地域とともに歩む酪農経営

── 環境保全型農業と地域での調和のとれた畜産の推進 ──

美斉津 広之

  はじめに

 長野県上伊那郡南箕輪村で約40頭規模の酪農を夫婦2人で飼養し、長野県では中核的な経営を行っている北爪秀夫さんの事例を紹介します。

 北爪さんは、乳牛の改良、良質な自給飼料の生産・確保に努めるなど、安定的でゆとりのある経営をしています。また、環境保全型の農業の推進を図るため、たい肥生産組合を組織し、耕種農家と連携して安全な農産物の供給の一翼を担っています。

  地域の概況

  南箕輪村は長野県の南部に位置し、西の中央アルプスと東の天竜川に挟まれた、天竜川右岸の段丘に広がる田園地帯と北アルプスの山岳地帯を抱える地域です。昭和50年の中央高速自動車道の開通によって、東京と名古屋の中間に位置するという立地条件を背景に精密機械工業を中心とした工業化が進んできました。

 村は標高750mの肥沃な地域にあるため、南北を流れる西天竜川用水路の東側は酒米の美山錦をはじめとする稲作が行われ、西側は畑作地帯で、アスパラガス等の野菜、カーネーション等の花卉園芸、リンゴ等の果樹園、乳用牛、肉用牛を中心とした畜産が盛んで、豊富な自然の営みを生かしながら、多角的な農業経営が行われています。

 なかでも畜産は重要な位置を占め、特に酪農は農業生産の3分の1を占めています。

  経営の概況

 酪農経営のスタートは北爪さんの父親が昭和21年に開墾・入植し、昭和30年にホルスタイン1頭を買い入れたのがはじまりです。北爪さんは、昭和57年、地元の農業高校畜産科を卒業後、父親の勧めで農業機械などを扱う会社に就職しました。

表−1 経営の推移

年度 主なことがら
昭和30年 父親がホルスタイン1頭導入し酪農経営を開始
35 5頭に増頭
47 16頭牛舎新築
平成元年 40頭牛舎新築、北海道より初妊牛10頭導入
本人結婚
育成舎にバーンクリーナ設置
10 自動給餌機、ユニットキャリ導入
11 1600Lバルククーラに更新
南箕輪堆肥生産組合を設立
15 現在に至る

 そこで人間関係や責任の厳しさ、また人との接し方などを経験し勉強したそうです。今思うと、あのまま自分の家に就農してしまったらこんな経験もできずに厳しさを知らず、何か壁にぶつかっても乗り越えられる人間になれなかったかもしれないと思ったそうです。そんなことを父親は教えたかったのかもしれないと述懐しています。

 その後、5年間勤めた会社を退職、同時に総合資金と近代化資金を借り入れ、40頭規模の木造牛舎を新築するとともに北海道から10頭の初妊牛を買い入れ、自分で経営する体制を整え、新たな酪農経営をスタートしました。しかし、平成元年、相談相手になってくれていた父親が亡くなり、一気に世帯主としての責任や、何も分からないまま地域の役員などがまわってきて、親のありがたさを痛感したそうです。平成2年には、会社に勤めているとき出会った妻と結婚し、ともに酪農経営に従事し、今では3人の子どもの父親になっています。

  経営の規模および労働力

 現在、搾乳牛37頭、未経産牛8頭、育成牛11頭の合計56頭の規模で経営を行っています。家族は6人ですが、作業に従事しているのは北爪さんと奥さんの2人です。北爪さんが全般的な管理とふん尿処理を行い、奥さんは、搾乳に加え、育成牛の管理を行っています。

表−2 飼養頭数

区 分 平成14年
経産牛 37頭
未経産 8頭
育成牛 11頭
56頭

  表−3 家族および労働力

続柄 年齢 従事日数 作業分担 経験年数
経営主 37 350 一般管理、たい肥処理 16
34 350 育成管理 14
81
長女
長男
次女

  建物および建築物

 建物および構築物については、昭和62年に建設の搾乳牛舎を中心に、育成舎、機械倉庫、乾草ハウスが主なものです。

表−4 建物および構築物 (単位:千円)

種類 面積 取得年 取得価格
搾乳牛舎 400m2 昭和62 15,413
育成牛舎 135m2 47 1,877
機械倉庫 100m2 平成6 300
乾草ハウス 195m2 760

図−1 畜舎配置図

 畜舎は、夏場対策として熱の反射を考えて、屋根を銀色に塗装し、天井をつけることにより冬場の保温効果を高めるなど、外気が直接牛に届かないように工夫してあります。また壁には断熱材入りのサイディングボードを使い、夏冬通して牛が快適に過ごせるよう配慮してあります。

