惰性からの脱出 経営再建への道

── 岐阜県U牧場の場合 ──

 

原  健 治

 
はじめに

 今回紹介するU牧場は、多額の借入金をつくりながらも、自らの改善への努力とともに県行政、市町村、農協等の支援を受けながら、経営再建に取り組んだ結果、経営内容が短期間に向上し、借入金も順調に償還できている事例です。本来であれば牧場名も明らかにして“こんなにがんばりました”と書きたいのですが、借入金がもう少し減少したあかつきには、優良事例として紹介したいと思っています。

気が付けば営農貸越が大きな雪だるまに

 U牧場の経営の推移を簡単に説明します。この推移のなかに、営農貸越を増やした原因があるようです。U牧場は、昭和35年に父親が乳用牛2頭を導入したのが始まりです。それまで豚を数頭飼っており、豚舎を改造して牛舎に再利用しています。その後増頭し、本人は昭和52年に県農業大学校を卒業して経営に参画しています。

 哺育・育成牛舎

 昭和57年に岐阜県畜産会の経営診断を受診した時の成績では、経産牛頭数16.2頭、経産牛1頭当たり牛乳生産量6535kgであり、当時の能力としてはかなり高能力でありました。その反面、乳飼比が60%と高く、さらに1頭当たりの購入飼料費も48万2000円と当時の平均値35万8000円と比較すると約12万4000円も高い状況でした。

 このとき既に診断指摘事項のなかで購入飼料費が高すぎるので、「牛の能力、乳代と比較して飼料を給与すること」とありました。本人は当時の乳代から考えると“そう大した金額ではないな”との認識と“これぐらいならすぐ返済できる”との自負心(これまで種々の共進会では、上位入賞をしており、育成と牛の能力を引き出すことにはかなり自信があったと思われます)があり、なにも手を打たなかったようです。

 さらに搾乳、給餌などの主要な飼養管理は本人に任されていましたが、金銭出納はすべて母親に任せっぱなしで、月々の収入や飼料代を気にしなかったこと、母親も経営収支を本人にはっきり伝えていなかったこと、それに加え「せっかく経営を継いでくれたのだから、自分の思うようにやらせてあげたい」という親心があったのかもしれません。このころから営農貸越が徐々に増え始めています。

 昭和58年には自給飼料の増産と購入飼料費の削減を狙い、桑畑100aを牧草地に造成、水田も転換してトウモロコシを作付けしましたが、牧草地の収量はほとんどなく、トウモロコシも刈り遅れで、全量廃棄となることが多かったようです。またこのとき購入した自給飼料関連機械の購入代金も営農貸越が肩代わりしているようです。

 平成元年スケールメリットを狙い公社営事業を利用して40頭牛舎の新築と牧草地44aを造成していますが、牛の病気の多発による廃用頭数の増加と乳量の低下が顕著となり、本人はかなり焦って、乳量・乳質保持のため購入飼料を多量に給与し(特に高価な良質乾草)、そうすることが乳量の増加につながると思い込んでしまったようです。乾草は牛の足元にこんもりと積まれ、牛の口に入らない飼料のロスがかなりありました。

 
新築した40頭規模の牛舎   牛舎の内部

 また、平成8年に本人がヘルニアにかかり、自給飼料の生産を中止したため、購入飼料費の増加がさらに経営を圧迫したことに加え制度資金の償還のために、営農貸越がますます増加していきました。

関係機関の取り組み

 きっかけは、平成10年4月の農協の広域合併に伴って、経営内容の悪化した農家(農協への借入金が2000万円以上ある農家。酪農3戸、肉用牛2戸)を整理する方針が農協幹部から示されたことでした。当農家を担当していた農協職員は、農協の方針と農家との間で板ばさみとなり、思案のあげく県の関係機関に相談を持ちかけたようです。

 県関係機関の担当者は早速改善計画をつくり、農協上層部に示して経営が継続できるようにすることを提案し、改善計画の作成にあたっては畜産会に依頼することとして、平成10年の2月上旬、農家の今後の意志を確認のうえ、農協担当者とともに畜産会へ相談に来ています。

