「個」から「群」へ、「群」から「個」へ(7)

原 田 英 雄

34.濃厚飼料化学成分の迅速測定

 昨年1年間、愛知県農業総合試験場・企画情報部共同研究推進室というところに勤務していました。きわめて長い名称なので、その意味するところが一般の人にはわかりにくいかもしれませんが(役所言葉は普通の人にはわかりにくくなっている点に特色があります)、簡単にその内容を説明しますと次のようになります。一つは、困難かつ大きな研究テーマについては研究室単独で解決するには困難ですので、いろいろな研究室(試験場の内外)が手をつなぎ、知恵を出し合い研究しましょう、その場合の支えになりますよということ。もう一つは高額分析機械については研究室単独で維持管理するのは大変だから、それを一手に引き受けますよということです。いってみれば試験場の黒子役です。

 そういう立場におかれた筆者は、当初何をやってよいのか戸惑いました。そのなかで注目した分析機器が近赤外分光機(NIRS)です。すでに他県では飼料の非破壊分析法が確立され、多くの酪農家を支援していると聞いていました。全国ではまれに愛知県だけそのシステムが確立されていません。そこで試みとして、県内で頻繁に使用されている濃厚飼料の化学成分を、NIRS法で迅速簡易測定ができないものなのかどうか、挑戦してみました。すでに粗飼料については多くの成果が他県にあるので、濃厚飼料についても同じように精度が高く推定できるものではないかと取組んだわけです。そして、せっかく珍しい研究室に来たのだから、一つぐらい農民に役立つ物はないかと思ったわけです。結論からいいますと、NIRS法で濃厚飼料の化学成分を、ある程度精度が高く推定できるものと判断しています。

 この結果は、図−26に示しました。図には水分、粗灰分、粗蛋白質、粗脂肪、粗繊維、ADF、カルシウム、リンについて化学分析による実測値とNIRS法による推定値との関係(図の中の●印と実線による検量線)を示しました。また、その検量線にあてはめた場合の推定値と実測値との関係(○印と点線による評価線)も同図のなかに示しています。これからそれぞれの推定精度を読むことができます。実線の検量線と点線の評価線が同一線上に合わさっていればその推定精度は高いことを意味し、離れていれば低いことを示しています。この図から、水分、粗蛋白質、粗脂肪およびADFについては検量線と評価線がよく合わさっています。それ故にこれらはNIRS法で推定できるものと思います。また、リンについても推定がある程度可能ではないかと思われます。従来、リン、カルシウムは比色法や原子吸光法を用いないと測定できません。それが、NIRS法で測定できればそれは容易です。

 また、配合飼料についてはその表示数値に基づいて成分を評価したり、自家配合飼料については飼料成分表をもとに計算してその成分を評価していました。今後はNIRS法により粗飼料だけでなく濃厚飼料の成分も簡易迅速に測定すれば、酪農現場での飼料給与に大いに役立つものと思われます。

 また、本県では遅れているところの粗飼料分析体制の確立も今後は併せて必要だと思っています。

35.給与回数の増加は牛乳の生産性向上に役立つか

 最近、一部の酪農家の間に自動給餌機が導入されています。これは飼料給与の省力化、乳牛の採食量の増加、それにともなう乳量の増大に大きく役立つということからです。しかし、その反面あまり効果がなかったとか、乳脂率の低下や乳牛の生理上のトラブルも発生したという話も聞きます。そこで、やや古い研究ではありますが、1970年代のドイツ、キール大学のカウフマンたちの研究成果をみながら再度検討してみたいと思います。現在でも一考に値すると思います。

 濃厚飼料を多給するとルーメン内の酢酸のモル比率が低下し、プロピオン酸比率が増加します。その結果、ルーメン内溶液のpHが低下し、乳脂率が下がります。このことはすでにいい古された事実です。日本においても栃木県酪農試験場を始めとする6都県の協定研究(この時には愛知県は入っていなかった)「濃厚飼料多給の生理限界究明に関する試験」でも明らかになっています。粗繊維率が13%を下回ってはいけない、少なくとも15%以上は必要で、安全性を考えれば17%以上は必要だということになります。この考えは今でも日本飼養標準に活かされています。

