経営自慢

生き残りをかけて、日夜チャレンジ

−都市近郊での大規模乳・肉混合経営−

西 野 良 三


 はじめに

 兵庫県の南東部に位置し、歌劇と温泉のまち、また、高級住宅地として脚光を浴び、しょう洒な雰囲気があふれるまちとして発展を遂げてきた宝塚市。そんな宝塚に県下の酪農経営のなかでも五指に入る生乳生産量を誇る大型経営を展開する「木戸牧場」があります。
 都市近郊という畜産経営にとっては必ずしも恵まれてはいない立地を克服し、黒毛和種肥育部門を取り入れるなど生き残りをかけて経営に取り組む「木戸牧場」の姿を紹介します。


 宝塚って、どんなとこ?

 木戸牧場のある宝塚市は、兵庫県の南東部の阪神都市圏に位置し、JR宝塚線、阪急電鉄宝塚線、中国縦貫自動車道などによって大阪方面への交通アクセスも良好で、大都市近郊の住宅都市として、歌劇の殿堂「宝塚大劇場」を中心とした宝塚温泉、手塚治虫記念館などに代表される観光都市として、また、700年の歴史を誇る植木生産やダリア、アイリスなどの球根生産で有名な花卉園芸の都市として発展してきました。 平成7年1月17日に発生した、阪神・淡路大震災によって市街地に甚大な被害を受けましたが、各地区の復興も順次進行し、これまで以上に魅力あるまち「ハーモニータウン宝塚」を目指して再生を遂げつつあります。
 南北に長い市域を有する宝塚の農業は、南部市街地農業と北部農振地域農業に大別され、住民の大半が集中する南部地域と、今なお田園風景を色濃く残す北部地域とは、対照的な趣をみせています(図−1)。

図−1 宝塚市の地図


 総農家戸数は834戸で総世帯数7万1363戸に占める割合は1.2%にすぎません。
 834戸の農家のうち専業農家は104戸、うち畜産農家は10戸、酪農経営は5戸だけで、酪農経営のすべては北部農業振興地域内で経営に取り組んでいます。


 木戸牧場のプロフィール

 木戸牧場(経営主:木戸卓仁氏(48才))は、市北部の西谷地区という所にあります。周辺は緑ゆたかな中山間地で水田がひらけ、果樹や花畑、ゴルフ場などか点在しており市街地中心部までは車で30分ほどの距離に位置します(写真−1,2)。


写真−1 木戸牧場のカンバン


 この西谷地区には酪農経営5戸、肉用牛肥育経営5戸(うち2戸は酪農との混合経営)、採卵鶏経営1戸があり、市内の畜産農家のほとんどが集中しています。
 木戸牧場が西谷地区で酪農経営を始めたのは昭和39年のことです。他の仲間3人と共に市内南部の高松地区や高司地区から移転してきました。もともと牧場のあった高松や高司地区はJRAの阪神競馬場に近く、早くから市街が開け、環境悪化の懸念などから移転を余儀なくされ、住みなれた町を離れました。移転当時、卓仁さんは中学生。経営の主体はお父さんが担っており、経産牛20頭ほどの規模でした。真新しい44頭収容の牛舎を満杯にするには、その後、数年間の時間が必要でした。昭和43年に卓仁さんが高校を卒業、1年間の研修を終え昭和44年からお父さんと共に酪農に従事しています。労働力の充実をみたことで経営は順調に運び、100a余りの飼料畑での自給飼料作りにも熱心に取り組んでいました。


