牛群検定をもっと生かすために(I)

──普及状況およびその成果と課題──

 

川 井 倫 次

 はじめに

 わが国の酪農が農業の基幹作目として定着して約半世紀を経過しようとしていますが、この間、酪農経営は多くの試練を乗越えてきました。これを一言で言えば、「酪農家戸数の継続的減少にもかかわらず、1戸当たり頭数規模の拡大によって生乳生産は年々増加してきた」と総括することができると思います。

 しかし、最近、この構図が崩れはじめ生乳生産は前年水準を維持できなくなりつつあります。このことは、後継牛不足の状況の中で、数年前から心配をしていたことですが、牛群検定データを分析してみますと、さらに心配なことが起こっています。それは、1頭当たり乳量の伸び率、とりわけ飼養管理による伸び率が低迷しているという現実です。

 例えば、酪農家の努力によって年々良くならなければならないはずの繁殖成績が、逆に年々悪くなってきているのは典型的な例です。なぜこのようなことになってしまったのでしょうか。これは単なる一例ですが、検定農家でさえこの状態ですので検定をやっていない農家はどうなっているのでしょうか(データがないので分かりませんが!)。

 この結論はただ1つ。それは牛群検定の機能がじゅうぶんに生かされていないということに尽きると思います。検定成績表を単なる結果論としてみるのではなく、なぜこうなったのか、その原因を追求し改善策を考える。これが検定の本来の目的です。月1回の検定はまさにそのためにあるのであって、乳牛個々の生産状況と生理状況を毎月チェックして、牛群としての飼養管理のあり方を検討しなければなりません。

 このセミナーでは、酪農経営の基本的なことについて、指導者も酪農家も「ほんとうに分かっているのでしょうか」と問いかけながら、牛群検定の意義と役割についていろいろ考えてみたいと思います。

 なぜ、府県によって普及率の差がこんなに大きいのか

 全国の牛群検定の実施状況をみてみましょう。まず自分の府県がどのような状況にあるかを確認することが先決でしょう。

 表−1をみて下さい。牛群検定の普及率は北海道を除くと、全般的に西日本が高く東日本が低いことが分かると思います。府県別では検定牛比率70%以上の県がある一方で、10%に満たない県もあります。50%以上の府県はたったの5県、あとの府県は50%未満という実態です。ヨーロッパをはじめとする酪農先進国のほとんどが60〜70%以上の普及率であることを考えると、「21世紀の日本酪農はこれで大丈夫か?」との焦燥感が走ります。

表−1 検定農家数、検定牛頭数の対畜産統計比率(平成12年度末現在)

都   道
府   県
検定牛マスター(13.3.31) 畜産統計(13.2.1) 検定農家
比率(%)
検定牛
比率(%)
検定組合 検定牛
頭 数
検 定
農家数
1戸当たり
頭  数
経産牛
頭 数
成 畜
戸 数
1戸当たり
頭  数
北 海 道 141 321,363 5,691 56.5 488,300 9,330 52.3 61.0 65.8

青 森 3 1,872 55 34.0 12,300 380 32.4 14.5 15.2
岩 手 21 17,710 598 29.6 39,400 1,900 20.7 31.5 44.9
宮 城 3 2,038 77 26.5 23,800 1,110 21.4 6.9 8.6
秋 田 1 2,014 78 25.8 5,500 220 25.0 35.5 36.6
山 形 1 1,262 51 24.7 12,600 560 22.5 9.1 10.0
福 島 6 4,545 182 25.0 17,500 860 20.3 21.2 26.0
小 計 35 29,441 1,041 28.3 111,100 5,040 22.0 20.7 26.5

 

茨 城 6 7,411 185 40.1 27,600 840 32.9 22.0 26.9
栃 木 10 19,916 471 42.3 44,100 1,250 35.3 37.7 45.2
群 馬 11 13,744 326 42.2 38,900 1,150 33.8 28.3 35.3
埼 玉 2 1,460 47 31.1 16,200 600 27.0 7.8 9.0
千 葉 9 6,936 191 36.3 42,200 1,470 28.7 13.0 16.4
東 京 1 922 33 27.9 2,680 120 22.3 27.5 34.4
神奈川 3 2,479 91 27.2 14,100 530 26.6 17.2 17.6
山 梨 1 1,205 23 52.4 4,360 140 31.1 16.4 27.6
長 野 1 4,310 144 29.9 21,400 840 25.5 17.1 20.1
静 岡 5 4,133 120 34.4 15,600 500 31.2 24.0 26.5
小 計 49 62,516 1,631 38.3 227,100 7,440 30.5 21.9 27.5