図-27  飼料中の粗繊維率とルーメン内溶液pHとの関係(カウフマン、1976)

 そこで、この関係をカウフマンの図を借りながら説明したいと思います。まず、図−27に飼料中の粗繊維率(現在ではADFがよく用いられ、それはセルロースとリグニンを含み、繊維の性質をよく表わすからです。粗繊維にはリグニンが入っていません)とルーメン内のpHの関係を示しています。粗繊維率が低いということは当然濃厚飼料が多いということです。図のとおり、両者には高い正の相関関係があります。粗繊維率が高くなれば、ルーメン内pHも直線的に高くなり、それが低くなれば、pHも低下します。

図-28 肥料中の粗繊維率とルーメン内溶液の酢酸/プロピオン酸比との関係(カウフマン、1976)

 次に、粗繊維率とルーメン内の酢酸/プロピオン酸比の関係ですが、図−28に示されるとおり、同様に高い相関があります。粗繊維率の増加は酢酸のモル比率が増加することも意味します。粗飼料が多ければ、ルーメン内の酢酸の比が増加することです。そのことは、また乳脂率とも関係します。

図-29 ルーメン内溶液の酢酸/プロピオン酸比と乳脂率との関係(カウフマン、1976)

 図−29にはこの関係を示しています。すなわち、酢酸/プロピオン酸比が高ければ、乳脂率は高くなり、逆にその比が低下すれば乳脂率は低下するということです。ADFとルーメン内pH、酢酸/プロピオン酸比および乳脂率との関係も粗繊維率とこれらとの関係もほぼ同じです。以上をまとめると、たいせつなことは次の点にあります。

  1. 飼料中の粗繊維率は17%以上必要(現在ではADFが用いられ 、それは21%以上であること)
  2. ルーメン内のpHは6以上であること
  3. 酢酸/プロピオン酸比は2.5以上であること
  4. その場合には乳脂率は3%以上が保証されるということ

 では、なぜ、ルーメン内のこれらの性状や関係が重要であるかというと、高泌乳牛の飼料給与法に関わってくるからです。高泌乳牛になればなるほど高エネルギーが必要となります。高エネルギーは濃厚飼料の多給につながります。もちろんバイパス脂肪を用いるという手もありますが、筆者自身はバイパス脂肪を用いることには反対で、自然の動植物体脂肪を用いるべきだと思います。エネルギーを伴わずに高泌乳を得ることはできません。いかに粗繊維率(ADF)を下げずに、また、ルーメン内pHを下げずにエネルギーを供給するか(多くの乾物を摂取させるか)ということ。それが1万kg以上の乳牛を飼養管理するポイントになるからです。エネルギーが伴わずに乳量が増えるというのは詐欺の手口と考えてください。

図-30 給餌回数によるルーメン内溶液pHの経時的変化(カウフマン、1976)

 カウフマンたちが試みたのは、高エネルギーの頻回給与すなわち濃厚飼料の多回給与です。濃厚飼料を何回かに分与し、併せて粗飼料についても何回かに分け、これらを交互に給与するというやり方です。図−30をみていただきたいと思います。濃厚飼料と粗飼料を2回交互に(濃厚飼料→粗飼料→濃厚飼料→粗飼料という具合に)給与した場合と濃厚飼料と粗飼料を交互に12回給与した場合に、どのようにルーメン内pHが経時的に変化するか、それをみたものです。2回給与の場合にはルーメン内pHの変動は大きく、6.5から5.8まで低下します。その差は1に近いものがあります。しかし、12回給与ではルーメン内pHの変動は小さく、6.4〜6.1の範囲に収まっています。その差はせいぜい0.3程度です。

図-31 給餌回数によるルーメン内溶液の酢酸/プロピオン酸の経時的変化(カウフマン、1976)

