生産技術セミナー

おいしい豚肉を作ろう

青木 隆夫

 

はじめに

 養豚の未来を誰もが明るいとは考えていません。近い将来、海外から自由に豚肉が入ってきた時、日本の生産者は壊滅的な打撃を受けるはずだと、うすうす感づいています。この不安を解決する一つの方法は生産原価を下げること、もう一つは多少高くとも消費者が喜んで買っていくような付加価値のある商品をつくることです。
 なぜ日本の養豚の生産性は高いのに、生産原価は安くならないのでしょうか。飼料、薬品など生産資材の複雑な流通システム、豚舎建設に関する様々な法規制など養豚家の努力だけでは限りがあります。それよりも私は、より付加価値をつけた「おいしい豚肉作り」の方が具体的な対策のように思えます。幸いなことに日本の消費者は豚肉のウマイ/マズイを選別できるのです。肉を主食とする欧米では豚肉と牛肉の区別はできても豚肉同士の選別は普通はできません。しかし、フランス人のワインに対するこだわりと同じくらい、日本人は食肉に対して注意を払っています。
 日本の養豚家は、こんなにすばらしい消費者に恵まれているのですから、どんどんおいしい豚肉を生産し、国内消費を喚起すべきではないでしょうか。

 

売るのが先か作るのが先か?

 養豚家においしい豚肉を作ろうと話しかけると「売れるかどうかわからないのに、金の余計にかかるような豚肉作りはできない」という答えをよくもらいます。これが鹿島港の周辺などの生産立地に恵まれた人からの答えならわかります。しかし、大部分の養豚場はそんな恵まれた所にはありません。
 それよりも普通の豚を普通に飼い、少ないお金でひとヒネリし、知恵を働かせることで付加価値はつけられるのです。商品がなくては販売活動はできません。まずは自信を持って売ることのできる豚肉を、積極的に作ろうではありませんか。

 

おいしい豚肉は誰が決めるの?

 肉豚は屠殺されてから枝肉になり、それから豚肉になります。例えば肉味計というものがあり、枝肉の時点で科学的な評価が下ればよいのですが、残念ながらそんな便利な道具はまだ発明されていません。
 現実的には、よい豚肉という名の下に、格付け評価が全国の屠畜場で行われています。この時点の評価は精肉歩留りの高さと肉のしまりの良さを予想されるものが、よい豚肉です。次に脱骨し、脂肪を整形します。すると、肉質(しまり、きめ、肉色、保水性)と脂肪の質(しまり、光沢、色)の良いものが好まれます。こんな豚肉は店頭で、いつまでも水々しさを失いません。見るからにおいしそうで、まちがいなく早く売れます。きっと食べた時に、やわらかで、肉のうまみがジワッと口の中に広がる、そんな感じがするのです。小売店にとってよい肉は消費者にとっても食べておいしい肉のように思えます。
 しかし、おいしさは消費者が決める、と言い切ってよいのでしょうか。自分の家へ買って帰り冷蔵庫に入れる。冷蔵庫は場所によって、温度がかなり違います。冷凍してしまうかも知れません。失礼なようですが、料理の腕は大丈夫?そんな心配もあります。
 鹿児島のバークシャー生産者、渡辺近男さんはずっと前から脂肪(白いお肉)のやや多い黒豚肉をシャブシャブ用で流通させ、好評を拍しています。東京のとんかつ屋「まい泉」ではとんかつをハシでも切れるように工夫して、若者にも大人気の商品に仕上げました。大地牧場を介して中ヨークシャー系の豚肉を売る長野の岡本陸身さんは、何度も自分で試食会を開いて取引先と消費者を信頼させました。
 要するに、よい豚肉をおいしい豚肉にするのは、誰でもない、知恵と熱意を持った人間が創るものなのです。
 さて、それではどうしたら自信を持って売れる豚肉が作れるか考えてみましょう。サイボクは世界一おいしい豚肉「ゴールデンポークR」を販売していると自負しています。そのノウハウを紹介しながら話をすすめたいと思います。

