養豚生産現場における衛生管理対策の
現状と対策(III)

 

酒 井 健 夫

4 HACCPの取り組み

(1)HACCP方式とは

 HACCPは、Hazard(危害)Analysis(分析)and Critical(重要)Control(管理)Point(点)の頭文字をとった略称で、わが国では危害分析重要管理点と訳されている。HACCP方式は、1960年代に米国が行った月面探索を目的するアポロ計画を進める中で、宇宙食の安全性確保のために開発された衛生管理方式である。

 この方式は、食品の生産段階から最終製品までの全工程において、(1)危害の原因となる原材料または工程を特定し(危害分析HA)、(2)危害の発生を防止するための管理基準を設定し(重要管理点CCP)、(3)手続きに従って重要管理点の監視と記録を機械的に行うことによって危害の発生を防止し、(4)管理手続きの厳守状況を確認し、食品の安全性を確保するという新しい衛生管理方式である。

 これは、従来の食品の安全性確保方式が、最終製品の抜き取り検査と危害が発生した後の対応に重点が置かれていたのに対して、HACCP方式は、全製造工程の中から危害発生防止のための管理点をあらかじめ決めておき、そこに集中した衛生管理を常時実施し、記録し、その記録を確認することによって全工程の安全性を保証するものであり、危害の発生予防に重点をおいた安全性の管理手法である。

 特に、食肉については、食中毒被害の拡大、安全性に対する消費者の関心の高まりを背景として、と畜場に搬入された以降の食肉の製造と加工段階である「川下」の安全性確保に加えて、と畜場搬入以前の「川上」の生産農場段階における安全性確保までを対象としている。すなわち、生産農場段階では、家畜の生産環境を生産から出荷に至るまで、食肉を生産する場所として衛生面に十分配慮し、その飼養家畜の衛生状態については、監視方法を定めて定期的に検査を行うことにあるため、生産農場段階における監視・検査体制を整備する必要がある。また、と畜された家畜の食肉衛生検査成績を出荷農場に連絡し、その成績を家畜の飼養状況の改善に反映させるなど、食肉の安全性確保が確実になる。さらに、動物用医薬品等の食肉中への残留防止対策の推進も対象であるので、畜産物の生産農場段階のすべてにおいてHACCP方式を用いた監視体制を整備する必要がある。

 このように、畜産食品におけるHACCP方式は、まず加工段階から導入されて、次いで川上段階の食肉処理場へと運用が拡大されてきた。従来からと畜場、食鳥処理場、食肉加工場、牛乳・乳製品工場等では、閉鎖的な施設設備の基準や再汚染防止や温度管理等の衛生管理基準によって、衛生管理が実施されている。一方、生産段階の農場では、一般に施設や環境が開放的であり、しかも家畜がふん尿と常時同居し、また家畜は病原性微生物の増殖に適しているため、閉鎖的施設で行われているHACCP方式の適用は非現実的である。そのため、従来から行われている家畜の一般飼養衛生管理を徹底させ、その中で畜産物の安全性を確保する作業を実施すべきである。

 すなわち、作業手順を定め、作業ごとに確認し、作業終了を記録する方法を設けて、これを実行することが現実的と思われる。いずれにしても、HACCP方式の作業を実践することは、養豚の生産性と収益性を向上させ、消費者に説明できる養豚生産現場の安全性の確保をより確実なものとする(図−1、表−4)

図−1 生産プロセス

 