 一方、図−31の給与回数とルーメン内の酢酸/プロピオン酸比の関係をみていただきたいと思います。2回給与ではその比は3〜2.2と大きく変動し、数値そのものも12回給与に比べてずっと低いものになっています。それに比べて12回給与では酢酸/プロピオン酸比は3.6〜3.0と高い範囲で推移しています。成績は図には表わしていませんが、その結果、乳脂率については2回給与では3.6%、12回給与では4.0%となり、明らかに乳脂率は頻回給与の効果がでていました。ここで重要なのは、濃厚飼料を頻回給与する場合、濃厚飼料と粗飼料を交互に与えることです。繊維はルーメン内の繊維分解菌によって分解されます。それはルーメン内のpHが6以上の高い状態でなければ活発に分解されません。濃厚飼料が一度に多量に与えられた状態ではpHが6以下に下がり、繊維は分解されなくなります。それ故、カウフマンは濃厚飼料を少量、頻回給与(「little and often」法)するとルーメン内pHが相対的に高くなり、粗飼料のルーメン内の分解もよくなり、摂取量も2回給与に比べると多くなるといっています。したがって、採食量も増え、乳量も増大するわけです。

 濃厚飼料の頻回給与の利点は次のように整理されます。

  1. ルーメン内のpHの変動が少なく、高く推移すること
  2. 乳脂率の低下抑制とルーメンアシドーシスの予防
  3. 新鮮な飼料がいつも与えられること
  4. 飼料摂取量の増加をもたらすとともに乳量の増加にもつながる

 ただし、欠点としては人力には限界があり、自動給餌機が必要。また、粗飼料の質がよくないと乳牛は濃厚飼料だけ摂取し、粗飼料を残すようになることです。コンプリートフィードによる頻回給与であれば、濃厚飼料と粗飼料の比率が一定で、この点は防ぐことができます。乳牛は人間が考えているよりも頭がよいし、記憶もいいものです。乳牛はいつも決められた時間に出てくる濃厚飼料を待ち、粗飼料を食わずに我慢しています。フリーストール牛舎などで、特定箇所に自動給餌機が設置してある場合には、強い牛が給餌機の近くにおり、弱い牛は近寄れない場合等があります。これらの改善も必要になります。

36.コンプリートフィードの頻回給与

 ところで、コンプリートフィードを頻回給与した場合には、乳牛はどのような反応を示すか、ロビンソンのまとめたものを表−28でみてみます。それは泌乳期や飼料の発酵具合によっても異なることです。たとえば夏期にサイレージや生ビール粕を用いたコンプリートフィードを調整したとすれば、調整後、発酵がどんどん進み、採食性が落ちていくという現象があります。また、飼槽の管理の良し悪し、すなわち清潔性、飼槽幅あるいは乳牛が自由に飼槽にアクセスできるかどうかによっても摂取量や乳量は大きく異なってきます。これらの条件の組み合わせからみると、泌乳初期ほど頻回給与の効果が大きいことがわかります。泌乳初期の高泌乳牛群ほど給与回数を増やすと採食量が増加し、乳量が増えることになります。また、飼料の発酵性からみれば、発酵性の高いものほど乳牛の反応が大きいことです。すなわち、夏期には飼料が変敗しやすいのでそういった時期には回数多く飼料を与えるのがよいということです。また、飼槽管理が悪い場合や、過密のフリーストール式牛舎では給餌回数が多いほど採食量が多く、乳量も多い結果をもたらすというものです。いずれも高泌乳牛に効果的であるということです。

表-28 コンプリートフィードの頻回給与による予想される利益

泌乳ステージと
飼料の発酵性
給餌管理の
質の良悪
乾物摂取量と
乳量への反応
泌乳初期(0〜12週)
  高
  高
  中
  中
  低
  低
  良
  悪
  良
  悪
  良
  悪
+++
++++
++
+++
+
++
泌乳中期(13〜24週)
  高
  高
  中
  中
  低
  低
  良
  悪
  良
  悪
  良
  悪
++
+++
+
++

+
泌乳後期(25〜44週)
  高
  高
  中
  中
  低
  低
  良
  悪
  良
  悪
  良
  悪

+


(注)+が多いほど反応が高いことを示す(ロビンソン、1989)

 また、頻回給与自体、乳牛の条件反射を刺激するのでその効果もあるかもしれません。ただし、頻回給与する場合には残飼料が多くてはいけません。おおむね5%以内の残飼料に止めることが、経済的にもその清掃のための労力を省く点でも効果的です。