デュロックとバークシャー

 まずは、肉を作る豚の氏素姓をはっきりとさせなければいけません。日本では,母系にランドレースと大ヨークシャーの雑種を使い、雄系にデュロックの純粋種を使う三元交配が一般的な肉豚作りの方法です。 なかでもデュロックは筋肉内脂肪(マーブリング)の入りやすい品種です。風味のある、やわらかい豚肉作りには欠かせません。しかし、一歩間違えると背脂肪が厚く歩留りの悪い肉豚を作る危険があります。その一方、マーブリングの遺伝率は高く、きちんとした選抜をしてさえいれば、安心して使えます。欧米では豚肉=赤肉であり、脂肪を極端に減らす改良が進んでいます。偏見かも知れませんが、しまりがなく、食べて堅く、肉色も悪い方向へと進んでいるのです。これらに左右されない日本ならではのデュロックの系統作育が必要なのです。

写真−1 デュロック雄。肉色のよさ、マーブリン
      グなどおいしい豚肉作りには不可欠の品種だ 
    が系統により肉質にはかなりの差がある。

写真−2 ロースが大きくバラ肉のしっかりした
    デュロックの断面(第11−12肋骨間)。
             A:肋張りがしっかりすると、B:バラ肉まで厚くなる。 

写真−3 脂肪が多く、歩留りの悪い豚の断面。
     A:肋の湾曲が甘いとロース芯も小さい。
     B:バラ肉も脂質が多くて売れない。いく
     ら肉質がよくてもこれでは価値がない。

写真−4 マーブリングのある豚肉、色調が明るく保水性
   も高い。食べてみるとやわらかく風味がある。

 バークシャーについては、独自の黒豚肉市場を開発した、鹿児島の人々の努力には敬意を表するものがあります。サイボクでも、鹿児島から導入し10年近く改良に取組んでいます。肉のキメ細かさは抜群ですが、生産成績の悪さは大問題で一筋縄では利用できない品種です。そこで純粋種での利用は母豚100頭以上の経営では難しいと判断し、大ヨークシャー(雌)×バークシャー(雄)の母豚にデュロック(雄)を交配したものでさらなる差別化に取組んでいます。デュロックを使った方が肉色もよくなり、やわらかさも増すのです。ただし、中間に使うバークシャー(写真−5)は肉用のものではなく、繁殖用の乳器のよい、体長のあるものが必要です。この品種は体型がずんぐりのラードタイプになりやすいので、選抜が実に難しいのです。

写真−5 大ヨークシャー雌に交配するバークシャー雄。
    母豚を作育するために四肢のよさ、体長、乳器の
 よさなどが特に求められる。      

写真−6 WB×Dの肉豚。繁殖性はLWと差がなく、
子豚の活力がある。        

 

飼料での工夫

 次には育ちが問題となります。エサは脂肪の質と肉質を高める上で重要です。脂肪の質が悪いと見た目もさえず、食べた後に嫌な香りが鼻腔内に残ります。融点が高く、白く輝く脂肪は豚肉の店頭での見映えを良くし、商品価値を高めます。融点(透明)のめどとしては、背脂肪の内側で42〜45℃くらいがよいものです。飼料に麦類を20〜30%程度配合し、魚粉を抜けばよい結果がでると思えます。
 脂肪をしまらす目的でカポック粕を加えた飼料まあります。これはシクロプロペノイド脂肪酸を形成し、脂肪が固まり枝肉はしまりますが、肉質には良い影響を与えませんので、使用すべきではないでしょう。
 微量栄養素であるビタミンEとクロムが肉質を良くするという研究報告があります。クロムは使用が制限されているのでさておき、サイボクではビタミンEを肉豚の飼料中に200r/s添加しています。試験を行ったところ、保水性と肉色に統計的に有為な差はなかったのですが、見た目にはかなりの違いがあったからです。

 (備 考)
 サイボクにて日本ロシュ社と共同で行われた、ビタミンE添加試験より。

 試験区(200mg/飼料kg添加)、対照区ともに約2カ月間飼育した後、その筋肉内と背脂肪内のビタミンE含有量を測定したところ2.5〜4倍の量が含まれることがわかった。その後、ロース肉を約1.5cmの厚さに切り、ドリップの量(重量損失)と色の変化を1週間にわたり測定した。
 結果としてドリップロスは少なく、退色の度合いも添加区の方が少なかった。ビタミンEの添加が膜構造の安定化と抗酸化作用に効果があったと思える。

 

肥育期間は長い方がおいしいの?

