生産技術セミナー

フリーストール酪農の現場から(2)

原 田 英 雄



 5.ストレスということ(承前)

 ここに1冊の本があります。それは、キングスレイ・ウオード著「ビジネスマンの父より息子への30通の手紙」(城山三郎訳、新潮社文庫)です。かつて、ベストセラーとなり、まだ記憶にある方も多いかもしれませんが、是非、サラリーマンや実業家の方だけでなく、後継者をもっている酪農家の方にも読んでいただきたい本の1冊です。7つの会社の経営に成功した著者が、人生体験から得た知識やノウハウを後継者となる息子への一歩突き放した形で、しかも優しく、愛情を込めた遺書にも似た手紙です。
 その中の一節に「ストレスと健康」というのがあります。このことに対しては懐疑的な息子ですが、著者はこう挑発しています。
 「私たちが一般にしていることをいくつか考えてみよう。まず、1時間に2・3回、規則的に肺と血管をタールとニコチンで満たす。そのうえで、肺が産業汚染、自動車の排気ガス、その他の人工の悪臭に耐えることを期待する。次は消化器系統が発作を起こすような飽食である。山ほどのフレンチフライ・ポテト、脂っこいハンバーガー、仕上げのデザートの大量の砂糖。確かにおいしいが、残念ながらあまりにも頻繁なために、この正しくない燃料が負担になり、体は完全にまいってしまう。
 私たちはこうして20ポンドの余分の重荷を背負ったうえで・・・・缶ビールを半ダースか1ダース、あるいはウイスキーを半本あけてくつろいだ夜を過ごす。・・・・・ここにあげた喫煙、内容の乏しい食べ物、肥満、酒、麻薬は、どれかひとつ度を過ごしても、体にしてみれば、この人はなぜ自殺する気になったのか、と思うだろう」
 そして、これが「ふつうの人」だといいます。
 それでは、長寿の秘訣は何であるかと。ある生命保険会社の調査結果を例にあげています。
 「100歳以上の人びとについて調査をおこなった。このような人たちがどのようにしてそのような輝かしい高齢にまで達したのか知るためである。意外な結果は何ひとつ得られなかった。ひとつの基本的な原則に行き着いただけである。仕事、遊び、食べることや飲むこと、あらゆることを適度にすることであった」 そして、脳については「くつろいだ状態」が必要だと説いています。


 6.ストレスからの解放

 以上のことを乳牛に置き換えていうならば、例えば、こういうことは言えるかもしれません。余るほどの大量の餌を与え(余った餌はほ場の飼料として利用するつもりなのかもしれないが)、人間には理解できても、牛には理解できない20種類ものビタミン、ミネラルなどの添加剤を加える。乳牛は肥育牛と区別できないくらい太り、そして1万のkgの乳量を期待することです。メーカーや獣医さんとの長いおつきあいができますが、生活のために限りなく働くことに誇りを感じるようなことです。
 県内(愛知県)には、筆者の調べで、1万kgの乳量水準に達している酪農家が3戸あります。彼らにその秘訣は何かと尋ねても、共通して何もないと答えています。つまり、乳牛にとって「ふつうのこと」を、特別でないことをしているわけです。1万kgの乳量のために特別の餌を与えたり、特別な飼い方をしているわけでもありません。ただ、「ふつうに」新鮮な餌を与え、新鮮な水を飲ませ、新鮮な空気がどこからでも入ってくるような牛舎構造となっているだけです。
 主人が二日酔いのために、朝の搾乳や給餌を酔いがさめるまで牛を待たせることはありません。夜に宴会があるからといって、特別に搾乳や給餌を早めることはありません。牛の生体リズムはそのようになっていませんし、牛の胃袋はそのように対応できる構造とはなっていません。一定の時間に一定の搾乳が行われ、同様に決まった時間に特別でない餌を牛は待っています。
 また、この3戸は、飼料を安価に入手するために共同購入したり、いつも安価なものを入手するために、いろんな情報を得ようとして普段努力しています。決して、1万kgのための特別メニューを考えているわけではありません。
 「ふつうのこと」とは常識のことですが、つい特別なことをしがちな経営者が多いように思われます。そのために、1万kgの乳量水準に達するのをあえて遅らせているのです。乳牛の能力を最大限に発揮させることは牛に対するストレスとの闘いであり、「ストレスからの解放」だともいえます。
 それでは、牛のストレスとはどのようなものか。強い牛が弱い牛から餌をとりあげるような行為、牛舎内が高温となって牛に与える暑熱ストレス、換気が悪いために生じる高濃度のアンモニアや二酸化炭素、エネルギーや蛋白質の不足した栄養素不足の飼料、構造の悪いストールベッドやメインテナンスの不備なために牛が快適に横臥できないことなど、多くのことがあげられます。これらのストレスを取り除いてやることが乳牛の「ストレスからの解放」ということになります。


