足寄町放牧酪農研究会の取組み

 

須 藤 純 一


はじめに
 北海道酪農は規模拡大と個体乳量の増大に向けたたゆまない努力の結果、一定の成果を実現してきました。しかし、一方では家族労働の過重や乳牛疾病の多発、家畜ふん尿による環境負荷の増大、あるいは流出による河川の汚染などの問題が顕在化してきています。これらの結果、売上高は増大したが投入費用も大きくなり、思うような収益が確保できないといった状況も発生しています。また、販売乳価の低迷や将来は低下も予測されるなど不安材料も多くあります。

 このような情勢を踏まえて足寄町の酪農家有志が集まり、現状の酪農経営の反省から、新たな展開を図るため3年前(平成8年)に放牧酪農研究会を発足させました。同研究会では、放牧飼養に関する各種の研修を行いながら、補助事業を利用して集約放牧に向けた体制整備に努めてきました。同時に、経営診断も実施しながら経営改善に果敢に取組んだ結果、集約放牧導入後短期間で著しく生産コストの低減が実現できるたこと、加えて経営改善が大きく進展しましたので、このグループの取組みの内容と改善成果を紹介したいと思います。


1. 取組み内容とその経緯
 十勝の北東部地域に位置する足寄町の開拓農家の有志7戸(夫婦で14名)で放牧酪農研究会を組織し、現状経営の問題点を総括すると同時に、地域に合う放牧方式の探求とそのための各種の研修に果敢に取組みました。各関係機関の協力をいただきながら1年目は各種の放牧技術の研修に努めました。

 翌平成9年には、集約放牧の基盤整備に向けた補助事業を導入し、主として牧道と電気牧柵や給水施設の整備を行い、集約放牧へと経営転換を図りました。この間も引続き各種の実践的な放牧技術習得とその研鑽に努めました。この研究会の大きな特徴は、各種の研修や会合に参加する場合は夫婦同伴を基本にして行っていることで、家族の放牧飼養技術習得、各農家の夫婦間の相互交流により、夫婦が一丸となって転換に取組むことができました。また、この経営転換は生産技術の習得のみではなく同時に並行して経営診断を行い、集約放牧導入の飼養技術転換前と、その後の技術改善の経過や効果を総合的に経営レベルで把握・確認し、逐次チェックを行いながら進めてきたのです。この間には会員同士や夫婦間の激しいやり取りも多く行われました。

 これらの総合的経営改善の結果、集約放牧導入後2年目で、ほとんどの会員が大きな成果を得て、会員間格差はあるものの著しい向上がもたらされました。研究会メンバーの経営概要とその取組みの経緯は表−1〜3のとおりです。各会員の年代は40代後半から50代の前半のほぼ同世代であり、酪農経営や家族などに多くの問題や悩みを共有できる年代でした。しかし、酪農経営の生産スタイルは各人各様でしたが、それらを厳しく、かつ前向きに総括し新しい酪農経営を構築するために、年齢的にも後には引けず、まさしく不退転の決意で臨んだのです。

表−1 農家の経営概況('98年)
農家No. 1 2 3 4 5 6 7
経営主年齢 49 48 49 50 51 45 57
家 族 5 6 5 4 6 5 6
労働力 2.1 2.3 2 2 2 2 2
経営面積 ha 77.5 53 64.6 39.5 72 43 28.9
うち借地 ha 20 19 24.6 14 12 5 15.5
飼養頭数 84 80 101 80 87 75 65
うち経産牛 54 41 70 45 51 41 31
販売乳量 t 432.7 239.8 582.1 342.7 351.3 314.8 205.5

表−2 放牧導入にともなう投資内容
農家No. 1 2 3 4 5 6 7
放牧地造成   3.5ha       4.1ha  
 〃 整備   7.5ha 10ha 1.5ha   1ha 9ha
牧道整備 890m 210m     400m 385m 342m
牧柵整備 6.6km 1.66km   3.7km 1.0km 3.6km 2.3km
給水施設 1.2km     300m 480m   1.1km

表−3 研究会メンバーの集約放牧の取組みと経緯
農家No. 年 次 取組みの内容
1 '91年まで
'94年まで
'95年から
'96年から
'97年から
舎飼中心の飼養方式、サイレージ用トウモロコシの栽培、通年サイレージ給与
放牧開始、時間放牧(半日)
昼夜放牧の開始
放牧地の整備と拡大を行い放牧主体経営に移行
牧道、牧柵整備により集約放牧の開始
2 '92年まで
'95年まで
'97年から
 
傾斜地の放牧地で昼間放牧、サイレージ用トウモロコシの栽培
1番草採草後に放牧利用する兼用地の拡大
牧道、牧柵整備により集約放牧の開始、トウモロコシ栽培中止
昼夜放牧開始、平坦地と傾斜地とを交互に放牧利用
3 '97年まで
 