 それでは一体、何回給与がよいか、その結論は今のところありません。ギブソン(1984年)の報告では4回以上給餌回数を増やしてもメリットがないとしています。ただし、それは20kg台以下の低い乳量水準の場合です。給餌が自動化されない場合、酪農家の現場では労力的に4〜6回の範囲が妥当かもしれません。いずれにしても、飼料、飼槽、牛舎構造、牛群構成(初産牛と成牛の比率)などの条件が悪い場合には、給餌回数を増やすことのメリットは多いにあります。ただし、これら条件が良い場合には、コンプリートフィードを1日4回以上給与するメリットはそれほど多くはありません。それは、コンプリートフィードそのものがいつでもどこでも採食できる状態におかなければならないからです。

37.飼料費をいかにさげるか

 「オバタリアン、新聞より先にチラシ広告読む」という川柳があります。日々の買い物価格が自分の家計にどれだけ影響を及ぼすか、一番よく知っているのは家庭の主婦です。一円でも安いものをと、気を配って新聞広告をみています。同じように、1kgの飼料価格の違いも酪農家の経営には大きく影響を及ぼしています。しかし、実際にそれを知り、安い物への交渉とか、飼料構成の組み合わせを考え飼料費を下げるとかしている酪農家は少ないようです。酪農家の集まりで、いつも「あなたの飼料単価は乾物当りいくらですか」と尋ねても、たいていはうつむいている人が多いのが常です。考えていないのです。飼料屋さん任せ、それが主流派、知っているのは異端児。

 筆者は3年前、県内の酪農家4戸の女性(最初は女性であったが後に男性と入れ替わる農家1戸)と飼料単価と飼料給与量の記帳に取り組みました。それぞれの農家がどれだけ利益を得ているのか、経営の勉強をしようということです。8カ月という短い期間ですが、4名とも協力してくれました。結論からいえば、経営改善に至ったのは4戸のうち2戸でした。安価な飼料を求めて、飼料変更を行い、経営改善を行うのは女性では困難なところがあります。なぜなら、男性が飼料給与の決定を行うからです。もう一つは、メーカーとのしがらみ、義理立て等があるからです。そこで、これら4戸の飼料の組み合わせの改変をみながら、話を進めたいと思います。

表−29 A牧場の飼料の給与と単価等

 まず表−29をみていただきたいと思います。これはAさんの牧場の1995年7月から翌年3月までの搾乳牛に与えている飼料の給与量とその単価が示してあります。この表はそのまま乳牛の栄養計算にも用いることができます。しかし、農家の女性には飼料の乾物のみの計算を教えました。栄養の話は短期間では難しいからです。ちょうどこの年は、7月頃から12月にかけて飼料が高騰し、その上げ幅は10%以上でした。表の中では市販配合飼料が高騰しているので、そのことがよく分かるかと思います。飼料穀物が値上がりしたからです。乾草類もやはり値上がりました。そこで、あらかじめ4名の女性にはこういっておきました。市販配合飼料の値上げは穀物が値上がりしているからなので、あるいは円安の傾向にあるためで、それはよく理解された。しかし、ミネラルやビタミン、粕類が値上がりするとしたらそれはあくまで便乗値上げなので、抗議しなさいと。あいにくAさんの表でみられるように、とくに値上がったのは市販配合関係です。市販配合Aは相対的に安いので、Aさんは3月まで使い続けました。市販配合Bは9月に値上がりましたので、10月以降取りやめました。そして、市販配合飼料Cは高くなりつつあるところから、その給与量を減らしました。3月以降は単価の高いCをやめ、単価の安い市販配合Dに全面的に移行しました。

 Aさんのこの間の搾乳牛頭数は平均45頭といったところです。1頭当りの乾物給与量は約21kg、乳量は27〜32kgで推移しています。約9000kgの乳量水準ということで、比較的高い水準です。飼料が高騰しているのにもかかわらず、乾物当りの単価はほとんど上がらず、7月の49.8円〜1月の51.9円の範囲で、3月は47円台までに下げました。3月には乳量も増加し、飼料給与量も増えたので飼料費は若干上がることになります。1頭当りの粗利益(乳代から飼料費を差し引いたもの)は100円以上増えたことになり、そして、1頭当りの粗利益は1700円に至ったわけです。