 7.飼育頭数は増加する

 酪農家の多くは、フリーストール式牛舎を建築すると、初めの頃は、資金繰りも大変なこともあって、ストール数よりも少ない乳牛を飼育しています。しかし、2〜3年も経過するとストール数よりも多くの乳牛を飼育し始めます。頭数を増加させたほうが儲けが増えるからです。ストール数の1.2倍くらいの乳牛頭数になるとやや多いかなといいだします。しかし、まだ牛舎の中に乳牛を詰め込めることができるので、もっと増やしてやれといって1.4倍くらいまで増やしてます。
 県内でもストール数に対して40%増し(1ストールに対して1.4頭)という酪農家は何戸かあります。問題は乳牛が牛舎に入るからどんどん入れてやることができるかどうかということです。そこで、筆者が調査した2戸の酪農家の飼育密度から乳牛の横臥行動や産乳性、繁殖性などを考えてみたいと思います。


 8.飼育密度と横臥行動

 ここでは飼育密度(ストール数に対する乳牛頭数)の異なる2戸の酪農家(A牧場及びB牧場)を例にとりあげ、乳牛の横臥行動をみてみたいと思います。両牧場の牛舎の概略図を図−4及び図−5に示しました。


 両牛舎ともに県内では初期の頃のフリーストール式牛舎で西側にミルキングパーラや待機室が設置してあります。ストール列はツーロー(2列)で餌槽は北側、中央にストール列が1列、南側の窓際にもう1列あります。水槽はストールの横断通路上に沿って設置してあります。A牧場では牛群を高泌乳牛群、低泌乳牛群、育成牛群の3群に分けており、B牧場では泌乳牛群のみの1群としています。ストール数はA牧場の高泌乳牛群は34、低泌乳牛群は22であり、B牧場のそれは32です。調査は1995年6〜10月にかけて行いました。


 表−4には両牧場における飼育密度の月別の推移を示しました。A牧場においては、高泌乳牛群の6〜7月にかけて飼育密度が130%前後と高いものとなっていますが、他の8、9、10月では90%以下の低い飼育密度となっています。低泌乳牛群では期間全体を通して100%前後かそれ以下となっています。一方、B牧場では8月は調査ができなかったのですが、他の月は概して130%以上の高い飼育密度で、平均140%となっており、かなりの高密度飼育と言えます。
 これは、夏期のみ調査を行ったものですが、両牧場の牛群検定成績をみますと、年間通じてA牧場ではストール数と同等な飼育頭数で、B牧場では高密度飼育となっています。
 そこで、このような飼育密度の違いと乳牛の横臥行動との関係を図6、7でみてみたいと思います。図−6には9時30分〜15時までのA牧場におけるストールでの牛群中の乳牛の横臥割合が示してあります。また、同様に図−7にはB牧場での乳牛の横臥割合を示しました。この時間帯では、ストールで横臥する乳牛の割合はA牧場では48.2%、B牧場では14.5%でした。また、通路上で同様に横臥する割合はA牧場では1.4%で、B牧場では10.3%でした。なお、B牧場では朝の搾乳終了時が10時30分頃になりますので、ストールの利用にもこれが影響を与えて、11時以降に横臥し始めます。

 この両図からわかることは、飼育密度の低いA牧場では通路上で横臥する乳牛が少ないこと、飼育密度の高いB牧場では通路上で横臥する牛が多いことです。両牧場の敷料はともに山砂を用いています。なお、筆者は、敷料としてオガクズを用いた飼育密度の異なった2戸の牧場においても同様な調査を行いましたが、この場合もこれと同じように飼育密度が高いと通路上で横臥する乳牛が多く、反対に飼育密度が低いと通路上で横臥する牛が少ないという結果を得ております。
 なお、B牧場ではストールで横臥する牛が少ないのですが、これはストールのメインテナンスがよくないためです。床がかなり深く掘れていたり、隔柵が壊れていたりするためです。今回の調査は昼間だけのものですから夜間に乳牛が何時間横臥するのかは分かりません。しかし、自然の状態の時、すなわち放牧の時には乳牛は12〜14時間(1日のうち半分)横臥すると言われています。このことを考えると、A牧場では約50%の乳牛がストールで横臥しているので、十分な休息をとっているといえます。しかし、B牧場の乳牛は昼間の横臥時間が25%と少ないので、休息時間が少ないものと理解できます。もっとも夜間にはどこかで多くの乳牛が横臥しているかもしれませんが。
 ここでいえることは、B牧場の乳牛は昼間の時間帯には横臥時間が短く、佇立時間が長くなっており、乳牛がかなりのストレスを受けているのではないかということです。たとえ横臥していてもコンクリートの通路上であれば、それが固いために650kgの体重では肢脚にかなりの負担となり、大きなストレスが牛に与えられていることになります。また、牛がふん尿の上で横臥して牛体も汚れ、乳房炎や乳質低下などの原因ともなります。