'98年から
 
昼間放牧、採草・放牧兼用地の拡大、自己資金により牧柵の整備
グラスサイレージ主体の飼養
昼夜放牧の開始(試行数回)、放牧地22ha、兼用地10haに拡大
搾乳牛頭数規模の拡大、育成牛頭数の削減
4 '95年まで
 
'96年から
'97年から
昼間放牧(午後半日)、傾斜地の採草・放牧兼用利用
グラスサイレージ主体の飼養
昼夜放牧の開始
牧道、牧柵整備により集約放牧の開始、借地増加により自給飼料生産基盤の拡大
5 '95年から
'97年まで
'98年から
昼夜放牧開始
昼間放牧、大牧区利用、グラスサイレージ主体給与
牧道、牧柵により集約放牧の開始、および昼夜放牧の開始
6 '95年まで
 
'98年から
昼間時間放牧(午前中)、グラスサイレージ主体給与
購入飼料依存型経営
牧道、牧柵整備により集約放牧の開始、昼夜放牧の開始
7 '96年まで
 
'97年から
 
昼間時間放牧(午前中4〜5時間)、グラスサイレージ主体給与
サイレージ用トウモロコシの栽培
牧道、牧柵整備により集約放牧の開始、昼夜放牧の開始
兼用利用地の拡大


2. 取組みの成果

 集約放牧導入前と導入後2年目の経営内容と生産技術の変化は表−4、5のとおりです。その成果を次に紹介します。

表−4 経営成果の年次比較
農家No. 1 2 3 4 5 6 7
年次 '96 '98 '96 '98 '96 '98 '96 '98 '96 '98 '96 '98 '96 '98
酪農部門所得
所得率
経産牛1頭所得
千円

千円
8,867
23.4
175
14,388
36.1
266
8,204
37.5
198
10,116
45.8
249
15,393
37.3
249
14,567
29.4
200
6,258
26.8
166
8,444
29.0
187
5,846
20.3
121
10,558
29.6
205
12,117
35.6
291
11,728
41.3
292
7,247
31.9
232
6,280
32.4
205
生産原価
利息算入原価
総原価
円/kg

65.7
71.3
79.8
53.4
58.1
66.9
62.0
62.1
72.1
47.5
47.5
57.1
53.3
53.9
62.0
55.8
56.0
64.4
64.2
70.6
80.5
61.3
66.1
73.6
70.2
77.3
87.8
50.5
64.8
77.3
62.4
63.3
72.8
65.0
65.5
75.1
73.6
73.7
83.6
73.8
74.1
86.1
生乳販売価格
自給TDN原価
円/kg
円/kg
75.2
40.7
76.1
24.4
73.0
41.1
74.8
21.9
74.9
37.5
74.3
37.3
73.4
53.3
72.9
27.8
74.2
37.8
74.3
28.5
76.7
48.8
75.4
42.8
76.5
39.2
74.4
42.8
経産牛1頭当り
   生産費
   購入飼料
乳牛減価償却費

千円
千円
千円

707
188
52

585
134
49

533
98
55

437
66
54

536
162
52

527
129
44

706
151
45

592
160
52

612
160
51

559
129
44

689
169
43

669
111
43

742
154
55

671
97
55
変動比率 52.2 37.1 53.3 38.2 51.4 48.2 67.8 45.2 55.6 44.5 43.7 48.4 56.8 54.1

表−5 規模・生産技術の年次比較
農家No. 1 2 3 4 5 6 7
年 次 '96 '98 '96 '98 '96 '98 '96 '98 '96 '98 '96 '98 '96 '98
生乳生産量
経産牛頭数
自給飼料面積
t

ha
420.6
50.6
77.5
432.7
54.0
77.5
228.7
41.5
49.5
239.8
40.6
53.0
478.8
61.9
64.6
582.1
73.0
64.6
255.6
37.6
33.0
342.7
45.2
39.5
299.6
48.4
72.0
351.3
51.4
72.0
349.3
41.7
35.0
314.8
40.2
43.0
231.3
31.3
28.9
205.5
30.6
28.9
経産牛1頭乳量
乳脂率
無脂乳固形分
kg

8,313
3.81
8.71
8,027
4.04
8.74
5,512
3.82
8.42
5,916
3.89
8.58
7,500
3.89
8.60
7,984
3.96
8.61
6,797
3.74
8.63
7,584
3.71
8.78
6,189
3.84
8.57
6,901
3.87
8.62
8,378
3.92
8.65
7,841
3.93
8.55
7,391
3.96
8.67
6,714
3.83
8.66
経産牛濃飼給与量
乳飼比 経産牛
    全 体
kg/頭