表−30 B牧場の飼料の給与量と単価等

 一方、これを表−30のBさんについてみたいと思います。Bさんは記帳はきちんとつけてくれましたが、11月だけは忘れていました。牛舎を新築したので、乳牛頭数は60頭から70頭まで増加しています。1頭当りの乾物給与量は約19kgです。乳量は、ほぼ24kgでそんなに多くはありません。Bさんの乾物当り単価は7月の時点では、Aさんよりも10%ほど安く44円でした。しかし、その後の飼料価格の高騰に対して、何ら対処しなかったため乾物当りの単価は10%以上跳ね上がってしまい、3月には7月に比べ20%近く高くなり、52円となりました。そのため、9月時点では1頭当りの粗利益がAさんとは大差なかったものが、3月には400円の大きな差が出てしまいました。Bさんはご主人を説得できなかったので、経営の改善には至りませんでした。残念なことです。

表−31 C牧場の飼料の給与量と単価等

 次に表−31のCさんについてみます。Cさんは70頭規模です。やはり、Cさんもご主人が飼料設計しているので、とくに、飼料の組替え変更はありませんでした。したがって、10%程度の乾物の単価が上昇しました。しかし、7月に比べて乳量が増加したので、飼料費があがっても1頭当りの粗利益は増加しました。

表−32 D牧場の飼料の給与量と単価等

 表−32にはDさんのが示してあります。問題があったのはこの45頭規模のDさんです。体細胞数がきわめて多く、ペナルティーを月10万円単位で払わなければならない状態でした。ですから、体細胞を減らす技術改善も併せて行わなければなりません。飼料単価も高い物を使っていました。7月の時点では、乾物1kgが53円と他の3戸に比べてかなり高い物でした。9月ではさらに10円も上がってしまいました。筆者はこのままでいくと、倒産するのではないかと心配になりました。Dさんには、とにかく体細胞数を減らす技術改善策(PL検査で異常乳は棄却、一部の牛については治療、正しい搾乳手順の3つの改善策)を進めました。と同時に、購入飼料で高い物はとにかく安い物に置換えるように勧めました。当時、乳脂率も低いということから、それを向上させるという1kg75円もする濃厚飼料を1頭ずつに3kgも与えていました。これでは、飼料代は高くなる一方です。そこで、その代替として1kg当り30円台の大麦やトウモロコシに切替えることにしました。そうはいうもののその高価な飼料を完全にやめることはできませんでした。それを売りつける業者との永いつきあいがあるからです。しかし、Dさんは筆者のいうことには理解を示してくれて、それまで1頭当り粗利益が1000円以下であったものが、3月になると1200円を確保できるようになりました。Dさんには20代の立派な後継者がいます。息子さんに譲るまでは倒産して欲しくないという思いから協力してもらいました。今現在、乳牛1頭当りの粗利益が1000円を下回るとしたら、今後経営を存続させるかどうか真剣に考えなければなりません。赤信号です。

 以上4戸の酪農家において、3人の女性たちと1戸は男性ですが、飼料費について取組んだ事例を述べました。その中で筆者が思ったことは次のことです。

 1.乳量が多いから、あるいは乳量水準を高めるのに高価な飼料が必要か

 Aさんは4戸の中では、最も利益の高い酪農家です。もちろん、それには乳量水準が高いことも影響しています。しかし、飼料単価の抑制にも努力したからです。欲をいえば、さらに乾物当り単価を5円程度下げられるのではないかと思います。今現在、乾物1kg当り5円下げるということは、1頭の牛に与える乾物給与量は一口にいって20kgですので、100円下げるということになります。50頭飼育していれば5000円の節約です。1年に180万円の節約です。作家松下竜一さんの年収はこのくらいで(「底抜けビンボー暮らし」筑摩書房)、一家がこれで生計をたてています。無駄な添加剤をやめることは意義のあることです。乳牛に高い飼料費を払うことと栄養濃度の高い飼料を給与することとは別の話です。したがって、高価な飼料イコール良い飼料とはいえません。乳牛に必要なものはエネルギー(TDN)と蛋白質、繊維、ビタミン、ミネラルそして新鮮な水です。それをいかに安く供給するかが大事です。それは必ずしも高価な飼料でなくても良いからです。義理とか人情とは美しい言葉です。美しい言葉によってどれだけ多くの人が騙されたか。

