食を通してのメッセージ
「消費者へ」「未来へ」

−カントリーファームにしうら−

古御門  徹


この経営を一言で紹介するならば
 この経営を一言で紹介するならば消費者に喜んでもらえる食糧を供給するという仕事に自負を感じ、自ら責任を追い求めた結果、安全性を最優先する経営理念にたどり着いた養豚家であるということです。

 その経営のコンセプトは、「安全性の追求と安心の提供」であり、過疎化するふるさとを守り抜こうとする「郷土愛」です。


三重県の最南端の山奥で
 ここで紹介する「有限会社カントリーファームにしうら」(代表:西浦虎夫氏、61歳)は、県庁所在地の津市から車で3時間余りも南下した南牟婁郡(みなみむろぐん)御浜町(みはまちょう)というところにあります。

図−1 三重県御浜町の位置図

 御浜町は、吉野熊野国立公園の一部をなす風光明媚な町です。町の東端は熊野灘に面しています。小石が美しい海岸線をつくり松並木が続く七里御浜は「日本の渚百選」にも選ばれた海岸で、ウミガメも産卵に上がってきます。

カントリーファームにしうらのトレードマーク

 農業を主体とした町の産業の中にあって、かんきつ類が基幹作物として栽培され、「年中みかんのとれる町」をキャッチフレーズにしています。畜産では大規模な酪農経営もありますが、当熊野地域の養豚農家戸数はわずかに片手で数えられるのみとなってしまいました。

 西浦さんは海岸線からクネクネとした道を10kmほど奥に入った山間部で養豚を営んでいます。

 
経営者の西浦虎夫さん   畜舎全景

 今回は西浦さんが歩んできた「道」と「食」についての考え方を紹介します。


生まれ故郷に帰ってきました
 西浦さんは、若い頃、愛知県で養豚とは関係のない仕事についていたこともありましたが、仕事に疑問を持ったことや、体調を崩してしまったこともあり、生まれ故郷に帰ってきました。

 「仕事、何をしていけばいいのかなあ?」と、あたりを見回すと、「養豚」が身近にありました。昭和40年頃には、県内でも地域内でも養豚農家は多く、西浦さんも同じように近在の家畜市場で子豚を買い入れ肥育するといった肥育経営からスタートしました。

 はじめは、肥育豚100頭と水稲との複合経営でした。その後昭和50年には、山林を造成し確保した現在の用地へ畜舎を移転し、繁殖豚80頭の一貫経営に、54年には有限会社を設立しました。種雌豚頭数で100頭から150頭(56年)と順調に経営規模を拡大していきました。

表−1 施設等の所有・利用状況

種     類 構  造
資  材
形式能力
棟  数
面積数量
台  数
取  得 所 有

区 分

備 考

(利用状況等)

金額(円)

分娩・育成舎 鉄骨スノコ 648m2 昭51 26,490,870 個人
種豚舎 鉄骨スノコ 458m2 52 19,731,840
肉豚舎 鉄骨 499m2 54 8,162,390
肉豚舎・種豚舎 鉄骨スノコ 430m2 56 10,870,000
肉豚舎 踏込み式 1,525m2 63 22,489,700

飼料倉庫 昭57 4,979,100 個人
倉庫 鉄骨 54 8,350,000
事務所 簡易住宅 25m2 52 2,801,300
車庫 トタン葺 17m2 61 300,000
堆肥舎 63 15,850,000 共同 うち、半額補助
コンポ

 

ピットクリーナー 昭51 900,000 個人
高圧洗浄機 57 360,000
スクリューコンベア 59 1,200,000
豚衡器 63 2,000,000
ダンプ・ショベル 63 8,000,000 共同 うち、半額補助
コンピュータ 04 487,267 個人
トラック 平08 12,200,000

表−2 経営の実績・技術等の概要(平成10年の経営実績)

区       分 経営実績
労働力員数(畜産) 家 族(人) 3.25
雇 用(人) 2.18
種雌豚平均飼養頭数(頭) 230
年間肉豚出荷頭数(頭) 3,546
所 得 率(%) 19.9

種雌豚1頭当り年間平均分娩回数(回) 2.17
1腹当り子豚哺乳開始頭数(頭) 9.12
1腹当り子豚離乳頭数(頭) 8.03
子豚育成率(哺乳開始〜離乳)(%) 88.0
種雌豚1頭当り年間子豚出荷・保留頭数(頭) 16.3

種雌豚1頭当り年間肉豚出荷頭数(頭) 15.4
肉豚出荷時体重(kg) 116.5
トータル飼料要求率 3.79
枝肉1kg当り平均価格(円) 399
枝肉規格「上」以上適合率(%) 41.5
種雌豚1頭当り投下労働時間(時間) 52

 過疎化の進む山間部で若者がどんどん外へ出て行ってしまうのを目の当たりにしたのもこの頃でした。「この地で自分の理想とする養豚をやりぬくぞ!ふるさとを守るぞ!」と心に固く誓いました。