 ここで担当者の持参したデータと中央畜産会の経営改善計画策定システムを使い、当面の償還計画をつくった結果、“もっと搾乳牛が必要であるが、現状の頭数でぎりぎりいけそうである”との判断を下しましたが、不安要素も多くあったので、早速経営診断を実施し、本人を交えて、県関係機関、市担当獣医師、畜産会、農協と経営の検討が始まりました。

 経営診断の結果では技術水準はかなり上位にあるものの、(1)乳代が少ないこと(40頭牛舎で30頭しか搾乳できてない)、(2)育成頭数が多いこと、(3)購入飼料費が異常に高いこと(購入飼料費も多いが、単価も高い)など具体的な問題点をあげました。そのうえで、これらに対する対応策が実施できるのか、できないのかを検討していきましたが、本人も今後に大変迷いがあり、経営の改善はあまり進みませんでした。

 平成11年の農協幹部と本人、県関係機関、役場、畜産会を含めた検討会で、農協幹部から問題提起がされ、これに対して畜産会が検討会を代表してこれまでの経営診断結果と本人の経営技術から、経営改善の可能性は十分にあると判断しました。

 ただし(1)営農貸越を低利な農協資金に借り替えること、(2)購入飼料価格を通常の価格に戻すこと、(3)牛の導入資金を融資すること。(余分な育成牛は販売し導入資金に充てること)、(4)本人には経営診断を引き続き実施し、経営の進行状況をチェックすること、などを提案しました。

 農協は「お金を貸すのも罪、貸さぬのも罪」といった農協自身に対する厳しい判断をしながらも、経営の再建に向けて、営農貸越の借り替えと導入資金を含めて4700万円を長期、低利の農協資金で貸し付けることを決定しました。これで、U牧場の支援体制が整うこととなりました。

 こうした周囲や支援体制の熱意を感じて、本人は経営改善の意欲を取り戻し、やる気になって経営に取り組みました。

 市の獣医師は毎日農家へ出向き、経営内容のチェックと農家の相談に乗るとともに、県関係機関、畜産会との連携に努め、畜産会の職員も農家へ立ち寄り、経営の状況等を話し合うなどの全組織を挙げてのバックアップの結果、元来技術力のあった経営者であったため、経営内容は目を見張る勢いで改善されていきました。

今後の課題

 今回の紹介事例は経営が短期間に向上した非常にまれな例です。もちろん本人が試行錯誤し、努力した結果であることはいうまでもありませんが、その要因はまず第1に、経営者が支援者の指導内容を良く理解して、実行に移したこと、第2に、今まで母親任せであった現金出納を本人が記帳することにしたこと(農協の担当者は、経営者本人がお金の動きをつかんでないことを経営悪化の主要因と考えており、これを機に経営管理すべてを把握していくことを義務とした)です。同時に自分の現在置かれた状況に固執せず、経営を多方面から判断することにより、経営改善は進んでいます。

 また平成14年には、2年間で貯蓄した800万円のうち500万円を約定償還以外に繰り上げ償還しています。

 経営内容は向上しつつありますが、借入金のことを考えるとまだ両手放しで安心するわけにはいきません。毎月の経営チェックは続けなければなりませんし、今まで借入金のため、できなかった牛舎環境(育成舎、乾乳舎)の整備は、今後発展するためにも必要であると思われます。

 今後、整備が必要となる牛舎環境

おわりに

 あの時農協に“大いなる決断”をしてもらわなければどうなっていたのだろうかと考えることがあります。U牧場にはきつい試練であったと思いますが、本人も農協の英断には大変感謝しています。

 はじめは“そう大した金額ではない”という甘い認識がきっかけであったと思います。しかし、それをきっかけに何度かのアクシデントを経て気が付けば営農貸越が大きな雪だるまに変わっていました。

 U牧場には、農協が資金を融通してくれたことを当然のことと思わず、かつ借入金のことで萎縮することなく、今回のことをいつも胸に、一層の経営改善をお願いし、経営が今以上に発展することを願っております。

(筆者は(社)岐阜県畜産協会・総括畜産コンサルタント)