新 潟 2 1,932 66 29.3 11,400 460 24.8 14.3 16.9
富 山 1 657 22 29.9 2,870 90 31.9 24.4 22.9
石 川 1 519 15 34.6 4,470 100 44.7 15.0 11.6
福 井 1 850 26 32.7 1,780 60 29.7 43.3 47.8
小 計 5 3,958 129 30.7 20,500 710 28.9 18.2 19.3

岐 阜 4 2,746 83 33.1 9,480 300 31.6 27.7 29.0
愛 知 3 7,013 129 54.4 32,300 660 48.9 19.5 21.7
三 重 1 1,181 30 39.4 7,870 170 46.3 17.6 15.0
小 計 8 10,940 242 45.2 49,700 1,130 44.0 21.4 22.0

滋 賀 1 2,043 53 38.5 4,290 130 33.0 40.8 47.6
京 都 3 1,469 50 29.4 5,170 160 32.3 31.3 28.4
大 阪 1 384 14 27.4 3,100 70 44.3 20.0 12.4
兵 庫 10 6,937 218 31.8 21,500 890 24.2 24.5 32.3
奈 良 1 779 23 33.9 4,380 110 39.8 20.9 17.8
小 計 16 11,612 358 32.4 39,200 1,400 28.0 25.6 29.6

鳥 取 3 5,364 168 31.9 7,470 300 24.9 56.0 71.8
島 根 4 2,807 104 27.0 8,180 270 30.3 38.5 34.3
岡 山 8 10,439 309 33.8 19,400 650 29.8 47.5 53.8
広 島 6 4,587 146 31.4 9,630 320 30.1 45.6 47.6
山 口 1 1,604 50 32.1 3,650 150 24.3 33.3 43.9
徳 島 2 1,671 55 30.4 8,450 310 27.3 17.7 19.8
香 川 1 639 23 27.8 6,740 240 28.1 9.6 9.5
愛 媛 3 3,021 106 28.5 7,080 300 23.6 35.3 42.7
高 知 1 885 20 44.3 4,170 140 29.8 14.3 21.2
小 計 29 31,017 981 31.6 74,800 2,690 27.8 36.5 41.5

 

福 岡 9 9,993 279 35.8 16,300 470 34.7 59.4 61.3
佐 賀 3 2,449 96 25.5 5,450 230 23.7 41.7 44.9
長 崎 3 1,672 54 31.0 9,330 320 29.2 16.9 17.9
熊 本 13 15,234 409 37.2 33,900 1,070 31.7 38.2 44.9
大 分 1 2,461 74 33.3 12,200 330 37.0 22.4 20.2
宮 崎 4 11,317 377 30.0 16,300 540 30.2 69.8 69.4
鹿児島 6 7,976 215 37.1 13,600 410 33.2 52.4 58.6
小 計 39 51,102 1,504 34.0 107,100 3,380 31.7 44.5 47.7
沖   縄 1 998 22 45.4 6,840 150 45.6 14.7 14.6
都 府 県 182 201,584 5,908 34.1 636,200 21,900 29.1 27.0 31.7
全   国 323 522,947 11,599 45.1 1,124,000 31,300 35.9 37.1 46.5

 なぜ、府県によって普及率の差がこんなに大きくなってしまったのでしょうか。いろいろな事情はあったにせよ結果論としていえることは、県、酪農協(組合)等指導機関の認識の甘さがあったことは確かであるといえます。具体的には、まず牛群検定の意義と役割についての認識不足、さらに検定を推進するためのシステム作りが不十分であったこと等が考えられます。

 例えば、ある県の場合をみてみましょう。20数年前にさかのぼりますが、県酪連に優秀なリーダー(役員)がいて、今後の酪農経営は牛群検定事業なくして発展はありえないとの認識で、この事業を指導事業の根幹に据え、役職員一丸となって推進し、検定情報を多角的に利用してきました。