写真−2 木戸牧場の空撮風景


 昭和49年、搾乳部門以外からも収入をあげ経営全体の所得向上を図ろうと、自家産子牛の肥育に取り組み、乳肉複合経営を開始しました。51年には肥育牛舎も新築し、肉牛の増頭を図っています。当時、西谷地区には黒毛和種の肥育を手掛ける農家が数戸あり、地元ブランド「神戸ビーフ」の名声に支えられ堅実な経営を行っていました。木戸牧場でも60年頃からは黒毛和種の導入を始め、西谷地区内の畜産農家でつくる「西谷畜産振興会」の活動を通じ肥育技術の研鑽を重ね、平成6年末までにはすべて黒毛和種肥育へと転換しています。
 一方、酪農部門では経産牛40頭規模の経営が長らく続きました。その間、父が引退し労働力の不安から飼料作りをやめ、全量購入飼料に依存するようになり、産乳成績も思うように伸びず、コストだけが拡大して苦しい状況が続いていました。依然低迷を続ける乳価をみるにつけ、このままでは生き残れないと感じ、平成6年6月、長男の就農を契機にフリーストール・ミルキングパーラー方式へ転換、飼養規模も一挙に倍増し、経産牛100頭の大型酪農経営の仲間入りを果たしました。


 木戸牧場の経営概況

(1) 家族の構成

(2) 家畜飼養頭数(平成9年6月現在)
乳用牛
 経産牛      106頭
 未経産牛      17頭
 育成牛       20頭
 子牛        10頭

肉用牛
 黒毛和種      85頭

(3) 年間の経営成果(平成8年の実績)
牛乳販売    927トン   88,470千円
子牛販売     58頭       780千円
肥育牛販売    40頭    31,200千円
堆肥販売  1,400トン    2,200千円


 趣味を活かして

 酪農家の中には牛舎や堆肥舎を自分で建ててしまう人が結構見受けられます。これもコスト削減の一手段ですが、木戸さんのそれは玄人はだしの腕前で、機械以外はほとんと作ってしまう達人といえます。しかし、ご本人曰く「趣味の延長に過ぎない」のだそうで、今までに自家労力で作った施設は堆肥舎、牛糞乾燥ハウス、車庫兼事務所、そして極めつけはフリーストール牛舎とミルキングパーラー、そして昨年は育成牛舎と敷料倉庫まで作ってしまいました。特殊な作業(クレーン作業など)を除いてはほとんど手作りで、その出来ばえは他の牧場にも負けないくらいです。完成した時の充実感は何ものにも代え難いことでしょう。また、フリーストール牛舎とミルキングパーラーの建設では業者の見積りより約2,000万円も節約できたと話してくれました。まさに「趣味と実益を兼ねる」を実践されています。これにより規模拡大に必要な資金調達も無理なく運び、短期間に増頭を図ることができ資金繰りも楽になったようです(写真−3,4)。


写真−3 フリーストール牛舎内部     写真−4 ミルキングパーラー(ヘリングボーン,8×2)

 奥さんは庭いじりが趣味で、住居や事務所の周囲は季節の花々で彩られています。草花の植え代え時には自家産の堆肥を使用しますが、ここでも奥さんのユーザーとしての意見が堆肥生産・販売に活かされています。
 息子さんの趣味はオートバイレース。休日には自慢のマシンを車に積み込み、コースに出て練習に励んでいます。本来、機械いじりが好きですから牧場の大型機械や車両の操作を任されることが多いようです。簡単な修理などメンテナンスもおまかせです(写真−5)。


写真−5 TMR ミキサー(13m3)


 三人三様の趣味を持ち、それぞれが有意義な時間の過ごしかたを知っており、またそれが経営のなかで有効に活かされています。


 畜産仲間「西谷畜産振興会」

 西谷地区では9戸の農家が畜産経営を行っていることは前述しましたが、酪農と肉用牛経営農家を中心に「西谷畜産振興会」を組織しています。木戸さんはこの振興会の会長を務めており、飼料・資材や素牛の共同一括購入、堆肥の散布や販売、先進地視察や勉強会など、リーダーシップを発揮し活発に活動しています。メンバーは木戸さんを筆頭に三十代、二十代の後継者で構成され、時には仕事を離れバーベキューパーティーやゴルフコンペなどで交流を深めています。
 また、西谷畜産振興会では酪農3戸と肥育2戸で「堆肥部会」を結成し、各自で牛糞の堆肥化を図り、部会内で需給を調整のうえ、共同で購入した3tのマニュアスプレッダーを使って年間40haの圃場へ散布を実施しています。近隣の耕種農家から好評を得ており、例年、安定的に供給されています(写真−6)。


