養豚経営─生き残るための手がかり(1)─

 

塩 原 広 之

 20年後、きっと私が自分の来た道を振り返っている頃であろうその頃、「日本の養豚」はどのようになっているのでしょうか。見通しのつきにくい現在の流れの中から目を凝らして見る未来の日本の養豚は、灰色の雲に覆われていると言えるのかもしれません。高収益を求めて日本市場を目指す多くの豚肉生産国、環境対策費を始めとするさまざまなコスト上昇要因、後継者に魅力を感じさせなくなっているほどに低下した収益性、日本の養豚が抱えているマイナス要因は数えあげればきりがありません。しかし、われわれの子供たちに安心して食べてもらえる豚肉を提供するためには、見通しのつきにくい今こそが、日本の養豚の進むべき道がどこにあるのかを真剣に考えなければならない時であると思います。

 今回から5回にわたり、「養豚経営−生き残るための手がかり−」と題して、現在の養豚経営が抱えている課題やその解決方策などを、筆者が関わった仕事を基にして考えてみます。豚肉産業全体を捉えて考えているわけではありませんから、見方がやや一面的であるとも思いますが、今後の進むべき方向をつかむ一助にしていただければ幸いです。

 1. 経営診断から見た養豚経営技術の問題点

(1) 経営分析から見た最近の養豚経営

 最近の経営分析に見られる特徴的な点をいくつかあげて、養豚経営技術の問題点を整理してみましょう。

 第一に、これはあたり前のことですが、「外部の要因で決定される飼料価格がコストに大きな影響を与える」ということです。養豚一貫経営ではコストの半分は飼料費であり(図−1)、また飼料原料のほとんどを海外に依存しているわが国の現状では、収益性が原料相場や国際政治の動向に大きな影響を受けることは言うまでもありません。幸い最近の飼料価格は全般には安価に推移していますが、個々の経営を見ていくと飼料の仕入れ価格には規模の大小や取引条件によって違いがあり、そのことが収益性に影響していることは否定できないところで、トータルのコストをじゅうぶん検討しながら、より有利な取引条件を求めていくことは非常に重要なことです。

図−1 豚枝肉1kg当り生産原価の年度別推移

 第2として、「繁殖成績の飛躍的な向上は見込めない」ということです。コストダウンの方策として生産段階でまず考えられるのが生産性の向上です。コストダウンは繁殖成績と肥育成績の両輪が機能していかなければなりませんが、個別に見ればまだまだ向上の余地はあるものの、平均的に見ると繁殖成績の飛躍的な向上は困難になってきているものと考えられます(図−2)。中央畜産会が調査した「先進的畜産経営の動向」によれば、種雌豚1頭当りの年間離乳子豚数は、ここ5年間の比較では増加してはいるもののわずかな上昇にとどまっています。最近の経営分析の結果でも、種雌豚1頭当りの肉豚出荷頭数はここ10年間は横ばい傾向が続いています(図−3)。現在程度の枝肉価格を前提にした場合、種雌豚1頭当りの肉豚出荷頭数が1頭増加した時の所得の増加は、枝肉販売単価10円の上昇と同程度であることから考えると、困難になりつつある繁殖成績の向上よりも、肥育部門の充実により高品質な豚肉を生産し、いかに高く販売するかを主眼においた経営戦略が近年の傾向となってきていることもうなずけますし、銘柄豚肉の生産へのシフトもこの延長線上にあるものと言えるでしょう。

図−2 繁殖成績の年度別推移

図−3 生産分析値の年度別推移

 また、後の項で詳しく述べますが、コスト低減という点から見ても、肥育部門には今以上の重点的な対策をとっていく必要があります。そのために生産の各段階におけるデータの把握が欠かせないものとなりますが、生産者のデータ把握の現状を見ると大いに問題があると言わざるを得ません。出荷日齢がはっきりとわかる経営はわずかですし、肥育部門の成績表である枝肉データを取りまとめている経営は1割にも満たないのが現状です。これはひとつには、肥育部門のデータが取りにくいこと、また有用なデータは多くあるものの、多くあるがゆえにそれを整理して生かしにくいこと、などによるものと考えられます。しかし輸入豚肉と対抗していくには、日本の他の産業で行われてきたようなきめ細かな工程管理を生産段階から行い、コスト低減のネックはどこにあるのか、豚肉の品質を高めていくには何が必要かをきちんとつかんでいかなければなりません。そのために肥育部門のデータを把握し生かしていく仕組みを、低コストで作っていく必要があると思います。これに関連した問題については後述します。

