経営自慢

残飯飼いの1頭から始めた母ちゃん養豚
今は黒豚と消費者との係わりを求めて

(鹿児島県鹿屋市・牛留道夫さんの黒豚一貫経営)

西  浩一

 

はじめに

 牛肉の輸入自由化の影響や環境問題、そして後継者不足等養豚経営をとりまく情勢は厳しいものがありますが、このような情勢のなかで黒豚の一環経営で産直を行っている牛留さんの経営を紹介します。


1.鹿屋市の概要

 農村都市として発展してきている鹿屋市の昔を振り返ると昭和11年4月に、西原台地に海運航空隊が誕生し、現在では海上自衛隊鹿屋航空基地となっています。昭和41年には大隅湖を人造湖として建設し、笠之原台地に畑かん事業が始まり、5万ヘクタールの台地に水がひかれ、かんしょ・サトイモなどの園芸作物をはじめ、お茶・畜産においても大規模経営が進むようになりました。
 また、鹿屋市の平成6年度の農業粗生産額は190億円でうち畜産は115億円で61%を占め、中でも養豚は農業全体の32%を占めており、本県で最も養豚の盛んな地域です。


2.養豚経営のきっかけ

 牛留さんが養豚経営を始めたのは昭和48年、当時25歳だった牛留さんは長距離トラックの運転手、奥さんは長男が生まれると同時に長年勤めていた病院の看護婦をやめて子育ての毎日だったそうです。
 その当時、近所の庭先で白豚が2〜3頭飼われていて子供といっしょに豚をよく見に連れて行ったそうです。
 そのとき、残飯で豚を飼うことを思い立ち、F1(LH)のめす豚1頭、45千円で導入したのが養豚経営のきっかけだそうです。
 やがて、子豚が生まれると可愛いくて世話をするのがとても楽しみで、豚にすっかり慣れて、もっと豚を増やしたいという奥さんの希望が募り、自己資金と制度資金を活用して施設整備を図りながら、しだいに規模も大きくなっていったそうです。


3.増頭段階

 昭和50年1月には子豚舎を自己資金で建築して、同時に牛小屋を改造してLW10頭を導入、60年5月には農業構造改善資金を借入れて肥育豚舎533uを建築してLW20頭を導入し、母豚30頭に増頭しています。
 さらに、62年11月には自己資金で種豚舎を建築し、母豚40頭に達したとき枝肉価格が低迷したのをきっかけに、需要の伸びつつあるバークシャーの話しを聞き、早速めす豚10頭を導入したそうです。
 労働力は、奥さんが主体であるが故に、家庭をみながらの豚の飼養管理も多忙を極め、牛留さんも昼はトラック運転手をしながら朝と夕方は豚の飼養管理を手伝うようになりました。
 このときに繁殖成績や経営収支の記録・記帳の仕方を農協の指導員から教わり、今もその経営記録簿には、過去の繁殖成績・経営収支の記録がびっしりと残されています。


4.思わぬ黒豚専門経営への移行

 既に、導入した10頭のパークシャーの成績は子数はいくぶん少ないものの枝肉価格が安定していたことから、経営収支の面では結構、良かったそうです。
 平成4年にはさらにバークシャー10頭を導入し、大型種とバークシャーが20頭づつ40頭の母豚がフル回転しだしたちょうどそのとき、東京のスーパーから黒豚の産直の話があったそうです。
 牛留さん夫婦は、このころ経営の安全性を考慮して大型種とバークシャーの混合経営をめざしていましたが、しだいに黒豚専門経営へと考え方が変わっていったのです。
 その発端は、バークシャーを初めて導入して7年経過した平成6年1月に、東京のスーパーの責任者と消費者の一行が豚舎の視察にこられて「大型種とバークシャーの混合飼育にやや悪い印象を与えてしまった」ことから4月にはすべてバークシャーに切り換えて黒豚専門の一貫経営に移行したのです。

 


5.好まれる豚づくりのために

 このようにして、月に40〜50頭の定時・定量の出荷は始まりましたが取引条件や要望事項などその内容を聞きますと

 1)出荷体重115〜118kg(体重測定の実施・毎回40分を要する)
 2)脂肪のしまり・色をよくするため肥育豚へ給与する配合飼料の成分はTDN74〜76%に調整した「さつまいも」20%を含む配合飼料を使用。
 3)スーパーと毎年更新の契約取引であり、正肉がどれだけ取れるかが勝負で規格内の出荷を厳守。規格外が発生した場合、枝肉価格が大幅に値引きされるという非常に厳しい取引。
 4)飼育日数は約8ケ月を要し、大型種の豚に比べてずいぶん長く日数を要することからこの体系での経営基盤の確立(飼育日数を長くすることで味をつくり出す。経営的にはコスト高)。
 5)バイヤーとスーパーの責任者、そして消費者との交流を絶えず行っていることから、いつでも見せられる養豚場を心掛けていること。
 6)養豚場の視察があった場合、使用している飼料・薬品等についてはすべて公開していること。
 7)「安全な豚肉がほしい」という消費地からの声があるため、疾病予防などに使用する薬品代はできるだけ少なくてすむように心掛けていること。

 これらのことを肝に銘じて牛留さん夫婦は経営を進めてきていますが、つい先日、牛留さんの豚を扱っている仲介人の方に会う機会がありましたので、率直に牛留さんの豚肉の評価について聞きましたら、「まじめに手抜きをしないで真剣に取り組んでいる姿が豚に現れており消費者の評価も高い」と、言っていました。この話に牛留さん夫婦も笑みがこぼれていました。

 


6.これからやりたいこと。

 今まで、取引契約の内容が厳しいだけに無我夢中で取り組んできた牛留さん夫婦の成果が評価されたことは非常に喜ばしいことです。
 また、経営的にも長年水準の高い経営を実践してきていることから、昭和60年に借りた農業構造改善資金1,390万円も完済し、経済的にも、精神的にもゆとりが感じられるようになったようです。
 しかし、「まだ取引先が要求している出荷量には達していないことからできたら仲間を増やし、少数精鋭で今の信頼を維持したい」というこれからの計画もあるようですから、是非、達成してほしいものです。
 豚肉を生産するには、販売先の信頼を得ることが大事ですから、今後も消費者とバイヤーの声を聞きながら、黒豚経営を進めていってほしいと願っているところです。
 今まで、家事と豚の飼養管理に忙しかった奥さんも2人の息子が独立したことで、最近では自分の時間がとれるようになり、独身時代の看護婦の経験とその実績により、鹿屋市長から保健推進地域強力員の委嘱を受け、ボランティアで地域の高齢者、婦人層への健康診断の受診を呼びかけたり、さらには高齢者の相談員として活躍されており、頼もしいかぎりです。


おわりに

 これからの養豚経営を考えた場合、規模拡大が進行するにつれ経済的にも精神的にもゆとりを持つ必要があると思います。反面、消費者も敏感になっていることから安全でしかも美味しい豚肉が求められています。このような意味で厳しい取引条件の中で産直を行い銘柄確立に取り組んでいる牛留さんの経営の一部を紹介しました。

(筆者:鹿児島県畜産会 畜産コンサルタント)


 

経営自慢【総目次】に戻る