運送業から「なにわの牛飼い」へ

林  信 一


はじめに
 平成11年2月現在、大阪府下の肉用牛経営は40戸で、そのほとんどは肥育専門経営です。全国的にみて大阪府の肉用牛経営の特徴としては、繁殖経営者がいない、交雑種(F1)が多い、雌牛肥育が多い、未利用資源の利用率が高いといった点があげられると思います。今回、紹介する高橋正一さん(63歳)は、都市畜産の旨みを生かした経営をしている一人です。ここでいう都市畜産の旨みとは、良質の未利用資源(トウフ粕、米ヌカなど)が入手しやすいこと、食肉市場に近く出荷の経費が安くつくこと、自宅が市場と近距離にあるため枝肉研究会にも気軽に足を運べること、昨今のいわゆるガーデニングブームで堆肥の需要が多いことです。

 高橋さんは、現在交雑種(F1)180頭と黒毛和種10頭を夫婦2人で飼養管理しています。牛舎は阪南市(はんなんし)という和歌山県との境で住宅地から少し離れた山あいにあります。市街地まで約3kmと程よい距離にあるといえます。

高橋さん夫婦


1. 経営の生い立ち
 高橋さんは元運送業を営み、熾烈な企業競争を生き抜いてきたバリバリの戦士でした。これから会社をもっと大きくしていこうという矢先に、けがで体を悪くし、仕方なく実家に戻り農業を継ぐことになりました。農業だけでは先行き不安定でこれからどうしようかと考えているとき、以前の運送屋仲間で、淡路(兵庫県)から牛を運んでいる人との交流があり、その人の話から牛飼いも魅力ある職業で面白いかもしれないと常々感じていました。自分が経営する農業での所得増大をめざし、昭和51年にモト牛を購入しました。親から引継いだ当初は、泉南地方(岸和田市以南)で古くから行われていた和牛の育成経営でしたが、徐々に乳用種と和牛の肥育経営に変えていきました。牛の導入出荷はすべて家畜商を通じて行っていて、飼料は市販の配合飼料を購入していました。

牛舎 色とりどりの花が植えられている


2. 組合加入のいきさつ
 牛飼いを始めて10年ほど経った昭和60年頃、出入りのクスリ屋さんの紹介で関西肥育畜産組合という肉牛生産者の団体ができたことを知り、同業者との団結を重要視している高橋さんは迷わず加入しました。そこで近くに住む肉牛農家のTさんと知り合いになりました。Tさんは酪農から肉牛経営に変わって間もない頃でしたが、出荷成績は非常に良く安定していましたので飼料給与などをおそわりました。Tさんは自家配合飼料を給与しておりトウモロコシ、フスマ、大麦などをベースとして、トウフ粕、米ヌカを加えています。トウフ粕は生で、豆腐屋さんの休日を除いて毎日新鮮なものが手に入ります。トウフ粕の給与が具体的に肉質にどう影響するかは一概にはいえませんが、牛の嗜好性は良いようです。米ヌカは牛肉の脂肪の質に柔らかさと甘みを与えるようです。

飼料を調整する高橋さん

 組合加入後はグループと行動をともにし、子牛の買付けは兵庫県の淡路市場、肉牛の出荷は大阪南港市場と活動の拠点を定め、今日に至っています。

 肥育を始めて数年間は和牛と乳用種による肥育でしたが、牛肉の輸入自由化を迎える以前から、時代を先取りしていち早く交雑種(F1)にシフトしました。

 関西肥育畜産組合は大阪府、奈良県、京都府の肉用牛経営者11戸で構成する任意団体で、大阪市中央卸売市場南港市場(大阪市住之江区)に肥育牛を共同で出荷しています。年1回の共励会と5回の枝肉研究会を行っています。


