肉用牛繁殖経営の基礎講座〔I〕

──肉用繁殖雌牛の上手な管理法──

志 賀 一 穂

 はじめに

 肉用牛繁殖農家は、輸入牛肉の自由化による外圧に加え、繁殖牛を飼育している人の老齢化と後継者不足により飼養農家・頭数が減少しています。一方、1戸当りの飼養頭数は増加するとともに、企業的に多頭飼育する農家も増えています。肉用牛また酪農経営では、消費者へ安全な畜産物の提供を行うことのみではなく、現在では草地などの緑資源や放牧風景などが「癒し」の場所として注目されています。この肉用牛経営の中で、黒毛和種の繁殖経営における「繁殖牛の管理」「生産子牛の哺育・育成法」「新技術の利用」について述べてみたいと思います。

 繁殖を英語ではリプロダクション(Reproduction)と言いますが、物を生産するプロダクション(Production)にリ(Re)という再び繰返すことを意味する接頭語が付き、繰返し子供を生産することを意味しています。農家で飼育する繁殖雌牛は繰返し子牛生産をしなければなりません。1回しか産めないような牛は繁殖牛とはいえず、ただの雌牛なのです。子牛が家畜市場に出荷された時の母牛の平均年齢を調査するとおよそ7.5歳で、これは黒毛和種雌牛の平均供用年齢(世代間隔ともいわれてます)です。この年齢は牛の寿命の半分にも達していません。経済動物である牛は、子牛を生産するという役目が果 たせないものは淘汰される運命にあるのです。繁殖農家が低コスト生産を行うためには、1年1産を行い、繁殖牛を平均供用年齢よりも1年でも長く利用することが重要かと考えます。そのためには、健康で毎年子牛を生産するように繁殖雌牛の管理を行わなければなりません。ここでは普段農家の皆さんが心がけている繁殖雌牛の管理、特に分娩前後の管理をもう一度復習する意味で一緒に考えてみたいと思います。

低コスト飼育の放牧風景

 分娩前後の飼養管理

 適度な栄養状態でじゅうぶんな運動ができる環境で飼育することは健康で繁殖性の高い牛を飼育するために必要なことです。なかでも分娩は繁殖雌牛にとって大きなイベントです。この分娩をうまく乗越えて無事子牛を産むこと、そして、再び受胎し次回のイベントまでの期間をより短くすることが繁殖牛飼育経営では肝腎なことです。そのためには特に分娩前後の雌牛の飼養管理が大切となります。

 牛の妊娠期間は品種によってやや差がありますが、肉用牛(黒毛和種)の妊娠期間は平均285日です。受胎した胎子が雌の場合はこの日数よりやや短く、雄の場合やや長くなります。また、双子を受胎した場合には、雌の受胎よりさらに短くなることから、自然また2胚移植やホルモン処理などによる人為的な双子受胎時には、このことを念頭におき分娩時事故のないように心がけなければなりません。せっかく双子が生まれても双方とも死なすこともあるのです。分娩予定日が近づくと胎子が母牛に信号を送りますが、母牛は無事出産できるように種々の準備にかかります。在胎期間は胎子が決定権を持っており、例えば、胎子が成熟して子宮外の下界に出て大丈夫となった時に分娩して欲しいとの信号(胎子脳下垂体からの副腎皮質刺激ホルモン分泌といわれています)を送ります。ホルスタイン雌牛に黒毛和種の受精卵を移植すると、ホルスタイン種の平均在胎期間は279日ですが黒毛和種の平均在胎期間で出産することから、分娩時期は胎子の都合により始まることは明らかです。また、母牛の子宮内環境また流・死産を生じるウイルス感染による胎子の健康状況の悪化など種々の条件によりやむなく流産したり、早産したりします。285日間の母牛の体内で、胎子は妊娠8ヵ月前後から急速に大きさを増します。このことから母牛は通 常の体重維持に必要な栄養分では足りなくなってしまいます。また、分娩後は子牛に母乳を与えることから乳を生産しなければなりません。このため、分娩前後の2ヵ月間は通常の維持の飼料給与に加えて増飼いが必要となります。適度な栄養度の牛が受胎し、分娩した後に受胎時の体重を維持できていれば妊娠期間中の飼養管理はうまくいったことが分かります。このためには表−1・2・3に示しました日本飼養標準(肉用牛)の給与水準が充足できているかは大切なポイントです。この給与量は表−1のように牛の体重によって当然異なります。給与している飼料の養分量 は、市販の配合飼料では袋に明記してあり、粗飼料や濃厚飼料を自家配合する場合は、それぞれの養分量を日本飼養標準成分表等で知ることができます。この飼料給与のための飼料計算の方法は別 の技術誌にお任せしますが、自分の牛に給与している餌の給与水準を把握しておくことは牛を飼育する上では基本的なことです。給与している餌の種類と量が分かっていれば、自分で計算しなくても地域の技術員や県の技術員にお願いすれば計算してもらえます。