 かつて、大阪府のある酪農家を訪れて驚いたことがあります。搾乳牛はたったの18頭、乳量水準は約1万閧ナす。トウフ粕を1日に1頭30kg食べさているのです。無料の稲ワラも与えています。しかも、トウフ粕は毎月10万円の処理費を工場からもらっているというのです。どのくらい利益をあげているのか筆者には分かりません。3人の子供をすべて大学に行かせたということです。しかも、牛舎にはクーラーが取り付けてありました。もちろん人間のためではなく、乳牛のためです。トウフ粕の多給は問題だといいますが、ここらは教科書の塗り替えが必要かもしれません。

 2.ビタミンやミネラル等の添加剤は果たして効果があるのか

 高価な添加剤やビタミン類の変更は次のようにすると良いと思います。まず、その中の1種類を除去します。半年後に乳量、乳成分、繁殖成績、牛の健康に何の影響もなければ、なくてもよいということです。さらに、次の1種類を除去することです。同様に変化なければ除去します。そして同じことを一つずつ繰返し行います。そのためには乳牛個体のデータをあらかじめ記録しておく必要があります。そして順次、変化を追って行くということです。一方、新たに添加剤を追加する場合には、一つ添加してみて効果があるかどうか半年間、確かめることです。反応がなければそれは意味のないことです。確かめていただきたいと思います。もちろん、飼料計算は必要ですし、当然それがなされたうえでのことです。

 筆者の知っているある酪農家のCさんは乳量水準9000kg以上と高いのですが、50種類の添加剤を毎日使用しています。あたかも薬屋さんのように、そして、その一つずつを何のために用いているのかきちんと説明してくれます。これは繁殖のために良いとか、あれは乳房炎対策だとか、しかし、乳量水準が高いからといって、やはり賛同できません。

38.五つの提案

 酪農経営は多くの要素で構成されています。人についていえば、経営者は社長であり、労働者であり、家族の一員です。また、それぞれは多くの要素を所有しています。どの一つを欠いていても経営は成り立ちません。しかし、一人ですべてをやるのには限界があります。その中で、社長として次のこと、とくに飼料費にかかわることですが、実行してもらいたい点です。

  1. 毎月、次の項目は表とグラフを自分で作り、推移を確認すること(過去と現在の比較)を必ず自分でやること。他人任せにしない
    (1) 料単価、(2) 1頭当りの乳量、(3) 1頭当りの乾物給与量、(4) 1頭当りの飼料費、(5) 乾物当りの価格、(6) 1頭当りの粗利益、(7) 1頭当たりの飼料費
  2. 上記項目を近くの他の酪農家と比較すること、できれば平均的な数値を掌握しておくこと。たいていの普及センターでは知っているはずである。知っていないとすれば、普及体制そのものを見直さなければならない。今、経営が最もたいせつだと主張しているのは普及センターだから他の酪農家では、もっと安価な飼料を使用しているかもしれない
  3. 遠隔地に友人をつくり、上記項目についてファクシミリ通信を行う
    利害関係がないので、客観的に評価できる点がよい
  4. 飼料の共同購入
    しばしば、経営感覚の優れた農家ではグループをつくり取組んでいる。利害関係よりも利益を優先すること
  5. 多くの酪農家をみること(情報の公開)

 酪農講習会は各地でよく行われます。しかし、集まる酪農家の数は年々減っているといわれます。戸数が減ったことに加え、酪農家自身が忙しいこともあるし、大方のことを知識として学習していることもあるからです。場合によっては、集まったのは公務員だけということもあるそうです。しかし、バーンミーティングをやると大勢の酪農家が集まります。それは実際に「もの」をみることができるからです。酪農家自身、個人ではなかなか他の酪農家をみることがないからです。場が与えられる必要があります。搾乳作業一つとっても農家によってやり方が違うことを発見できます。飼料調整も異なります、購入先も違います。バーンミーティングは多くの刺激を酪農家に与え、好評を得ています。それは生きた情報があるからです。酪農家には忙しいからといって家に閉じこまらずに、どんどんいろんな酪農家をみることを勧めます。その時、他の酪農家がどんな飼料を使っているのか学びとれるからです。