 第3は、「家畜の排せつ物の管理の適正化 及び利用の促進に関する法律」等の法律の施行に見られるように、「養豚経営を継続していくためにはふん尿処理への適切な対応が不可欠である」ということです。収益性の低下を想定した飼養頭数規模の拡大指向、混住化の進展などから、ふん尿処理に関わる問題は年々増加しており、ふん尿処理施設の整備が養豚経営の基本となりつつあります。残念ながら本会が実施している経営診断では、ふん尿処理だけを取出してそれと経営評価を結付けられた経営はわずかでした。その理由の一つには、ふん尿処理費用だけを分離することの技術的困難性があげられますが、今後の重要な課題であると言えます。しかしモデル経営における試算では、ふん尿処理に要するコストは総コストの10%以上を占めるとされており(後述)、ふん尿処理コストの低減を図っていくことは今後の経営存続の条件である、といっても過言ではないでしょう。

 第4に、「慢性疾病の常在化等により診療医薬品費の大幅な減少は見込めない」と言うことです。疾病による経済的損失を防ぐためにワクチンの果たす役割は大きいことは言うまでもありませんが、ワクチン接種の経済的負担も大きくなっていることから考えると、長いスパンで考えた場合、豚コレラワクチンの接種中止に見られるように、疾病の撲滅に力を注いでいくことこそがコスト低減に重要であろうと考えられます。また一方、収益性の低下傾向を背景にした種雌豚の増頭意欲の高まりにより、結果として肥育豚の密飼い傾向がさらに強まったことが診療医薬品費の減少をしにくくしている面も見受けられます。所得の向上を目指して実施したことが結果として所得圧迫要因にならないよう、慎重な経営計画の立案が求められます。

 豚肉の銘柄化についても同様なことが言えます。いわゆる銘柄化された豚の生産頭数はいまや全国の豚生産頭数の2割を越えるものと推計されますが、銘柄化のコスト評価がきちんとされたうえで生産されている例はあまりないような気がします。たぶんに情緒的な雰囲気の中で進められているのではないでしょうか。銘柄化の方法は、モト豚、飼料、微量栄養素添加、取引条件など千差万別であり、また、たとえコストが多少かかっても、安定的な取引先の確保という面から考えると長期的なメリットは大きいとも言えます。しかし、最終的に生産者の収益向上にどれだけ寄与ができるのかが生産者の側からの最も重要な視点であるはずで、収益向上の評価と、そのために生産段階で負担しなければならない経費の評価をきちんとしていく必要があります。経営診断を実施した経営のなかで銘柄化を積極的に進めている事例がいくつかありましたが、銘柄化が収益性の向上に結びついているとはっきり言えないものがほとんどでした。中には高い取引価格を求めて豚の品種の面から銘柄化を進めた例もありましたが、飼育期間が延長したことにより肥育段階の密飼いを招き、他の豚の品質悪化や経費の増大で収益が圧迫される結果となったものもありました。銘柄化のためには、質、量ともに安定的な生産が求められ、また確実な売先を確保していくための努力が必要となりますし、そのなかで有利な販売をしていかなければならないわけですから、周到な準備と銘柄化のためのコスト評価を怠ってはなりません。