 一方、ある県の場合はこれとは逆で、この事業を上から押付けられた面倒な事業として捉え、組合としては、ほとんど力を入れませんでした。このリーダーの認識の差はあまりにもかけ離れています。

 結局は、当時のリーダーの資質とその見識の差が普及率の結果に表れたと言わざるを得ません。リーダーの責任は重く後代に禍根を残します。今からでも遅くはありませんので、牛群検定の意義と役割をしっかり認識し、その普及に力を貸してほしいと思います。

 これまでの成果と今後の課題

 図−1をみて下さい。ここに牛群検定のこれまでの成果と今後の課題が描かれています。牛群検定事業は昭和50年から始まりましたが、このグラフは昭和53年を基準にして、年当たり乳量の伸びを表しています。年当たり実乳量の伸びは遺伝的改良量と飼養管理の改善量を加えたもので、それぞれ3本のグラフで表してあります。これを年次にそってよくみていくといろいろなことが分かります。以下まとめてみました。

図−1 2年型乳量に及ぼす遺伝的能力と飼養環境の効果の関係〈全国〉

1)「家畜改良センター乳用牛評価報告」および「乳用牛群能力検定成績のまとめ」より。
2)昭和53年からの差で表示。
3)2年型乳量は検定終了年、遺伝的能力は誕生年で集計されているため、ここではこれを分娩年にシフトさせて表示。

(1)実乳量の伸びは、昭和56年を基点に急速に伸び始め、平成10年までの17年間に限定してみれば約2200kgも伸びている。これは年当たりにすると128kgである。この昭和56年は、生乳の計画生産(生産調整)が始まった時期であり、酪農家は限られた生産枠の中で収益を確保するため、1頭当たり乳量の向上と経営効率化を目指して努力を開始した時期と一致する。特に昭和63年までの伸びが大きく、年当たり165kgにもなっている。この時期はアメリカの飼養管理技術等が紹介され、栄養管理を中心とする飼料給与の改善が図られたため、飼養管理による改善量は年当たり116kgとめざましく、遺伝的改良量を大きく上回っている。

(2)しかし、平成に入ってからは、乳量は順調に伸びてきたものの、その内容が大きく変わった。特に遺伝的能力の向上は非常に顕著であるが、飼養管理の改善量は停滞しはじめた。遺伝的改良量は平成3年を基点に急速に伸び、年当たり131kgにも達し、それまでの2倍以上の伸びを示している。一方、飼養管理の改善量は従前の伸びは止まってしまい停滞を続けている。

 なぜ、飼養管理による乳量の伸びが停滞してしまったのでしょうか。最近はこの傾向が更に顕著になり、平成8年以降は飼養管理の伸びがマイナス傾向を示すようになってしまいました。これはまさに飼養管理技術の問題であり、その第1の理由は、Fを主体とした肉牛部門に目を奪われ、搾乳部門が少しなおざりになっているのではないかと判断する人もいます。また、努力の結果、高泌乳を達成してきた酪農家もいますが、これらの経営は現在ほぼ完成に近づきつつあり、改善スピードをこれ以上アップすることは難しい状況になっているという現状がある一方で、多くの酪農家(60〜70%)は相変わらず改善の余地を残したまま乳量は低迷しており、これが足を引張っていると判断する人もいます。

 そこでまた、図−1をみて下さい。グラフの動きをみれば分かるように、現在の1頭当たり乳量の伸び率を要因分析すると、大部分が遺伝的要因であり飼養管理の影響は非常に低いものになっています。従前とは完全に逆転してしまったのです。

 この現象をどう捉え、どう判断するか。このことは非常に重要な問題であり、ここに今後の酪農を考える重要なカギが隠されていると思います。いろいろの見方があると思いますが、私は将来への可能性と考えたいのです。すなわち、飼養管理技術の高度化によって生産性はますます向上するという可能性を多くの酪農家に残しているということです。言換えれば、牛群検定情報をもっと有効に活用して飼養管理を改善していけば、もっともっと生産性を向上させることができるということ、そして、この前提となる条件が乳牛個体に付与される遺伝的能力であるということを絶対に忘れてはいけません。