2,501
27.6
30.1
1,685
20.0
22.0
1,084
21.2
24.4
943
13.5
14.9
2,010
26.1
28.0
1,860
20.3
21.7
2,234
28.3
30.2
2,057
24.7
28.9
1,891
31.4
35.9
1,735
22.5
25.4
2,436
23.3
26.3
1,721
16.0
18.7
2,147
25.4
27.3
1,155
17.4
19.5
飼料効果
TDN自給率
成牛換算1頭面積


ha
3.3
46.6
1.04
4.8
64.0
0.92
5.1
61.0
0.78
6.3
75.2
0.84
3.8
48.9
0.80
4.3
62.9
0.73
3.0
60.7
0.55
3.7
57.7
0.62
3.3
64.2
0.99
4.0
63.0
1.04
3.4
58.2
0.55
4.6
72.9
0.72
3.4
53.1
0.58
5.8
71.7
0.56

(1)経営成果の年次比較

 酪農部門で明らかに所得が増加した農家は4戸、横這いが2戸、若干の減が1戸です。所得率では増加が6戸、減少は当期に規模拡大した1戸のみです。なかでも、経産牛1頭当り所得で25万円以上の高水準農家が3戸あることが注目されます。所得率では35%以上が3戸です。

 生乳の生産コストが明らかに低減し、所得拡大の成果のあった農家は4戸で、横這いないし微減が3戸です。なかには約20円も低減した農家があり注目されます。目標となる生乳1kg当り60円以下の低コスト農家は4戸です。さらに、自給飼料の生産コストが大きく低減した農家が6戸あり、これは放牧の高度利用による成果が大きく表れたためです。TDN1kg当り20円台という極めて安価な実績を実現した農家が4戸であることも注目されます。

(2)生産技術の変化

 次に、このような経営内容の成果に結びついた生産技術の変化について、経産牛1頭当り乳量は概ね二つのタイプがみられます。その一つは、飼養技術転換前は8000kg以上の高水準の個体乳量であったものがむしろ低下し、一方、以前から放牧主体で6000kg台の比較的低水準の個体乳量であったものが向上しています。これは、集約放牧による飼養技術がある程度確立され平準化した結果と考えられます。また、従来の放牧利用では、放牧期の乳量は高まるが乳成分は低下すると言う宿命的なデメリットを抱えていました。しかし、集約放牧の導入ではこの課題をクリアしており、ほとんどの農家で乳脂率、無脂乳固形分ともに向上していることが注目される改善点です。

 生産コストや経営内容に大きく影響する乳飼比は全戸で低下しており、集約放牧によって購入飼料費が大きく低減したことが示されています。20%以下というきわめて低い実績の農家が5戸もあり、その効果の大きいことが明らかです。その要因としては、経産牛1頭当りの年間濃厚飼料給与量が大きく減少してコスト削減に大きく貢献しており、逆に乳量増産には濃厚飼料を利用していたことがわかります。6戸は飼料効果が4.0以上という極めて高水準の実績を示しています。これはTDN自給率にも表れ、60〜70%以上という高水準の実績を得ています。

 集約放牧は近年増大している家族労働の省力化にも大きく貢献しています。表−6にその変化を示しました。飼養管理と自給飼料生産労働時間ともに減少したことが全戸で認められます。なかでもNo.2農家の省力化で、従来のサイレージ用トウモロコシの作付けを中止し、全面積昼夜放牧に転換したことが大きくあげられます。各農家の労働の量的なものと同時にその質的なものが改善されており、いわゆる経営のマネージメントや環境整備への時間が増加していると考えられます。

表−6 労働時間の変化 (単位:時間)
農家No. 1 2 3 4 5 6 7
年 次 '96 '98 '96 '98 '96 '98 '96 '98 '96 '98 '96 '98 '96 '98
飼養管理 5,489 5,124 4,156 2,920 4,941 3,850 5,141 4,776 5,565 5,485 5,380 5,219 4,219 3,886
自給飼料生産 593 563 926 150 779 701 418 400 763 761 566 579 1,010 997
経営管理他 40 50 123 120 42 50 213 60 45 91 158 173 120 211
年間総労働時間 6,122 5,737 5,205 3,190 5,762 4,601 5,772 5,236 6,373 6,337 6,104 5,971 5,349 5,094
労働1人当り年間時間 2,915 2,732 2,263 1,450 2,305 2,301 2,886 2,618 3,187 3,169 3,052 2,986 2,675 2,547
経産牛1頭飼養管理 108.5 94.9 100.1 71.9 79.8 52.7 136.7 105.7 115.0 106.7 129.0 129.8 134.8 127.0
飼料面積1ha当り 7.7 7.3 18.7 2.8 12.1 10.9 12.7 10.1 10.6 10.6 16.2 13.5 34.9 34.5

