生産技術セミナー

衛生新時代〜SPF養豚システム〜

早田 繁伸

 

1.はじめに

 養豚経営において衛生問題の解決は経営を左右する重要な課題です。豚が健康であれば豚本来の能力を最大限発揮することができ、生産性の向上や衛生費の軽減から収入の大幅な増加を見込むことができます。また、加えて抗生物質など薬剤の低使用など食品としての安全性が保証されます。SPF養豚とは、一言で言えば、健康な豚を衛生的な環境で飼うことです。現在、従来から問題となっている肺炎等の慢性疾病に加え、PRRS、PED等厄介な疾病が全国的に浸潤している状況では、極端な表現をするとSPF養豚こそ、将来、養豚を救う「最後の砦」となるかもしれません。このことは最近、SPF養豚にたいする関心の高さからもそれがうかがえます。
 この様な状況下で、熊本県では全国に先駆け平成2年から系統豚SPF化事業に取り組み成果を上げております。そこで熊本SPF事業の概要、それから日本における普及状況、加えて筆者は平成4年にSPF先進国デンマークへSPF技術及びシステムを視察研修しましたのでこれらを併せて紹介します。


2.SPF農場の普及状況

 現在、日本におけるSPF豚農場は(SPF協会による認定農場数)合計115戸で、その母豚総数は4万0990頭、1農場平均母豚頭数は356頭です。地域別では関東がもっとも多く39農場、東北の21農場、九州は3位で19農場です。全国の母豚飼養頭数と比較すると4%でありますが、農場の大部分は大規模農場でありスケールメリットをSPF豚により追求しています(1,000頭以上飼養農場が25戸もあります。表−1、2)。

 熊本では1戸の原種豚農場と3戸のコマーシャル農場(A農場母豚150頭、B農場母豚250頭、C農場母豚300頭で母豚数合計700頭、平均233頭)が稼働しており、平成10年には更に1農場が加わる予定です。
 デンマークではSPF農場は種豚場を中心に普及し、種豚場の約8割がSPF農場であり、コマーシャル農場も3割がSPF化されております。ここではSPF農場以外の農場もSPF農場から種豚が導入されますから、衛生グレードは一般農場でも非常に高いといえます。


3.SPF養豚とは

 SPFとは新しくて古い言葉といえるかもしれません。以前から薬剤試験にもちいる無菌豚にちかい豚をSPF豚と呼び、実験動物として活用していました。この豚は特定の疾病を持たない清浄な豚で、これを畜産目的で飼養したのが、慢性疾病を持たない清浄豚のことです。
 特定の疾病とは、具体的には、@豚萎縮性鼻炎(AR)、Aマイコプラズマ性肺炎(MPS)、Bトキソプラズマ病(TP)、C豚赤痢、Dオーエスキー病(AD)などがあってはならない疾病に指定されています。これらの疾病は慢性経過をとり、生産性を著しく低下させる病気です。この豚は疾病を断ち切るために無菌操作による帝王切開手術で作られ、その後は衛生的な環境下で通常と変わらない飼育方法で飼育されています(写真−1、2)。

 デンマークにおいては、指定疾病は、@マイコプラズマ性肺炎、Aアクチノバチルス感染症、B豚萎縮性鼻炎、C豚赤痢、Dシラミ、疥癬でありますが、オーエスキー病およびトキソプラズマ病は国内に存在しないので指定疾病に含まれていません。


4.SPF生産ピラミッド

 日本におけるSPF生産ピラミッドは、@伊藤忠飼料・シムコ、A住商飼料畜産、B全農、C日本農産工業の大きくわけて4つからなります。このピラミッドの頂点にあるGP農場の種豚は増殖農場で中雄と交配され、F1母豚としてコマーシャル農場へ流通し、肉豚が生産されます。この間の衛生環境はすべて厳重なSPF状態で飼育されます。
 熊本県では平成2年関連施設を整備し、平成4年から系統豚のSPF化を実施し、平成6年に系統豚ヒゴサカエ301を総てSPF化し、SPF系統豚をJA熊本経済連で維持・増殖しています(経済連が維持増殖を行っているところから、これらは全農生産ピラミッドの一角に位置づけされています)。ここで維持増殖される系統豚は最適と判断された中雄(ゼンノーwo1)と交配し、F1母豚としてSPFコマーシャル農場で利用されています。SPFコマーシャル農場では止め雄にサクラ201を交配し、熊本ブランドSPF豚肉を生産しており、現在、3戸のSPF農場から年間1万5000頭が生産され、県内のAコープ店、地元スーパー及び一部の生協に「くまもとSPF豚」として供給されています(図−1、2)。