 牛群検定のめざすもの

 いずれにしても、この牛群検定事業のお陰で乳量は順調に伸びてきたことは事実で、わが国では牛群検定が始まって四半世紀になりますが、この25年間で1頭当たり乳量は約3000kg伸びたと考えて間違いありません。これは優良種牛生産をはじめとする乳牛改良と飼養管理技術の改善の結果であり、まさに牛群検定事業の波及効果の大きさには驚かされます。特に、生産性向上に果たしてきた役割は大きく、生産コスト低減効果を概算すれば、1kg当たり20円以上にもなっているのではないかと思われます。

 牛群検定事業の本来のねらいは、優良乳用牛資源の確保(優良雌牛と優良種雄牛)と飼養管理技術の改善ですが、これからは国際化がさらに進展し、海外からの輸入攻勢に対して優位を確保するには高品質・低コスト生産は不可欠の条件ですので、このためにもこの事業は必須の事業と考えなければなりません。また、将来開発される新技術の実証、今後展開される酪農施策の推進と検証のためにもなくてはならないものです。

 そして、この牛群検定事業の四半世紀をじっくり振返ってみて、先に述べましたように、これからの課題をよく整理し、しっかりとした目標を設定することが重要です。いろいろ考えられる中での緊急の課題は、やはり低コスト生産技術の普及促進とその推進システムの構築です。

 酪農家においては生産管理・利益管理・牛群改良・損害防止等を総合的に管理する仕組みを作り、コスト低減を効率的に推進する。また関係組織としては、これの支援体制・指導体制をしっかりと確立する。このように、酪農家にとっても関係組織においても、ソフト面の強化が緊要となってきています。このためのシステムとして牛群検定事業を積極的に活用してほしいのです。この牛群検定こそが21世紀を生きるための酪農経営の条件となるからです。

 いま、酪農家に求められる意識改革とは

 酪農家の飼養管理技術が全体的に伸び悩んでいることについて、指導者も酪農家もじゅうぶんに認識しなければなりません。特に酪農家にとって重要な点は、自分自身の意識の問題だということです。

 酪農家の実態をよく分析してみると、生産性の高い農家の割合は約30〜40%、一方、生産性がそれほど高くないと思われる農家は60〜70%という現実があります(筆者予測)。生産性の高い農家と低い農家との差はいったい何なのか。なぜ、同じ牛飼いでこの差がでてきてしまうのか。このところをよく考えてみる必要があります。

 私は長年酪農にかかわってきましたが、酪農経営の結果は次の公式で決まると結論づけています。

酪農経営の結果=考え方×熱意×能力

 要するに、本人の考え方と熱意と能力の相乗効果で決まると思われます。この3つの要素のうち1つでもゼロがあれば、経営結果もゼロとなってしまいます。だから3つの要素が全部満たされて初めて良い結果が生まれることになります。生産性の高い農家と低い農家の差は、結局この公式をよく考えてみれば分かるのではないでしょうか。

 特に、「考え方」が重要であり経営の出発点であります。将来に対する考え方、技術に対する姿勢、酪農経営原則とは何か、生産コストはどうすれば下げられるか等、まさに酪農経営の基本ともいうべきことを正しく理解しているかどうかが重要なのです。これら基本的なことが分からないで、いくら経営を続けても、良くなることはありえないでしょう。

 このようなことから、いま酪農家に求められる意識改革とは何かを考えると、次のように整理できます。

(1)酪農経営原則にのっとった経営を行う
(2)コスト低減の仕組みを経営に取込む
(3)再生産のための後継牛(遺伝資源)確保は自己責任が原則
(4)できる人の能力を有効に使う
(5)もうけようと思う前に損しないことを考える

 私が、なぜこんな単純なことを、あえて意識改革として取上げなければならないのか。それは酪農家にもう1度「酪農の基本」を正しく認識してほしいからです。特に、酪農経営原則とは何か、生産コストはどうすれば下げることができるのか。これは酪農の基本の基本ともいうべき問題であり、非常に重要なことだと思います。そして、この意識改革は牛群検定に取組むことによって成遂げられるものと確信します。(次号へつづく)

(筆者:社団法人家畜改良事業団・家畜改良アドバイザー)