表−1 肉用牛成雌の維持に要する養分量

体重 乾物量 粗蛋白質 可消化
粗蛋白質
可消化
養分総量
カルシウム リン ビタミンA
B.W(Kg) D.M(Kg) CP(g) DCP(g) TDN(Kg) Ca(g) P(g) V.A(1,000IU)
450 6.06 486 231 2.96 14 15 19.1
500 6.56 523 248 3.21 15 16 21.2
550 7.05 558 263 3.44 17 18 23.3
600 7.52 593 278 3.68 18 20 25.4

(日本飼養標準,1995)

表−2 妊娠末期2ヵ月間に維持に加える養分量

粗蛋白質 可消化
粗蛋白質
可消化
養分総量
カルシウム リン
CP(g) DCP(g) TDN(Kg) Ca(g) P(g)
120 90 0.91 14 4

(日本飼養標準,1995)

表−3 授乳中に維持に加える養分量

粗蛋白質 可消化
粗蛋白質
可消化
養分総量
カルシウム リン
CP(g) DCP(g) TDN(Kg) Ca(g) P(g)
82 53 0.36 2.5 1.1

(日本飼養標準,1995)

 分娩時の管理と注意点

 飼養管理をじゅうぶんに行った牛が分娩で産まれてくる、また産まれた子牛を事故で死なせては元も子もありません。分娩時には牛の看視に手落ちがないようにしたいものです。草地に放牧している牛は分娩予定日の2週間前には収牧したほうがよいでしょう。そして、7日前には清潔な分娩房に入れます。産まれてくる子牛は母牛の初乳を飲まないと母牛が持っている病気に対する抵抗力(抗体)をもらうことができません。分娩房が汚れているとこの初乳を飲む前に子牛の体に下痢を起こす細菌などが先に入ってしまうため白痢に罹ったりして子牛を正常発育させることができなくなります。分娩が近づくと雌牛に変化が現れます。まず、乳房が腫脹し、外陰部が緩み粘調性のある粘液を排出します。分娩がさらに近くなると尾根部の両側が陥没し、3本の指が入るくらい広がり骨盤結合を広げます。乳頭は徐々に張り、子牛が何時産まれても哺育できるように準備をします。ただ、牛によっては分娩後乳頭が急に張ってくるのもたまに見られます。分娩日になると牛の挙動が不審になると同時に食欲が不振となり、尾を挙げて左右に振回します。陣痛が始まると痛さから自分のお腹を蹴るような仕種が見られます。陣痛間隔が5分位 になると第一次の破水があります。これは胎子を包んでいる尿膜が陣痛により子宮外へと押出され、これによって産道の拡張を行います。これは膣内で破裂することもあります。この後30〜40分間経過すると、羊膜に包まれた子牛の足が外陰部に見えてきます。これを足胞といいます。この羊膜が破れることを第2次破水といい、この液は粘調で胎子が子宮内での動きを容易にさせるとともに分娩時は産道を出やすくしています。この時に前肢の蹄底が尾部と逆の方向にあるかを確認し、その奥に鼻底部があれば正常な胎位 で娩出されていることが確認できます。たまに、後肢から娩出されている場合がありますが、この場合は逆に蹄底が尾側に向いています。この娩出の胎位 で蹄底がこれと逆の向きをしていたら、胎位を整復しなければ産道を通ることができません。この場合は獣医師にお願いする方が無難です。また、第2次破水後陣痛は強いがなかなか出てこない場合があります。この場合も獣医師にお願いするのが最善ですが、時には双子出産で同時に出ようとして出ることができなくなっている場合もあり、この場合は1頭を押し込んで1頭ごとに出してやります。

 分娩時間として昼間と夜間に生まれる割合を当場内の繁殖牛で調べてみると昼間49%、夜間51%とほぼ半々でした。2頭に1頭は夜間に分娩するわけですが、分娩日をあらかじめ知ることができれば管理がより省力化できます。分娩予定日の7日前より朝夕に牛の基礎体温を測定すれば分かります。表−4に示しましたように、朝体温が前日より降下しており夕方体温も前日より降下が見られた場合、その牛は夕方から翌朝にかけて分娩します。朝体温の変化がなく夕方から体温降下が観察され翌朝も体温降下が見られたときには翌日の昼間に分娩します。体温を測る場合には朝夕の測定時間を決めておくこと、直腸内に糞がある場合には低めに測定されることがあるので、体温降下を観察したときは、もう一度測り間違いないかを確認した方がよいでしょう。