日本経済は高度成長期、作れば売れるぞ!?
 養豚の世界も品種改良やら大量生産やらで、作れば売れる時代でしたが、「オイオイ、人が口にするものをつくっているのに、豚は薬漬けじゃないのか?」と疑問を持っていました。養豚業を営むにあたり西浦さんが求めたものは、「薬に頼らない経営」でした。毎日毎日注射器を片手に農場を巡回するような経営に疑問を持った結果です。外部からの導入によって病気が農場へ持ちこまれることを防ぐために、自家産豚による閉鎖群の造成に取組み始めました。


閉鎖群による豚の飼育
 一般に閉鎖群と呼ばれるものの定義が当農場の定義に当てはまるのかどうかはわかりませんが、今から10年以上も前から閉鎖群による飼育を行ってきました。ここでの閉鎖群とは、「種」として閉鎖された範囲での飼育、また「空間」として閉鎖された飼育の両方を意味しています。

 まず、「種」としての閉鎖ですが、ここ13年間、外部からの種豚導入をほとんど行わず、自家産豚のみで、独自のラインを生産してきました。

 また、「空間」としての閉鎖という意味では、当地は先にも紹介したような山間地域に位置し、周囲から疾病の感染、伝播などは考えられない環境にあります。

 これらのことから、国の指定ワクチンは使用するものの、それ以外の投薬はほとんど行わず、通常の5分の1程度の量の投薬しかしていません。また、乳酸菌等の有効な微生物を利用して、豚を体の中から健康にし、すくすく育つ豚作りを行っています。そして、10年以上の歳月をかけて抗生物質に頼らずとも病気に強い群を造成することに成功しました。

 こういった飼い方は、残念ながら直接儲けにはつながっていません。この飼い方は西浦さんの中で「納得できる飼い方である。」という精神的な部分が大きなウエイトを占めています。

 ここで西浦さんの言葉をお借りします。「生産性は低い。しかし、100年単位でものを考える場合に、このような手法が笑って踏みにじられるものならば、人類の将来に陰を落とすことになるかもしれない。」


飼料の購入は自分の手で
 当養豚場は、肉豚出荷、飼料調達の場である名古屋まで車で約5時間強の距離にあります。出荷は自らトラックを走らせ、名古屋に向かいます。その帰りに名古屋港にある飼料工場から原材料別に直接に仕入れ、農場内の飼料倉庫で配合しています。

 自ら吟味した原材料を購入することが、納得のいく豚を生産するための手段だと考えているからです。

 名古屋で仕入れるということは、名古屋市場への肉豚出荷の帰り荷として積みあわせることができるため、輸送費が最低に押さえられるということであり、一石二鳥のしくみとなっています。ただし、原料は吟味された上質のものを使用しているため、他の農場と比べてコストが安い訳ではなく、むしろ高めであるようです。敢えてこういった購入方法を採用しているということは、原料にもこだわっているということです。


後継者ができました!
 後継者である息子さんは、昭和58年に高校を卒業しました。進学も考えたそうですが、やや予定とちがって、専門学校でコンピュータ関係の勉強をすることになりました。

 「さて、就職!」ということになったのですが、養豚に生きがいを感じるオヤジの姿を見て「俺、養豚やる!」の一言。

 「やめとけ!」というオヤジの声も息子さんの固い決心に動かされ、いつの間にか「そんなら、外で勉強して来い。」に変わりました。渡米しアメリカ式養豚を学び、60年に就農した後もデンマークやイギリスの先進農家へ視察に出かけました。

 県の事業を利用し、堆肥化施設の整備も図られ、母豚260頭の現在の形が整ったのは平成3年のことでした。


紀州みかんはおいしいよ
 土づくりにも気を配っているということは、次のような後継者の言葉からもうかがえます。「アメリカでは毎年砂漠が広がっているという話をテレビで見た。その時、考えたのだが、アメリカの土地が砂漠に変わっているとすれば、それはなぜだろうか?アメリカの農業は土地に負担をかけ、それを作物に変え輸出する農業だ。いわば日本にわたってきた穀物はアメリカの土なのだと言い換えてもいいのではないか。」

 こんなことから地元の耕種農家(その多くはかんきつ関係農家)へ堆肥の供給をしています。

図−2 ふん尿処理と堆肥流通のフロー

 処理の形態は、スクレーパー、ショベル等でふん尿を豚舎から搬出し、若干のオガクズと半年ほど寝かした戻し堆肥を添加し、サークルコンポで約1ヵ月をかけて発酵処理をしています。オガクズについては、近在の製材所等から、無償で入手しています。