 平成10年にコスト低減および収入の増大と、パートナーの奥さんの労力軽減を考え、搾乳牛舎に自動給餌機とユニットキャリーを設置しました。自動給餌機は自動運転により1日6回の濃厚飼料給与を行っていますが、給与量の設定が細かくできることから、分娩後の牛体にあまり負担をかけないために障害も少なく、スムーズに乳量を最大までもっていくことが可能となりました。

 また、ユニットキャリーの導入により、重いユニットを持たなくてもいいので、搾乳作業の効率化が図られ、労力も軽減されました。これらの機械導入の効果が表れたのか、平成10年には1日の乳量が1000kgを越えたため、1600Lのバルククーラーに更新しています。

  機器具および車両

 主な酪農関連機械ですが、そのほとんどを経営に無理のないよう、1年に1台ずつ自己資金により買いそろえ、自己資金で対応の難しい機械については、各種のリース事業を有効利用して機械装備を行いました。さらに以前勤めていた農業機械会社での経験を生かし、コストの低減の面から機械の修理や修繕はすべて自分で行い、耐用年数以上に長く使うよう心がけているのは大きな強みです。

表−5 主な機械具・車両(単位:千円)

種類 数量 取得年 取得価格
トラクタ 1 平成1 1,710
フロントローダ 1 平成1 1,000
ロールベーラ 1 平成3 3,000
ラッピングマシン 1 平成3 1,500
マニアスプレッタ 1 平成5 1,431
トラクタ 1 平成5 8,203
バーンクリーナ 1 平成6 980
モアコンディショナ 1 平成6 2,000
ロータリーレーキ 1 平成7 618
バックホー 1 平成7 400
バルククーラ 1 平成1 600

  主な経営の取り組みと特徴

1.自給飼料生産

 耕地面積については、飼料畑延べ面積1525aで、デントコーン575a、オーチャード305a、スーダン70a、デントコーンの裏作にイタリアンとライ麦を作付けしています。そのうち、延べ面積1325aを借地により確保し、自給粗飼料は通年で利用しています。

表−6 自給飼料の生産と利用状況

 粗飼料生産については、年々作付け面積を増やすとともに、土地の集約化を進め、トウモロコシ刈りや牧草のロール作業は北爪さんと、もう1人の仲間の2戸共同で行っています。

 機械についても、リース事業を活用し共同でコーンハーベスタを導入しました。

 共同で導入することにより個人負担が軽減でき、また共同で作業することにより、効率も上がり良質な粗飼料の確保ができています。

 現在、サイレージについてはビニールスタック型サイロを利用していますが、詰める手間を考えると比較的安価でできるL型ブロックによるバンカーサイロの建設を進めたいと計画しているようです。

 また、西部生産組合を作り、野菜農家と2年ごとに作付けする土地のブロックローテーションを進め、お互いの連作障害を防いでいます。

2.ふん尿処理とたい肥センターの取り組み

 ふん尿処理については、オガクズを敷料に使い、バーンクリーナで畜舎の外へ排出し、そのままたい肥運搬用のトラックの荷台にたい積し、南箕輪たい肥センターへ運び処理しています。

 このたい肥センターは、「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律」の施行に先立ち、平成10年に北爪さんを含む酪農家5戸で南箕輪堆肥生産組合を組織し、南箕輪堆肥センター準備協議会を設け、建設計画を立て、平成11年9月に完成しました。

 管理から運営まで5戸の酪農家で行い、組合員から排出される牛ふんを、組合員の共同作業により、木材チップや長野県の特産である栽培キノコの廃菌床と混合してたい肥化するなど、環境に配慮するとともに地域内の未利用資源の有効活用を行っています。また、たい肥は耕種農家および家庭菜園など一般消費者に販売するとともに、組合員の自給飼料畑へも還元し「安全な農産物の供給」に大きな役割を果たしています。

 また、完熟たい肥として「ゆうきの会」というメンバーの耕種農家に利用してもらい、そこで作られた農産物は、村内公共施設、大芝高原施設で販売されるほか、平成13年に完成したフォレストプラザでも加工・販売されています。

 環境にやさしい農産物を生産していくためにも、耕種農家と協力して各作目に適した有機たい肥を作れるように努力していかなければならないと組合員は考えています。

3.飼養管理と技術成績

 飼養管理については、畜産会の酪農経営データベースに参加し、牛群検定や後代検定事業に参加し、牛群改良情報などをもとに種雄牛選定や牛群改良、特に肢蹄、乳房の改良に努めています。