 9.高密度飼育は乳量・乳質を低下させる

 それでは、両牧場の乳量・乳質を比較してみたいと思います。表−5には両牧場における個乳の量、乳成分、体細胞数の比較を示しました。乳量についてみますと、飼育密度の高いB牧場は低いA牧場に比べて初産牛、高産次牛ともに日量で4〜5kg以上も少なくなっています。乳脂率についてもB牧場はA牧場に比べて0.3〜0.6%も低くなっています。乳蛋白質率も0.15〜0.36%も低くなっています。無脂固形分率についてもB牧場はA牧場に比べて0.04〜0.4%低くなっています。


 一方、体細胞数については初産牛では両牧場ともに1ml当たり10万個以下と良好な値を示していましたが、2産以上の高産次牛ではA牧場では24万個に対してB牧場は49万個と2倍も高くなっています。
 このように、飼育密度が高くなると乳量や乳質が著しく低下することが理解できます。飼育密度が高くなると、通路で横臥する牛が多くなり、乳房がふん尿で汚れ、これが環境性乳房炎をもたらす原因にもなります。また、コンクリートの通路上で乳牛が横臥すると牛体へのストレスも高まり、体細胞数を増加させる要因ともなります。したがって、乳量や乳質を低下させないためにはなるべく多くの牛が清潔なストールの上で快適に横臥できるような状態にすることが大切です。
 近年、牛群の平均日乳量が30kg以上の高泌乳牛群を飼育している農家は珍しくありません。このような牛群の乳牛では過密によるストレスを大きく受けることになります。その場合には、乳量、乳質が著しく低下することが想像されます。それを防ぐために、快適なストールベッドを与えることが大切です。


 10.高密度飼育では受胎率が低下

 両牧場の繁殖性の比較を表−6に示しました。全体の受胎率をみてみますと、A牧場の受胎率は初産牛、2産以上の高産次牛とも87%以上でかなり良好なものとなっています。また、授精回数3回以内に受胎した割合も74%以上で良い成績となっています。一方、B牧場では全体の受胎率は70〜80%で、A牧場に比べて10%程度低くなっています。また、授精回数3回以内に受胎した牛の割合は60〜70%でこれも10%程度低くなっています。


 受胎に要した授精回数は両牧場ともに1.6〜2.2回でほとんど差がないので、牛群検定成績の目標数値である1.8回にほぼ近いものでした。
 一方、空胎期間、150日以上の空胎牛の割合、初回授精までの日数について両牧場を比較してみますと、2産以上の乳牛では両牧場に差は少ないものの、初産牛についてはA牧場の方がB牧場に比べて悪い成績となっています。この理由についてはよくわかりませんが、飼料給与のこと、発情発見など他の技術上の問題があるように思われます。少なくとも飼育密度以外のことを考えなければなりません。
 飼育密度が高い場合に、繁殖成績が悪くなる例を他の調査でも筆者は明らかにしていますが、その因果関係についてはよく分かりません。また、飼育密度と繁殖性との関係を多くの文献で探しましたが、見つけることができませんでした。今後、研究されるべき分野だと思います。


 11.適切な飼育密度

 それでは適切な飼育密度は何パーセントあるいは1ストール当たり何頭が良いのか。このためには、ストールで同時間帯に全牛が横臥することがあるのかどうかということが問題となります。
 筆者の調査では1牛房内で全牛が横臥するということは極めてまれであるということです。おおむね80〜90%です。ということは、この値で100%を割ることによって求めることができます。すなわち、おおよそ110〜120%あるいは1ストール当たり1.1〜1.2頭までということになります。ただし、これはストール列が2列(ツーロー)の場合に限ります。3列(スリーロー)の場合には当てはまりません。なぜなら3列の場合には連動スタンチョンの数を考慮しなくてはなりませんから。この場合には、1スタンチョンを1.5頭の牛が利用することになり、1つの問題が生じてくるからです。このことについては、次回述べてみたいと思います。(次号へつづく)



フリーストール酪農の現場から(3)へつづく


(筆者:愛知県農業総合試験場企画情報部主任研究員)


生産技術セミナー【総目次】に戻る