大都市近郊酪農のチャレンジ

コーヒーの香りのする牧場

── おかあさん牛のおくりもの ──

 

佐  藤   孝


はじめに
 東京都の西部に位置する八王子市、京王線山田駅より徒歩3分の住宅地に隣接した牧場、そこに磯沼正徳さんが経営する磯沼ミルクファームがあります。

ヨーグルト工房の前で(磯沼さん夫婦)

 牧場は、フリーバーン・パーラー方式で、ホルスタイン種40頭、ジャージー種11頭の計51頭が飼養されています。

 放牧場は、道路に面しており行き交う人がいつも牛を見ることが出来る。そして牧場内には、世界で一番小さなヨーグルト工房があり、ジャージー牛のミルクから作る《かあさん牛のおくりもの》と名付けた新鮮なヨーグルトを販売しています。また、地域への環境を考慮して、敷料にコーヒーの皮・カカオ豆の外皮を使うことにより、近隣への臭気問題を解消することが可能となりました。

のどかな地域だが、近くには住宅地が隣接している

 そして、現在では「コーヒーの香りのする牧場」として親しまれています。


経営の概況
 磯沼ミルクファームの経営の概況は、本人と雇用2名の3名で乳牛を飼養管理し、またヨーグルト工房は雇用2名でヨーグルトの製造をしています。スーパー・デパート等の流通部門への配達は本人が中心となって行っています。

昭和63年に設置した単列4頭のタンデムミルキングパーラー

 牛舎施設は、単列4頭タンデムミルキングパーラーを付設したフリーバーン牛舎(660m2)、育成・乾乳牛舎(396m2)、子牛舎(115m2)とコンクリートサイロ(60t)で、給餌には、コンピュータ利用の個体識別自動給餌機を使用しています。また、ふん尿処理のための乾燥ハウス1棟・たい肥舎(264m2)があります。

コーヒー豆の皮・カカオ豆の外皮の入ったたい肥。近隣の農家から好評を得ている

 そして、平成6年には、ヨーグルト工房(66m2)を設置しました。

 自給飼料については、粗飼料畑150a(借地70a)にトウモロコシを作付けし、サイレージを給与しています。


経営の歩み
 磯沼ミルクファームの経営の歩みは表−1のとおりです。

表−1 経営の推移

年  次 頭  数 経営および活動の推移
昭和47年 25 短期大学卒業と共に本人就農
昭和53年   外国酪農研修(オーストリア)に参加し、乳製品に特に興味を持ち、帰国後、独学する。
昭和57年 25(2) ジャージー種を導入し、周囲の消費者と共にジャージークラブを作り、手作りヨーグルト加工を始める。
昭和62年   乳製品加工を本格的に行うため、フランスへ視察研修を行う。結婚を機に、夫婦でドイツへ乳製品の研修旅行に出向く。
昭和63年   フリーバーン・ミルキングパーラー施設を設置する。
平成1年 20(5)  
平成3年 35(5) 乳牛の増頭を行う。それに伴い臭気等の問題が発生し、その対策にもろもろの試行錯誤を重ね、結果として敷料にコーヒー豆やカカオ豆の外皮を使用し、公害も解消して、現在、コーヒーの香りのする牧場として、見学者も多い。
また、たい肥は袋詰めにし、「牛之助」と名付け、野菜農家を中心に流通している。
ヨーグルト工房を設立し、ジャージー牛の生乳を使い「おかあさん牛のおくりもの」と名付け、共同購入組織の「やさい畑会」や「ジャージークラブ」等を中心に販売を開始した。また、消費者のホームページにも掲載している。
平成6年 40(7)  
平成9年 51(11) 大手スーパーにブランド商品として販売されるようになる。
平成10年 51(11) 現在に至る。
※( )内の数値は、うちジャージー種の飼養頭数。

 正徳さんは、昭和53年にオーストリアでの酪農研修に参加し、外国の酪農状況および乳製品加工の消費状況を視察しました。そこで、都市近郊における酪農経営は、地域、消費者に密着した経営を行うことが必要であることを痛感しました。また、昭和57年には新たにジャージー種を導入し、地域の消費者と交流を図るために「ジャージークラブ」を設立しています。

