生産技術セミナー

フリーストール酪農の現場から(1)

原田 英雄



 はじめに

 こんな小話を聞いたことはおありでしょうか。
 ニューヨーク市立大学教授・霍見芳浩氏は、新しい講義の前置きとして、次のように語っています。
 ある時、大海原に一艘の旅客船が難破しました。船には一つの救命ボートがありますが、ちょうど子供と女性客の数程度しか乗せることができません。そこで船長は、男性に海に飛び込むよう呼びかけることにしました。小話しはここからです。ドイツ人だったら「サーの命令だ」と言います。イタリア人だったら「危険だから海に飛び込むな」と言います。イギリス人ならば「紳士の諸君は海に飛び込め」と。そしてアメリカ人だったら「諸君には生命保険がかけてあるから海に飛び込め」と。そこで、日本人だったら何というか。「他の男たちは皆海に飛び込んだ」と言えばよい。
 これほど、日本人の特質をうまく表現したものはありません。
 さて、現在、フリーストールで酪農をやりたいと思っている人たちにもこのような傾向が一部にはあるように思われます。筆者は、この7年間、愛知県内の多くの酪農家と接して仕事をしてきましたが、今後、牛舎を新築しようとする人たちあるいは規模拡大を図ろうとする人たちは、必ずフリーストール・ミルキングパーラー方式(以下「FSMP」と略します)でやりたいと言っています。それほど、現在の酪農家にとっては一つの実現可能な大きな期待となっています。
 しかし、FSMPで酪農をやっている人がすべて成功しているかと言えば、必ずしもそうでもありません。もちろん、そうすることによって成功した人たちも多いのですが。そもそもFSMP方式は、繋ぎ飼い方式とは全く別な考えで行わないと飼養技術上大きな失敗をおかすことになります。それだけでなく、大きな投資をした場合には経済的な損失も計り知れないものがあります。
 ここでは、筆者が県内の現場をみた中での問題点をあげながら、FSMPについて述べたいと思います。


 1.FSMPの三つの留意点

 筆者はFSMP方式の酪農現場を観る時には、次の3点について特に注意を払います。すなわち、@乳牛が清潔であるかどうか、A乳量水準が高いかどうか、B繁殖がよく、事故疾病が少ないかどうかということです。この3点がFSMP方式の成否を決定するからです。
 @については乳牛がストールベッドで快適に休息している証拠であり、乳質もよいからです。Aの乳量水準については、一つの目安として1万kgを想定しています。乳牛改良が進んでいる現在では、内地においてもこの水準を達成することは不可能ではありません。FSMP方式では多額の資本を投資するので、当然、所得の向上がなければなりません。 Bについても経営の基礎となるものですから、種付け回数は1.8回以下あるいは事故疾病による廃用牛率25%以下であることなどです。そうでないと、成功していると言い難いと思います。



 2.愛知県におけるFSMPの変遷

 愛知県にFSMP方式の酪農家が初めて出現したのは、今から14年前、1983年のことでSさんです。Sさんは翌年造ることになったNさんとともに神奈川県まで足を運んで、調査をしたということです。県内にはそれまで事例が全くなかったし、相談にのるべき技術者もおりませんでした。そのため、かなり不安だったと述懐しています。
 表−1には愛知県における1983年以降のFSMPの建築個数の年次別推移が示してあります。現在38戸の酪農家があるわけですが、同表にもあるとおり45%が農業公社牧場設置事業で建築を行っています。これは、建築にかなりの経費がかかるためで、同事業を利用すればおよそ1/3の自己負担額で済むことになるからです。