表−4 生産現場における危害要因

管理区分 危 害 要 因
豚舎構造 豚舎周囲、豚舎構造、換気設備、洗浄・消毒設備、飼料保管施設、給水設備、防鳥・防鼠構造
給与飼料・水 飼料の汚染、給餌器の汚染、給与水の汚染、給水器の汚染、不良飼料の混入、飼料の変敗
豚舎管理 豚舎の汚染、豚舎床の汚染、豚舎の破損、器具の不良、温・湿度の不良、洗浄・消毒剤の不備
環境管理 廃水処理、衛生害虫対策、防鳥・防鼠対策、除ふん、ふん尿処理、たい肥化処理
従業員教育 衛生意識の不足、飼養管理技術の未熟、手洗い・消毒の不実施、健康不良、保菌者・物品、衣服・長靴の汚染
繁殖豚 繁殖豚の汚染、繁殖豚の健康不良、飼槽・給水器の汚染、輸送ストレス、輸送器材の汚染、輸送車の汚染
哺育・育成・肥育豚 肥育豚の保菌、豚体の汚染、栄養不足・過剰、感染・発病、不適切な薬剤使用
出荷 異常豚の出荷、体表の汚染、食肉中の薬剤・注射針の残留、輸送車両の汚染

(2)生産現場における危害(HA)

 食用の豚肉は、と畜場における食肉衛生検査に合格したものだけが流通されるので、危害は限定される。過去の調査事例から、危害としては抗菌性物質、注射針の残留、サルモネラ菌の汚染が挙げられる(表−5)

表−5 生産現場におけるCCP(重要管理点)対策

重要管理点 抗菌性物質の残留 注射針の残留 サルモネラの汚染
管理区分・
工程
繁殖、分娩・哺育、育成・肥育、出荷 繁殖、分娩・哺育、育成・肥育、出荷 出荷
危害の要因 不適切投与による食肉中への抗菌性物質残留 不適切な注射による食肉中への注射針の残留 体表の汚染
異常豚の出荷
防止措置 感受性抗菌性物質の適切な投与
使用基準と獣医師指示の厳守
出荷制限と期間の厳守
適切な注射針の使用
適切な保定
適切な注射
臨床的健康豚の出荷
豚体の洗浄
輸送車の洗浄
管理基準 投与プログラムに基づく適切な投与出荷制限期間が厳守されていること 注射針が残留していないこと 下痢等の臨床症状が出現していないこと
体表の汚染が無いこと
確認方法 投与時の目視検査(投与方法・頭数、投与日の記録、投与豚(豚群)の標示) 注射時の目視検査(注射前の器具の確認、注射前後の針本数の確認) 出荷前の臨床検査(下痢等の臨床症状が見られない)
改善措置 投与中止、出荷延長、出荷制限の確認厳守
記録の徹底
獣医師指示の徹底
残留した場合は除去する
除去不可能の場合は記録とマーキングの徹底
体表汚染豚は再洗浄
異常豚の隔離、治療、出荷延長
検証方法 管理記録の確認 管理記録の確認 出荷記録の確認
記  録 管理記録(抗菌性物質の投与日付、豚群・個体番号、抗菌性物質名、投与頭数、出荷制限期間、投与者名) 管理記録(注射日付、豚群・個体番号、注射前後の針本数、投与者名、注射針の残留した場合は頭数、個体番号、残留場所、マーキング場所) 出荷記録(出荷日、豚群・個体番号、出荷先、出荷頭数、臨床症状、体表の汚れ、洗浄確認、実施者名)

1)抗菌性物質の残留

 わが国では、条件付きで使用が認められている飼料添加物または動物用医薬品などの抗菌性物質は、個々の品目ごとに安全性が評価され、畜産食品への残留を防止するため摂取から食用出荷までの一定期間の休薬が必要である。しかし、豚肉中の抗菌性物質等の残留検査で認められた違反事例をみると、その原因は、抗菌性物質が含まれた飼料の誤使用や出荷制限期間中の豚の誤出荷などである。これらは、いずれも注意すれば避けられるものであり、飼養管理者や従事者のうっかりミスに起因するものである。

 そこで、飼料添加物の正しい使用方法としては、飼料添加物のうち合成抗菌剤と抗生物質からなる抗菌性飼料添加物の畜産物への残留を防止するために、品目ごとに定められている給与可能な家畜の種類、飼料への添加量、給与期間を厳守すること、また食用としてと畜する出荷豚には、日齢や体重に関係なく出荷前7日間は給与しないことである。そのため、管理者や従事者は飼料添加物や配合飼料に付いている表示をよく読み、注意事項を厳守し、抗菌性物質が添加された飼料と無添加の飼料を明確に区分し、両者が混合しないように保管する必要がある。また、豚舎や豚房に給与飼料の種類や給与期間を明示し、給与飼料を間違えないことが大切である。

