経営自慢

香久山にたちて飛鳥へかける虹−多規子−

〜乳製品販売にかける西井利易さんの場合〜

上田 典生

 

 標題の句は、西井利易さんの母親の多規子さんが、最近、朝日新聞社の投稿俳句で特選を受けたものです。
 俳句にあるように西井牧場は、大和平野の東南に位置する大和三山の一つである天の香久山の南麓にあります。この地域を含む飛鳥地方は、今日の政治・文化の基礎がすべて花開いた地域です。
 奈良県の主要な観光地であり、毎年全国より多くの人々が訪れています。


1.経営の生い立ち

 西井牧場は、そ菜経営をしていた両親の康裕さん、多規子さん夫妻が昭和47年に開業しました。息子の利易さんは、県農業大学校を卒業後、2年間のスイスでの酪農研修を経て昭和54年に後を継ぎました。
 その後、2度の規模拡大および周辺施設整備を行い、現在では経産牛54頭、育成牛24頭の経営となっています。

   

2.古代食“飛鳥の蘇”の誕生

 ご存知の方もおられるかと思いますが、蘇とは日本における古代乳製品で、牛乳をゆっくりと煮詰めたチーズの仲間ともいうべき食べ物です。飛鳥時代に蘇が作られた記録があり、貴族や高級官僚のみに口にできたもので、嗜好品として、また、美容・滋養の効果を期待して食されたのでしょう。
 西井さんが“飛鳥の蘇”の製造販売を手がけたのは、今から10年前になります。そのキッカケは、当時、飛鳥資料館の「万葉の衣食住展」のなかで古代食を復元するということなので、牛乳を無償提供したことに遡ります。この頃は牛乳がだぶついており、チーズ作りでも始めようと思っていたところ、蘇の復元をみ「これだ!やって見よう」ということになりました。
 さっそく、ねり飴用の手打ち釜を特注し、押し寿司用の木箱や冷蔵庫をそろえ、製造に取り掛かりました。一言で「牛乳を煮詰めて冷し固めたもの」と言っても、良いものを作るとなると大変だったようです。釜で攪拌しながら強すぎず、弱すぎず、じっくり加熱し、煮詰まっていく牛乳の色だけが頼りとなります。経験だけがものをいう火加減が必要となります。正に手作りの職人の領域です。ベテランとなった今でも、時には失敗することがあるそうです。
 売り出し当初は、近隣の土産物店等に置いてもらったりして、口コミで評判が広がって行きました。地道な販売努力が実り、現在では大手百貨店や料理屋、さらに通信販売を通じて、全国へファンの輪は広がっています。

 

3.名付けて“大和茶アイス”

 “飛鳥の蘇”が生まれて10年たった今、西井さんは営業活動で走り回っています。かねてより試作してきたアイスクリームが、この4月にようやく商品化でき販売を始めたからです。
 奈良特産物の一つに“大和粉茶”というものがあります。「何か奈良県として特色のあるアイスクリームを」と考えていた西井さんは、粉末茶を販売している大和茶販売さんの「粉末茶をアイスクリームに入れてみたら」というアドバイスで、“大和茶アイス”が生まれました。最初はコーンにのせるタイプでしたが、5月には専用のカップもでき、現在、飛鳥をはじめ県内数カ所の土産物店で販売を行っています。
 取材に同行した日には、既存ルートへの納品ならびに売行き状況の確認、さらには新規開拓のための特産品店へ売り込みと、その姿は、酪農家というよりサラリーマンという言葉が似合います。

  

4.大きくジャンプ、これからが本番勝負!

 西井さんは、常々「酪農部門でのこれ以上の規模拡大はしない。加工部門で生き残りをかけたい」と話しています。その気持ちがやっと実現し、新たな乳製品加工施設が10月にオープンします。製造する乳製品は、アイスクリームと飲むヨーグルトの2種類です。経理・販売管理用のパソコンには、インターネットのホームページも開設し、電直(電子的産地直送)での販売も計画しています。
 「本物づくり、自然食品としての乳製品を目指したい」「全国の消費者と結びつきたい」と話す西井さんの理想は、やはり通信販売・産地直販が原点であり、「会員組織・グループ作りによる地道でありながらすそ野の広いものにしたい」と続きます。

5.夢はさらにふくらむ

 「1つの仕事は10年が目安。時代の流れが速いので、これからは5年ぐらいかも知れない」と話す西井さんの頭には、乳製品販売が軌道に乗れば、次は自然食品を扱ったレストラン店舗経営の構想があります。更にその次はと尋ねるとニコニコと笑っておられました。
 大胆でありながら、地道な積み重ねをされてきた西井さんなら、近い将来必ず実現することでしょう。終着点はまだまだ先のようです。

(筆者:奈良県畜産会畜産コンサルタント)


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