おわりに

 1学年のY子が学校をやめるといったのは暮れのことです。この学校に魅力を失ったという理由で。すでに、夏休み後の9月の時点でもやめたいと口にしていました。ちょうど酪農家での実習中のことです。今度が2回目。今後は、介護関係の学校へ進みたいと。近くの老人ホームもすでにみてきており、生き甲斐のある仕事だと自分で認めたようです。表情や口調から、決意は固いと判断し、筆者は彼女を信用することとしました。8ヵ月近く在籍していたので、去られるのは寂しい思いがします。また、魅力的な学校づくりができない自分に無力感も感じます。この学校へ来る学生で、本当に農業技術を学び、農業後継者として頑張っていこうとするものは少数です。高校の偏差値教育で輪切りにされ、行き場を失って来る者や、何となく来るといった者が多いのが実状のような気がします。非農家出身のY子には卒業後の就職が心配であったともいいます。悩んでやめて行くY子は異常で、それすら考えない多くは正常なのか。

 「カエルの子はカエル、それでは人間の子は人間の子といえるのか」そう問うていたのは田中正造やソクラテスの研究で有名な故林竹二さん(元宮城教育大学長)です。

 先日、千葉県を訪れた時にお会いしたKさんは、自分の子供には後を継がせないといっています。100頭規模で、乳量水準は1万kgを越え、所得は恐らく2000万円を上回ると思われる酪農家です。帰り際に、何百頭にしたら、安定した酪農経営が営めるのか、教えてくれといっています。もちろん、筆者にはその回答は持ちあわせてはいません。

 愛知県でも80頭規模で、9000kgの乳量水準をもつSさんは、10年もすれば廃業すると決意しています。牛舎や農地を売却すれば数億円入ってくるからと。幸せとか、豊かな酪農とは一体何か。

 「新農業基本法」がまもなく制定されます。圧倒的に多い非農業者の手によって、それは「士農工商」を思い出させます。強い産業分野の人から必ずでる言葉は、国際競争力に打ち勝つ農業をつくらねばならないということ。学者、文化人からは21世紀には食糧不足の時代が来る、必ず農業の時代が来ると。消費者からは安心、安全、健康な農産物が安定して欲しいということです。筆者は農民とは江戸時代も現在も同じで、「生かされず、殺されず」の存在だと思っています。長い間、歩行器に乗せられた子供はいつまでもおかしな歩き方をします。「On Yure feet」自分の両足でしっかり立つこと。

 それでは、酪農は誰がやればよいか。それはやりたい人がやればよい。やるには多くの人と、多くのものと闘わなければならない。そして自分自身と。そう思います。
 この一連の原稿を書いているとき、いつも思い出されるのが次のような私と同世代の人たちです。千葉県酪農試験場の前之園孝光さん、秋田県畜産試験場の河西直樹さん、群馬県畜産試験場の苫米地達生さん、神奈川県畜産試験場の江川壽夫さん、静岡県畜産試験場の興津善徳さん、山梨県酪農試験場の桜井和己さん、長野県畜産試験場の吉田宮雄さん。今では所属が変わっているかもしれませんが。皆さんと一緒にした仕事を各所に引用させていただきました。お礼申しあげます。皆さんの業績が各県の酪農技術の水準を大きく引上げたのは周知の事実です。そして、同時に日本の酪農技術の水準を欧米にも劣らないほどに押上げたことも事実だと私は信じています。協定研究等を通じて知りあえたのは私の幸せです。また、県に入ってから先輩として、時には同僚として筆者を育てていただいた愛知県豊橋農業技術センターの専門技術員神谷勝則さんにお礼申しあげます。彼の協力がなかったら、筆者の試験研究はありませんでした。最後に、7回にわたり一酪農技術者として自由かつわがままに書かせていただいたことを中央畜産会にお礼申しあげます。

(筆者:愛知県立農業大学校畜産科長)