 一方、動物用医薬品の正しい使用方法としては、残留が問題になる抗生物質や合成抗菌剤は、薬事法で要指示薬品に指定されている。すなわち、要指示医薬品は、獣医師の処方箋か指示書を受けた人以外に販売できないことが規定されているので、獣医師の診断を受けないと購入することができない。また、獣医師は、獣医師法で自ら診断しないで、処方箋や指示書を発行できないことが規定されている。特に、処方箋や指示書には、使用する医薬品の投与方法、投与量、投与期間とともに、必ず休薬期間が記載されているので、飼養管理者や従事者はこれを厳守して残留が生じないように、また誤出荷や誤使用が絶対に生じないように注意しなければならない。

2)破損注射針の豚肉中の残留

 食肉中に破損した注射針が残留し、消費段階で確認された事例が依然としてあるため、残留防止を徹底しなければならない。そのため、注射を行った飼養管理者や従事者は、注射に当たって豚を確実に保定して、曲がった注射針を用いない等によって注射針の破損防止に努める。もし注射によって注射針が破損し、豚の体内に残留した場合は破損注射針を速やかに除去しなければならない。破損注射針が除去できなかった豚については、注射部位にマークを付けて出荷時まで識別しておき、生体で出荷する場合は出荷先に、またと畜して枝肉で出荷する場合は検査を行う食肉衛生検査所に、いずれも破損注射針を除去すべきことを必ず連絡する必要がある。

3)サルモネラ菌の汚染

 わが国の食中毒の3分の1はサルモネラ菌によるものであるが、このうちで牛肉、豚肉、鶏肉などすべての肉類および加工品を含む食肉が原因となったサルモネラ食中毒の事例はそれほど多くはない。しかし、食肉が原因となったサルモネラ汚染防止は、と畜場出荷時の健康検査の実施、清潔で健康な豚の出荷によって危険が減少する。

(4)一般衛生管理マニュアル

 生産現場において、豚肉の安全性と品質、また生産性と収益性を確保する上で有用なHACCP方式の導入を成功させるには、まず、一般衛生管理マニュアルに基づいた飼養管理が行われ、適切な飼養環境が確保されていなければならない。そこで、養豚の生産現場における一般衛生管理マニュアルの基本的事項を要点のみ紹介する。

1)導入豚の受け入れ

 導入豚は臨床的に異常でないことはもちろんであるが、導入元の農場の衛生管理状況を把握していること。導入豚の輸送車は車内の清掃・洗浄・消毒が実施されていて、輸送時の輸送車内の環境が適切であること。導入豚が農場内に搬入する前に踏み込み消毒槽の消毒液が交換されていること。導入豚は隔離施設に搬入し、一定期間隔離飼養されていること。専用施設はオールイン・オールアウトを原則として、その都度施設の洗浄・消毒が行われていること。

2)飼料の受け入れ

 飼料タンクや飼料倉庫は飼料の搬入前に清掃されていること。飼料運搬車両は農場の入口で適切に消毒されていること。飼料の外観、色調、風味、品質に異常がないことや、飼料にカビの発生や異物が認められないことをロットごとに目視検査を実施していること。搬入する飼料にはサルモネラ検査を定期的に実施している工場の検査結果が添付されていること。異常が認められた場合は、農場責任者に報告して返品などの措置を講ずること。また夏季の高温多湿の時期には飼料の変質や変敗を防止するための遮温対策が実施されていること。