 同表では1991年以前に建築したものをAグループとし、92年以降建築したものをBグループとしました。なぜ、このように区分したかと言いますと、この数年の間にフリーストール式牛舎にしろミルキング・パーラーにしろ建築の考え方が大きく変化しつつあるからです。それは、規模がただ単に大きくなったというだけでなく、牛舎構造についてもまた経費についても多様性を帯びてきたからでもあります。このことについては後ほど述べます。
 ここでは、牛舎設計を例に取り上げます。 図−1図−2をみていただきたいと思います。図−1はAグループの代表的なFSMP方式の牛舎概要図です。パーラーの南北の位置は農家によって異なりますが、おおむねこのような形態をとっています。牛群は高泌乳牛群、低泌乳牛群、乾乳牛群の3群分けが一般的で、牛群全体で60から80頭くらいの飼養頭数です。3群分けが行われたのは、高泌乳牛と低泌乳牛では餌の内容が違うということからきています。
 牛舎内にはミルキングパーラー・ホールディングエリア、牛群房、牛乳処理室、事務室が一つの屋根の下となっています。そしてパーラーやホールディングエリアの隣接個所は道路か、これ以上拡張できない角にあります。全体が完結形態となっており、当分の間、すなわち10年以内くらいは増頭を考えなくてもよいと考えていました。ストール列はスリーロー(three row)の3列です。スリーローは牛舎構造が同じであれば、1ストール当たりの牛舎建築費は最も安価になります。しかし、落とし穴もあります。このことについては後ほど述べます。
 飲水場の位置はストールベッドに隣接して設置しており、水槽あるいはウオーターカップが一般的です。飼料給与はコンプリートフィード(最近では「TMR」と呼ぶのが一般的)で、高泌乳牛用と低泌乳牛の2種類を調整します。大抵は最初に高泌乳牛用のものを作っておき、高泌乳牛に与えた後に粗飼料をコンプリートフィーダーに追加し、調整して低泌乳牛用として用います。あるいはその逆に低泌乳牛のTMRをまず調整して、低泌乳牛に与え、残りの量に濃厚飼料等を追加し、高泌乳牛用とするやり方です。飼料の給与方法については別の項で述べたいと思います。
 図−2はBグループの代表的なFSMP方式の牛舎概要図です。ドライブスルーの形態で、フォーロー(four row)となっています。ミルキングパーラーの南北の位置は酪農家によって異なりますが、大方はこのような配置をとっています。ミルキングパーラーは牛舎から切り離して設置してあるのが、Aグループと大きく異なるところです。この理由として、Aグループの配置ですと規模をさらに拡大しようとすると、牛舎を増設しても同じパーラーを利用するというわけにもいかないので、増設した牛舎にはまたパーラーを設置しなければならないことになります。しかし、Bグループの形態ですと、同図のようにパーラーの北側へ現在ある牛舎に平衡してパーラーを間にすることによって、牛舎を増設することが容易です。ただし、敷地があるという前提ですが。この場合にはパーラーは全く新設しなくても、今あるパーラーを利用することが出来ます。
 牛群は3群が一般的です。すなわち、同図にみられるように泌乳牛群が2群と乾乳牛群が1群です。泌乳牛群がAグループとは大きく異なり、乳量あるいは産次等の区別はせずにただ単に2群に分けているだけです。なぜならTMRを2種類つくるのが面倒だからということと、飼料を高泌乳牛用から低泌乳牛用に切り替えると、乳量が著しく低下すると酪農家たちは言っています。そして、切り替えをしなくても乳量、繁殖成績には影響がないということです。泌乳牛用のTMRを一気にドライブスルーを通してやることができて、効率的であると言っています。牛群の規模は概ね150頭前後です。
 もう一つ、BグループとAグループの異なるところは、飲水場の位置です。Aグループでは牛舎内のストールベッドに隣接したところ、乳牛がベッドを横断する通路上にありましたが、Bグループては牛舎の外部に設置してあります。さらに、ウオーターカップでなくて長さの大きい水槽となっています。これは通路上で、乳牛が飲水をしていると、他の牛が移動できないことや、夏期においてはぬかるみ、牛が汚れたり、滑りやすくなるためです。


 3.着工にかかる前に将来への規模拡大を考えた設計が重要

 以上、概略的に愛知県におけるFSMP方式の牛舎構造の年次的変化を述べてみましたが、ここで一つの問題点を整理しておきたいと思います。すなわち、FSMP方式の牛舎構造というものは、多くの試行錯誤の上で成り立っており、年々、乳牛にとってあるいは酪農経営にとって有利になるように、すなわち合理的かつより良い方向に変化しているということです。ですから、FSMP方式の牛舎を建築するにあたっては、多額の投資をして、これが絶対的なものだと断定せずにゆとりのある投資(フレッキシビリティのあるもの)をすることが大切だと思います。
 表−2をみていただきたいと思います。この表は、筆者が昨年の末から今年の始めにかけて県内のFSMP方式の酪農家38戸について立会調査を行ってまとめたものです。まず、Aグループについてみます。1992年には20戸のFSMP方式の酪農家がありましたが、その平均経産牛頭数は79.4頭でした。1996年では85.3頭とわずかに6頭程度の増加でした。しかし、2年後すなわち1998年頃には1戸当たり平均29.8頭を増加したいというのです。また、Bグループについても厩舎ができたばかりであるのにもかかわらず、平均で15頭を増加したいと言っています。すなわち、FSMP方式の酪農家では後継者がすべてあるという事実もあるけれども、極めて規模拡大には意欲的であるということです。このことは、今後FSMP方式の酪農をやろうとする人は確定的なものを求めずに、牛舎構造にしても乳牛の飼養管理にしてもフレッキシブルなものの考えをもたないといけないということです。とくに将来の規模拡大への対応を考えた設計でなければならないということです。この点から考えると、図−1の牛舎構造の配置は建設当時はよかったけれども、今後の規模拡大を考えた場合には、増設牛舎をどこへもってくるかということで、かなりの工夫が必要となります。一方、図−2の牛舎構造の配置では先ほど述べたように、パーラーの北側へも設置できるし、現在の牛舎の西側へも設置できてパーラーを共有することが出来ます。特にミルキングパーラーをどこへ配置するかということは極めて重要です。そのため、ミルキングセンターとも言われます。


