生産技術セミナ−

酪農−その豊かな可能性(1)

自分の経営を見直してみよう―

村 上 明 弘

感 性 勝 負 !

 酪農は、農業の中でも“別格”の特質を多数もっています。その中でも、とくに異質なのは、生産過程の“超迂回性”でしょう。生乳という商品を売るまでにたどる、生産工程の多段階性や複層性はベラボーな量です。
 経営成果に影響する技術項目だけでも、数えたことはないのですが、5000以上もあるのでしょう。具体的には、哺育初期のみでも30〜40項目、分娩だけでも20〜30くらいはあります。酪農現場では、それが、日常性と季節性の中で、ほぼ同時進行的になされています。考えてみれば、極めてス−パ−なことです。。
 そこで私は、この酪農の特質に『超・迂回・総合・科学・技術・産業』という名を冠しました。
 ここから導かれる酪農経営の最大の特徴は、『因果不鮮明』ということです。経営成果であるところの、

 @ 所得の増減

 A 資産の増減

 B 労働内容の変化

 C 地域経済への貢献

 D 環境負荷への貢献

 E 消費者への貢献

 などに、どの技術や作業がどのくらい影響したのか、ほとんど判定不能なのです。
 多々ある技術やその組み合わせの中から選択採用したものが、いったいどれだけ効果があったのか、きわめて解析困難なわけです。
 逆にいうならば、今あるこの経営の結果は、いったい何故に生じているのか。その関係する項目が多すぎて、非常に分かりにくい状態。それが酪農経営の「極め付け」の性質なわけです。
 この特異性が酪農における以下のような事態を演出しています。

 @ 見込まれる可能性の30〜40%しか発揮していない、未成熟な技術や経営の実態。

 A さまざまな経営タイプの存在。

 B 因果の分かりやすい他の農業種に比べ、数多く存在する“技術指導をする”方々。

 C 経営不振がはじまると、原因特定をできないまま悪循環化し、雪ダルマ化する例の多さ。

 D 逆に、かなりの経営不振な農場でも、かかわる人の力量しだいで安定化する例。

 E どこといって、特別に高い評価をできる所がめだたないのに、じゅうぶんな経営実績を示す農場の存在。

 結論的には、酪農はまだ、計算や単品技術より、感性や総合の力が優位な農業なのです。もちろん、調査や計算を軽んじているのではありません。感性を作動させるためには、それはとてもたいせつです。しかし、最終的には、科学的な根拠に富む学習や経験や生来的なものに裏うちされた感性がものをいいます。
 もし、計算や特定の技術だけで経営成果が得られるのなら、それは誰でもすぐ真似できます。マニュアル的な技術等は、普遍性もあり、産業全体には貢献できます。しかし、誰でもすぐできるので早い者勝ち的なものになってしまいます。あとは規模の効果か多角化のみが頼みになってしまいます。その点、感性の差がでやすいガイドライン的な技術等は、さまざまなバラエティをつくりだし、いろいろな“やり方”の経営を成立させます。酪農はそれが典型的にはまります。
 この酪農にのみ残された“因果不鮮明”な性質を頭において、以下で経営を考えてみましょう。

 

経営の核心部

 飾りをとって、酪農経営の本体部を解剖してみます(図−1)。酪農の成立に絶対不可欠の部分とそうでない部分を分けて考えてみるのは、多様な経営法や酪農周辺産業のあり方を模索するのに役立ちます。
 酪農業の核心部は中央横並びの太枠ラインです。搾乳牛(乾乳牛は入っていない)という「家畜」に、「エサ」を与え、「搾乳」し、「生乳」という販売物を得るというラインです。さらにその作業を行う「労力」が加わります。これが、酪農と名がつくからには欠くことのできない絶対的要素です。要するに、これだけが揃えば酪農業を成立させうるわけです。