基礎体温測定風景

表−4 体温測定による分娩時期の予測

 なお、体温降下が不規則になる牛は分娩時に難産を起こす場合が見られますのでお産時には注意しておきましょう。無事に娩出してもまれに羊膜が破れなく袋の中に入ったまま産まれることがまれにあります。すぐに袋を破ってやらなければなりません。胎子は分娩中または娩出後、これまで母牛から栄養をもらっていた血管(臍帯)が切れると呼吸を開始します。このため子牛の肺へ羊水が入り誤嚥による呼吸困難を起こして死亡することもあります。分娩時には思わぬ 事故が起こり、約1年かけて飼育した繁殖雌牛から子牛を得ることができないことがあります。子牛生産は繁殖経営の最も基本ですので、分娩に際してはじゅうぶんな配慮をしなければなりません。

 分娩後早期に受胎させるための管理

 1年1産を達成するためには、分娩後80日以内に受胎させなければなりません。そのためには分娩によって容積を増した雌牛の子宮を元の大きさに回復させるとともに発情を発現させなければなりません。この分娩後の繁殖機能を回復させるために重要なポイントは分娩前後の飼養管理にあります。分娩前後の飼料給与水準の適正管理(飼養標準の100%給与)と運動ができる環境で飼育することは、飼料給与の水準が少なすぎたり逆に多すぎたりした場合に比べて子宮形状の回復、初回排卵そして初回発情が最も早いことが分かっています。また双子分娩の場合には、分娩前後の飼料給与をやや多く(飼養標準の120%)給与することにより繁殖機能回復が早まることも分かっています。さらに哺乳回数が繁殖機能回復にも影響を及ぼします。自然哺育と2回/1日、1回/1日では哺乳回数が少ない方がより繁殖機能の回復が早まります。成熟した雌牛の発情周期(性周期ともいいます)は平均21日です。現在の肉用牛の発情行動は、昔に比べて弱くなっているといわれます。たしかに、私どもが若い頃に比べて激しく泣く(咆哮)牛などが少なくなりました。現在の肉用牛が役肉用牛として飼養されていたこと、また、当時と畜舎構造、給与飼料など飼養環境が異なっていることもその一因かと思います。牛の発情を繰返す発情周期は脳下垂体から分泌される性腺刺激ホルモンを中心に支配されており、多くの牛は昼間に比べ夕方〜朝にかけての時間帯に発情行動を現します。それ故、朝と夕方には特に注意深く発情兆候のチェックが大切です。発情はパドックや放牧場で飼育している牛の場合は乗駕行動による雄許容行為(スタンディング発情:外の牛から乗られても拒否しない状態)で発見しやすいのですが繋留式の場合は見逃す割合が高くなります。繋留された牛の発情を見分けるポイントは次のとおりです。(1)個体ごとの繁殖記録表を必ず持っておく。(2)普段に比べ飼料の食込みが悪い。(3)他の牛は横臥しているのに立っている。(4)隣の牛や人に後躯を擦り寄せる。(5)外陰部が腫脹している(緩んでシワが少なくなる)。(6)透明な粘液を漏出。(7)尻尾を扱っても嫌がらない。このようなポイントに注意しながら、餌を与える朝夕は牛の前からではなく必ず牛の後ろからも観察するようにしましょう。この中でも特に個体ごとの繁殖記録を作ることが重要なポイントです。受精卵移植の受胎率を調べた結果 では、繁殖記録が記帳され個体管理できている農家の受胎率が高いことということが種々の研究機関での調査で分かっています。農家が繁殖管理にどのような認識を持っているかが受胎率の高い農家と低い農家の分かれ目になると思われ、1年1産を行うためにはぜひとも繁殖記録は実施してもらいたいものです。発情時の人工授精適期については、既に多くの技術資料にありますので短く述べますと、発情持続時間は牛では15〜21時間といわれています。これは舎飼牛は放牧牛に比べ、低栄養牛は正常牛に比べ、また、冬期は夏期に比べて短いといわれています。発情の終了時間とは、前に述べた雄を許容していた牛がこれを嫌がる状況になった場合をいいます。そして、牛が排卵する時間は終了後7〜10時間といわれています。このことから、朝発情を発見した牛は夕方に、夕方発情を見つけた牛には翌日の朝に人工授精すると受胎しやすいことになります。発情時外陰部から漏出する粘液は、発情の時期や人工授精時期の目安となります。発情時間の終わりに近くなるとサラサラした粘液からやや粘調度を増してきます。さらに時間が経つと漏出した粘液が外陰部から垂れ下がり、途中で切れるとその先が玉になるような粘液が見られます。この時が人工授精を行う最適な時期といわれています。

