明日への息吹

ONLY ONE

松崎 豊



 飼養戸数80戸、飼養頭数3,800頭。大阪府の平成9年2月1日現在の酪農統計数 字です。
 ちょうど10年ほど前、ある関係者と交わした言葉が耳に残っています。「10年後、 大阪の酪農は存続していないかも知れない」という話しでした。需給緩和による取引価格 の引き下げや間近に迫る畜産物の自由化問題がある一方で、日本経済は好調で、額に汗し て働く農業を始めとした第1次産業の一層の陰りが入り交じって押し出された言葉でした 。当時の酪農戸数は210戸、頭数は8,000頭でしたからこの10年で130戸、率 にして60%の大幅減少となっています。しかし、少ないながらも本府の酪農は立派(?) に今も存続しています。大阪といえば東京に次ぐ大都市であり、面積でみれば狭い方から 全国ナンバー 2。とても畜産などできる筈がないと思っておられる諸兄も多 いと推察しますので、この機会を利用して「どっこい大阪も頑張ってるゾ!」というとこ ろを紹介できればと考えています。
 府下で畜産を廃業していく理由の多くは、全国的な傾向である高齢化や後継者不足、そ して地域柄、畜産環境問題が挙げられます。しかし、これらはあくまで表面的な理由であ って、根底にあるのは先行き不透明感からくる経営不安にあることは歪めず、他産業への 雇用機会の多い本府の実情が廃業決断を容易にしているといえます。その様にみると、現 在なお残る府下の酪農家は全て経営不安を解消した優秀な農家ばかり・・との印象を持た れ兼ねませんが、未だ後継者もなく低収益の中で、細々と生きながらえている経営もあり ます。しかし一方で、酪農を職業と自ら選択、前向きに取り組む後継者が多数育ってきて いる事実と合わせ、都市畜産という立地的に厳しい環境の中にあって、それなりの“技” を有する酪農家だけが生き残ってきたことも間違いないところです。今回紹介するのは、 大阪府八尾市(大阪の東部、奈良県に隣接)で酪農を営む西野貞一さん。そんな、とびっ きりの“技”を持つ酪農家の一人です。
 大阪府下には40の市町村があり、大家畜に限って見ると21市町村で飼養されている ことになっています。しかし、市町村内で1戸というのも実は13市町村あり、地域にと って大家畜は極めて特異な存在となっています。西野牧場の所在地八尾市もそんな市町村 の一つです。
 西野牧場は市街化区域にスポット的に残っている農業調整区域内に属し、奥さんと2人 で常時搾乳牛13頭、育成牛10頭を飼養しています。施設は搾乳牛舎1棟(20頭入) と飼料倉庫1棟(50u)、バケット2回搾乳と府下でも最小規模の専業経営です 。そんな西野牧場が都市畜産を立派に生き抜き、そして今後も生き続ける“技”を紹介し ます。


写真−1
都市酪農の古き良き時代を彷彿させるつなぎ式牛舎。天井が低く、西日が入るのが欠点。 開方式で風通しは良い。

技のpart 1

 八尾市もかつては大阪市部に隣接している立地条件から軟弱野菜を中心に農業が盛んな 地域でした。畜産は農家の副業として近郊農業の一端を担って発達、最盛期には90戸の 畜産農家数を数えましたが、都市化の波に飲み込まれ現在、養鶏2戸、大家畜は西野牧場 だけが残っているに過ぎません。畜産農家が減少し、地域で孤立していく状況は経営にと って情報量の減少、行政的施策の縮小、意欲の減退などデメリットとして認識されます。 閉鎖的でなく開かれた意識を持つことで孤立は逆に経営を支える武器になり得ると西野さ んはいうのです。
 八尾市では市民への地場産業PRの一環として、毎年数回、関係施設の見学を実施してお り、西野牧場はこの見学コースになくてはならない存在となっています。毎日口にするも のでありながら生産現場を知らない世代が多くなってきた昨今、間近に見る牛の大きさ、 張り裂けんばかりに膨らんだピンク色の乳房、そして大きな目をした愛らしい子牛、それ らを見て、見学者は異口同音に驚きの声を上げるといいます。また、見学者ばかりではな く、地域での希少性からテレビ、新聞で“町の牧場”として取り上げられることも度々あ って、八尾市ではちょっとした有名人でもあります。地域社会に「認められる」ことの大 切さは、経営が経営であるための根源的な原動力であり、その意味から畜産経営存続の条 件といえます。西野牧場ははからずも地域で希少性を得て、貴重な社会学習の場として地 域社会に貢献するに至りましたが、外部に心を開く意識がなければ、その希少性は好意の 目ら奇異、悪意の目となり経営を四面楚歌に追い込みかねません。西野さんは話し好きで 社交性もあるなど、性格面による部分が大きいと思われますが、この“開かれた意識”が 都市畜産を生き抜く“技”の一つとなることを強調しておきたいと思います。

写真−2
"どうでっか!エエ顔してまっしゃろ"と将来を担う自慢の牛を紹介する西野さん。

技のpart 2

 当該牧場の生産性の高さは、表−1を見ればお分かり頂けると思います。大阪で唯一1 万 kg牛群を実現している農家で、府下ではこのレベルの体験者はなく、高レベルな飼養 技術の世界をonly oneでひた走っています。

