初産牛、体重の少ない牛、年齢の若い牛等です)がいると、強い牛は弱い牛の飼料を取り上げて食べています。飲水についても同様で、弱い牛は強い牛に遠慮して、飲水量が減ると言う事実があります。飲水量が減少すると採食量も減少することになります。したがって、乳量が低下することになります。タイストールの場合には、1頭1頭のウォーターカップが必要です。乳牛を群管理する場合には是非このような動物の行動も理解しておかなければなりません。
 写真−8にフィードロットにおける肉牛の飼料採食行動を示しました。飼料給飼を開始すると、牛はフィードバンクの前に列をなし、一斉に飼料を食べ始めます。飼槽スぺースが狭いと写真のように子牛はその列からはじき出されることになります。この牛群では母子同居となっています。人間の場合には、親は食べ物をまず子供から分け与えます。そして、子供が食べ終わってから親が食事をします。ここには親子の情愛が存在します。しかし、牛の世界では、まず最初に子牛に餌を与えるという行動はありません。乳離れが終わった段階の子牛では、既に1頭1頭の個が確立しています。つまり、人間の感覚を牛の行動に当てはめることはできないと言うことになります。

写真-8 フィードロットの肉牛。飼料給与を行うと牛はフィードバン
  クの前に一列となる。弱い子牛は列からはみ出されることになる。


 フェンス・ライン・フィーディングは安価に設置できる点で優れていることは前述しました。また、ガチャガチャといううるさい音もありません。牛の首や肩、頭にスタンチョンが当たることもない点も優れています。連動スタンチョンだと決められたスタンチョン数の牛しか一斉に飼料摂取できませんが、この場合にはやや過密に乳牛が飼育されても、飼料摂取ができ、頭数の多少に融通がつきます。最大の欠点は、強い牛と弱い牛が同居した場合、強い牛が飼槽スペースを幅広く占有し、弱い牛が飼料摂取できにくい点にあります。
 写真−5の肉牛における、フェンス・ライン・フィーデイングの給飼場面をもう一度見て下さい。写真では肉牛ということで、大きさはそろっていますので、飼料摂取からはみ出る牛はいません。しかし、飼槽が比較的高い胸の位置にあり、ネックレールが比較的低く、ただ飼槽に頭が入るだけという牛にとっては飼料摂取しにくい構造となっています。この飼槽には前壁があり、飼料がこぼれにくくなっています。人間が掃除しやすいためです。水平な飼槽では掃き寄せる必要がありますが、ここではその必要がありませ。しかし、前述したように牛の生理からみた場合決して良いものではありません。飼料摂取量は低下し、唾液の分泌も抑制されます。こういう形態は肉牛農家では比較的多く、フリーストールの酪農家でもまれにみられます。
 どんな時でも全ての牛が飼料を自由に摂取できる状態にしておくことがフリーストールでは最大条件です。群からはみ出した牛は処置しなければなりません。その牛は病牛であるか、群になじまない牛であるか、スタンチョンにどうしても頭を入れない牛です。あるいは弱い牛です。治療するか、他の半群に移動させるか、淘汰するかのいずれかです。どうしても仲間に入って餌を食べない牛は淘汰すべきです。1頭を大切にする飼育方法はフリーストール飼育のメリットを失います。


 23.スタンチョンの構造

 図−13に連動スタンチョンの構造を示しました。通路の幅は約4mとります。何頭かの乳牛が採食中でも、その後ろをゆったりと他の乳牛が移動できるからです。飼槽の表面は掃除しやすく、柔らかなエポキシ樹脂による塗装とします。材料さえあれば、自分で塗装できます。あるいはセラミックスによる方法も効果的だとされています。そして飼料摂取を高めるためには、1日に最低1回、夏季には2回の残餌の除去が必要です。新鮮な飼料を与えるためです。コンクリート仕上げの飼槽が比較的多いのですが、サイレージや生ビール粕などを用いた飼料では表面が酸で浸食されやすく表面が粗くなります。牛の舌に傷をもたらします。
 通路から飼槽の表面までの高さは10
cm前後とします。飼槽壁の高さは通路から53cmの高さとします。この位置が牛の首が飼槽に一番入りやすい高さです。また、通路内に飼料がこぼれ落ちることが少ないからです。スタンチョンの高さは、フリーストールベッドのネックレールの高さと同じ位置で、122cmとします。そして、スタンチョンは少し前方へ傾斜をつけ(約20度の角度を設ける)、遠方の飼料が摂取できるようにします。なお、牛が飼槽に尻を向けて糞をした場合、飼槽壁の上に糞が落ち、汚す場合があります。これを防ぐために幅10cmほどの縁石を飼槽壁に接して設置する場合もあります。しかし、牛が前足を乗せるので採食に不自然な形になり、あまり推奨できるものではありません。
 図−14にはフェンス・ライン・フィーディングによる飼槽壁の構造を示しました。スタンチョンの有無の違いで、連動スタンチョンの場合と基本は同じです。ネックレールは木製のものか、あるいは鉄パイプを一般的に用います。牛群の大きさが40から50頭程度までならば、フェンス・ライン・フィーディングで十分です。育成牛や乾乳牛にはこの方が安価ですみます。注意すべき点は、1頭当たりの飼槽スペースが70
cm以上は必要であることです。
 よく連動スタンチョンがなければ、牛を捕らえることが難しいと言われます。しかし、人間が牛に対して荒い取り扱いをしなければ、牛は容易に捕らえられるものです。牛舎内の牛が、人間に親しく近寄ってくるかどうかということは、牛の取扱者の問題であり、牛が近寄って来るならば人間と牛の関係はうまくいっていることになります。

    図-13 運動スタンチョンによる飼槽構造     図-14 フェンス・ライン・フィーディングらよる飼槽壁
        


 次回は、水槽と通路について述べたいと思います。(次回へ続く)



フリーストール酪農の現場から(6)へつづく

(筆者:愛知県農業総合試験場企画情報部主任研究員)


ALP・KASE

(山のチーズ)

 南アルプスの主峰赤石岳を間近に望む標高1000mに位置する牧場とチーズ工房、アルプ・カーゼ。ドイツ語で“山のチーズ”という意味のナチュラルチーズです。アルプ・カーゼは専用の牧場を所有し、草地には化学肥料や農薬を使用せず、乳牛を大切に飼育しています。 アルプ・カーゼのチーズは半硬質のゴーダタイプ。乳酸菌や様々な酵素が活動していますから、胃腸の働きを助け、体調を整えます。また、アルカリ性食品ですので、美容と健康にも効果があります。食品添加物は一切使用しておりません。

 冷蔵庫に入れて保存し、召し上がる際は室温に15分ほどなじませて下さい。表面の“皮”は薄くむいて下さい。2カ月間はおいしく召し上がれます。また、加熱するとトロリと溶けますので、トーストやグラタンなど、お料理にもお使い頂けます。一味違うおいしさをお楽しみください。

長野県下伊那郡大鹿村大河原2034 

アルプ・カーゼ 小林俊夫 

TEL/FAX 0265−39−2818 


生産技術セミナー【総目次】に戻る