 4.安いFSMPもある

 ここで、話が飛んでしまうことになりますが、お金の話を少ししておきたいと思います。表−3をみていただきたいと思います。これも先ほどの調査と同じ時に行ったものです。1ストール当たりの牛舎とミルキングパーラーにかけた経費とその酪農家戸数の分布を示したものです。この中には新築、改築を含めていますので、若干の補正が必要かも知れませんが、これからFSMP方式でやろうと考えている人にこんなにも安く出来るんだ、あるいは高くてもできるんだという参考資料としてみていただきたいと思います。

 では牛舎について1ストール当たり一体いくらでできるかというと、Aグループでは平均70万3,000円、Bグループでは79万6,000円でした。パーラーについては、Aグループでは平均18万6,000円、Bグループでは25万4,000円でした。両者併せた全体では、Aグループは1ストール当たり88万9,000円、Bグループでは104万9,000円でした。一口に言って1ストール当たり100万円かかっていると考えられます。
 年次的な物価高を考慮すれば、Aグループに比べてBグループの方が高いのが自然ですが、面白いことにAグループとBグループの牛舎価格は1.13倍であるのに対して、パーラー価格は1.37倍と高くなっています。これはBグループの方がミルキングパーラーに対してより優れたものへと傾倒しているとみることが出来ます。特に愛知県では、今後、ミルキングパーラーを導入したいという人たちはX社のパーラーに強い関心を示しています。しかし、これは比較的高額なものです。
 筆者が表−3で特に注目していますのは、Aグループに比べてBグループの方が1ストール当たりの金額の幅が広がっていることです。すなわち、牛舎については最低が1ストール当たり15万7,000円、最高が143万7,000円と128万円の差があることです。一方、ミルキングバーラーについては1ストール当たり7万円から最高47万4,000円と40万円の差があります。ただし、牛舎については輸入牛舎や改築の場合には安価になる傾向があるし、パーラーについてはアブレスト型では安価となっています。Aグループに比べてBグループの方が1ストール当たり金額の幅が広いということは、ある意味では極めて大切なことです。それは、いろんなFSMP方式の酪農があることを意味し、それだけ選択肢が増えたことですから。それだけ、酪農家が学習し、成長したことでもあります。


 5.酪農経営は人、牛、金の接点で成り立つ

 FSMP方式の酪農であろうと、繋留方式の酪農であろうと、酪農経営をするに当たって基本的なことは同じです。それは、人、牛、金の接点で成り立っていることです。このことは、図−3に図案化されます。すなわち、人とは労力を意味しますが、自家労力を増やしたり労働時間を長くさせればそれだけ所得の増加に繋がります。規模の小さいときはこれでも成り立ちますが、大きくなったら成り立ちません。また、牛の能力を十分に発揮させるためには、それに対応した人と施設・機械(金)が必要となります。規模拡大をすればするほど施設費、雇用労賃は増加しますので、所得が必ずしも増加するとは限りません。人にとって都合の良いとき(労働時間の縮小)、牛が犠牲になったり(乳量・乳質の低下、事故・疾病の増加、繁殖成績の低下等)、施設・機械に投資が多くなりやすくなります。牛の快適さを求めたときには、人または金が犠牲となります。

 時々、素晴らしいFSMP方式の牛舎をみることがありますが、乳量が出ていない場合があります。乳量を生むのは乳牛であって施設ではないのです。酪農は人・牛・金のトライアングルの中の接点で成り立っています。ここに経営の難しさといろんな経営のやり方があり、その点が魅力的な所以でもあります。(次号へつづく)



フリーストール酪農の現場から(2)へつづく

(筆者:愛知県農業総合試験場企画情報部主任研究員)


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