 密飼いや病気、何らかの形で発育が阻害された豚の肉はその影響を必ず受けています。長く飼っていれば、よい肉ができると思っている人がいますが、それは間違いです。肉の熟成は生体で起こるはずはありません。過剰な肥育日数は筋肉線維を取りまく結合組織を増加させ、肉を堅くするだけです。豚の場合は生後150日くらいまで筋線維が成長し(図−5)筋肉量が増加しますが、その時点では肉色も淡く、肉も水っぽく感じられます。適度に脂肪を沈着させるため、さらに30〜40日後が適切な肥育日数なのです。つまり180〜190日齢で110kg前後のほど良く脂肪の乗った肉豚に仕上げることが、おいしい豚肉を作る飼い方のコツです。

 

流通はもっと大切

 以上、生産者に関係の深いところで、おいしい豚肉を作るためのヒントをいくつか述べてみました。しかし、生産だけでは道程はまだ1/3です。農場から屠畜場、さらには小売店やレストラン・家庭までの流通経路で衛生的に鮮度を失わぬよう取扱われ、そして調理され食べられて初めて正しい評価が下される訳です。

<輸 送>

 屠殺前の生体管理にはいくつかの注意が必要です。輸送の距離や時間にもよりますが、12時間内外の休養が必要です。移動して疲労した筋肉に屠殺時のストレスが加わった時、フケ肉となる可能性が高くなります。また、栄養を吸収している間は血液が毛細血管のすみずみまで行き渡っているため、放血が悪くなり、品質の悪化へと結びつきます。しかし、余りに長い絶食は脂肪のしまりを悪くし、胆汁の分泌により内臓が汚れることもあります。そして屠殺前には十分な豚体の洗浄が必要です。

<屠畜場>

 屠殺から枝肉となり冷蔵庫へ入るまでの早さと温度、そして衛生的取扱いが大切です。サイボクでは専門の職員を屠畜場に常駐させ、監視と共に部分肉の選別も行っています。
 話題は変わりますが、アメリカ、デンマーク、オランダなどで屠畜場は養豚産業の中枢部分です。格付けは養豚場にフィードバックされ、格付け後に解体された豚は衛生的に処理され、消費者が安心して購買できる豚肉へと姿を変えます。もし、去年のO−157のような事故の犯人が食肉だったとしたら、一部の屠畜場を除いた今の日本のシステムでは原因の追求は決して出来ないと思えます。そうしたら国内産のおいしい豚肉の売り込みどころの話ではなくなってしまいます。

<小売店>

 鮮度を維持する温度管理、衛生管理に加えて、商品づくりのテクニックや販促プロモーションが行われています。ここでは販売スキルの未熟さにより、せっかくのよい豚肉も台無しになることもあります。シャブシャブ用にすれば高く売れ、おいしく食べられるのに、ブロックになっていたり……ドリップをそのままにしていたり……。
 もし、すでにブランド肉という形で、自分の豚肉が特定のルートに乗っているとしたら、是非その生産者は店頭に立って売ってみるとよいと思います。1頭の豚を売ることがいかに大変なことか、お金を取ることが難しいかがわかります。そこから新しい何かが発見できるはずです。
 また調理法の提案、保存法の情報発信、質問に対する適切な応答など消費者に安心して買っていただくためには信頼の積み重ねが必要なのです。味がよいからおいしいのではなく、安心だから、安全だから、おいしいのだ、そういう人もたくさんいるのです。

 

おわりに

 生産性を高めて足腰の強い養豚事業を行おう。もちろん重要なことです。しかし、そのかけ声だけでは未来の希望へとはつながらないと、思うのは私だけではないはずです。それよりも、だれにも負けないおいしい豚肉を作り、仲間をつくり、知恵を絞り販売方法を開拓する。そんな養豚を喜んで受け入れてくれる豊かな食文化を日本人は持っていると思うのです。
 今まで述べたようにおいしい豚肉というのは、ただ味のよい肉というものではありません。生産から流通、そして消費者の台所に至るまで科学的裏付けと保証のある豚肉のことなのです。本物のおいしい豚肉作りは個人だけの力では難しいこともありますが、流通業者も含めたグループを作れば決して無理なことではないのです。
 サイボクでは約3万頭の肉豚を自らの手で販売しています。そして消費者の皆さまから高い評価をいただいています。しかし、技術は限りなく進歩します。また、消費者の要求は毎年毎年、社会環境が変化すると同じように変わります。
 おいしい豚肉づくりもそれと同じに、終わりのない作業なのではないでしょうか。

 

(筆者:(株)埼玉種畜牧場 種豚課長)


 

生産技術セミナー【総目次】に戻る