5.SPF養豚への変換方法

 現在、コンベ(通常のという意味でSPFでない一般農場のことを指します)農場でありますが、SPF農場に変換したい場合、次のような3つの方法があります。

 1)新築移転による方法:豚舎を新たに建設しSPF豚を導入する方法です。この方法だと疾病排除が完全に可能でありますが、莫大な経費がかかります。これは現在古い畜舎で操業しているが、老朽化しているので新築したいと考えておられる方には最適でしょう。また、この方法では既存豚舎以外の場所に新築する場合、建設の期間、平行して養豚操業を継続できるので休業期間が短く負担が軽くなります。

 2)オールアウトによる方法:これは一時期既存豚舎を空にし消毒し、その後、SPF豚を導入する方法です。この場合、現在飼育している豚を短期間に出荷し、全ての豚舎を一定期間空舎にし徹底した消毒により、以前の豚がもっていた病原菌を遮断します。デンマークでは新築は勿論含まれますが、この方法はSPF変換の主体となっています。休業期間がかなり長く、@空舎豚房消毒期間(約1ヵ月)→A種豚導入から分娩までの期間(約4ヵ月)→B子豚分娩から肉豚出荷までの期間(約6ヵ月)→合計11ヵ月が必要で、経済的な負担がかなりかかります。しかし、種豚を妊娠豚で導入する方法等を組み合わせれば期間の短縮も可能です。

 3)逐次変換方式:これは豚舎ごとに豚を入れ替える方法です。この場合、コンベ豚とSPF豚を一つの農場で順次入れ替えながら、SPF豚と変換してしまうやりかたですが、休業期間がいらず特別な資金を必要としない点では最も取り組みやすい方法といえます。しかし、疾病フリーのSPF豚と疾病感染豚が同じ農場に同居するわけですからSPF豚を汚染させないために、日常の管理には非常に気をつかわなければなりません。衛生的にはもっとも危険度(変換中に感染する危険)が高いといえます。休業期間がいらず容易にSPF豚と入れ替えが出来る点では、普及拡大に大きな方法です。

 以上これら何れの方法にしろ詳細な経営計画と種豚導入における衛生プログラムを練って実施することが大事です(図−3:デンマークにおける変換手順)。


6.農場の防疫設備

 SPF農場における防疫設備は日本SPF協会が定めたSPF農場認定規則にもとづき整備されています。熊本においても日本SPF豚の認定をうけており、その認定規則により防疫管理を実施しています。ここでは日本の防疫設備の一部をデンマークにおける防疫設備と対比させて紹介します(図−4、5)。

@ 農場への入り口:農場の入り口は一つとし、浴室(またはシャワー室)をもうけ、ここを通らなければ場内にいることが出来ません。デンマークでは浴室までは設けておらず、更衣室で下着以外全てを取り替え、手指を石鹸で洗うことを義務付けています。

A 飼料の配送:農場内の飼料タンクは場外からバルク車で直接投入できる位置に設置します。また、袋入り飼料の受け入れはくん蒸消毒してから場内に搬入します。デンマークでもほぼ同様に規定しています。

B 堆肥舎:堆肥等の搬出には、外部の車両が場内に進入しないで済むように工夫し、その目的にかなった設備をします。デンマークでは糞の処理についてはベルトコンベアで豚舎の外部に搬出し、この際、ネズミの侵入がないように心がけます。

C SPF豚配送:専用の搬入口をもうけ、出荷口とは区別します。デンマークも同じです。

D 肉豚出荷舎:肉豚、育成豚、子豚出荷する専用積み出し設備を設けます。デンマークではこの点に一番気を使っており、豚舎から50から100m離れたところに出荷専用の豚舎を設置し、肉豚の出荷はここから行うことと定めています。