 西野牧場と本会(大阪府畜産会)との出会いは、かれこれ16年前に遡ります。意外に も当時は酪農経営負債整理資金の借り入れ農家で、経営再建に向けて懸命な取り組みがな されていた時期でした。乳肉複合経営を行う現在と同様、小規模な経営体で、極端に生産 性、収益レベルが低く再建が危ぶまれる経営であったと記憶しています。しかし、幸いに も保有していた遊休資産が公共事業の用地買収にかかり、借財を一掃することができ、そ の後、前述のような有料農家へとつながった訳です。なお、当該経営の借入金返済以前と 以後を見るにつけ痛感するのは、一定水準を超える負債の存在が如何に経営発展を妨げる かということです。例え計画上、返済可能なものであっても、失敗が許されない張詰めた 経営状態になると、計算式では弾きだせない、マイナス要素が必ずでてくることを示した 格好の事例として経営再建指導上教訓にしていることを、余談でありますが付け加えてお きます。さて、借入金の一掃を契機にA1による繁殖と自家育成での牛群改良を積極的に 進めた結果、平成3年には飼養牛全て自家産牛で平均1万 kgを達成しました。乳量 水準も夢のような話しであり、ましてや草地は勿論、運動場すら持てない本府の立地条件 では、育成は無理と思われた自家産牛で実現したことは驚きの一言に尽きます。そして、 平成4年には僅か経産牛13頭規模ながら所得1,000万円を計上、40頭規模に相当 する所得で皆を唖然とさせたことが、今も記憶に残っています。この夢のような乳量水準 に対し小規模だから可能との心ない声もありましたが、頭数の多少に関係なく卓越した技 術ゆえに実現できたことは、当時もそして現在ですら平均1万 kg牛群は、夢のよう な水準であることを物語っています。

写真−3
最近では珍しくなった角のある、牛らしい牛。府下自家産牛の目印でもある。

 このとび抜けた“技”のポイントと長年の係わりの中で感じた当牧場の特徴を幾つか紹 介すると、 @外部導入を一切行わず一貫して自家育成で牛群改良を進める(系図は 5世代前まで遡ることができる)、A個体管理の徹底。搾乳は西野さん、飼料給与 は奥さんが担当する分業制をとっており、残飼の状況、ボディコンデション、泌乳量をも とにパソコンを利用しての栄養管理を実施、 B飼料コストを低下させるため豆腐カ スを育成期より給与、搾乳牛には15 kg/日を上限に給与、Cパソコンを使 って情報交換(F/L)、経営管理に活用、D小規模の利点を生かして出荷は、メー カーへ直接持ち込み販売経費を節減、E新技術等情報収集には貧慾であるが、導入 は極めて慎重、F清算牛乳に対して絶対的な自信、などが挙げられます。
 西野さんも今年で60歳を迎えました。世間では「まだまだ若い」部類に入ると思いま すが、持病の腰痛が年々悪化しているようで、最近、気弱な発言が目立ってきました。頼 みの跡取り息子は現在大学の4回生、来春の卒業を控えて“技”の継承者としての期待も 高まっており、「まんざらでもなさそうだ」とは父親ならではの感触です。が、“青年の 心、掴み難し”で、結論はまだ先に延びそうです。願わくは腰にムチを打って、育 ちつつある後継者達の目標として、また、大阪酪農の“技”の伝承者として末永く頑張っ てほしいものです。

写真−4
タンポ缶(牛乳缶)を前にしての西野さん。毎日軽四輪にこのタンポ缶を満載してメーカーへ持込んでいる。

 ところで、関西人はブッチャケ話しが大好きです。ブッチャケルとはバケツの水を「ブ チ空ける」、魂胆のない本当の話しを指します。従って関西人は、自分がそうであるよう に正直者が多いということになります(?)。
 さて、そのブッチャケ話しを一つしてみます。府下の平成8年度の経営成績を集計して いて愕然としたものがあります。それは、驚くほどに低下した所得水準で、所得の高かっ た平成元年、2年と比べて半分近くにまで下がってきています。ここまで所得が落ちた原 因としては、牛肉自由化を始め飼料コストの上昇や補助金の減少も当然ありますが、主因 となるのは生産過剰と国際化対応を理由として大幅に引き下げられた取引乳価にあるのは 明白です。低コスト生産を合言葉に効率化を追及し、懸命に技術向上を図って、単に当た りの生産量を大きく伸ばしてもなお、これほど低下する現実に釈然としないものが残りま す。酪農家の汗が涙や苦労を注ぎ込んだ牛乳が、国民の健康を保持する食糧としてはたし て適正に評価されているのだろうか。 < br> 前述の西野牧場では、訪れた見学者に自家消費用の牛乳を振舞うことが、たまにあるら しい。牛乳を飲んだ見学者から「普段飲んでいる牛乳と味が違う。何処に行けば買えるの ?」と決まって聞かれるといいます。生産現場は消費者ニーズに応えるために高品質な牛 乳生産に取り組んでいます。それが消費を伸ばし、引いては現場を保障するものとして日 々努力を重ねているし、また、その自信もあります。生産者として、この言葉のギャップ をどう埋めればよりのだろうか。
 生産者の努力が報われない状況には、心底腹立たしさを覚えますが、ブンチャケタとこ ろ、乳業メーカーに全面的に依存する現状の生乳出荷システムが続く限り状況は変わらな いと思います。生産サイドだけに固執する現状から販売サイドへの参加、参入を視野にい れた新たな取り組みがなされないとすれば、努力は永遠に報われない悲劇になりかねませ ん。
 ブッチャケタところ、今求められているのは、オリックスのイチローよろしく「変わら なきゃ・・!」であろう。

(筆者:大阪府畜産会畜産コンサルタント)



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