 平成6年にはヨーグルト工房を設立、地元共同購入組織「やさい畑会」と手をつなぎ、交流型流通を行いながら販売の拡大に努めました。また、牧場手作りの本格ヨーグルトがマスコミに注目されるようになり、平成8年には食品専門誌に取上げられたことを契機に、翌年には今までの赤字経営から抜出ることが出来ました。

 現在は都心のデパート・地元のスーパーからの注文が多数あり、地場流通はもとより、都心専門店、地方発送等、多方面からのニーズに応えられるよう頑張っています。


経営の特徴
 都市近郊の酪農経営は、周囲が住宅に囲まれ環境対策が重要な課題です。磯沼牧場も平成3年に乳牛の増頭に伴い、周囲に臭気問題が発生しました。この対策として、敷料にコーヒー豆の皮やカカオ豆の外皮をフリーバーンの牛床に敷き詰めた結果、臭気問題も解消し、「コーヒーの香りのする牧場」として周囲の住民から親しまれるようになりました。またこのたい肥は袋詰めにし「牛之助」と名付け、近隣の有機野菜農家に流通し、好評を得ています。

牛にも人にもやさしいコーヒーの皮・ココア粕を利用した敷料

 もうひとつの特徴としては、都市近郊の条件を生かして消費者との交流を重視し、消費者を味方にした酪農経営を実践していることです。ジャージー種の生乳100%を使ったヨーグルトのラベルには、搾乳した母牛の名前を記入し「かあさん牛のおくりもの」と名付け販売しています。このヨーグルトは一般に流通するほか、地元の共同購入組織の「やさい畑会」や「ジャージークラブ」等の消費者組織に流通しています。


経営の成果の概要
 経営実績については、表−2のとおりで収益性、生産性、安全性などいずれも良好です。

表−2 経営実績

期 間 10年1月〜10年12月 経 営 実 績

労働力員 家族 1
数(畜産) 雇用 2
経産牛平均飼養頭数 47.8
飼料生産用地延べ面積(a) 150
年間総生産乳量(kg) 330,450
年間総販売乳量(kg) 270,244
年間子牛・育成牛販売頭数 21
年間肥育牛販売頭数 16

経産牛
1頭当たり
部門収入 1,173,448
 牛乳販売収入 497,453
売上原価 852,558
 購入飼料費 453,162
 労働費 145,399
 減価償却費 167,881

 

 

経産牛1頭当たり年間産乳量 6,286
平均分娩間隔 17
受胎に要した種付け回数 1.9
牛乳1kg当たり平均価格 95
乳脂率 4.51
無脂乳固形分率 9.07
体細胞数 155,000


経産牛1頭当たり飼料生産延べ面積 3.3
借入地依存率 46
乳飼比(育成・その他含む) 28
経産牛1頭当たり投下労働時間 154


総借入金残高(期末時)(万円) 2,144
成雌牛1頭当たり借入金残高(期末時)(円) 448,535
成雌牛1頭当たり年間借入金償還負担額(円) 74,205


今後の課題
 今後の抱負について、磯沼さんは次のように述べています。「都市近郊の酪農経営は多大な障害と難しさに直面してきた。しかし、ヨーグルト工房を設立して、多くの教訓を得ることが出来た。これからも、世界一小さい工房でなければ出来ない、小回りのきいたユニークで消費者に喜ばれる、よい製品を作っていきたい。」とのこと。

 また個性を生かした乳製品の開発を進めるとともに、より多くの人に利用していただけるよう街道沿いに直売所を設置することも検討しています。


おわりに
 磯沼さんの酪農経営は、生産基盤の制限や環境問題などの厳しい状況の中、早くから消費者と手を結んだ経営を実践してきました。これは、都市近郊の酪農経営の模範となっています。東京都における酪農家戸数は年々減少しています。その一方で、地域密着型の酪農家が少しずつではありますが増えています。その背景には、安全性や新鮮さを求める消費者が増加していることがあげられます。このような消費者のニーズにこたえられる、そして生産者の顔が見える酪農経営を推進し、酪農家戸数の減少に歯止めをかける必要があると思います。

(報告者:(社)東京都畜産会・畜産コンサルタント)