E 隔離豚舎:日本の規定には、これは含まれていませんが、デンマークでは隔離豚舎を必ず設け、導入豚は6週間の隔離期間をおき観察する規定を設けています。

 以上、要点のみ説明しましたが、簡単にいえば外部からの疾病の侵入を防ぐためにいかに外部と隔離するかということです。


7.衛生コントロール

 SPF農場における衛生状態の維持はもっとも重要なことで、SPF状態が継続してはじめてSPFによる利益が生まれます。そのためには定期的なSPF状態であることの確認検査が必要です。日本SPF養豚協会のSPF認定規則では年1回の衛生検査を義務づけています。熊本県では種豚場は年に4回、3ヵ月ごとに血液検査を実施し、衛生状態の診断を行っております。種豚場は種豚を生産し、流通しており責任が大きいことから検査回数はコマーシャル農場の年2回より多くしています。デンマークではこれらがシステム化されています。種豚場と増殖農場をRED(赤)群、コマーシャル農場をBLUE(青)群に識別し、RED群は毎月血液検査が行われ、BLUE群は13週ごとに血液検査が獣医師により行われています。また、RED群SPF-X、SPF-A、MS-X、MS-Aに衛生グレードが分けられ、指導や種豚輸送に活用されています。ここで注目すべき点はマイコプラズマに感染した農場もMS農場としてSPFの範疇にいれて救済している点です。MS感染だけであれば生産性は低下しないというのがその理由ですが、裏をかえせばMSの再感染に悩まされていることも理由のひとつとしてあげることができるのかもしれません。
 日本におけるSPF事業は古くは約20年ほど前から存在しましたが、時代の要求により急速に広がったのはごく最近であり、デンマークにおけるような繊細な衛生グレード分けや綿密な生産指導は出来ているわけではありません(表−3)。


8.SPF養豚の利益

 SPF養豚ではその経済効果として繁殖、肥育部門の双方で高い経済効果が期待出来ます。1腹平均子豚離乳頭数、年間平均分娩回転数の増加、子豚育成率の向上、肉豚出荷数の増加、事故率の低下、飼料要求率の向上等があげれらます。それに伴い収入が増加します。
 また、デンマークにおける例では、その利益は、@高い1日増体重、A低い飼料給与量、B抗生物質の低使用をあげ、10%の生産性の向上が可能としています。表−5に母豚130頭についてSPF前と後を比較したものがありますが、離乳子豚数は18.9頭から21.1頭へ11%増加がみられ、1腹離乳子豚数は9.6頭から10.3頭へ7%の増加がみられ、飼料効率は3.54から2.73、また、肉豚1頭当たり47.5kgの飼料経費が節約できています。これを年間生産頭数とかけると年間16万4160デンマーククローネ(1クローネ20円として総額328万3200円)の経費節減ができます。肉豚1頭当たり1,425円利益が増すことになり、これに衛生費の低減を加えると、利益はこれよりもっと増加します(表−4、5、6)。


9.SPF養豚の問題点と今後

 SPF豚は問題となる疾病に冒されていないため、増体や飼料効率がよく、飼料代が軽減され、出荷日齢が早くなります。また、抗生物質やワクチンなどが低使用となるため衛生費が大幅に軽減されます。その豚肉は薬剤低使用から清浄豚肉として評価され差別化商品として販売されています。管理者にとっては毎日健康な豚を管理する喜びがあり精神衛生上にもよいと思われます。
 これら経営上プラスになることは過去において実証されていますが、SPF豚はその効果をSPF状態が維持されてはじめて発揮されます。例えば、何らかの原因で疾病が感染した場合、変換時に投資した費用は回収することは困難となり、また、疾病に対して免疫を持たないSPF豚は感染した一時時は被害が甚大となることも予想されます。大げさに言えば毎日再感染の危機にさらされているわけです。これを乗り越え豊かな経営を継続するためには高い衛生観念と日常の注意が必要です。
 高い生産性が現に証明されているにもかかわらず、日本における普及率が4%台にとどまっているのは、変換に大きな経費が必要であり、契機低迷の中で資金繰りが困難な状況がその背景にあると思われます。
 また、その普及を阻害しているもう一つの要因として狭い国土の中に養豚地帯が密集していることです。特に関東近隣においては3km四方に養豚場がないところはまずないでしょう。このような状況下ではいくら注意してもSPF農場を維持していくことは非常に困難といえます。
 しかし、枝肉の低迷、海外からの輸入豚肉攻勢に打ち勝つ低コスト生産方法としてSPF養豚の普及が拡大するように、経費がかからず高い衛生環境を維持できる変換方法の開発や、SPF農場への疾病再感染を防ぐために地域ぐるみでSPFへ変換するなどの工夫が今後必要となります。

 

(筆者:熊本県農業センター畜産研究所研究主幹)


 

生産技術セミナー【総目次】に戻る