(3)自給飼料生産の内容と変化

 集約放牧の導入は自給飼料生産の内容を大きく変化させています。その変化の内容は表−7に示すとおりです。自給飼料の調製割合では放牧仕向けが多くなり、また、グラスサイレージへの調製量も増大した農家が多くいます。このことは集約放牧の導入が自給飼料全体の利用を高めることに連動していることです。これらの自給飼料の総体的見直しが10a当りの生草収量を高め、同時に栄養収量も大きく向上することになったのです。

表−7 自給飼料生産の内容と変化
農家No. 1 2 3 4 5 6 7
年 次 '96 '98 '96 '98 '96 '98 '96 '98 '96 '98 '96 '98 '96 '98

調製

利用

t

放 牧
乾 草
C・サイレージ
G・サイレージ
770.0
40.6

442.0
1,166.0
66.0

580.0
261.5
36.0
153.0
417.3
617.0
70.0

390.0
680.4
49.5

595.0
714.0


728.0
198.8
20.4

315.3
438.0
21.0

400.0
375.0
62.7

442.0
421.2
60.0

773.1
200.0
15.0

390.0
333.8
18.0

589.9
135.0
21.0
90.0
463.8
334.8
35.0
74.6
246.4
10a当り生草収量
1ha TDN収量
2,889
2,589
3,976
4,186
2,735
3,256
3,758
3,939
3,753
3,515
3,728
4,278
2,739
3,002
3,799
4,239
2,811
2,697
3,390
3,669
4,417
3,912
3,554
3,996
3,834
4,796
3,909
4,142

堆肥

散布

面 積 ha
散布量 t
40.0
520.0
40.0
450.0
14.0
260.0
12.0
156.0
30.0
177.0
15.0
750.0
5.0
150.0
5.0
180.0
0.0
0.0
10.0
276.0
20.0
400.0
11.0
316.0
28.9
470.0
20.5
334.0

 集約放牧導入により、1ha当りのTDN収量がほとんどの農家で向上しました。堆肥も有効に草地に還元されており、地力の維持向上に結びつき単位生産量の向上に貢献しているものと考えられます。これらの肥培管理と適期収穫や集約放牧による短草利用などが高栄養の自給粗飼料の収穫利用に結びついているのです。

(4)生乳生産費の構成とその変化

 経産牛1頭当り生産費の年次変化を表−8に示しました。当期の生産費は7戸の全農家で減少しています。酪農の生産費は飼料費(購入+自給)と労働費および減価償却費の三つの費用が主要費目です。集約放牧導入により費用内容はこれらの三つの費用ともに減少しています。なかでも全戸とも飼料費の低減が大きく、その内容は自給、購入の双方ともに低減した農家が多いのですが、生産技術の変化で明らかなように、特に購入飼料費の低減額が顕著になっています。飼養規模の拡大を図った農家(No.4)以外では最大が37%、最小でも20%購入飼料費が低減されています。

表−8 生乳生産費の構成と変化(経産牛1頭当り)

 その他、乳牛の減価償却費が減少した農家が多いことは、乳牛の疾病等による淘汰廃用が減少したことから供用年数が延びているためです。また、省力化の進展によって労働費の低減した農家が6戸あり、最大で27%、最小で7%低減しました。このように集約放牧の導入は生産費全体をコントロールしていることが明らかで、変動費用を大きく低減できる生産方式と位置付けられます。すなわち、集約放牧は地域飼料資源の最大活用による低投入型で物質循環型の生産システムとしても大きく期待できる方式です。家畜ふん尿の処理と活用、あるいは、飼料自給率の向上という今日的な課題も解決できる可能性をも秘めていると言えるでしょう。


3. 今後の展望
 このように短期間に大きな成果をあげることは、個々人のみでは難しく、放牧酪農研究会というグループ活動によって、より大きな効果が得られたものです。経営者相互の各種の研修を通じた交流と夫婦間の相互認識と研鑽に努めたことが功を奏したものと考えられます。ハードと同時にソフトも並行して実践した成果でもあります。なお、これらの成果は集約放牧という飼養転換をともなったものですが転換後の年数はまだ短く、この生産方式はじゅうぶんに定着したとは言い難く、これからも新たな問題の発生も考えられます。

 地域条件など各種経営条件によって多様な形態が考えられ、いわゆるマニュアルのみでは解決できない課題も多く発生します。これらは各人の経験の積重ねとその交流によってグループの知恵として蓄積され、また、それが糧となって課題解決の場面に生かされていくものと期待されます。さらには、当研究会の活動と成果は、地域のみに止まらず地域を越えた広範な経営者との交流にも波及し、新たな酪農経営を生み出し、かつ、「酪農再興」の大きな胎動となっていくことを大いに期待しています。

(筆者:北海道酪農畜産協会・総括畜産コンサルタント)