肉用牛経営の収益動向と要因分析
 

 石川 巧(財団法人 日本農業研究所)


 肥育経営の分析

1.データの制約について

 以下では平成8年度及び平成9年度に決算期を迎え畜産経営診断対象となった肉用種、乳用種の去勢若齢牛の肥育を主とする経営を分析対象とする。
 対象経営の戸数は平成8年度の肉用種が87戸、乳用種が18戸、平成9年度の肉用種が75戸、乳用種が26戸である。なお、平成9年度の肉用種対象経営の地域別分布は、九州(43戸・57.3%)、東北(14戸・18.7%)で大半を占めており、北海道のサンプルが含まれていないこと、九州、東北以外の地域のサンプル数が少なく分散的であること、かつ、年次別の連続性が確保されていない等々の制約をもっている。
 また、平成9年度の乳用種の集計件数は全体で26戸に過ぎず、北海道、東北、中国、沖縄のデータが含まれていないため、あくまで事例的な分析にとどまることに注意して欲しい。また、対象経営の肉用種の平均飼養頭数は平成8年度が107.3頭、平成9年度が101.5頭となっており、平成6年度(74.0頭)、平成7年度(87.2頭)と比較して大幅に増加している。一方、乳用種は平成8年度が172.9頭、平成9年度が150.3頭となっており、前回調査時(平成6年度136.11頭、平成7年度146.9頭)から規模の拡大は頭打ちとなっている。

2.肉用種去勢若齢肥育経営の収益水準と動向

表1:肉用去勢若齢肥育経営の収益動向(平成7年度:平成9年度)

集計年度

平成元年

2年

3年

4年

5年

6年

7年

8年

9年

集計戸数

128

74

66

93

78

75

74

87

75

平均飼養頭数

肉用種

69.4

71.0

72.9

74.0

77.1

74.0

87.0

107.0

101.5

乳用種

1.4

1.9

0.5

0.5

1.6

1.7

0.2

0.2

0.5

70.8

72.9

73.4

74.5

78.7

75.7

87.2

107.2

102.1

売上高

肉牛販売収入

602,047

562,549

599,265

523,132

478,737

476,819

471,232

450,715

491,372

その他収入

9,911

4,009

4,257

9,047

5,018

5,143

7,782

4,283

3,493

611,958

566,558

603,523

532,179

483,755

481,962

479,014

454,998

494,865

売上原価

期首飼養牛評価額

580,482

557,141

598,143

578,991

545,394

518,887

461,225

498,326

503,934

当期生産費用

もと畜費

343,102

332,761

304,689

289,067

212,867

229,928

237,565

256,192

258,875

購入飼料費

119,521

116,204

121,296

122,300

123,005

111,285

106,293

118,389

122,898

自給飼料費

3,682

2,663

1,901

2,694

3,909

1,112

1,005

1,148

860

労働費

40,211

32,395

31,759

40,044

46,206

41,971

40,462

39,516

36,226

減価償却費

16,073

15,137

13,329

15,230

16,705

12,175

13,086

13,366

12,497

その他

22,158

20,585

19,945

24,009

25,291

25,047

20,635

22,704

22,354

544,747

519,745

492,919

493,344

427,983

421,518

419,046

451,315

453,710

期中成牛振替額

4,452

   

3,231

3,043

749

1,432

791

946

期末飼養牛評価額

630,992

595,964

572,683

590,882

489,268

491,110

470,347

540,866

519,092

売上原価

489,785

480,921

518,380

478,221

481,067

448,546

408,492

407,985

437,606

売上総利益

122,173

85,637

85,143

53,958

2,688

33,416

70,522

47,013

57,259

販売費・一般管理費

44,430

38,841

39,809

40,542

42,690

37,623

28,196

39,702

44,313

営業利益

77,743

46,796

45,334

13,416

-40,002

-4,207

30,264

7,312

12,946

営業外収益

13,756

12,533

13,806

13,674

16,415

18,133

13,364

15,589

9,344

営業外費用

39,031

32,711

31,326

30,317

30,123

28,062

18,947

22,828

15,808

経常利益

52,469

26,618

27,814

-3,227

-53,710

-14,136

24,681

72

6,483

経常所得

91,964

58,127

58,979

35,958

-8,254

27,639

64,663

38,645

41,991

償還額控除所得
 

償還額償却費加算額

52,976

22,639

32,465

14,430

-20,337

15,600

53,202

29,509

35,438

(注)各集計年度中に期末を迎えた経営診断対象経営の実績。いずれも肥育牛1頭当り。「畜産経営診断全国集計」総合集計結果をもとに作成。

 (1) 平成5年度をピークとする収益性の悪化について
 表1は平成元年から平成9年度年までの各年度に決算期を迎えた肉用種の去勢若齢肥育経営を行っている診断対象経営の平均損益を示したもので、それぞれ肥育牛年間1頭当りの数字を示している。
 これによると、平成5年度までは「売上総利益」「営業利益」「経常利益」「経常所得」のいずれも減少局面にあり、特に平成5年度は「償還額控除所得」が-37,042円、「償還額控除償却費加算所得」が-20,337円にまで低落していた。この要因は平成元年度までは「売上高」が増加局面にあったものの平成5年度まで「売上高」が一貫して低落したことにあり、「売上高」の低落が肉用種の去勢若齢肥育経営の収益性を大幅に悪化させた。平成5年度では「償還額控除償却費加算所得」の赤字は借入金を償還すると直接費すら回収できないほどの状況に陥った。
 平成5年までの収益性の悪化の要因は、昭和60年度から上昇していた「売上高」が平成3年度をピークとして平成5年度以降、大幅に減少したことに加え、「もと畜費」が「売上高」の下落と同程度の水準で低落しなかったことが大幅な損益悪化の要因であった。牛肉輸入自由化が実施された平成3年以降、肉用種の枝肉生産量は増加し続けており、結果として枝肉価格は下落を続けた。この間、枝肉価格は自由化の影響を強く受けながら価格を下落させているが、この間、価格の下落過程にありながら国内の枝肉生産量が減少せず、生産量が減らなかったことによる価格低落の要素が強く働いていたのである。したがって、今後も枝肉生産量の増減に強く影響を受けながら「売上高」が増減する傾向は継続すると思われる。さらに、従来は「もと畜費」が「売上高」の増減時期と重ならずに増減してきたため、今後、「売上高」の下落局面において「もと畜費」が下落しなければ、肉用種の去勢若齢肥育経営は収益性を悪化させることになる。つまり、枝肉価格の下落時に高値で導入したもと牛を長期肥育すれば当然のことながら収益性を悪化させる主要因となることには変わりない。


  

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