図−1 酪農経営の解剖図

(1)搾 乳 牛

 今、まさに乳を生産している搾乳牛が主役です。しかし、この主役たる牛がまるで主役扱いとは縁遠い惨状におかれているのを頻繁にみます。経営体の中心が傷んでいては、すべての生産性が低下するのは必然なのですが…。
 この図−1の搾乳牛には、乾乳牛すら入っていません。搾乳している状態で更新牛を入れられれば、必要ないからです。しかし、通常はそれはありえません。どんなに遅くても分娩前1〜2ヵ月で購入するでしょうから、若牛の分娩間近な牛が飼養されています。しかし、それすらも、年に1〜2回まとめて購入すると、大半の時期は搾乳牛のみにできます。そうなると、搾乳牛は種付けせずに、適期販売することになります。もちろん、肉値との関係でそんなことが一般化しないことは承知のうえ説明しているのです。それでも解説するのは、そのような“完全スリム化”の単純システムの中でどんなことが可能かを検討する、そのこと自体が、経営することの意味と多様な経営方法を考える出発点となるからです。
 しかし、通常は繁殖(種付け)をします。有効な限り、それを繰り返します。すると必然的に乾乳牛が生じます。ここがクセ者なのです。結構多くの酪農家では、腹に子さえいれば、無条件で乾乳牛にし残す習性?があります。乾乳牛は、普通は妊娠末期牛です。しかし、時には、妊娠中期牛がいたり、ヒドイ時は空胎牛なのに乾乳牛などということもあります。
 搾乳牛で利益を高める原点中の原点は図−2です。


図−2 搾乳牛で利益を高める概念図

 とくに繁殖成績のアップによる平均分娩後経過日数の短縮は、自動的に日乳量を増やします。3産以上なら、1日短縮で100g、1ヵ月で1日当り3kgの増加です。
 もし、すべての更新牛を購入する経営法なら、その時どういう条件で更新するか。飼養規模に限界のある牛舎なのに、日乳量10〜15kgくらいの牛をいつまでも搾乳しているのか?妊娠しているからといって、分娩まで4〜5ヵ月以上も間隔のある初妊牛を、通常、導入するだろうか?。まず、それはあり得ません。
 何のための搾乳牛なのかということを、妊娠中でいずれは分娩してくれる牛という感覚が、何のためらいもなく忘れさせます。経営困難な農場には、とくにそれが強くでます。

 

(2)しがらみ同伴農業

 あらゆる経営要素について、時々前記のような方法で考えてみてください。酪農に対する感性度アップのよい訓練になります。
 もっとも、酪農は、既存の経営要素を大量に引きずっている特徴を持っています。“しがらみ同伴農業”と名づけました。ですから、どんなに魅力的な経営方法やそれにともなう技術変更を“理想的”に思い描いても、“持ってしまった”ものがブレーキをかけます。結局は既存要素の長所を伸ばし、短所を抑えるやり方にプラスして、新しい“やり方”を上乗せするしかないのが大方の現実です。しかし、この“しがらみ経営要素”は、大半の農場において、その利用または処分のあり方を本気に議論されていません。
 各経営要素が、本当はどのくらいの価値があるのだろうか。それを外部に依存した場合どのような価値変動が生じるのだろうか。もし活用するのなら、どうすれば有効性を高められるのだろうか。今まで存在していてあたりまえという意識でみているためにみえていなかったことが多々あります。酪農をとりまく条件が大幅に変化しています。是非、新しい感覚で酪農の“やり方”を考えてみてください。そのためにはまず、すでに持っている資産をじゅうぶんに洗いだし、その価値を吟味してみることがたいせつです。

 @ 家族および外部労力の利用法

 A 圃場の持ち方や利用法

 B 機械や施設の利用(処分)法

 C 育成牛の持ち方や飼養法

 D 飼料の与え方やその確保法

 E 搾乳牛の管理方法

……等々、絶対的な経営要素ラインとその支援ラインという区分で検討してみてください。

 

(3)酪農副産物

 搾乳牛からは、必然的に、生乳生産の副産物として、産仔と老廃牛そしてふん尿がでます。この副産物活用の手腕が、経営方法の変更や収支に相当影響します。
 きわめて多種多様な収入構造を有している。これも酪農の大きな特殊性です。
基軸収入の乳代金だけでも、
 @ 個体乳量の年間5000〜1万2000kgの幅を技術的に選択ができる。

 A 飼料面積の多少と関係なく経産牛規模をいかようにもできる。

 B 乳成分率や衛生乳質を技術力で高め、乳代単価をあげられる。

 C 分娩や導入時期のコントロールで、生乳販売量の季節的な変動をつくれる。

……のように、きわめて大幅で多様な収入変動をつくりだせます。

 さらに加えて、副産物的収入の個体販売にも相当多くの選択肢があります。相場性に富む分野なので、経営主の能力しだいでは経営のゆとり部分を相当に左右します。

 @ 産仔のタイプを、ホルスタイン種、F1、受精卵利用等、幅広く採用できます。

 A 育成牛をどのステージで売るか、自由度が高い。ヌレ仔時点で売れば、育成牛はほとんど持たない経営を展開できます。また、すべての育成牛を最後まで育てて、その分経産牛を高率で更新する方法だってとれます。