3)飼料の保管と給与

 飼料保管倉庫およびその周辺を定期的に清掃し、消毒していること。保管倉庫内にネズミ等の衛生動物の侵入を防止する対策が講じられていること。飼料を定期的に点検して品質の劣化やカビの発生がないことを確認していること。飼料給与前に飼料に異常がなく、飼料添加剤を用いている場合はそのことを確認していること。飼料給与に用いる器具器材に汚れがなく、また使用前に洗浄していること。

4)薬剤と敷料の受け入れ

 薬剤保管庫は整理整頓されていること。運搬車両は農場の入り口で適切に消毒されていること。薬剤包装に異常がなく有効期限が確保され、また低温保管品は適切に保管冷蔵されていること。敷料は外観、色調、品質に異常が認められず、カビの発生や異物が認められないこと。

5)洗浄と消毒

 豚舎や床面にふん尿等の汚れがないこと。飼槽や給水器が汚れてないこと。適切な洗浄・消毒プログラムによって洗浄と消毒が行われていること。洗浄・消毒後の乾燥は十分であること。各豚舎に設置された踏み込み消毒槽の薬液は適切な濃度で、毎日交換されていること。豚体は定期的に噴霧等の方法で消毒されていること。

6)衛生動物の駆除

 豚舎内および豚舎周辺にネズミ等の衛生動物が確認されないこと、また野鳥の巣を見つけた場合は除去して周辺を消毒していること。ネズミやカラス等の侵入および生息を確認するため、ふんやラットサイン(ネズミがいる証拠。ネズミが渡り歩いた際に通路に付着する汚れや足跡などのこと)の確認作業を毎日実施し、確認された場合は侵入経路の発見と遮断に努め、適切な駆除手段を講じていること。衛生動物の駆除プログラムが完備されていること。豚舎の施設や設備に破損がないように毎日保守点検していること。

7)廃棄物の処理

 たい肥舎周辺の環境が整備されていて、定期的な保守点検が行われていること。汚水が地下に浸透しないような構造であり、雨水の流入によって汚水が流出しないこと。定期的に清掃や消毒が行われて、悪臭や衛生害虫が発生していないこと。死体は腐敗しないように保管され、適切に処理されていること。作業担当者は処理方法に従って確実に実施し、異常が生じた場合は責任者に報告していること。

8)作業従事者の衛生管理と教育

 従事者は豚舎ごとに衛生的で清潔な帽子、作業着、長靴を着用していること。長靴は豚舎ごとに履き替えるか、豚舎外に設置した踏み込み消毒槽で十分消毒し、また着用する手袋は衛生的で、清潔なものを用いていること。従事者は所定の場所以外では喫煙や飲食を行わないこと。従事者は食用の豚肉の生産に当たっていることを認識し、健康管理の維持と向上を図るには衛生的な飼養管理を実践しなければならない心構えや教育訓練を受けていること。従事者は農場で生じる衛生上の具体的危害とその防止対策を理解していること。

9)繁殖豚・哺育豚・育成豚・肥育豚の健康管理

 良好な飼養環境を維持するため、適切な温度、湿度および換気量の管理ができていて、適切な飼育密度が保たれていること。給与飼料と給与水に異常が見られず、給与水の残留塩素濃度も適切であること。適切なワクチンプログラムと投与プログラムによってワクチン接種、ビタミン剤と駆虫剤投与が行われていること。抗菌性物質等を投与する場合は、獣医師の指示によって投与薬剤および投与プログラムが決定されていること。薬剤等が投与された豚や豚群については、薬剤名、投与日時、出荷制限期間が記録され、豚にはマーキングしていること。

10)出荷豚の衛生管理

 出荷豚は臨床的に異常が認められず、体表の汚れがなく、投薬経歴がある場合は休薬期間が終了していること。注射針残留豚はマーキングされていること。出荷車両は事前に洗浄・消毒されて、衛生的な方法で出荷豚が輸送されていること。

 以上、これらの一般衛生管理マニュアルに基づいた飼養管理が豚肉の安全性と品質、また生産性と収益を確保する上で重要な事項である。

(終わり)

(筆者:日本大学生物資源科学部・教授)