3. 枝肉研究会
 研究会の活動は出荷した枝肉を観察し、セリに立ち会い、市場関係者らと意見交換を行うといったもので、組合員の意見と情報交換の重要な場になっています。市場ではセリ後直ちに枝肉成績の明細を組合員にフィードバックしていますので、客観的な数値に基づいて協議ができます。

研究会であいさつする高橋会長

 単価のよい枝肉をつくるにはどうしたらいいのか、レベルの低い2等級を出さないようにするには、何に気をつければいいのか、毎回市場関係者らと熱心な討論が繰り広げられます。

研究会で自分の枝肉を見る

 研究会を重ねているおかげで、以前は大阪の牛は乳用種にしろF1にしろ枝肉重量が小さく、2等級も多かったのですが、最近、枝肉重量は400kg以上、ロース芯やバラの厚みもボリュームがついてきて、そのせいもあってか2等級率も改善され、25%程度にまで下がってきました。この中でも、とりわけ高橋さんは小振りといわれる但馬系のモト牛にも拘わらず、F1の雌で平均430kg以上に仕上げています。この秘訣はモト牛の選定と肥育ステージごとに微妙に変える餌の加減や飼養管理であり、さらにF1肥育ではモト牛、飼料、環境が1/3ずつの要因があり、それぞれたいせつだと高橋さんはいいきります。

 また、年1回は視察研修を行っており、今年3月には沖縄県石垣島の子牛市場を視察、そこで高橋さんは和牛を12頭購入しています。

 平成8年より高橋さんは関西飼育畜産組合の会長の要職につき、出荷枠の確保や組合員の出荷頭数の調整など、食肉市場との交渉に動き回っておられます。

 “出荷したいときにいつでも一定の出荷頭数が手元にあること”これが高橋さんの適正規模の考え方であり、変動する相場に対して年間を通じて定量出荷することにより、平均した収益の安定性をはかっています。モト牛も毎月定数導入が基本ですが、相場が安いときは一気に30頭近く導入する大胆さも持ち合わせています。

 記録記帳は奥さんが担当しており、いつも持ち歩いている手帳に牛の導入、出荷などのデータが細かく書き込まれています。畜産会の経営判断でも、このノートがとても役立っています。


4. 堆肥処理について

 牛ふんはオガクズとともに堆肥舎で堆積発酵させています。堆肥舎は3区画で定期的にショベルローダーで切返して、順に奥の方へ移していきます。切返すときの臭気が強いので、風向きや時間を考えて行っており、臭気が拡散しにくいように防護カーテン等の工夫をしています。また、梅雨時期から真夏にかけてはハエの発生を防止するため、幼虫駆除剤を飼料や堆肥舎に最低2週間に1回は散布するなど、周辺環境への配慮も怠りません。

堆肥の切り返し、水蒸気がたちこめる

 以前は堆肥を自宅のある泉南市周辺の知人が取りにきていましたが、いつしか口コミで広がり、今ではかなり遠方からもお客がきてくれるとのことです。飼料袋1杯(20〜25kg)が50円、軽トラックの荷台いっぱいで1000円です。最近の園芸ブームを反映してか、毎日のように人がやってくるので、自分の畑に使う分が足りないと本人は困っているほどです。

 きちんと発酵させた良質の堆肥は、都市近郊では結構需要があります。


おわりに
 高橋さんの牛舎に行っていつも感心することは整理整頓が行き届いていること、牛がゆったりと寝転んで反芻していることです。なるべく牛がリラックスできる環境をつくってやることがたいせつだと高橋さんはいっています。しかし、ただ牛が好きなだけではこれほど規模を大きくできるはずがなく、奥さんのしっかりした記帳管理と、高橋さんの運送業で培った大胆かつ繊細な商人気質とが肥育経営にうまくマッチしたといえます。今後は200頭まで増頭して年間出荷130頭前後をめざし、法人化を検討するとともに大阪牛としてのブランド化にも取り組む意欲を見せておられます。

(筆者:大阪府畜産会・畜産コンサルタント)