写真−6 手づくりのPRちらし(堆肥部会)


 完熟堆肥を敷料に利用

 100頭余りの乳牛は1日約2.5tの牛乳を生産してくれますが、排泄される糞尿の量は倍の5tを越えます。規模拡大当初は敷料にオガクズを大量に使用していたため、処理すべき糞尿の量も一気に拡大し乾燥ハウスや堆肥舎はパンク寸前で、このままでは経営の存続すら危ぶまれかねないと、需要期以外の堆肥をストックしベッドの敷料に利用することに踏み切りました。もちろんここに至るまでには試行錯誤が繰り返され、言葉では言い表せない苦労があったことと推察されます(写真−7)。


写真−7 堆肥乾燥ハウス(60m ×2棟)


 敷料に使う戻し堆肥は6カ月ほどかけて発酵させた完熟堆肥で、ベッドへは10日に1度20 を投入します。以前に比べ牛体の汚れも減り、搾乳前の乳房洗浄も楽になりました。最近では入手が難しくなっているオガクズの調達に苦労することもなくなり、経費の節約にもつながりました。今は堆肥化サイクルの短縮を目指し、急速発酵施設(縦型コンポ)の試験運転を実施中です(写真−8)。


写真−8 試験運転中の急速発酵処理機


 こんな牛乳が飲みたかった

 「地元で生産された新鮮で安全な牛乳」との宝塚の市民グループの要望に応え、西谷畜産振興会のメンバーのひとりYさんは、自身の牧場で生産された牛乳を隣の尼崎市の牛乳処理業者に委託して低温殺菌牛乳「たからづか牛乳」を生産し、瓶詰めで宅配を中心として市民グループへ提供してきました(写真−9)。


写真−9 ノンホモ低温殺菌「たからづか牛乳」


 しかし、平成7年、委託先の牛乳処理業者が廃業することになったため、Yさんは処理業者から事業と施設を引き継ぎ自宅敷地内に処理プラントを建設、「たからづか牛乳」の生産に乗り出しました。現在の処理量は月間約6tと少ないですが、木戸さんも僅かながら原乳を供給しています。低温殺菌処理用に原乳を供給するようになり、以前にも増して飼養管理と搾乳衛生に気を使うようになり、結果的に牛群全体の成績がアップしました。
 現在、原乳を供給しているのは木戸さんとYさんだけですが、将来的には他の酪農家の参加も得て、西谷地区で生産される牛乳全てを「たからづか牛乳」としたいと考えています。宝塚市では以前から消費者グループや市民グループが中心となって「宝塚の学校給食に西谷の牛乳」との呼びかけが行われていて、シンポジウムや署名活動などを展開し市当局にも働きかけています。しかし、実現までにはしばらく時間がかかる見込みです。
 木戸さん達の「たからづか牛乳」が、より多くの市民に支持され愛飲されることを願って、市民グループと二人三脚で始めたPB(プライベート・ブランド)牛乳生産は、「地域農業と市民生活の共存共栄」を目指しています。


 おわりに

 畜産物価格の低迷、環境問題、後継者確保対策等々、畜産経営をめぐる状況は酷しさを増すばかりですが、そんな中にあって常に前向きの姿勢で経営に取り組み、色々なことにチャレンジし続けている木戸さん。挑戦の動機を聞いてみると「思いつきと気まぐれだけや」と明るく話してくれますが、その行動には長年の経験と綿密な計算に裏打ちされた先見性が感じられます。
 いま木戸牧場の経営は安定期を迎えています。心強い後継者が育ち、経営成果も順調に向上してきました。しかし、木戸牧場のスケールアップは続きます。『常々、先を予測し、その時、その場の最善最良の方策で対策を講じ、問題を回避する』ことを心がけたいと話す木戸さん。これからは西谷畜産振興会メンバーが一丸となって環境保全型畜産の確立を目指して、将来は西谷地域一帯の牧場公園化を図り、生産者と消費者の交流の場として整備されることを願っています。
 木戸さんのチャレンジは、まだまだ続きます。

(筆者:兵庫県畜産会総括畜産コンサルタント)


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