サークルコンポでの発酵処理

 町内への供給は運賃のみとし、堆肥そのものは無償です。名産紀州みかんの味は、西浦さんが育んだ味でもあるのです。町外への供給も距離に応じての運賃のみとなっています。


ダイレクトなご意見をお待ちしています
 カントリーファームにしうらでは、インターネット上にホームページを開設しています。

 技術的な面より親しみやすさを前面に出したものにしたいと考えています。

 これは、「スーパー等で並んでいるものすべてに生産者がいるんだよ。」ということを主張できる場であると考えているからです。

 かつて生産者は生産性を向上させ、その技術を切磋琢磨する事が真理であり唯一無二の自己表現でした。当然、その技術を評価するのは市場であり、販売効率の良いもの、もしくは良いと市場に判断されるものを目指してきました。

 しかし、食べ物を生産する人であれば、誰でも一度は自分の作ったものを誰がどのように食べてくれたのか、おいしかったのか、まずかったのかなどを知りたいと考えたことがあるはずです。

 ネット上で販売することのメリットは、消費者にダイレクトに結びつくことによりその評価を自分で確かめられることにあります。誰でも社会に貢献したい、すると言うことが一つの喜びであるはずだからです。

 当農場がWeb上で行っている販売は、まだ月に数頭の小規模なもので、経営へのメリットはほとんど無いと言ってよい程度のものです。しかし、ストレートに入ってくる自家産への評判・批評に新鮮な気分で耳を傾け、今後の経営のあり方について考える際の糧にしています。

 「無意に薬を使用していない。」「なぜ使用しないのか。」「閉鎖群で飼養している。」「なぜ閉鎖群で飼養しているのか。」「餌にこだわっている。」「なぜ餌にこだわるのか。」など、一般の市場では見過ごされてしまう可能性のある事柄でも、消費者によって評価されたり、意見をいただいたりすることができます。

 こういったことにより、常に確かな手応えを感じながら生産に励むことができるというのは、大きなメリットであろうと感じています。

 参考にホームページアドレスを掲載しておきます。

http://www.cypress.ne.jp/country/index.html

 中央畜産会発行「Welcome to ちくさんワールド」でも紹介されています。


親子共々信望は厚い
 西浦さんは県の養豚発展にもその功績は大きく、長年にわたり県の養豚団体の要職として会員から厚い信頼を得て、県全体の養豚の繁栄に努力してきました。

 当経営が行われている地域は、いわゆる過疎化の進む地域ですが、地域の活性化ということを常に心において畜産業を営んでいます。忙しい仕事の合間をぬってお年寄りのアッシー君になることもしばしばだそうです。

 息子さんは、地域の小学校、中学校に招かれ、農業のあり方や畜産を通しての食糧生産の意義や自立して経営に当たる抱負を講演したり、地域の活性化を推進するためにコンピュータの可能性を教授し、新しい地域産業の振興のために努力しています。

 中古部品を集めてきて子供たちと一緒に何台かのコンピュータを組み立てたこともありました。「コンピュータって自分で作れるの?!」と子供たちは目を輝かせています。

 コンピュータを使って新たな産業をこの地域に育成し、地理的に不利な条件を克服し、ふるさとわが町に若者が残ってくれたらと考えています。

 経営主に勝るとも劣らない郷土愛の持ち主である後継者であり、幅広い年齢、人脈からの支持が感じ取れます。


気取らない締めくくりの一言二言
 「安全で安心な食糧を供給するために経営を続ける。」

 長い年月をかけて築きあげてきた自家産豚は、病気知らずで安全な食糧供給という西浦さんの考えを実現できる重要な役割を果たすに至りました。経営開始当初からの目標である安全性の追求は今後も当然の如く追い求めるところです。

 飼料の給与についても、よりおいしい肉を消費者に届けるため、原料の厳選を続けていきます。現在、この取組みのために魚粉を含まない飼料給与を始めています。魚粉の給与を中止することで、肉の臭みはなくなり、また、畜舎の臭いにも変化が表れてきているようです。

授乳風景

 「いわゆる儲けるための経営にはしない。」ということです。

 分娩回数、分娩頭数をはじめとして現在の生産技術数値は、決して高い成績ではありません。閉鎖群による飼育形態が弊害をもたらしていることは、経営主・後継者共に認識しているところです。これを簡単に解決しようとすれば、外部からの種豚導入を実施し、薬を使用すればよいのですが、あえてこの方法は取りません。

 西浦さんは、自身のことを「経営能力は劣っていないものの、経営の才能はないのかもしれない」と分析しています。

 儲けるだけの経営にはしたくないのです。良い肉、喜んでもらえる肉を作るために、利益はほどほどに保てれば良いと考えています。

 「地域に密着した経営でありたい。」

 郷里に対する想いは経営を開始した頃と現在も変わりません。また、後継者の地域活性化のために長期的な視野を持ち、ボランティアとして献身努力する姿勢は、確固たる信念にもとづいています。過疎地に新しい芽を育てあげていこうという意欲が感じられます。

放牧された豚「岩清水豚」

(報告者:(社)三重県畜産会・畜産コンサルタント)