(2)何を改善するか−枝肉格付分析に見る問題点

 均一な、おいしい、消費者をひきつける豚肉を生産することは、輸入豚肉に対抗する、あるいは地域間の競争に勝ち残っていくための重要なポイントとなると思いますし、またそれは生産者として目標とするところなのかもしれません。そのために、いわゆる「銘柄豚肉」の生産過程では、前述のように、安定的な品質を確保するよう育種された繁殖豚や特定の飼料原料を用い、すぐれた飼育環境を用意していますが、ややもすればそのことによるコストの上昇が販売の有利性を相殺している例もあるように思えます。しかしより問題視すべきことは、モト豚や給与する飼料の内容ばかりに目が行って、肝心の基本的な品質管理の視点が欠けているものが数多くあるのではないか、ということです。コストの低減余地が次第に狭められていく中で、今後の養豚経営においては、生き残るための努力を今まで気がつかなかった、あるいはできにくかった部分にまで広げていかなければなりません。その点から言えば、現在の日本の養豚生産技術で欠けているものは、品質管理のための肥育段階での成績把握であり、出荷豚の成績把握ではないでしょうか。一般の製造業であれば品質管理のための部署を設けているのが普通です。豚肉生産の分野でも品質をどのように管理していくかを議論していくべき時期に来ています。生産部門一つを見ても、肥育段階での成績と肉質との関連、衛生環境と肉質の問題など、古くて新しい課題がたくさんありますし、そのために何をしていかなければならないかを、より具体的に考えていかなければならない時期に来ていると思います。

 筆者は、生産段階でできる豚肉品質管理の手段として、社団法人日本食肉格付協会が発行している豚枝肉格付明細書(以下、格付明細書)の積極的な活用が有効であると考えています。しかし、格付明細書は安定した評価が得られる唯一の活用可能な出荷情報と言えますが、現在の仕組みでは生産者がこれを活用しようとする場合、多くの困難が伴います。その理由の一つはデータ量が多いことです。データが出荷ごとに提供されることは重要なことですが、個々のデータを見ただけでは情報としてはじゅうぶんな活用ができないのがこの格付明細書のデータです。蓄積されたデータから有用な情報を引出すことこそが求められていることであるのに、それが生産段階ではできにくいことに問題があります。データを提供する側、受取る側それぞれが考えていかなければならない課題です。筆者は、豚枝肉格付明細書の取りまとめを行い、生きた情報として枝肉格付明細書を活用することを生産者にすすめています。

(1)どのような情報が得られるか

 現在の格付明細書から得られる情報は、個体の問題点の指摘と言うよりも、農場全体の傾向を見るための活用が主眼になります。ですからデータの蓄積がある程度行われた段階ではじめて活用ができるようになります。データの蓄積が進んでくれば、月単位の分析や四半期ごとの分析が可能となるでしょう。農業全般がそうですが、得られるデータは時間の経過の結果として得られるものであり、改善効果が即効的に現れるものではありません。しかし、改善の手がかりをつかむためにはそれが最も効率的で近道であると思います。こつこつとデータを積み上げていくことが最も重要なことではないでしょうか。

 では、格付明細書からどのような情報が得られるのかを考えてみましょう。

 最初に注目するのは出荷された日付です。繁殖の季節的な変動を受けて出荷頭数も季節により変動しますし、出荷される豚の質も変わってきます。気候による肉質への影響も大きいものと考えられます。また自然現象の影響を受けるだけではなく、たとえば借入金の返済月が近いためまとまった金を用意しておく必要がある、高豚価の時期にできるだけたくさんの豚を出荷して利益を確保したい、などの人為的な影響を受けることも多くあります。これらのことから少なくとも月単位のデータの動きをつかんでおく必要があります。

 次に、枝肉重量と背脂肪厚です。このデータは個体ごとに数値で表わされるものであり、客観的なものさしとしてじゅうぶん活用する価値があります。特に個体ごとのデータやその平均値とともに、蓄積されたデータのばらつきが大変重要です。これらの数値から出荷方法や生産における問題点まである程度つかめます。また枝肉重量や背脂肪厚を範囲分けして集計してみると、より問題解決の手がかりが得やすくなります。さらに、現在の格付方法では格付ごとに重量範囲と背脂肪厚範囲が決められていますから、数値の上から上物以上に格付されなかった理由がわかります。

 次は中、並、等外に格付された理由です。これについては、重量と背脂肪厚のほかに体型要因、脂肪の付着状態に関するもの、肉の色やしまり、脂肪の質やしまりなど、全部で11種類(平成11年9月から一部の表記方法について変更された)の理由があげられています。これらの情報は数値として表されているわけではないものの、比較的安定したデータとして評価できると思います。枝肉重量や背脂肪厚、性別などのデータと組合わせて使うことで、非常に有用な情報が得られます。

 最後に性別の情報です。これも他のデータとあわせて使いますが、農場ごとに性別と背脂肪厚、格落ち原因の関係にそれぞれ特徴があり、農場の豚飼養環境を考える上で重要な情報です。