 また経営管理は、畜産会の経営データ処理システムを使い支援を受けながら、パソコンによる飼料設計、ソリマチ式の簿記、インターネットによる情報の収集等により自分の経営を把握し、分析して改善を進めており、少しでも安定した経営を目指して日夜努力しています。

表−7 主な技術成績

項 目 平成14年 指標値
経産牛頭数(頭) 37
経産牛当たり乳量(kg) 9,287 7,500
種付回数(回) 1.6 2.0
分娩間隔(月) 13.5 13.0
産次数(産) 2.7 3.0

 特に、繁殖管理については、分娩間隔が長期化の傾向にあるので、繁殖カレンダーを使って発情予定牛をチェックするとともに、黄体ホルモン製剤・イージーブリードを用いて分娩間隔の短縮を図っています。農繁期など忙しい時期には、経営主1人ではつい見逃してしまう発情があるので奥さんの協力を得て、次第に改善されてきています。

 平成14年の主な技術成績は経産牛1頭当たり乳量9287s、平均種付け回数1.6回、平均分娩間隔13.5ヵ月、平均産次数2.7産でした。

4.主な経営成果

 主な財務成績ですが、牛乳販売と子牛・たい肥販売を合わせた酪農収入は、約3300万円を得ることができました。

 借入金については順調に償還が進み、今年から畜舎を建設したときに借り入れた総合資金のみとなっています。

 コスト削減および収入の増大を図ろうと導入した自動給餌機とユニットキャリーのおかげで、当初経産牛1頭当たりの年間産乳量7000s台であったものが、9287sまで伸び、牛乳100s当たりの原価も大幅に減少しています。また同時に飼養労働時間の短縮にもつながり、この機械導入は経営にかなりメリットがあったものと思われます。

  今後の取り組みと目標

 今後の取り組みでは、親から経営を任されて14年、一通りの大型機械をそろえてきた反面、過度の投資と思うこともあるようですが、これからは、借入金も減り農業機械会社での修理の経験を生かし、大切に使っていきたいと考えています。

 将来的には乳価が下がることも懸念される中で、子どもに手がかからなくなり、妻も畜舎に入る時間が増えてきたので、将来は乾乳牛舎と育成舎を整備し、経産牛45頭、育成牛30頭にまで増頭して1頭当たりの能力アップを図り、年間出荷乳量45万kgを目標に搾乳したいと考えているようです。

 飼料生産については、さらに土地の集約化を進め、土壌改良、作付面積当たりの収量をアップして生産性を高める計画を検討します。

 地域活動として、トラクタ乗車体験や、乗馬体験などを行っていて、子どもたちにも大変喜ばれており、なおいっそう地域に酪農が溶け込めるように努めたいと考えています。

 特にたい肥センターの取り組みは、近隣市町村での知名度も高まり需要が増加しています。

 今後は、定期的なたい肥成分の分析に基づき、処理方法のチェックと調整を行いながら、さらに良質なたい肥を安定的に生産することが当面の目標となっています。

 また、良質たい肥の供給により、村が掲げる「安全な農産物を供給し、村民が安心して健康で生活するために」という農業推進スローガンを実現するための原動力となっていくことを目標としています。また、家畜排せつ物の安定した処理が野積みの解消ないしは景観保全につながり、住環境と調和が取れることとなるよう、今後も自給飼料生産基盤に立脚し、かつ安定した資源循環型酪農経営の発展につなげていきたいと希望しています。

 「酪農を始めた時、牛はお金を稼ぐ道具としか見ていませんでしたが、14年間牛に接していると、牛の顔を見ようとすることが増えてきた気がします。朝一番に畜舎に入り、ぐるっと一周し牛の顔を見て、何か牛の体調をつかめるような感覚ができてきたような気がします」といいます。「単に経済動物というのではなく“自分たちの生活のためになってくれる”ということを、心に置いて接してあげたい。つい産乳能力などの数字に追われがちなこのごろ、もちろん数字は大切ですが、同じ生き物として、何か感じとってやらなければならないものがあるのではないでしょうか」とも話してくれました。

 大変厳しい酪農情勢ですが、地域の仲間とともに歩んでいきたいと考えており、北爪牧場の今後の一層の発展に期待するとともに、畜産会としてもできる限りの支援を行っていきたいと思います。

 なお、本事例に書きましたたい肥センターの取り組みについては、平成15年2月7日に開催された「平成14年度ゆたかな畜産の里優良事例発表会」において、農林水産省生産局長賞を受賞されたことを申し添えます。

(筆者:(社)長野県畜産会・総括畜産コンサルタント)