スタンディング発情:乗駕されている牛が発情している

 適正な飼養管理を行えば、分娩後の初回発情は30〜40日までの間に見られます。しかし、栄養状態が悪い牛や逆に過肥の牛では初回発情が延びたり、また弱くて(微弱発情)見過ごしてしまいます。また、乳が多い牛は催乳ホルモンの分泌が発情を抑えるために遅れます。この場合は哺乳回数を減らすことで対処できるでしょう。また、離乳をするとすぐに発情が見られる牛もあり、早期離乳も早期に受胎させるためには効果的と思われます。しかし、50日を過ぎても発情がこない牛については早期に獣医師による検査を受けることが必要でしょう。牛の繁殖機能に異常があるか否かをはっきりしておかなければなりません。このような場合、卵巣機能が低下または停止し、いわゆる排卵障害を起こしていたり、微弱な発情後に黄体がそのまま残り発情周期が回らなくなる黄体遺残症を起こしていることもあります。要するに80日以内に受胎させないと1年1産はできません。牛のためにもできる限り早く対処し、分娩後早期に受胎させるように努めたいものです。

 繁殖牛の衛生管理

 最後に繁殖牛の衛生管理について考えてみましょう。繰返し子牛生産を行い、より長く供用するためには繁殖牛の衛生管理が必要です。前にも述べましたように、健康な牛の体重を維持するための適正な飼料の給与は衛生管理以前の基本的な管理です。繁殖牛の損耗防止のために内部、外部寄生虫の駆除があります。特に内部寄生虫の中で肝蛭症の駆虫また予防は必須で、年1〜2回の薬剤の投与をしなければなりません。この肝蛭症は、水田への農薬散布が少なくなった現在、中間宿主のヒメモノアラ貝が再び増えています。

肝蛭寄生した肝臓:真中の胆管内の黒っぽいのが肝蛭の虫体

 市場出荷した子牛のふん便検査でも罹患率が高い地域が見られます。これは母牛の罹患率も高まっていることが分かります。肝蛭症で死亡する牛はまれですが、肝機能の低下を招き、適正な飼料給与を行っても毛づやが悪くなり削痩していきます。また、肝機能の低下はホルモンバランスを壊すことから、繁殖障害を誘発する一因ともなります。その他、肺虫や線虫の駆除と外部寄生する疥癬ダニ駆除など双方に効果 のあるイベルメクチン薬剤(薬剤名:アイポメック)も市販されており、年1〜2回の薬剤投与は牛の損耗防止を図るうえで必要です。また、放牧を行う牛にはピロプラズマ病の衛生対策が必要です。現在、ピロプラズマ病を媒介するダニ(フタトゲチマダニ)の駆除に効果 のあるピレスロイド系殺虫剤(薬剤名:バイチコール)が市販され広く使用されており、ダニの寄生率の低下に相まって本症の発生割合が低下しており有効な手段です。次に繁殖雌牛としては、受胎した胎子を襲う種々の病原から守らなければなりません。そのために、流早死産や胎子の奇形を伴うウイルス疾患(アカバネ、アイノ、ロタウイルス)に対するワクチン投与は大切です。これらのウイルス疾患は毎年流行するものではありませんが、いつ流行するか予測が難しく、流行が分かった時点にワクチンを投与しても間に合いません。これらの多くはヌカ蚊がベクターとなることから蚊の発生前にワクチンを接種し抗体を作っておくことが必要です。これらの衛生対策の外に強健な体を長く持続するためは、運動そして日光浴に加えて削蹄による蹄の手入れは大切です。特に舎飼方式で繋留したままで繁殖牛を飼育している農家の牛は、運動しないため爪の伸長が早く、後肢の飛節は内側に向き、後肢と前肢が寄りあっているいわゆる中踏みの牛をよく見かけます。このような牛は肢蹄が弱いため、自身の体重増加を抑制するためか飼料の摂取量 が徐々に減って最後は削痩し、平均供用年齢より早く淘汰されることになります。舎飼方式で牛を飼う場合は運動と日光浴ができるパドックなどを確保して飼育しなければなりません。

 以上のように肉用繁殖雌牛を飼育する上で知っておきたい牛の生理と管理にふれましたが、要するにお金を稼いでくれる繁殖雌牛を健康な状況で飼育すること、そして、そのためには個体ごとの記録をしっかり取ることが重要なことと考えます。ここから1年1産が達成され繁殖牛の長期供用が可能となります。そして、受精卵移植などの新技術、低コストな牛舎の利用や放牧による省力管理等を組合わせ、高品質・低コスト生産を行うことでより安定した肉用繁殖経営ができるものと確信しています。

(筆者:大分県畜産試験場・肉用牛生産技術部長)