 B 老廃牛を、どんな形で販売するか。元気な状態で多産次にわたり使いきるか、かなり若いうちに搾乳肥育として売るか、あるいは、まだ搾乳用として売るか……高度な飼養技術力さえあれば、思いどおり利用できます。

 C さらに、ふん尿も、その処理利用法の如何で、相応の収入にしている農場もあります。

 また、副産物とはちがいますが、所有農地の利用法にも、多様な収入構造を持てます。粗飼料は別途確保し、農地は貸して地代を得たり、換金作物も作れます。余剰飼料の販売だってできます。
 以上のような、きわめて豊かな収入構造を持っているのところが、酪農経営のおもしろさです。

 

(4)育成牛の持ち方

 とくに、育成牛の持ち方は経営タイプを大きく変えます。
 更新用の牛を、総体的な有利さの中で外から導入できるのなら、酪農経営にとって、育成牛飼養が必然のものではありません。
 育成牛というのは、親牛管理から搾乳部門をはずしただけの仕事数を必要とします。しかも、幼齢時は大変にデリケートで神経を使います。さらには、親牛にはあまりない、成長するという特徴があります。すなわち、管理作業や施設の設置を結構細分化してやらねばなりません。加えて、親牛以上に高粗飼料率な飼料メニューが必要です。結構な量の粗飼料確保を要します。
 また、育成技術が貧弱なら、経営に大きな損失を与えます。
 もちろん、育成牛を持つことには、大きな利点も多数あります。相場変動や伝染病対策、更新牛の能力不安などです。
 既存の施設や労力あるいは粗飼料確保の可能性、自分の育成技術力、経営困難の状況などをじゅうぶんに配慮して、育成牛所有の是非を考えてみてください。
 もっとも、育成牛飼養の規模や方法も考えてみるとよいでしょう。本当に必要な数しか育成しない方法とか、その最少頭数を、どこかの季節に集中して分娩させて育て、残りの時期はヌレ仔ですぐに売るとか……の方法で。

 

(5)飼料の調達

 乳牛は、その口からエサが体調をこわさない形で入ってくれば、文句をいいません。一方、経営者は、そのエサが、経済性や作業性において合理的に確保され、給与できればよいはずです。そのエサが、一体どこから手に入ったものなのかは、あまり問いません。
 できれば、所有農地からすべて確保できれば万全ですが、そうはゆきません。土地は一枚もので不動のものです。誰かが独占すると他の誰かが持てないことを意味します。地域や国のさまざまな事情の中で、個人の経営は成立しています。
 日本の経済力がこのまま維持強化できるのなら、飼料の確保は、日本中、世界中をその調達対象域にしてゆけます。酪農は高ソフト高ハード産業ですから、日本は本来、酪農先進国としての地位を得られる立場にあります。東アジアへの酪農輸出国にもなれるはずです。

 自給飼料の確保というのは、意外に金や労力がかかります。飼料の栽培調整に追われ、乳牛の生産性を低下させることもあります。広い農地と恵まれた気象、さらにはコスト効率の良い機械体系が必要です。日本にはたいへん難しいテーマです。
 もちろん、農地の利用を軽んじての発言ではありません。それを高度に活かすことはきわめてたいせつなことです。しかし、飼料用地がまったくなくても、見事な牛飼いを実現できる考え方とシステムがたいせつなことでは……と思うのです。
 酪農にとっての飼料とは何か、それを自分の農地から得ることはどんな意味があるのか。一度、本気で考えてみてください。そうすれば農地の使い方も「我れに帰って!高い有効性」をみつけられるかもしれません。
 今月は酪農経営の基本的特質を説明しました。最後は尻すぼみになりましたが、参考にしてください。
 なお、これらのさまざまな特殊経営タイプとその長短所およびこれにともなう技術を、デーリィジャパン誌から「酪農を100倍面白くする技術戦略」という本としてだしています。以上のことなどを詳しく解説しています。参考にしてください。

(筆者:北海道十勝北部地区農業改良普及センター主査)