(2)格付明細書から読取る共通の問題点

 多くの格付明細書から見られる共通の問題点は、枝肉重量、次いで付着脂肪の量に関する問題です。もちろん体型や肉質についても経営によっては大きな問題となることもありますが、ほとんどは性別と枝肉重量、背脂肪厚およびそれらに関連した格落ち原因に着目すればよいものと考えられます。そしてその結果に至った原因は何なのかを、周辺の情報や飼養管理の情報から追及していけばよいのです。筆者が格付明細書の取りまとめにかかわっている約百戸の生産者のほとんどについては、これらの点に着目すればその経営における品質管理の問題点の多くを指摘できると思います。図−4に、あるグループの昨年1年間の格付明細書集計結果を示しましたが、重量と脂肪の量的な問題で格落ちとなっているものは格落ち全体の6割に及んでいます。要は、枝肉の品質管理の基本は出荷体重の管理であり、背脂肪の厚さに関連する性別管理であると言うことではないでしょうか。これは生産現場においては当然行っていくべき義務的性質のものであると思います。

図−4 豚枝肉格落ち原因の内訳

(3)枝肉格付情報の今後の方向

 格付明細書は入手しにくい肥育部門、出荷部門における有用なデータとしてじゅうぶん利用する価値があります。品質管理という点から考えれば、これを利用しない手はありません。さまざまな工夫を凝らしてぜひうまく活用していただきたいと思います。しかし筆者は、現在の枝肉格付情報のあり方には問題点もいくつかある、と思っています。

 第一に、生産段階に有用な情報として認識されていないことです。確かにデータとしては流れていますが、使えるデータあるいは使える情報として流れているとは言えないのではないでしょうか。情報とは本来それを得てメリットのある側が積極的に取りに行くものです。自ら積極的にデータを情報化してそれを経営に生かす姿勢を持たなければなりません。しかし残念ながら、格付明細書の生データをうまく利用できるような生産者はわずかです。データから情報を読取ることができなければデータは生きてきません。流しっぱなしにしたデータは何の意味も持たず、逆にデータ不要論が台頭してきます。情報の受け手 の意識向上とともに、情報の送り手としての責任もまた問われています。これはさらに言えば、産業としての情報インフラの整備が遅れていると言うことなのかもしれません。

 第二の問題は、個々のデータをもとに判断できる情報が少ないことです。直接的には、格付から具体的に生産物に何を求めているのかがじゅうぶんに伝わってこない、と言うことです。枝肉重量と背脂肪の厚さは数値として活用が可能ですが、その他については数値化されていません。このような中で、何を目標に、あるいはどの程度の量を改善すべきなのか、品質管理の上から知らなければならない事項がはっきりとわかりません。より客観的、具体的なかたちで品質管理に寄与できるような評価が求められます。デンマークのように肉率を電気的に測定することもひとつの方法でしょうし、いくつかの国で研究されている画像解析技術を用いた評価方法なども将来の方向として考えられるのではないでしょうか。いずれにしても、具体的に、どこが問題なのかを的確に表現したデータこそが求められています。

 第三に、入手可能なデータはありますが、それぞれのデータが単独で歩いていて、総合的な情報として活用ができにくいことです。より具体的に言えば、格付と販売価格のあいだにデータのつながりがないと言うことです。格付と枝肉の販売価格とはまったく別のもので、格付はあくまでも枝肉を評価するためのものさしでしかない、とする論理にはやや無理があります。確かに平均的には格付「上」と格付「中」には販売価格差があります。しかし、格付間のオーバーラップが大きいことも事実です。これでは、自分の生産した枝肉が高く売れなかった原因を知る、市場性の高い豚肉を生産するための基準を知る、という格付が持っている本来の意味が十分に実現されないのではないでしょうか。このことは枝肉価格の決定方法とも深くかかわってくる問題ですし、容易に解決できる問題ではありませんが、枝肉の客観的な基準をベースにした価格の決定方法をどのように見つけていくかは、今後の養豚を考えていくための重要なポイントになると思います。

(つづく)

(筆者:(社)群馬県畜産協会・総括畜産コンサルタント)